ありふれない不適合者が世界最強   作:シオウ

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普段は『ありふれた日常へ永劫破壊』という作品を連載していますが、そっちが煮詰まっているのと息抜きに書いてたこっちが結構溜まってきたので投稿します。原作で言う第一章までは投稿予定


第一章
1話 魔王転生


 神話の時代。

 

 人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して、魔王と恐れられた男がいた。

 

 人々は彼を暴虐の魔王と呼び恐れた。だが、他者からの人物像とその当人の人柄が一致しているとは限らない。

 

 つまり、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードは、平和を欲していた。

 

「和睦だと? 今更そんな言葉を信じられると思っているのか? 貴様はこれまで一体どれほどの人間を殺してきた?」

 

 魔王城デルゾゲード。その名の通り魔王アノス・ヴォルディゴードの拠点であるその城に呼び出された人類の英雄である勇者カノンは、その魔王本人に思ってもいなかったことを告げられたことに内心動揺を隠しながら気丈に魔王に問い返す。

 

「答えろ、魔王アノス・ヴォルディゴード」

「逆に聞くが勇者カノン。お前はこれまでいったい何人の魔族を殺してきた?」

 

 玉座にて足を組みながら勇者の言葉そのまま返す魔王の瞳には冷たい気配が漂っていた。

 

「カノン。貴様ら人間は、魔王アノスを倒せば世界が平和になると信じて疑わないようだが、本当にそうか?」

 

 人類の守護者である勇者として当然だと答えなければならない場面であるはずだが、勇者カノンは魔王の言葉に答えることはなかった。

 

「本当はわかっているはずだ。人間と魔族、どちらかが根絶やしにされなければこの争いは終わらない。たとえ魔族が滅びようとも、人間はまた新たな敵を作るだろう。精霊、神々、そして最後には人間同士で争い始める」

「……確かに人間には弱い部分もある。だが俺は人を信じたい。人の優しさを信じたい」

 

 それは、人間の愚かさをわかりつつも、それでも人間を守るために全てを捧げてきた男の言葉だった。それを聞いた魔王は……勇者に向けて笑みを浮かべた。

 

「魔族にも優しさはあると思うか?」

「なっ……」

「勇者なら……一度くらい俺を信じて見よ」

 

 その言葉は、暴虐の魔王と恐れられている男の声にしては、親愛の情が多分に含まれていた。

 

「何をする気だ?」

 

 勇者カノンも魔王アノスが本気であることを把握する。勇者が魔王の提案に脅威ではなく興味を抱いた。

 

「種族を分断させ、戦争の火種を断つ。世界を四つに分ける。人間界、魔界、精霊界、神界。四つの世界に壁を立て、千年は開かぬ扉を作ろう。この命を全て魔力に変え、お前達と力を合わせれば、大魔法を発動できる」

 

 そこで初めて、勇者カノンの後ろに立っていた人物、大精霊レノと創造神ミリティアは緊張に顔を強張らせる。なぜ自分達が呼ばれたのかわからなかったが、今魔王より世界の命運を決める大魔法の発動に協力してほしいと頼まれたのがわかったからだ。

 

「平和のために死ぬと言うのか?」

「完全に死ぬわけではない。次に転生できるとしたら……二千年後と言ったところか」

 

転生(シリカ)>という魔法が使えるものは、自分の血縁を依代に後世にて復活することができる。だが、つまり魔王アノスは自らの命で平和を作り出したとしても、その結果を知るのは二千年後まで待たないといけないということ。

 

「カノン。俺はもう疲れた」

 

 だが、魔王アノスがその決断を踏み切るほどに、この世界の戦争は泥沼状態に陥っていた。恨み、恨まれ、殺し、殺される。世界には憎悪と怨恨が満ち溢れ、それが断ち切られる気配すらない。ここまでしないとこの世界の争いは終わらないと魔王アノスはわかってしまったのだ。

 

「お前はまだ続けたいか? このつまらない悲劇を」

 

 魔族にすら情けを掛ける、真に勇気ある者である青年に魔王は問いかける。

 

 誠意は尽くした。この提案が飲まれるか飲まれないかは、勇者が互いの間に積み重ねられた業を捨て去ることができるかどうか。それだけなのだ。

 

 しばらく沈黙していた勇者だったが、やがて決心したかのように顔を上げ、魔王に告げる。

 

