べらぼう第29回に登場した『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(山東京伝 作・北尾政演 画)は、黄表紙の最高傑作といわれています。天明5年(1785)蔦屋重三郎が出版し、その後3度も再版され、京伝は本作で戯作者としての名をあげました。モテるという噂(うわさ)を流して世間の評判になりたい艶二郎(えんじろう)が、金に糸目をつけず、とんでもない行動を繰り返していく物語です。
実際の内容を全ページご紹介します。
📺『江戸生艶気樺焼』が登場する第29回はこちらから見られます《8/10(日) 午後8:44 まで》※別タブで開きます
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百万長者の金持ち「仇気屋(あだきや)」の一人息子・艶二郎は、上向きの低い鼻が特徴だ。
男女の恋愛ばかりの歌詞の書かれている新内節(しんないぶし/浄瑠璃の一流派)の本を読んで、その中の色恋沙汰を羨ましく思う。こんなふうにモテた話や浮いた噂を流し、色男として評判になれたら死んでも構わないとすら考えていた。
2)
艶二郎は、北里喜之助(きたりきのすけ)と悪井志案(わるいしあん)という太鼓医者(※医者を名乗りつつ、女郎屋で客の機嫌をとって場を盛り上げ世を渡る医者)の悪友とともに女にモテるための方法を考える。喜之助は流行歌『めりやす』を、志案は女郎への恋文の作法を艶二郎に教え込む。
3)
艶二郎は、愛を誓った女の名を彫り物にするのがいいと思い、喜之助に頼んで、両方の腕から指の股まで架空の女の名を彫った。激しい痛みも色男の証しだといって喜ぶ艶二郎。新しい女ができると上から灸でやけどを作り消す、というのも真似(まね)をする。
艶二郎「色男になるのも、つらい!」
4)
この頃、役者の家に熱狂的な女性ファンが押しかける事件が起き、艶二郎はこれこそ「色男の証し」だと羨ましく思っていた。そこで、近所で評判の芸者・おえんを50両で雇い、自分の家に駆け込ませるよう志庵に交渉させた。
志庵「そういうことだから、よろしく頼むよ」
おえん「家に押しかけるだけでいいならやってあげるよ」
5)
おえんは艶二郎の家に押しかけ、「私は裏通りに住む芸者ですが、茅場町の夕薬師の植本市で艶二郎さんを見初めてしまいました」と、ひと芝居する。
おえん「女房にしてくださらないなら飯炊き女で、だめなら死ぬ覚悟です」
艶二郎「色男はどんな困った目にあうかわからないもんだ。もう10両やるからもっと大きな声で、もっともっとやってほしい」
上手くいったと喜ぶ艶二郎。
奉公人の女たちは「うちの若旦那に惚(ほ)れるなんて変わり者」とささやき合い、駆けつけた艶二郎の両親はこれが芝居とも知らず、この女を迷惑だと思い、家に帰してやった。
6)
女が家に押しかけてきた噂が広まるだろうと思っていたが、隣人さえも「知らない」という。そこで艶二郎は、「仇気屋駆け込み事件」と瓦版に刷らせ、売り子を雇って江戸中に売って歩かせた。しかし、誰も買わない。読売はしかたなく人通りのない武家屋敷の前で、「評判、評判! 仇気屋の色男、艶二郎に芸者がほれて駆け込んだよ。細かいことはこの瓦版にあるよ。持ってけ持ってけ! ただでもいいから持ってけ!」
7)
吉原の引手茶屋にいる艶二郎、北里喜之介、悪井志庵。艶二郎は、くしゃみをするたび、“俺のことを噂しているな”と思うが、女が駆け込んだことは町内でさえ知られていない。この上は吉原で派手に遊んで女郎と噂を立てようと、松葉屋の有名な女郎を指名しようとしたが、みな先約があって都合をつけることができないという。
8)
そこで艶二郎は、「浮名屋」の「浮名(うきな)」という評判の女郎を選んだ。身なりを整え、気取って襟をいじり「色男をやるのも、気を遣うことが多くて窮屈だなぁ」と思う。
9)
