10階層から出発したフェイド達は、紆余曲折ありながらも18階層へと到達した。
天井の水晶群が形作る青空の下、安全階層に広がる森林、大草原を越えてリヴィラの街に向かう。
大木の橋を渡って街の入り口に入ると、冒険者達で賑わう光景が目に飛び込んできた。
食人花の襲撃から日が浅いというのに、リヴィラの街はすっかり元通りとなっている。
「………………」
器材を抱えて商店や通りの階段を再築している者達を横目に、フェイドは指定された酒場を探す。
喧騒から離れた街の小径を通り、やがて辿り着いたのは街の北部。
そして、群晶街路付近の裏道にある岩壁に口を開けた洞窟だった。
「こんなところに、酒場があったんだ……」
閑散とした場所でひっそりと構えている店に、隣を歩くアイズが呟きを漏らす。
洞窟の入り口に飾られた看板に記載されているのは、黄金の穴蔵亭という文字。
中を覗けば木製の階段が地下へと続いており、この場所からも客の声が聞こえてくる。
赤い矢印に従って階段を下り切り、扉も仕切りもない空洞へ足を踏み入れると。
そこには、昼間から冒険者がたむろする酒場の光景が広がっていた。
黄色の水晶の柱が照らす酒場の広さは程々。等間隔に並べられた卓の上では、ニヤケ面の冒険者達が賭博に興じていた。
「んん? あれ、【剣姫】じゃないか!? こんなところで奇遇だな!」
「ルルネ、さん?」
店の中にはアイズの知己が居たのか、朗らかな表情で話しかけてくる。
「………………」
あれこれと会話する彼女らを素通りし、フェイドは改めて店内を見渡す。
事前に聞かされたとおり、酒場に居るのは十五人。全員がヘルメス・ファミリアの冒険者で間違いないだろう。
この十五名の冒険者と、協力して24階層の異常事態を鎮圧するのだ。
「おい」
「……あ、はい」
尚も話し込んでいるアイズに所定の席へ着くよう促しつつ、フェイドは歩き出す。
向かった先は、フェルズに言われた隅から二番目のカウンター席。ルルネと呼ばれた少女の一つ隣。
席に着くと同時にドワーフの主人が歩み寄り、問いかけてくる。
「注文は?」
そのまま、予めフェルズと決めておいた合言葉を、フェイドはここで口にした。
「【勇者の肉塊】」
フェイドが合言葉を伝えた瞬間、隣の椅子が盛大な音を立てて引っくり返る。
横を見れば、床に尻もちをついたルルネが信じられないといった顔で放心していた。
「そ、その
狼狽しながら発せられたルルネの言葉を皮切りに、店の中の様相は一変する。
酒を飲み、賭博に興じていた冒険者たちが一斉にテーブルから立ち上がり、こちらを見つめる。
「
「違うが」
捕捉しておくと、【勇者の肉塊】における肉の部分は【
蛮地に於ける最上のご馳走とされており、勇者に振舞われる料理である。
彼らが知ったところで特に意味は無いので、懇切丁寧に説明するような真似もしないのだが。
「貴方が【
やがて、囲むように立ち上がる者達の中から、とある女性がフェイドの前まで出てきた。
一房だけ白く染まった水色の髪に、銀製の眼鏡のレンズ越しに見える碧眼。
装備は純白のマントに、金の翼の装飾が巻き付いた一風変わった靴。
腰のベルトには、短剣の他にも複数の囊が吊るされている。
【
ヘルメス・ファミリアの団長にして、稀代の
彼女が開発した魔道具は、数多くの冒険者を救ってきたらしい。
「ああ」
そんなアスフィからの核心を突く質問に対して、フェイドはなんの惜しみも無く肯定する。
自分こそが【
「ってことは、前にあの気味悪い宝玉を渡したのも……?」
「俺だ」
「あの宿屋で頭潰されて死んでたのも……?」
「俺だ」
「な、何者なんだよ、お前……」
「【
いや、そういう意味じゃなくて。ルルネは身震いしながらも詮索とツッコミを入れてくる。
以前会った事を覚えているのか、或いはフェルズから事前に言われていたのか。
どちらにせよ彼らに周知すべきなのは、自分こそが【
「ルルネ、そこまでにしておきなさい」
「ア、アスフィ……でもさでもさ、気になるだろ。これから協力する奴の名前すら知らないなんて」
「素性を隠しているという事は、私たちと同じで脛に傷を持つ身なのでしょう。そして、噂通りの能力を持っているのなら、尚更素性を隠す必要がある」
