「何を成す、か」
質問に対して笑みを浮かべたミストの雰囲気が変わったことを、フィンとロキはすぐさま察知した。狡知の神としてあらゆる神を巻き込んできたロキは、目の前の相手が
「私はもう成した後の存在だからね……あまりオラリオに興味はないんだ」
その言葉は、ロキの表情を強張らせるには充分な情報が詰まっていた。ロキから見たミストは、異常な強さを持つ異世界から来た謎の存在程度であり、神の好奇心を満たすことのできるかもしれない面白い相手程度だった。しかし、その異常な力を持つミストがオラリオに興味がないということは、誘われることがあれば闇派閥にだって付くだろうということでもある。
「でも一つだけ、興味がある」
「……へぇ、なにか聞いてもいいんか?」
「いいとも。君たちもこの機会に観察してみるといいよ……英雄の素質というものを」
英雄の素質という言葉にフィンが反応しかけたところを、ロキが視線で制した。フィンがオラリオで冒険者をやっている理由を知っているロキは、ミストの言葉が持つ意味を理解した上でフィンは彼女の言葉に縋るであろうことを知っていた。だからこそロキはフィンを止める。今の彼は
ミストはロキとフィンの間になにかしらの攻防があったことを察しながら、楽しそうな笑みを浮かべたまま英雄と呼ばれる存在を夢想する。
「彼の名前はベル・クラネル……ロキ、私は英雄と呼ばれる者がどんな者なのか、見てみたいんだ」
「そうかい。なら自分でなればええやろ」
「いいや。私はもうラニの王だからね……私では大衆の認める英雄にはなれないのさ」
ロキはミストの言葉に心底困惑していた。彼女程の力を持っている者ともなれば、大衆の認める英雄とやらにもなることも簡単であるはずなのに、それは自分の役割ではないとあっさり投げ捨てる。にもかかわらず、英雄という存在が見たいがためだけにオラリオに居座っているという、まるで神のような知的好奇心。なにより、知的好奇心を満たす為ならば何をもするであろう神とは違い、ミストは伴侶であるラニに危険が及べば、なんの躊躇いもなくそのベル・クラネルという英雄の素質を持つ者ごとオラリオを滅ぼすであろうという確信。ロキはここでようやくミストという存在の異常さを正しく認識することができた。
ロキに止められていたフィンは、独り唇を噛む。大衆に認められる者が英雄であるというのならば、神から
「ほんなら、自分はその英雄を育てるためにオラリオにおるっちゅうことか?」
「いや、ラニが離れると言えばそのまま離れるさ。英雄は見てみたいが、ラニには代えられない……
まるで
「しかし、君たちに協力を求められれば応えることも考えよう。メリット次第だが」
「ほんならメリットがあれば、闇派閥にもつくんか?」
「勿論だとも。私はオラリオに興味がないからね」
あまりにも危険な存在である。決して心を許してはならず、適度な距離感を保たなければ、あっという間に自分たちが食い潰されてしまうほどの存在感。しかし、それは闇派閥側にとっても同じことであり、上手い関係を築ければ絶対なる切り札と成りえる。縋ってでもミストを味方につける必要性があるほどの事態が、この先起きないとも限らない。
ロキは自らの打算とも言える考えから頭を下げようとした瞬間、横にいたフィンがロキを止める。オラリオ最大派閥の主神が頭を下げるのは問題である。それでもミストに助力を願い、最低でも敵に成らないようにするためには頭を下げる必要があると、ロキは視線で必死に訴えるがフィンはゆっくりと首を横に振った。
「……今、主神のロキが助力の為に頭を下げようとしていたが、君はそれを受け取ってくれるかい?」
「勿論、受け取らない……なんなら今すぐ斬って捨ててもいいな。そんなつまらない連中などいらないだろう」
根本的に価値観の違うミストにとって、相対する者など利用できるか面白い者以外は全て敵である。ミストの雰囲気が変わってから疼いていた親指が、ロキが頭を下げようとした瞬間に、皮膚が裂けて血が噴き出るのではないかと思うほど強く疼くようになった。自らの危機を直感的に教えてくれる親指に感謝しながら、困ったような顔を浮かべていた。
(……選択を誤れば、即座に死にかねないな)
ロキと共に会話を重ねてきた中で、彼女の持つ異常な力の一端を把握したフィンは、疼く親指を一度舐めた。