「わかった。お前を信じてみよう」

「……ありがとう」

 

 すると、カノンは僅かに笑う。

 

「魔王に礼を言われる日が来るとは思わなかった」

「こっちも勇者に礼を言う日が来るとは思わなかったぞ」

 

 まっすぐ二人は視線を交わす。

 

 立場は違えど、その力と心の強さはこれまで互いに認め合ってきた。

 

「では、すぐに始めよう」

 

 

 魔王アノスはゆっくりと玉座から立ち上がる。そして、目の前に手をかざした。

 

 

 その瞬間、城中に黒い光の粒子が無数に立ち上り始めた。

 

 いくつもの魔法文字が、壁や床、天井など、所狭しと描かれていく。

 

 無防備を晒す魔王アノスに対し、大精霊レノと創造神ミリティアは魔王アノスに魔力を放射する。

 

 膨大な魔力が集まるがまだ足りない。そしてその魔力を補うために、勇者カノンが腰の剣を抜き放つ。

 

 そしてカノンは床を蹴り、手にした聖剣を思いきり突き出す。

 魔力が込められ、真っ白な光と化した刀身がまるで吸い込まれるように、魔王アノスの心臓を貫いた。

 

 ああこれで、大望は叶う。

 

 魔王は己の命が失われていくことも気にせず、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……勇者カノン。改めて礼を言う。もしも、貴様が二千年後に生まれ変わることがあるとすれば──」

「そのときは友人として」

 

 

 他愛無い、それでいて大切な約束を交わした勇者に別れを告げ……

 

 

「さらばだ」

 

 

 光とともに彼の体は消えていった──

 

 

 

 

 

 

 正史において、その後暴虐の魔王は二千年後の故郷に転生し、復活を果たすことになる。

 

 統一派と皇族派。

 

 偽の魔王アヴォス・ディルヘヴィア。

 

 神々の暗躍。

 

 地底の世界。

 

 そして世界の真実と再誕。

 

 それらを己の力で、時には配下の力を借りながら彼は望む真の平和に向けて不敵に邁進することになる。

 

 

 だが、ここで語られる物語はそうではない。

 

 

 ただの偶然か、それとも誰かの陰謀か。

 

 

 それは今は定かではない。だが、その運命は魔王の死後千年を境に分岐し始める。

 

 

転生(シリカ)>の魔法の矛先が変わる。

 

 世界に数多ある銀の泡の一つに彼は、予定より千年早く転生することになるのだ。

 

 

「あなた……。見て、生まれたわ。わたしたちの赤ちゃん……」

「ああ、よし。お前の名前は……」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

「「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁっ!!?」」

 

 魔族も精霊も神々も、そして魔法すらない存在しない、人間が築き上げた世界に。

 

 

 ***

 

 そして、俺が転生して七年の月日が流れた。

 

 本来なら<成長(クルスト)>の魔法を使い、早々に二千年後の世界がどうなったのか見て回るつもりだったのだが。この世に生まれついて僅か数日で、俺が予想すらしていなかった事態が起きていることに気付くことになる。

 

 最初は些細な違和感だった。今がいつなのか正確な時を知るために使った<魔力時計(テル)>の魔法により知った事実。それは俺が死んでからまだ千年しか経っておらず、予想より遥かに早い時代に転生してしまったと言うことだった。

 

 それをキッカケに慎重にこの世界のことを調べた結果、驚きの事実が次々と飛び出してくる。

 

 まずこの世界には魔法がない。当初は流石に信じられなかったが、両親の反応、それから自らが見聞きした情報を統合して、表向き世界のどこにも魔法が存在しないという結論に達するのにそんなに時間はかからなかった。

 

 

 それでも俺は、当初予想していた以上に世界全体の魔法技術の退化現象が起き、それらの技術が全て過去のものになったのだと思っていた。だが……

 

 いくら探しても出てこない情報。

 

 暴虐の魔王

 

 勇者カノン

 

 ディルヘイドにガイラディーテ。

 

 その他世界になくてはならない情報がいくら探しても微塵も出てこない。

 

 業を煮やした俺は生身にて世界中を飛び回り、ある事実に気付いてしまった。

 

 俺が良く知る世界とは、大陸の形が違う。星の数と位置が違う。

 

 それらを統合した結果生まれた結論。それは……

 

 この地球という世界が、俺が愛した世界とは起源から異なる全く別の世界だったということだ。

 