「そ、それは───」
「───それに、元を辿れば貴女が脅しに屈した所為でこうなったんです。余計な顰蹙を買って、また厄介事を作るつもりですか?」
アスフィがその行いを咎めると、ルルネは耳を垂らしながら萎縮し、おずおずと引き下がって行った。
どうやら、フェルズは彼女を起点にヘルメス・ファミリアへの協力を取り付けたらしい。納得の人選である。
「……こちらの団員が失礼いたしました。改めて、よろしくお願いいたします」
「ああ」
アスフィから差し伸べられた手に、フェイドは手を差し出して握手をする。
「それで……そちらの【剣姫】は?」
「成り行きでついてきた」
「よろしく、お願いします」
「……状況がよく分かりませんが、貴方達が同行してくれるのであれば心強い」
ぺこりとお辞儀をするアイズに、銀縁の眼鏡をかけ直しながら困惑しつつ、アスフィは了承の旨を述べる。
そうして、【
オラリオ南東の街路。昼前の通行人が疎らな道を、一台の馬車が駆け抜けて行く。
馬車の中に有る窓から、フィルヴィスは流れてゆく街の景色をぼんやりと眺める。
ディオニュソスも隣に座っており、24階層で起こった異常事態の諸々の共有を済ませた後である。
昨日、フィルヴィスは日銭を稼ぐべく、フェイドを伴ってダンジョンに潜っていた。
そこで、24階層にて相次ぐモンスターの大量発生に騒然とする冒険者たちに遭遇した。
そして、中層を主な探索階層としている冒険者達からも、早急な解決を求められているのだが。
ギルドは今も尚沈黙を保っており、24階層関連の依頼が張り出される気配は無かった。
「………………」
ディオニュソスは目星を付けているのだろう。ギルドの不自然な沈黙には、ウラノスの神意が関わっているのだと。
荒波を立てずに収拾を図るつもりなのであれば、フェイドが今朝方ダンジョンへ向かった事にも辻褄が合うのだから。
十中八九、彼は秘密裏に事態を収拾すべく駆り出されている。ウラノスの傭兵として。
「………………」
一体、フェイドは今何をしているのか。そう考えた途端、フィルヴィスの視線はとある場所へ向かう。
自身の右手の薬指に嵌められた、淡い光を放つ【白い秘文字の指環】へと。
その指輪に念じれば、いかなる状況であっても駆けつける。今朝方、フェイドはフィルヴィスにそう言った。
どれだけ遠く離れていても、本当に来てくれるのか。フィルヴィスは指輪を眺めながら、そんな事を考える。
彼の言葉を疑っているわけではない。
ただ、確かめたかった。自身の
「──────」
そんな、子供じみた悪戯心が芽生え始めたところで。
「───そろそろ着くぞ、フィルヴィス。指輪を貰って嬉しいのは分かるが、いつまでも眺めていては乗り過ごしてしまう」
隣に座るディオニュソスに指摘され、フィルヴィスの意識は一気に現実へと引き戻される。
「あっ……!? 申し訳ございません、ディオニュソス様!」
「なに、構わないさ」
慌てた様子で謝るフィルヴィスに微笑を浮かべながら、ディオニュソスは問題無い旨を伝える。
それはさておき。現在は、何者かの手によって殺されてしまった団員の墓参りの帰り道。
ではなく、ロキ・ファミリアのホームに向かっている最中だった。
先日、食人花絡みの事件を調査していた際、彼女らはロキと護衛である眷属に遭遇した。
事件の首謀者なのではないかと疑いを掛けられながらも、こちらの事情を説明して一旦事なきを得る。
そして、ロキ達も食人花を追っているのだと分かったところで、本格的な協力を取り付ける腹積もりなのだ。
やがて、二人を乗せた馬車はオラリオの北部にあるロキ・ファミリアのホーム、【黄昏の館】へと到着する。
周囲一帯の建物と比べて高層の塔が連なる様相は、都市最大派閥の邸宅に相応しい存在感を放っていた。
「また来おった……」
そうして、門番に面会したいと伝えたところで、ほとほと嫌そうな顔をしたロキが出迎えてくる。
「気になる情報を仕入れたんだ。立ち話もなんだから、どこか腰を落ち着けてゆっくり話さないかい?」
土産として持ち込んだ特上の葡萄酒をちらつかせつつ話し合いたいと告げると、ロキは渋々ホームの中に招き入れてくれた。
