岸首相が日米安保改定で密約主導 朝鮮半島有事対応、米公文書に明記
米軍が日本防衛の目的以外で日本から出撃する際、朝鮮半島有事に限り日本政府との事前協議を不要とした密約の交渉を、当時の首相・岸信介が主導していた。信夫(しのぶ)隆司・日大名誉教授が、機密指定が解かれた公文書を今年、米国立公文書館で確認し、写し30数点を朝日新聞に提供した。
公文書は1958~60年に外相藤山愛一郎と駐日大使マッカーサーが担った安保改定交渉の米側の公電。2013年以降に機密指定が解かれ、国際日本文化研究センターの西村真彦特定研究員も18年に論文で言及した。
この密約は、日本の民主党政権が09年の政権交代を機に、関係者の証言などで指摘されてきた日米安保に関する密約問題を調べた中で、有識者委員会が唯一、両政府の合意が明確な密約と認定。だが、密約の草稿以外に交渉記録が外務省にほとんどないとされ、「解明に問題を残した」と指摘した。
「岸の存在感の大きさが鮮明」
1957年に首相、自民党総裁に就いた岸は「日米対等」を唱え、米軍が日本から出撃する際の事前協議の創設を含む安保条約改定を政権の最重要課題とした。ただ改定交渉でマッカーサーは59年7月、朝鮮戦争が再発すれば、在日米軍は韓国にいる国連軍の支援に即応するため、時間がかかる事前協議はできないと伝えていた。
米公文書によると、藤山は59年8月22日の交渉で、岸と「極めて慎重に検討した」として、「侵攻が再発すれば在日米軍が協議なしに直ちに国連軍を直接支援できることが、新安保条約下での協議機関の初会合で合意される」と提案。新条約発効後すみやかに、朝鮮半島有事を事前協議の例外として合意をと申し出た。
その合意を両政府による新条約署名前に文書にしようとする米側と交渉が続く一方、日本国内では安保改定で米国の戦争に巻き込まれるとする反対運動が激化。岸は59年11月19日、マッカーサーに「この最も敏感な問題の扱いを誤ると条約は破れ、内閣は倒れる。解決に最善を尽くしている」と伝え、28日の交渉で藤山を通じ、協議機関の初会合で「秘密議事録」の形で合意するとの案を示した。
この密約の文言は岸や米国の国務・国防両長官が関わって調整され、60年1月の岸訪米と条約署名に先立ち、藤山とマッカーサーで合意。条約が両国議会の承認を経て発効した6月23日付の「秘密議事録」として確定した。だが大統領アイゼンハワーの来日が中止となるなど条約への反対運動が収まらない中、岸は同日退陣を表明した。
西村氏は「一連の米公文書には日本政府の公開文書ではわからない密約の交渉経緯が詳細に記され、岸の名が頻出している。密約が後継政権の理解を得られず破綻(はたん)しないよう、適用範囲を狭めようとするこだわりもみられ、岸の存在感の大きさが鮮明だ」と話す。
信夫氏は「密約交渉を岸が主導した経緯が米政府の一次史料でわかる。国民の批判を避け、時の内閣を守るため密約に頼る日本外交の内向性があらわだ。後世の検証に必要な交渉記録の肝心な部分が日本政府から出てこないことにも通じる」と指摘している。
岸内閣での出来事と日米安保条約改定交渉の経過(太字は今回の米公文書で判明)
1957年2月 岸が首相に就任
58年10月 外相藤山と駐日大使マッカーサーで交渉開始
11月 警察官職務執行法改正案が反対運動で廃案
12月 岸再選の自民総裁選前倒しに反発し三閣僚が辞任
59年7月 マッカーサーが朝鮮半島有事の際は事前協議に応じられないと主張
8月 岸と相談した藤山が朝鮮半島有事を事前協議の例外とする考えを示す
11月 安保改定反対などを訴えるデモ隊約2万7千人が国会に突入
岸の提案として藤山が朝鮮半島有事に関する密約案を示す
12月 岸や米国の国務・国防両長官も関わって密約案を調整
60年1月 藤山とマッカーサーが密約案に合意
岸が訪米し新安保条約に署名
5月 衆院で自民が新安保条約の承認案を強行採決
6月 安保改定反対運動で学生らが国会に突入し樺美智子が圧死
大統領アイゼンハワーの来日中止
新安保条約が参院で採決されないまま国会で自然承認
岸が退陣表明。新安保条約発効
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- 【視点】
事前協議制度の例外を認めた「朝鮮議事録」の作成過程に関する米側公文書から、岸首相の認識や役割がこれまで以上に明らかになった。一方、この密約については、1969年の日米共同声明発表に際して、佐藤首相がナショナル・プレス・クラブでの演説で行なった発言(「万一韓国に対し武力攻撃が発生し、これに対処するため、米軍が日本国内の施設、区域を戦闘作戦行動の発進基地として使用しなければならないような事態が生じた場合には、日本政府としては…事前協議に対し前向きに、かつすみやかに態度を決定する方針であります」)によって、「事実上失効したと見てよい」と有識者委員会報告書は記す。しかし、同報告書が示唆する通り、日米の間では70年代以降の密約の扱いについては認識の違いがある点には十分留意する必要がある。
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