 

 その事実を知った時、流石の俺も落胆を禁じ得なかった。

 

 当然だろう。命を懸けて世界を守り、その果てに子孫たちが築いているであろう平和な世界に転生するはずが、全くあずかり知らない未知の世界に飛ばされてしまったのだから。

 

 

 この世界には、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードを知っている人間はいない。

 

 この世界にはかつて敵対した勇者も、腹心として仕えてくれた配下達も存在しない。

 

 この世界にはかつて敵対した神々や、精霊たちが存在しない。

 

 そんな状況に追い込まれ、途方に暮れそうになっていた俺を支えてくれたのが、今生の両親だった。

 

 

「エリザ。僕達の息子はきっと天才なんだ。だってこんなことができるんだから」

「そうよね、あなた。アノスちゃん。まだこ~んなに小さいのに魔法が使えるんだから」

 

 端的に言って、今生の両親は非常に頭が緩い人間だった。

 

 父、王城凛太郎は小さな工場の経営をやっているが、曲がりなりにも人が所属する組織の長としては驚くほど抜けていることが多い。

 

 母、王城エリザは外国人であり、こちらも父と同じかそれ以上に緩い頭をしている、そんな母が作るキノコグラタンは絶品であり、一人異世界に放り込まれた俺の心がその味で何度癒されたことだろうか。

 

 

 そしてこの夫婦は元々能天気な性格の上に常時脳内お花畑状態である。

 

 

 魔法というものが想像上の物語にしか存在しないこの世界において、俺という存在は極めて異端だ。

 

 産まれてすぐ流暢に言葉を話し、いきなり目の前で七歳相当にまで成長する。そんな子供この世界で存在するわけがない。真っ当な感性を持った親だったら気味が悪いと思わずにはいられない。どこぞの研究機関なり、病院なりに連れて行くのが普通の親というものだろう。

 

 しかしこの夫婦は違った。

 

 目の前で手も触れずに物を持ち上げたとしても、<転移(ガトム)>にていきなり目の前に現れたとしても褒めるばかり。キノコグラタンの材料が切らしているせいで作れないと聞いて、思わず幼子の姿で買い物を済ませてしまった時などはじめてのおつかい偉かったと褒めるだけだった。

 

 こんな両親の元で育てられたからか、俺は盛大に気が抜けてしまった。

 

 当初の落胆は既に存在しない。この世界が俺の世界ではないというのなら、元の世界に戻る方法を探すだけである。

 

転生(シリカ)>の魔法にてこの世界に来られたのだから、当然逆もできてしかるべしだ。今はその方法に全く見当もつかないが、そう焦ってもいなかった。

 

 なぜなら本来、俺が転生すると宣言した約束の時までまだ993年も月日があるのだ。それならこの世界での生活を楽しみつつ、約千年かけて元の世界に戻る術を探せばよいだけだ。

 

 

 ***

 

 そんな日々が続き、この世界にもすっかり馴染んできたある日のこと。

 

「アノス、お父さんな……子供の頃、世界一の大剣豪になることが夢だったんだ」

 

 父さんがある日、突拍子もないことを言い始めた。

 

「こう、刀を振ってだな。群がる敵をばっさばっさ薙ぎ払って、そしてこう言うんだ……『滅殺剣王ガーデラヒプト、ここに見参!』とな」

 

 

 群がる敵などこの国のどこにいるというのだろう。父さんの話を聞きつつも俺は思った。

 

 この日本という国は半世紀以上戦争を経験したことがない平和ないい国だった。

 

 そんなことは俺がいた時代ではありえなかったので、もし元の世界に戻れたとしたらこのような世界になっているのかもしれぬと勝手に思っているくらいだ。

 

 そんな斬る敵を探すのにも苦労するような平和な国で、大剣豪になるのが夢だったと真面目な口調で言い始めた父は、倉庫から持ち出したDIYで使う角材を木刀代わりに振るい始める。

 

 ふむ、全く才能が感じられぬ。

 

 余談だが、滅殺剣王ガーデラヒプトとは、父さんの持病の厨二病が悪化した際に名乗る名前だ。

 

「俺は本気だった。だけどな……世界が俺の存在を許してはくれなかったんだ。つまりだな……剣道を習って三ヶ月で辞めてしまった」

 