外庭のガーデンテーブルの席にそれぞれの主神が座り、話し合いが始まる。
「で、なんや? 気になる情報っちゅうのは」
「地上では情報があまり出回っていないようだが、24階層でモンスターが大量発生していてね。中層以降の探索が出来ていない冒険者が多く出ているらしい」
「そんなん、とっとと適当なファミリアに
「ギルドは、この情報をひた隠しにしている」
受け取った葡萄酒に早速口をつけながら、ロキはギルドを怪しむディオニュソスを鼻で笑う。
「……ははん。さては自分、またうちに探り入れろとか言うつもりやあれへんやろな」
「そうだと言ったら?」
「阿保抜かせ、なんか隠してるってのは否定せえへんけどウラノスは白や。自分の言われたとおりにギルドまで出向いて、うちの目で確かめたんやから絶対間違いあら───」
そのまま、ロキが彼からの頼みを一蹴しようとしたところで。
「───あん?」
彼女の頭上から小さな羊皮紙の巻物が落ちてくる。上に視線を向ければ、何者かの使い魔と思しき梟の後姿が視界に映った。
「手紙かい?」
「みたいやな」
ディオニュソスとの話は一旦置いておき、ロキは羊皮紙を広げて中身を確認し始めた。
「アイズが24階層に行きおった……」
やがて、書き綴られた文章を読み終えたのち。ロキは天を仰ぎ、額を掌で叩きながら呟く。
それを聞いたディオニュソスは、優雅な所作で飲んでいた紅茶を派手に噴出した。
「──────」
拙い。咽せ返るディオニュソスを横目に、フィルヴィスは危機感を覚える。
「単なるモンスターの大量発生なら、何の相談も無しにアイズたんが依頼受ける理由もあらへん……」
以前、
彼女がフェイドの正体を知れば、その先の展開がどうなるかなど想像に難くなかった。
「っ………………」
今からでもフェイドを呼び戻すべきか。【白い秘文字の指環】を見つめ、フィルヴィスは逡巡する。
考えるだけでも身の毛がよだつ。彼が神々や人々の好奇の的にされてしまうなど。
「────フィルヴィス」
そんなフィルヴィスの動揺を見透かしたのか、ディオニュソスが小声で名前を呼んでくる。
その硝子のような瞳は物語っていた。なんとかしてみせるから、任せておけと。
「う~ん、どないしよ……フィンたちは出払っとるし……」
「【剣姫】が心配なのであれば、援軍を向かわせるべきだと思うが」
「なんや、うちを説得する手間が省けてラッキー! みたいな顔して」
「そう言われてしまうと何も言い返せないが、戦力に不安があるのなら私も力添えぐらいは出来るぞ」
眷属の独断専行に頭を悩ませているロキへ、ディオニュソスは提案を述べる。
自身の傍らに控えるフィルヴィスに、意味深長な視線を向けながら。
「……気持ちはありがたいんやけど、その子強いん?」
「勿論さ」
そして、胡乱げな面持ちで投げかけられた質問にも、堂々とした態度を崩さずに太鼓判を押す。
「なにせ、彼女は
そうして、フィルヴィスはアイズ・ヴァレンシュタインの後を追うパーティに同行する事となった。
ロキ・ファミリアの信用が欲しい。などと、明け透けに話すディオニュソスの頼みを聞き入れるような流れで。
「………………」
フィルヴィスからしても、ディオニュソスの申し出はありがたかった。
フェイドがアイズの対処にも手間取っているようであれば、彼の助けとなりたかったから。
慌ただしく出発の準備を整えている様子を眺めながら、そのように思う。
「またてめえか……」
しかし、一つ問題があるとすれば、ロキが選出したパーティのメンバーなのだが。
「………………」
【
豊饒の女主人での喧嘩から始まり、食人花が出現した下水道の調査。
そして、今回の臨時パーティの結成と、やたら遭遇率の高い下賤な
第一印象からして不愉快極まりなかったが、こうも望まぬ偶然が続くと憤りよりも先に萎えが生じる。
「はっ……だんまりかよ。前といい今回といい、愛しの
「……そうだな。
「あ"?」
売り言葉に買い言葉。口撃に舌鋒を返しつつ、凄んでくるベートを無視してフィルヴィスは【黄昏の館】を出て行く。
口喧嘩などしている暇が有ったら、フェイドを助ける為に一刻も早く24階層へ向かいたかった。
