祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第26話【Tailwind】


 

 

 

「──────」

 

 時計の針が午前七時を指した瞬間、フェイドは目を覚ましベッドから身体を起こす。

 そのまま即座に立ち上がり、部屋の窓際に置かれた植木鉢の様子を窺う。

 

 これは、一年の節目に渡した指輪の返礼として、フィルヴィスから贈られた聖樹の苗木である。

 聖樹といっても、新たな律たらんとしたミケラの聖樹とは、全く異なる代物なのだが。

 更に付け加えると、あの聖樹のように腐敗させるつもりは毛頭ない。

 

 それはさておき。窓から差し込む日光を浴びた苗木は、青々とした若葉をフェイドに見せていた。

 フィルヴィス曰く、最初の世話さえ怠らなければ後は勝手に育つぐらいには丈夫な植物らしい。

 生育環境によっては、その樹齢は千年にまで及ぶようだ。

 

 そして、数年程度の時間で順調に育てば、春の季節に枝葉から純白の花々を咲かせると言っていた。

 土が若干乾いていたので、フェイドは虚空から取り出した如雨露で水を与えてゆく。

 

「………………」

 

 そのまま、水を滴らせる若葉を眺めたのち。

 

 苗木に向けて【黄金樹の恵み】と【黄金樹に誓って】を発動した。

 

 黄金の光に包まれた苗木は、活力を漲らせた。ついでに攻撃力と防御力も増した。これで、並大抵の事では枯れはしないだろう。

 

 やがて、目覚めのルーティンを終えたフェイドは、寝間着から密使の黒装束に着替える。

 そして、部屋から出たのち渡り廊下を歩いて行き、屋敷の本館にある食堂へ向かった。

 

「おはよう、フェイド」

 

「ああ」

 

 他の団員達も行き交う中、フェイドはフィルヴィスの姿を見つけ、挨拶を交わしながら黙々と料理の配膳を手伝う。

 少し前までは人目を憚り、団員が出払った時間帯に朝食を摂っていたのだが、今では気にしなくなったらしい。

 

 とはいえ、二人の近くに座ろうとする猛者は今のところ現れておらず、周囲は依然として空席なのだが。

 

「……今日からまた任務、だったか?」

 

 そうして、準備が終わり各々が料理に手を伸ばす中、フィルヴィスは今日の予定について尋ねてくる。

 

「そうだ」

 

 ハムと卵が挟まったサンドイッチを頬張りながら、フェイドは肯定した。

 朝食を終え次第、これから単独でダンジョンに向かうと。

 

 リヴィラの街での騒動からおおよそ一週間、フェルズから任務が発令された。

 内容は、30階層の時と同様、24階層の食料庫(パントリー)を占拠する食人花の制圧である。

 

 下層である30階層ならば兎も角、24階層はある程度踏破できる者も居るため、冒険者達の間で騒ぎとなっているのだ。

 食料庫(パントリー)を奪われたモンスター達が餌を求めて移動し、疑似的な怪物の宴(モンスターパーティー)が相次いでいると。

 故に、ウラノスやフェルズから被害が拡大する前に迅速な事態の収拾を求められていた。

 

「………………」

 

 湯気が立つオニオンスープを喉の奥に流し込みつつ、フェイドは今後の展開について予想する。

 怪人(クリーチャー)勢力の活発化に伴い、今回のように任務の頻度も増えるのだろうと。

 

 懸念されるのは、度重なる任務によるフィルヴィスの機嫌の悪化。

 現時点で、この問題についての根本的な解決は為されていない。

 

「何かあればその指輪で俺を呼べ」

 

 だが、何も手を打っていない訳ではなかった。物憂げな表情を浮かべるフィルヴィスに対して、フェイドはそのように述べる。

 

 先日贈った【白い秘文字の指環】。本来の用途としては、血の指や背律者対策の代物だ。

 しかし、彼女に渡してから数日の時間を経て、新たな事実が判明したのだ。

 

「……呼ぶというのはどうやって?」

 

「念じろ」

 

 それは、【白い秘文字の指環】の持ち主の思念によって、対となる【青い秘文字の指環】が反応する事である。

 霊体として転送する程の機能は無いが、これによって漠然とした位置の把握と簡易的な交信が出来るようになった。

 

「念じれば必ず駆けつける」

 

 如何なる状況であっても。フェイドがそう言うと、フィルヴィスは右手の薬指に嵌められた白い指輪を眺める。

 

「……わ、分かった」

 

 戸惑うような声色だったものの、彼女は了承を返した。一先ずは、こちらの言葉を信用する事にしたらしい。

 この場はどうにか乗り切れたと判断し、フェイドは卓上の朝食を次々と平らげてゆく。

 

「冷めるぞ」

 

「───わ、分かってる!」

 

 頬を紅潮させ、いつまで経っても指輪から目を逸らそうとしないフィルヴィスに、このままでは料理が冷めると伝えつつ。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