 思った以上に続いていなかったがそれで正解だろう。この父は剣の才能もなければ性格的にも戦いが向いているとは言い難い。俺の世界なら一兵卒にすらなれなかっただろうからな。

 

 父さんは木材を振るうのをやめ、俺に向かって真剣な口調で話し始める。

 

「残念だが俺はここまでだった。だけどなアノス。お前ならきっと父さんが辿り着けなかった境地に行けると思うんだ。だから……俺の剣を継げ、息子よ!」

 

 三ヶ月で辞めた剣を継げと無茶振りをしてくる父さんの話はこうだった。

 

 俺からしたら平和そのもののように思えるこの世界だが、犯罪がないわけではない。他にも学校にはいじめが、社会に出たらブラックな労働が待っているというこの現代。いくら頭が良くても身体がなっていないと生きてはいけないらしい。

 

 そこで七歳になった俺に剣道を習わせたいと思い立ち、この話に繋がったと言う。ちなみになぜ剣道なのかは剣士という響きがかっこいいかららしい。

 

 そうして俺は父さんと母さんに連れられ、車でその道場に向かうことになった。

 

 

 ふむ、何度乗ってもこの自動車という乗り物は素晴らしい。元の世界に戻れば必ず再現すると心に誓う。

 

 

 この世界に魔法がないと知って一番驚いたのは、この世界の文明の発展具合だった。俺の世界では何をやるにも魔法に頼っていた。火を起こすなら火の魔法、治水なら水の魔法と言う具合になくてはならないものだ。

 

 それがないのにどうしてこの世界はこれほど発展しているのか、その理由を知った時の驚愕と感動は計り知れなかった。

 

 この世界に魔法はない、代わりに科学という人類が約百万年かけて積み上げてきた英知の結晶があり、それが齎した恩恵を誰もが受け取っている。

 

 起きた現象に対しての研究を行い、そこから発生原因、仕組みを理解し人の手で再現する。これを長きに渡って続けてきたからこその技術。それゆえに科学は人を選ばない。魔力の大小によって個人事に差が出る魔法とは大違いだ。よくぞここまで進化したものだと声を大にして言いたくなる。

 

 俺がこの世界の人類に対して並々ならぬ敬意を抱いている内に、どうやら目的地にたどり着いたらしい。車から降りた俺の前には立派な門が聳え立っていた。

 

「八重樫……」

 

 どうやらこの道場の名前らしい。早速父さんと母さんに連れられ、中に入る。

 

 

 ***

 

 父さん達は入門手続きがあると言うので稽古の様子を見させてもらうことにする。眼前には俺と近い歳の少年少女が、竹刀という模擬刀を手に、稽古に励んでいる。

 

(なるほど、これが剣道か)

 

 子供達の振るう剣を見れば、この世界の剣道が俺の世界のものとは全く違うということが良くわかる。

 

 俺の世界において、剣は敵を殺すためのものだった。それ以上はなかったし、だからこそ、日々いかに相手を効率よく殺傷するかを追求した剣術が生まれていた。

 

 だが、この平和な世界において主流である剣道は違うのだろう。

 

 剣道とは剣の道を習い、己の肉体と精神を鍛えることに主眼が置かれている。故に殺傷力は二の次であり、使う得物も安全な竹で出来たものが使われている。アレでは魔族の子供すら殺せない。

 

 

 正直に言えば、ひどく退屈そうだと思った。

 

 千年前、俺は戦う際には主に魔法を使っていたが、剣が使えないというわけではない。もっとも、純粋な剣の技量では右腕足る俺の腹心には及ばなかったが、それでもそこらの相手に負けるつもりなどないのだ。

 

 はっきり言ってしまえば、ここで行われているのはままごとにすぎない。

 

「はい、君がアノス君ね。じゃあこっちで道着に着替えましょうか」

 

 やってきた道着姿の女に手を引かれ、稽古中の子供達を眺めていた時、それが目についた。

 

 道場の端、他の子の稽古の邪魔をしないように竹刀を振り続ける一人の少女。俺はしばし歩みを止め、その少女の剣筋を見学させてもらう。

 

 ……ふむ。

 

「えっと、アノス君。どうしたのかな?」

「あの子……なんであんな隅っこで一人稽古をしているんだ?」

「えっ……ああ、あの子は八重樫雫ちゃん。師範の一人娘よ。そっか、今日は光輝君風邪で休みだから……」

 