さて、吉原で遊んで帰った艶二郎。やきもちを焼く人がいなくてはつまらないと考え、今度は誰かやきもちを焼いてくれないかと人を探すが、誰も相手にしてくれず、40歳に近い女に支度金200両を払って妾(めかけ)にした。妾は「吉原に通ってばかりで私のことなんて構わないくせに」、と早速艶二郎にやきもちを焼いてみせた。
10)
艶二郎は、深川、品川、新宿などの岡場所で多くの女郎と遊んだが、「浮名」以上の女は他にいなかった。だが並みの遊び方では面白くない。そこで、色男がする遊びの新造買い (花魁の妹分の新造を買うと見せて花魁と密会すること)を思いつき、妹分の新造の客となって遊ぶ志案の名で浮名を指名して独占しつつ、自分は浮名の妹分の客となって遊ぶと見せ、連日浮名と密会する案を考えた。
艶二郎は、花魁と新造買いの料金を二重に金を払うことになるのだが、「隠れて遊ぶ不自由さが日本一だ」と喜ぶ。
浮名「本当に変わり者でござりんす」
志庵「俺の役もつらい。座敷の酒宴が終われば豪華な煙草盤と俺だけが残される。相手がいないのに立派な布団で寝るなんてなぁ」
11)
さて、「禿(かむろ)が客の袖を引っ張り、他の女郎のところへ行かせまいとすがりつく」という浄瑠璃の流行歌を聴いて羨ましく思った艶二郎。「人形を買ってやるから」と言って、禿たちにひと芝居打たせることにした。「浮名以外の女郎にもモテて、艶二郎がそこにも通っている」という噂を自ら立てた艶二郎は、不義理をした(複数の花魁と遊ぶことはタブーだった)と禿たちに騒ぎ立てられ捕まる芝居を打つ。
艶二郎「こんなふうに引きずられていくのは、こりゃあなんとも外聞がいいや」
12)
艶二郎が吉原から数日ぶりに妾宅に帰ると、待ち受けていた妾は準備していた“やきもちを焼くセリフ”を存分に披露する。
妾「どうして男はこんなにつれないの。ほれられるのが嫌ならこんないい男に生まれなければいいのにさ。女郎も女郎だ。私の大事な人を引き留めるなんて」
艶二郎「恥ずかしいが、生まれて初めてやきもちを焼かれた。もうちょっとだけお願いしたい」
13)
艶二郎は、本所の回向院で出開帳(地方の仏像などの公開)があると聞く。そこで歌舞伎役者や女郎がそれぞれの紋入りの提灯(ちょうちん)を奉納しているといい、自分もやってみようと思いついた。早速提灯を注文し、呉服屋に手拭いも作らせ、あちこちの寺社に奉納した。出費がかさんだ艶二郎だが、色男の評判が立つならと金に糸目はつけなかった。
14)
続いて艶二郎は歌舞伎に影響を受ける。色男がやくざに絡まれるも、女郎が助けたことで恋仲になるという物語だ。艶二郎は「これだ!」と思いつき、ならず者を1人3両ずつで数人雇い、吉原の人通りが多い場所で殴られる計画をする。さらに男芸者を雇い、茶屋で流行歌を歌わせ、艶二郎のまげはつかむと解けるように結った。
ならず者「お前のような色男がいると目障りだ! 女が浮つくだろう!」
これはもちろん艶二郎が考えたセリフで、歌舞伎ならここで「罰当たり!」となる見せ場だ。
艶二郎「その握り拳に金を払ってる。少しくらい痛くてもいいから見栄え良く頼んだぜ」
ところが殴られどころが悪く、大騒動に。この時ばかりは「馬鹿だなぁ」と少し噂となった。
15)
艶二郎は、金持ちでいることが嫌になり、両親に勘当を願い出た。しかし、艶二郎は仇気屋の一人息子なのでさすがに難しい。そこで、期間限定で追い出されることになる。
父「お前が望んだことだ。早く出ていけ!」というと、艶二郎は「願い通り勘当がかなうなんてありがたい。どんな病より金持ちほどつらいものはないのだから」と返す。
番頭は、「これが若旦那のお考えとは、とても信じがたい」と嘆いた。
16)
勘当された艶二郎が早く許されるようにと、浅草寺の観音様に裸足参り(強い願いを祈願するために素足で参拝すること)をしている薬研堀(やげんぼり/東日本橋にかつて存在した運河)の芸者たち。