「あちゃ~……こりゃ責任重大やな、レフィーヤ?」
「えぇっ、私!?」
彼女らの険悪な様子を見たロキは頭を掻きながら、もう一人のパーティメンバーであるレフィーヤの肩に手を置いて、無慈悲に告げる。
この臨時パーティの命運は、お前の双肩に託したと。
「まあ、あの
「わ、分かりました……!」
だが、戸惑いを見せながらも、レフィーヤはディオニュソスの助言を聞いて一念発起。
荷物を背負い直し、山吹色の髪を健気に揺らしながら二人の後に続いた。
「っちゅうか……アイズたんを蔑ろにしおった世捨て人はおらへんの?」
そんなレフィーヤの後姿を見送りつつ、ロキは
「世捨て人……ああ、フェイドの事かい? 彼は昔から独断専行と単独行動が大好きでね……今頃はダンジョンを自由気ままに探索しているだろう」
「……ふーん。まあええわ」
暫く姿を見ていないので気になったが、あの男とベートが遭遇した場合、余計に揉める未来が想像できた。
なので、ディオニュソスの返答の内容については深く考えず、ロキは残りの葡萄酒を飲み干した。
そうして、フィルヴィスを加えた三人組のパーティは24階層を目指す。
最初こそ前途多難と思われたが、意外にもフィルヴィスとベートは揉めるような真似はしなかった。
その結果、消耗は皆無と言える程に順調なペースでダンジョンを進められた。
「ふ、ふぅ……」
現在位置は18階層。モンスターが生成されない
此処まで
「………………」
ベートには舌打ちをされたが、フィルヴィスは嫌な顔一つせず歩調を合わせてくれた。
それだけでなく、此処に来るまでレフィーヤをモンスターから庇ってくれてもいる。
ディオニュソスの言っていた通り、彼女はベートとの相性が致命的に悪いだけだったらしい。
彼と相性の良い人間など、同じファミリアであるレフィーヤも知らないのだが。
それはさておき。アイズの行方に関する手掛かりがない現状で24階層に向かうのは悪手。
故に、一行は目撃情報を集めるべくリヴィラの街に立ち寄った。
その結果、アイズは確かにこの街へ立ち寄り、怪しげな団体と行動を共にしていたという情報を手に入れる。
金に糸目をつけず、予備の武器やポーションなどを買い込んでいたとも。
買い物の内容からして、少なくとも
そんな折。
「お前等、【
街の頭領の男、ボールス・エルダーからそのような質問を投げかけられた。
「フィルヴィスさんに、何かあったんですか……?」
不吉な名前の響きに心がざわついたレフィーヤは、渾名の由来について恐る恐る尋ねる。
そうして、ボールスはフィルヴィスが居た方角を一瞥した後、彼女にまつわる話を語った。
曰く、【
曰く、彼女は27階層の悪夢という
曰く、事件を経てから彼女とパーティを組んだ冒険者は、原因は違えど壊滅の憂き目にあっている。
そうして、彼女と関われば、遅かれ早かれ死ぬ。そんな噂が冒険者の間で生まれたのだという。
今でこそ、
「っ………………」
ボールスの口から語られる話は、此処までの道中を踏まえると俄かには信じがたい話だった。
だが、彼が嘘をついているようにも見えず、レフィーヤは耳を傾けながらも考え込む。
「落ちる時はとことん落ちる、ってのは
「縁起でもない、か?」
すると、店の出口側、レフィーヤの背後から会話に混ざる者が現れた。
噂の張本人、フィルヴィスである。据わった眼差しをボールスに向けており、有無を言わせない圧を身に纏っている。
「な、なんだよ……文句あるってんなら俺じゃなく───」
「───そんなものは一切無い。お前らの噂を否定して彼らが生き返るなら、幾らでも否定してやるつもりだがな」
しかし、フィルヴィスは口籠るボールスを責める訳でもなく、首を横に振った。
「……はんっ、くだらねえ。あの時酒場で噛みついてきやがったのは
横で一部始終を聞いていたベートは、そんな言葉を吐き捨てて立ち去ってゆく。
彼に便乗して、ボールスも誤魔化すような口笛を吹きながら店の奥へと引っ込んで行った。
「………………」
遠ざかる背中を無感動に見送ったのち、フィルヴィスが有する赤緋の瞳は、とある方向へと焦点を移す。
パーティ殺しの