 どうやらこの道場の主人の娘らしい。まだ幼いながらも堂々と竹刀を振る姿は正直悪くない。あの少女にこの世界では持て余すくらいの剣の才能を感じる。

 

 だが……

 

「勿体ないな」

「えっ、あっ、ちょっとッ、アノス君!?」

 

 指導係の手を振り払い、俺は真っ直ぐ雫という少女の元へ向かう。

 

 途中で少女もこちらに気づいたのだろう。竹刀を振るうのを辞め、こちらの方を見る。

 

「おい……」

「えっ……な、何?」

 

 突然のお前呼びに戸惑った少女が狼狽しているのがわかるが気にせず俺はずっと気になっていたことを言ってやる。

 

「お前はなんでさっきから……嫌々剣を振っているんだ?」

「えっ……」

 

 アノスの言葉に道場が静まり返る。気配を探れば皆稽古を辞め、こちらに注目しているのがわかる。

 

「確かにその歳にしては剣筋は美しい。それに才能だって感じられる。だが全然駄目だ。お前の剣には心が篭っていない。嫌々やるくらいなら、いっそ辞めてしまったほうがお前のためだ」

「なっ、なっ……」

 

 呆気にとられていた少女だったが、難しい言葉を使ったにもかかわらず言いたいことは伝わったのか。その幼い顔で精一杯睨んでくる。

 

「ど、どうしてはじめてあった子にそんなこと言われないといけないのッ?」

「ふむ、それもそうだな」

 

 確かに唐突だったかもしれぬ。初対面の人間に言われても響くものなどないのも当然だ、なら……

 

「こら、アノス君。いい加減にしなさい! さっきから勝手なことばかり……」

「なぁ、この子と試合がしてみたいんだが、構わないか?」

「はぁ? あのねぇ、君。いくらなんでもできるわけないでしょ。入門したての子供はまず竹刀の持ち方とか体を動かすための基礎稽古から……」

「問題ない。ここの子供らの稽古を見て、だいたい覚えた」

 

 魔眼にて周囲の稽古の様子を見て、だいたい剣道の基礎は学んだ俺だが当然信じてはくれぬ。どうしたものか。

 

「あの、私。だいじょうぶです。やれます」

「けど……まあ雫ちゃんがいいなら。ただし今回だけね。終わったらちゃんと言うこと聞いて稽古をすること、いいわね」

「わかった」

 

 こうして急遽俺とこの道場の跡取りである八重樫雫との稽古試合が決まった。

 

 

「うちの子は天才なんですッ。きっと日本、いや世界で名を轟かせる大剣豪になるはずです。だから先生! どうかうちのアノスを、世界最強の男にしてやってください!」

「は、はぁ……」

 

 ふむ。ところで父よ。先程から親バカ全開で先生に頼み込むのはいいが、俺は大剣豪にはならぬぞ。

 

 ***

 

 そして試合が始まろうとしていた。

 

 必要な道具は全て借りて付け終えた。後は始まりの合図を待つだけ。俺と雫は竹刀を構えて向かい合う形になる。

 

 剣の構えは良いが、相変わらず目に迷いが見える。優れた剣の才がある者は、時に剣を打ち合わせるだけで、言葉がなくとも心を通わせることができると言う。流石にこの歳で以心伝心の領域に至るのは酷だと思うが、俺との試合で少しでもやる気に繋がる何かを掴んでほしい。

 

「始め!」

 

 審判の声と共に立ち上がり、まずは正眼に竹刀を構えて様子を見る。だが雫は構えたまま動くことがない。剣先を軽く揺らしても流されるままだ。

 

 これは俺を警戒しているのか、それとも……

 

「へへ、あの新入り。今回も泣かされるんだろうな。雫ちゃんに勝てるわけないじゃん」

「他の道場で優秀だって言われてた上級生だって、手も足も出なかったもんな」

「唯一まともに試合ができたのは光輝君だけだもんね」

 

 子供達の声を聞く限り、どうやらこの歳で年上にすら圧勝できるほど強いらしい。そのせいか、相手の出方を伺ってから動く癖がついている。おそらく今まで自分から行けばすぐに試合が終わってしまって、対戦相手の稽古にならなかったのだろう。

 

「アノスちゃーん。頑張ってー」

「頑張れアノス! これがお前の大剣豪への第一歩だ!」

 