彼女たちは艶二郎に雇われ「勘当が許されますように!」とお百度参りをさせられている。だいたい色恋沙汰が理由で裸足参りするのがお決まりなのだが、芸者たちは「適当に切り上げてさっさと帰りましょう」「10度参り程度でいいのさ」などと話している。
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願い通り勘当された艶二郎は、母から送金されてくるので全然困らない。働く必要もないのだが、色男に似合う目立つ商売がしたいと、人気の“地紙売り”をしようと試みる。地紙売りとは扇に貼る紙を売りさばく商売で、美男子が商売をすることで人気があった。初夏から始まる仕事なのに、早まって始め、「鳥羽絵(江戸時代に流行った滑稽な絵)のようなおかしな人!」などと言われ、“酔狂者”として大変話題になった。
※当時、扇の紙が傷むと取り替えて使っていた
18)
75日の勘当期間が終わり、実家からは戻ってこいとの催促が連日入った。まだ遊び足りないと感じた艶二郎は親戚の世話になり20日間の延長を願い出た。色恋沙汰といえば「心中」ということで、艶二郎は浮名と心中しようとしたが、流石に浮名は納得しない。そこで喜之助と志庵の協力を得て浮名を1500両で身請けをすることに決めた。そして心中の台本を企て、「南無阿弥陀仏」の合図で止めてもらおうという計画だ。道具もいるだろうと、呉服店で流行りの柄の着物をそろえ、辞世の句を吉原の仲之町に配り、準備を整えた。
19)
浮名は嘘(うそ)の心中でも嫌だと拒んだが、事が終わると好きな男と一緒にさせてやると言うと渋々承諾した。艶二郎は、歌舞伎で心中をもとにした芝居の出資者をやるつもりで、狂言作者に初代桜田治助を指名。男女の主役には二代目市川門之助と三代目瀬川菊之丞に決め、その気取りで役者になったつもりになる。そして駆け落ちを計画し、2階の窓の格子を壊してみせた。
女郎屋の主人「身請けした女郎だから好きにしていいが、壊した格子の修理代は払ってもらいましょう。200両に負けますよ」
廓(くるわ)の者たちは気遣い、二人を止めずに送り出した。
20)
艶二郎は心中の場所を江戸の名所である隅田川付近と決めた。夜が更けてからの心中は気味が悪いので、宵のうちにと考えた。いよいよ当日、ひいきの茶屋などが集まり、艶二郎を見送った。これからというタイミングで黒装束の泥棒2人組が現れ、艶二郎と浮名の着物をはぎとってしまう。
泥棒「どうせ死ぬんだから、俺たちが介錯(かいしゃく)してやろう」
艶二郎「死ぬための心中じゃない! 命だけはどうかお助けを!」
泥棒「もうこんなことはしないだろうな?」
艶二郎「懲りないはずがありません」
浮名「こんなことだろうと思っておりんした」
21)
今となっては隅田川の三囲神社を裸でトボトボと歩く二人となる。艶二郎の計画した嘘心中は世間の噂となり、安物のうちわに描かれ売り出された。
艶二郎「俺は自分でしでかしたことだからしかたないが、お前はさぞ寒かろう。裸に身につけているのはおそろいの真っ赤な緋ちりめんのふんどしとは、おかしい、おかしい」
浮名「これが本当の巻き添え、迷惑なこと」
22)
これに懲りて家に帰った艶二郎は、泥棒にはぎ取られた着物が掛けてあるのを見て不思議に思っていると、父親と番頭が出てくる。
父「あの泥棒は私と番頭で演じた芝居だ。もう喜之助と志庵とは付き合うな」
すでにこりごりな艶二郎は、真っ当な人間となることを誓う。浮名は他の男に行く気にもなれず、艶二郎の外見は我慢して夫婦となった。その後、仇気屋は繁盛したそうで、艶二郎はこれまでのことを黄表紙で広めようと、山東京伝に頼み浮気者の教訓とした。
艶二郎「やきもちを焼かれたら大変だ。もう妾は捨ててしまおうか」
浮名「おかげで私はひどい風邪をひきました」
(終)
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