商店街を壊すな! 超高層タワマン再開発に老スーパー社長が反旗
アナザーノート 大鹿靖明編集委員
小雨降る4月13日、日曜日の午前中、東京・板橋のハッピーロード大山商店街をデモ隊が練り歩いた。「商店街を守れ!」「庶民の街にタワマン再開発は要らないぞ!」とシュプレヒコールをあげ、主催者発表で約200人が参加した。ふだんは買い物客であふれる商店街にこの2年、街の雰囲気とは不釣り合いのデモが5回も繰り広げられている。
ニュースレター「アナザーノート」
アナザーノートは、紙⾯やデジタルでは公開していないオリジナル記事をメールで先⾏配信する新たなスタイルのニュースレターです。今回は4⽉27⽇号をWEB版でお届けします。レター未登録の⽅は⽂末のリンクから無料登録できます。
ハッピーロード周辺ではいま、超高層タワマンが林立する計画が進んでいる。小さな店舗が軒を連ねた商店街が突然、巨大ビル中心の街区に変わろうとしている。そうした街づくりへの異議申し立てのデモだった。
「毎回デモに新しい人が加わってくれますね」。いつもデモの先頭に立つ中堅スーパー、コモディイイダの飯田武男社長(85)は満足そうだ。コモディイイダは東京と埼玉を中心に80店余りを展開し、飯田さんはその創業一族出身の社長である。若い時分に学生運動や労働運動をやったわけではない。デモ隊の先頭に立ち、集会で演説するようになったのは80歳を過ぎてから。そんな社会運動初体験の彼こそが実はこの反対運動の中心人物なのである。
ハッピーロードは東武東上線の大山駅と川越街道を結ぶ東西560メートルのアーケードで知られる。戦後間もない1946年、戦災復興院はこの商店街の3分の1をえぐり取る幅員20メートルの道路(都市計画道路補助26号)を計画したが、それによって商店街が分断されるのを恐れた商店主たちが78年、アーケードを建設して対抗した。いわばアーケードは道路計画を阻止する〝バリケード〟だった。
しかし、強固な抵抗運動をしてきた商店主が年老い、店をたたむ。代わりにコンビニやドラッグストアなどチェーン店に貸し、商店街の個性が弱まった。一方、東京都は東日本大震災後、木造密集地の解消や防火対策を名目に2015年、180億円を投じて道路建設に着手。道路の拡幅・延伸に伴って再開発計画が具体化し、商店街中心部には住友不動産の協力による「クロスポイント」2棟の、商店街の西端は積水ハウスが協力する「ピッコロ・スクエア」2棟の、合計4棟の超高層ビルが建てられる。
コモディイイダのハッピーロード大山店はこのピッコロ・スクエアの予定地にある。イイダは商店街振興組合の誘致を受け03年に出店し、これまでは振興組合とは友好的な関係を続けてきた。ところが「再開発はまだ先」と聞いて3億円かけて店を改装したのに、完成すると「(再開発のため)立ち退いてくれ」と言われて驚いた。「こんなバカな話はないよ」と飯田社長。彼の怒りの原点は「親しくしていたのに、だまされた」という思いにある。もっとも、振興組合側はきちんと説明したつもりで「ボタンを掛け違い、『言った』『言わない』になってしまった」と釈明する。
かくしてイイダの店には「再開発反対」の横断幕やのぼりが立ち、デモには社員を動員する。飯田社長は「再開発は景観を破壊し、税金の無駄遣いだ」と手厳しい。
「もう最高裁まで争います。商品を全部そのまま店に置いて、行政代執行によってブルドーザーで破壊される様子を全国に報道してもらいますから」
そんな姿勢に板橋区は困惑する。イイダの店の底地は区の所有地。区が振興組合に使用を許可し、そこに建てられた振興組合の建物にイイダが入居している。区が振興組合に「(再開発のために)区有地の使用を許可できなくなる」と通知し、それを受けて振興組合はイイダに立ち退きを求めた。区の担当課に問い合わせると、「区は直接イイダと契約しておらず、区としては振興組合にイイダへの対応を求めていく」と文書で回答した。
イイダは、大八車の引き売りで始めた青果店をルーツに創業105年。飯田さんは商業高校を卒業後、現場に放り込まれ、創業者の祖父からこうたたき込まれた。「商いは毎日同じ繰り返し。でも飽きちゃいけない。何か変化をつけろ。だから〝あきない〟って言うんだよ」。いまも毎日、店をまわるのが習慣で、仕入れと陳列を工夫し、新しいサービスを取り入れる。
ダイエーやマイカル、西友など大手スーパーがバブル崩壊後、相次いで経営破綻(はたん)したり身売りをしたりしたが、イイダは堅実経営を貫いてきた。もうけたお金をもとに新規店を出店しており、無借金経営。「大きい会社でなくていいんです。良い会社をつくりたいんです」。経営の健全性を示す自己資本比率は80%台。「資金は潤沢だから、いくらカネを積まれても出て行かないよ」
20代のころの無理がたたって胃の3分の2を切除。その際の輸血でC型肝炎に。さらに悪化し、抗がん剤で治療しながら働き、「いつ死ぬか分からなかった」。常務を最後に16年に退任したが、奇跡的に体調が回復。すると、番頭社長に任せたイイダの業績停滞が気になる。21年に社長として復帰。商品構成を変え、店舗を改装し、売り上げを急伸させた。「私の場合、一度失った命、もらった命です。家族には自分の命は会社に捧げると言ってあります」。土日も働き、復帰後休んだのはぎっくり腰をやった1日だけ。
イイダは正月の実業団対抗駅伝の出場でも知られる。「よそは仕事しないでプロ集団でしょ。ウチは仕事してますから」。練習に時間を割けないから、「選手の社員は走って通勤。走って会社に来て、走って帰ります。片道10キロぐらいね」。
こういう人を敵に回すと、手ごわい。
筆者のおすすめ記事
そもそも東京・板橋のハッピーロード大山商店街周辺の再開発は、いまのような超高層タワマン計画ではなく、「身の丈」開発と称した低層ビルへの建て替え計画でした。それが東日本大震災後の防災強化や東京五輪開催決定に伴う建設費高騰によって変質していったことを明らかにしたのが、以下の1本目の記事から始まる3回の連載記事です。隣の練馬では、戦前からの風致地区の石神井公園周辺に相次いでタワマン計画が浮上し、困惑した住民が反対運動に取り組みました。戦後間もないころに計画された道路の拡幅工事が70年後になって始まり、風情のある小説家の檀一雄の邸宅が失われました。そんな物語を以下の2本目の記事から始まる5回の連載記事で書きました。大手町や丸の内など都心ならまだしも、私鉄沿線や郊外でも超高層ビルによる再開発が相次ぐのは、さまざまな名目で補助金が投入されているからでした。そのぶん不動産ディベロッパーは負担が軽く済みます。都内46の再開発計画の税金依存度を調べたのが、以下の3本目の記事。最も税金依存度が高いのは東京・上板橋駅南口の68%でした。
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験