 周りが皆雫の勝利を確信する中、両親だけが大声で応援してくれている。ふむ、ならその期待には答えねばならない。

 

 俺はわざと足を踏み込み、これから前へ出ることを強調した。

 

 そこでようやく守勢の構えを見せた雫だが甘い。

 

 俺を前に受け身では駄目だということを、まずは肌で感じてもらおう。

 

 そして俺は前に踏み出し、刹那の間で雫の面を打ち、通り抜けていった。

 

「…………えっ?」

「あっ、えっ、め、面あり、一本!」

 

 道場にて、緊張が走る。

 

「えっ、嘘だろ。あいつ速ぇ!?」

「雫ちゃんが全く反応できなかった?」

「けどあの子、竹刀を握るのは今日が初めてだって」

 

 雫が勝つと思っていた者たちも、予想外の出来事に動揺しているようだった。能天気にはしゃいでいるのは俺の両親くらいだ。

 

 そして仕切り直しで中央に戻る際、すれ違い様に言ってやる。

 

「このままだと、次も何もできずに負けることになるぞ」

「なっ、この……」

 

 どうやら闘志に火が付いたらしい。向かい合う姿に油断は微塵もない。本気を出す気になって何よりだ。

 

「始め!」

「やぁぁぁぁッ!」

 

 今度は開幕直後、雫が気合の叫びと共に仕掛けてきた。

 

 俺は雫の剣筋を見ながら余裕を持って躱す。

 

 やはり悪くない。当然この年齢にしてはだが、鍛えれば俺の世界でも通じる一流の剣士になれるだけの素質を持っている。惜しむはこの世界が戦いとは縁のない平和な世界であること、そして本人にその気がないことか。だからこそ、このまま心が籠らぬまま剣を振り続けて、せっかくの才能が発揮しきれなくなるのは、どうしても勿体ないと感じてしまう。

 

 そうして俺は雫の隙を狙い、再び面を狙い竹刀を振るったが……雫の姿が消えた。

 

(む……)

 

 消えたのではなかった。俺が振り下す力を利用することで俺の剣を地面にたたきつけ、さらにその力を利用して回転し、俺の死角に入った。

 

 これは先ほどの稽古では見たことがない剣だな。それに……ここの門下生が使っている技とは種類が違う。

 

 ふむ、どうやら俺の思っているより八重樫流とやらは深く、そして雫の才能もまた大きいのかもしれない。だが……

 

(あいにくだが、千年早い)

 

 雫の渾身の一振りを、躱す。面金の奥の雫の顔が驚愕に染まっている。完璧に決まったと思っていたのだろう。そしてそれは明確な隙だった。

 

 当然俺は、その隙だらけの雫に対して一本決めることで、この稽古試合の勝敗を決めた。

 

 

 ***

 

 

 お互い礼を終え、防具を外した後、雫は瞳に涙をため、走って道場から出て行ってしまった。

 

 

 どうやら少しやりすぎたらしい。途中から雫の予想以上の剣の才能に合わせて、些か大人げない態度を取ってしまったからな。

 

 

「こら、アノスちゃん!」

 

 どうしたものかと思案していたら、母さんがこちらに向けてメっとポーズを取りながら俺に注意をしていた。

 

「お母さん、アノスちゃんが勝ってくれるのは嬉しいけど、女の子には優しくしないと駄目よ。だから謝ってきなさい」

「そうだぞ、アノス。武士は死闘を行った相手と健闘を称え合って仲を深めるものなんだ。だから行ってこい」

「……わかった。行ってくるよ」

 

 

 そう言われてしまっては行かざるを得ないな。俺は走り去ってしまった少女の気配を追って後を追うことにした。

 

 

 

 そう手間をかけるまでもなく、雫は道場の裏に蹲って泣いていた。

 

「泣かなくてよい。お前は十分健闘した」

「えっ……ひっく、何できみ、ひぐ、ここにいるの?」

 

 どうやら難しい言葉を使いすぎたらしい。泣かないでもいいという言葉だけ受け止めたのか、懸命に涙を止めようとしているが上手くいっていない。

 

「お前を追ってきた。だからもう泣かなくてもいい。十分よくやった」

「でも……ひっく、しずく、まけちゃった……ぐす、おとうさんから使っちゃだめって言われたわざまでつかったのに……ひっく、えぐ……」

 

 負けることでやる気に繋がるかと思ったが、どうやらそういうタイプではないらしい。

 