フィルヴィスの双眸は、静かに問うていた。私の過去を知ったお前は、どうするのかと。
「っ──────」
何も、言葉が出てこなかった。
否。
何を言っても、彼女に届く気がしなかった。
何故ならば、レフィーヤはフィルヴィスと違い誰一人として仲間を失った経験が無い。
同情も同調も、上辺だけを綺麗に取り繕った、醜悪なハリボテにしかならないのだから。
だが、ここで何も言わなければ、彼女は一人でも構わず24階層へ向かってしまうだろう。
それは、とても嫌だった。
「───私、とっても弱いです!」
躊躇や逡巡を挟みながらも、レフィーヤは精一杯の勇気を振り絞って声を上げる。
「誰かの援護がなきゃ、碌に詠唱も出来ません! 一人でまともに戦えません!」
此処までの道中、格下である筈のモンスターに苦戦した無様を思い返しながら。
「今までも沢山仲間の足を引っ張ってきました! 多分、このままだと貴女の足も引っ張ります!」
これまでの冒険で嫌というほど思い知らされた、己の弱さを吐露しながら。
「それでも……それでも……っ!」
そして、目の前に居るフィルヴィスを見つめ、眦を吊り上げる。
「きっと、最後には貴女に思わせてみせます! 私たちとパーティを組んで良かったって!」
だから、どうか一緒に来てくれませんか。
レフィーヤは懇願して頭を下げた。そして、それ以上何も言わず、フィルヴィスへと手を差し出す。
「っ………………」
沈黙が息苦しい。心臓の音が五月蝿い。そんな弱音を心の中で叫びながらも、レフィーヤは手を下ろそうとはしない。
「……お前も、あいつのように私に選ばせるんだな」
やがて、永遠にも思えた静寂の後。彼女の口から呟かれたのは、昔日を懐かしむような言葉だった。
「……試すような真似をして悪かった。顔を上げてくれ、レフィーヤ・ウィリディス」
そのまま、フィルヴィスはレフィーヤの手を取り、顔を上げるよう促す。
彼女の行動が意味していたのは、パーティとして捜索を継続をするという意思。
「フィルヴィスさん……!」
緊張から解放されたレフィーヤは、感極まりながら両手で彼女の手を掴もうとする。
しかし、そこまでの接触は許したくないのか、フィルヴィスはするりと躱して背を向けた。
「喜んでいる場合か。さっさとあの
「はい!」
素っ気ない態度にすら嬉しくなったレフィーヤは、笑顔で頷きながら彼女について行く。
そうして、パーティの編成に変更は無く、三名の冒険者達はダンジョン中層へと足を進めた。
「……ところで、ずっと聞きたい事があったんですけど」
「なんだ」
18階層を出る直前、レフィーヤは遠慮がちに話を切り出す。
「黒装束のヒューマン……ストレンジアさんとは、仲直りって出来たんでしょうか」
以前、魔女の家で遭遇したフェイドとの喧嘩の行方について。
「お、お前、どこでその話を知った!?」
すると、フィルヴィスは露骨に狼狽し、話の出所を問い質そうとしてきた。
弾かれるような勢いでレフィーヤに掴み掛かり、肩を前後に揺さぶる。
「きゃっ!? ちょっ、違うんです! ちょっと、あの人に相談を受けて……!」
「相談!? あいつが見ず知らずの他人に相談なんて───」
「───喧しいぞ馬鹿エルフ共! くだらねえ話に時間使ってねぇでとっとと歩け!」
「黙れ駄犬! 今はそれどころじゃない!」
「あ"あ"!? てめえなんつった!?」
そうして、レフィーヤの長い耳に開戦を告げるゴングの幻聴が聞こえてくる。
そうして、己の軽挙を後悔するレフィーヤを余所に、更なる一悶着が勃発した。
一方そのころ、ダンジョン23階層にて。
「ジャガ丸くん……! しかも、揚げたて……!」
「うめっ……うめっ……うめっ……」
「はむっ……はぐっ……はふっ……」
「あむっ……甘っ!? なんだこの味!?」
「な、なあアスフィ。あいつ、うちのファミリアに勧誘しないか? 連れてくだけで出来立ての飯が食べ放題なんて最高すぎるだろ!」
「ルルネ……先ほどまでの警戒心は何処に行ったのですか……」
「………………」
罵り合うフィルヴィス一行とは対照的に、フェイドは携行食として買い溜めたジャガ丸くんを、冒険者達と仲良く一緒に頬張っていた。