かつての駅舎が、未来を育むターミナルに変貌を遂げた。フランス・パリのセーヌ川左岸にある、その名も「STATION F(ステーションF)」である。
フランス人実業家が創設し、2017年6月にオープンしたこの場所は、世界最大級のスタートアップキャンパスとも評される。エッフェル塔の高さと同等の奥行きを持ち、一つ屋根の下に約1000社もの企業が同居する。
フランスなのに“公用語”は英語。天窓から自然光が差し込み、コンテナを模したようなガラス張りの会議室が存在感を放つ。
開放的なキャンパスには、フランスのLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンやロレアル、米国のグーグル、メタといった超大企業が拠点を構え、ベンチャーキャピタルやビジネススクールも集う。大企業との共創から資金調達、起業家マインドの育成まで、すべてここで完結する、極めて理想的なエコシステムが構築されているのだ。
世界に大きく羽ばたくことを嘱望された有力企業の集積地。ここに24年9月、入居を果たした日本の地方企業がある。盛岡市に本社を置くヘラルボニーだ。何とも不思議な響きを持つこの社名。実は、創業者の兄が生み出した。
「謎の言葉」を社名に
18年、ヘラルボニーを共同設立した双子の松田文登氏・崇弥氏には4歳上の兄・翔太氏がいる。自閉症という先天性の障害のある翔太氏は小学生のころ、自由帳にヘラルボニーと何度もしたためた。
本人に、どんな意味なのか尋ねても答えは返ってこない。辞書を引いても、ウェブで調べても出てこないヘラルボニー。崇弥氏は、この謎の言葉に意味を与えたいと願い、社名に託した。
掲げたのは、障害に対する社会の冷たい視線を変えること。障害は個性であり、障害があるからこそ生み出せる、カラフルな魅力がある。それを「異彩」と表現し、「異彩を、放て。」を会社としてのミッションに据えた。
ヘラルボニーが挑むのは、障害のある作家たちが描くアートの収益化である。既に3000点以上のアート作品をデータ化し、ライセンス管理。それを企業と組んで商品化し、受け取った報酬の一部を、作家本人に還元するというビジネスモデルを確立した。
JAL、丸井グループとコラボ
今では国内外で243人の作家、60の福祉施設とライセンス契約を結ぶ(25年4月時点)。企業との取引は約150社と過去2年で3倍に増えた。売上高は年々倍増し、創業初年度の47倍に。作家や福祉施設に支払うロイヤルティー報酬もこの3年で15.6倍に急伸している(いずれも24年6月期)。
際立つのは、大手企業とのコラボだ。日本航空(JAL)は23年から、国際線のファーストクラス、ビジネスクラスで、ヘラルボニー契約アーティストの作品を配したオリジナルポーチの提供を始めた。
24年にはドリンクサービスで使う紙コップの柄に、ヘラルボニーのアートを採用。10月からの2カ月間で約600万個を配布した。
「ヘラルボニーカード」を発行しているのは、丸井グループだ。ヘラルボニーが有する“異彩を放つアート”をあしらったクレジットカードで、利用額の0.1%分が、ヘラルボニーを通じて作家の創作活動や福祉団体に支払われる仕組みだ。これが幅広い世代の共感を呼び、発行枚数は5万を突破した。
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