「お前の剣には熱がない。……いやそうだな、雫には本当は剣道の稽古よりやりたいことがあるんじゃないか?」

 

 さきほどから同じ年頃の子供相手に難しい言葉を使いすぎたと反省した俺は、何とか噛み砕いて説明する。

 その言葉で通じたのか、言うべきか迷っているような顔を返してくる。

 

「話してみろ。そしたら泣かなくても良くなるかもしれぬ。それにな、父さんが剣を合わせて戦った相手とは、互いに健闘を称え合って仲良くなるものだと言っていた。そういう意味では俺と雫は、もうそれなりに仲が良いということになる」

 

 自分で言っていておかしいと思ってしまった。斬った相手と仲良くなるとは一体あの父は幼少の頃、どんな大剣豪を目指していたのか……

 

 

 雫はその言葉に一定の理解を示したのか、少しずつ自分の気持ちを言葉にしていく。

 

「あのね……本当はね、しずく……お友達の女の子と同じように、かわいいお洋服とか着てみたいの。可愛いぬいぐるみとかも欲しいし、きらきらしたものもつけてみたいの」

「ふむ……」

 

 残念ながら、この年頃の女子が何を好むかについての知識について、前世今世合わせて俺は非常に疎い。だが、未だに可愛いものが好きな子供っぽいところがある母さんの趣味趣向と照らし合わせてみると、およそ一般的な女子の感性から外れてはいないはずだ。

 

「普通だと思うぞ。お前くらいの歳ならそう言う物が好きなのは当然だろう。なんなら親に堂々と要求しても良いくらいだ」

 

 この年頃の少女が可愛い物をおねだりしてきたら、限度はあるだろうが普通の親なら買い与える。俺の親など俺がねだってもいないのに買い与えてくるくらいだ。もちろんそれは雫の家庭環境にもよるが。

 

「親が買ってくれないのか?」

 

 そうだとしたら他の家の問題に首を突っ込むことになるが、雫は首を横に振る。

 

「ううん。違うの。おとうさんとおじいちゃんね。しずくが剣道を頑張るとすごく喜んでくれるの。けどもし、しずくがかわいいお洋服を着たいと言ったり、剣道をやめたいといったら、おとうさんとおじいちゃんはがっかりするんじゃないかなぁ……」

 

 ふむ、大体掴めてきた。

 

「つまり雫は可愛い洋服とか可愛いぬいぐるみが欲しいし女の子らしくしたい。けど剣道を辞めると言って父や祖父をがっかりさせたくない。いや、剣道を続けてもっと喜んでほしい。ということか」

 

 つまり雫は本当に自分がやりたいことを押し通そうとすると、剣道を辞めなければいけないと勘違いをしているということだ。

 

 本当は女の子らしくしたい。けどそれだと剣道を辞めないといけない。そうなると父、祖父をがっかりさせてしまう。雫としても剣を振るうのは嫌いではないし、できれば剣道を続けて家族の期待にも応えたい。

 

 つまり、話は簡単だ。

 

「なら、両方やればいい」

「えっ……」

「可愛い洋服を着ながら、誰よりも強い剣士になればいい。そうすれば雫のやりたいこともできるし、家族を喜ばせることもできる」

「えっ……そんなことできるの?」

 

 やはり、そんなこと想像もしていなかったという顔をしている。

 

「できないことはない。雫は日曜朝のアニメは見たりするか?」

「えーと。学校がお休みの日の朝はいつも稽古があるから……」

「なら一度見て見るがいい。可愛い女の子が派手な動きと技で悪と戦うよく出来た物語が見られる。極端な話、雫はアレを目指せばいい」

 

 ちなみに日曜朝のアニメは両親が欠かさず見ているので自然と俺も知識が増えてしまった。いつまでも子供心が抜けないおちゃめな両親である。

 

 

 それに見た目が可愛いのと戦闘力は何の関係もないことだというのは前世で嫌というほど知っている。

 

 見た目は愛らしい精霊が、凶悪な精霊魔法を使って俺の命を狙ってくるなど千年前には良くあることだったからだ。

 

「朝稽古があると言うなら今度母さんのBDを持ってきてやる。再生機械はあるか?」

「えーと、うん、たぶんあると思う」

 

 別に朝から晩まで休みなく稽古しているわけではないだろう。それなら開いた時間を趣味に費やせばいい。

 

「けど……おとうさん許してくれるかな?」

「なに、可愛い娘の言うことを聞かぬ父などいないだろう。きっと勇気を出して言えば聞いてくれるはずだ」

 

 案外、剣の道に一筋の男ほど、自分に娘が出来たら特別可愛がるものだ。むしろ娘に恋人などできようものなら全力で敵意を向けるような親バカになるまである。

 

 全てテレビの受け売りだが、なぜか信憑性があるように思えるな。

 

「でも……」

 

 どうやら踏み込むのにはもう一歩必要か。俺は手を後ろに回す。

 

(< 創造建築(アイリス) >)

 

 そうして創造の魔法にて作ったうさぎの小物を雫の目の前に差し出す。

 

「あッ! うさぎさんだ、かわいい!」

 

 愛嬌のあるうさぎの小物を手に目を輝かせながら喜ぶ雫。ふむ、母さんが集めている小物を再現したのだが、どうやら気に入ったようだな。

 

「これには少しだけ雫に勇気を与えてくれる魔法がかけられている。それを持って父や祖父に自分の気持ちを伝えるがいい。きっと通じる」

 

 この小物にかけたのは戦意向上の魔法だ。もっとも、初陣の新兵が使うような気休め程度の効果しか発揮せぬが、今の雫にはちょうどいいだろう。

 

「うんッ。ありがとう。えーと……」

 

 そういえば自己紹介をしていなかったな。改めて名前を名乗ろうと思ったが……

 

(……ふむ)

 

「アノス、アノス・ヴォルディゴードだ」

「うぉる……? 外人さん?」

 

 日本で名乗っている名前ではなく、あえて前世の名前を名乗る。当然聞き覚えの無い苗字で雫は困惑した。

 

「半分はな。アノスでいい」

「わかった。アノスくん。ありがとう」

「それでお前のやる気に繋がればよい。お前の才能は捨てるには惜しい。……そうだな。お前はこれから強くなる。この世界で必要かどうかはわからぬが、強くて困ることもあるまい。だから将来、強くなった暁には、その才能を生かすために俺の配下になるがいい」

「配下?」

「信頼できる仲間のことだ」

「わかった。大きくなったら、しずく。アノス君の配下になる!」

 

 恐らく意味などわかっていまい。だが、それでも……その顔には笑顔と意思が確かに感じられる。

 

 ***

 

 これが、ミリティアが創造した世界の外における彼らの始まり。

 

 

 唯我独尊を貫く魔王と、それに仕える魔剣士

 

 この二人とその他複数の仲間達が異世界にて名を轟かせるようになるのは、まだ少し先の話だった。

 

 

 

 おまけ

 

 数日後、雫を我が家に招待した時のこと。

 

「母さん、この子が道場の娘の……」

「八重樫雫です」

 

 礼儀正しく挨拶を両親に行う雫。

 

 だが、両親からの反応がない。まるで何かとんでもないものを見たかのような顔をしている。

 

「アノス……お前」

 

 父さんがプルプル震えながら雫を見る。雫も父さん母さんの反応が不安なのか俺に寄り添ってくる始末。

 

 さてどうしたものかと口を開きかけたが、母さんが回復した。

 

「アノスちゃんが……アノスちゃんが……」

 

 母さんは動転したように大声で口走った。

 

「わたしのアノスちゃんが、まだ7歳なのにもうお嫁さんを連れてきちゃったよぉっ──────!!!」

 

 いくらなんでも凄まじい勘違いである。

 

「ふぇっ!? わたしが、アノス君のおよめさん!?」

「あまり気にするな。母さんは少し早とちりなところがあるんだ」

「およめさん……私がアノス君のおよめさん……」

 

 だが雫も何やら顔を赤くして動揺が激しい。

 

 結局、父さんも勘違いしていることがわかり、家は一旦して雫の歓迎会とお祝いムードになったのだ。




アノスの両親はアノスの両親。本作だと早々に異世界に行くのであんまり出番はないかも。

なぜアノス達がこの世界に転生したのかは介入者説が濃厚。ただしエヒトではない。

本作でもヒロインポジションの雫ちゃん。アノス的には才能の割にはやる気が感じられないので発破をかけようくらいのつもりでしたが、思ってたより仲良くなった感じです。

次回は時間が飛んでありふれ原作プロローグ
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