『───【彷徨う者(ストレイド)】の立ち位置を明白にしよう』

 

 ディオニュソス・ファミリアのホームから出発し、フェイドが一人でダンジョン9階層を歩いている最中。

 突然、フェルズは眼晶(オクルス)越しに訳の分からない事を言い出した。

 

「どういう事だ」

 

 発言の意図を読めずにフェイドが聞き返すと、フェルズはその理由について説明をし始める。

 

『今回のヘルメス・ファミリアとの協同任務で、君がどういった者なのかを周知させる』

 

 今回協力して任務にあたる相手は、異端児(ゼノス)ではなくヘルメス・ファミリア。つまり冒険者である。

 

 どうやら、台頭を好まない主神の意向から、ギルドへ構成員のLvを虚偽申告していたらしい。

 彼らの行いは、ファミリアの等級の偽造と同義。つまり、オラリオに於いては脱税に繋がる。

 その弱みに付け込んで脅迫し、今回の異常事態の対処にあたらせたというのが事の経緯だった。

 

「素性を明かすのか」

 

 だが、思惑が何であれ冒険者と行動を共にするのであれば、情報が漏洩する危険性がある。

 それを看過してまで、頭数を揃える事を優先するのか。確認の意味も込めて、フェイドは再度問う。

 

『いいや、言っただろう。【彷徨う者(ストレイド)】の立ち位置を明白にしようと。君が何者かは誰も知る必要は無い』

 

 秘密は秘密のまま、ヘルメス・ファミリアを通じて【彷徨う者(ストレイド)】が秩序側である事を示す。それこそがフェルズの狙いのようだ。

 

「………………」

 

 目下の懸念点であるロキ・ファミリアは、今の所【彷徨う者(ストレイド)】の実在を吹聴せず、沈黙を保ったままだった。

 

 それもそのはず。フェイドが有する異能はオラリオ全体を巻きこむ火種、或いは火薬庫である。

 迂闊に実在を明かせば、【彷徨う者(ストレイド)】との全面戦争かファミリア間での争奪戦が起こり得る。

 故に持て余し、こちらの出方を窺っているというのが、フェルズの所感だった。

 

『神ヘルメスにも、ウラノスを通じて頼んである。任務成功の暁には、とある噂を流して欲しいとね』

 

 24階層の異常事態を解決したのは、【彷徨う者(ストレイド)】なのだという噂を。食人花の存在を仄めかしたうえで。

 

 ロキ・ファミリアが食人花絡みの事件を追い続けるのであれば、自ずと今回の一件を知る。

 彼らが日和見をしている間に、オラリオに仇為す敵ではないという事を示せれば。

彷徨う者(ストレイド)】の秘密や正体を暴く以上の価値を示せれば、彼らの大義名分は消失するのだ。

 

「そうか」

 

 そして、幸いな事にフェイドは直接的な人的被害を一件も出していない。寧ろ、ついでに助けた冒険者は数多く居る。

 これまでに撒き散らしてきた謎という点は、今回の活躍によって理解という線で繋がるわけだ。

 

『それに、敵の戦力は未知数。今後、君と異端児(ゼノス)達だけでは対処しきれない状況になる可能性がある』

 

 丁度、彼らも手が空いていない状況だからね。フェルズは心配するような声色でそう呟く。

 現在、示し合わせたかのように活発化した密猟者によって、異端児(ゼノス)達は動けない。

 ヘルメス・ファミリアの違法行為は、こちらの陣営にとって渡りに船だったのである。

 

 ゆくゆくは、都市最大派閥であるロキ・ファミリアとも協力体制を築ければ。というのが、今後の展望だった。

 

「今回の任務、その連中と俺だけで足りるのか」

 

 一つ問題があるとすれば、今回の任務が失敗した場合、【彷徨う者(ストレイド)】について語る者が居なくなる点なのだが。

 

『……正直に言えば、少し心許ないな。せめて、第一級冒険者がもう一人……二人は欲しい』

 

 24階層の食料庫(パントリー)には、前回と同様に宝玉が収められていると思われる。

 あれは、食人花ではなく宝玉の胎児を生育する為の揺籠のような物なのだろう。

 

 であれば必然、レヴィスを始めとした怪人(クリーチャー)が番人としてそこに待ち構えている筈。今度こそ奪取されず、宝玉を育て切る為に。

 

 一対一ならば最早遅れを取る道理は無いが、混戦となれば話は変わってくる。

 そして、ヘルメス・ファミリアの戦力は中堅以上とはいえ、異端児(ゼノス)達に劣る。

 そんな彼らが食人花を堰き止め、フェイドとレヴィスを隔離してくれる保証も無いのだ。

 

『まあ安心してくれ。つい先程、一人だけ第一級冒険者の当てが出来た』

 

「それは誰だ」

 

『私の予測が正しければそろそろ───』

 

 しかし、フェルズがその者の名前を言おうとした直前。

 

「───あの、すみません」

 

 フェイドは背後から来た冒険者に声を掛けられた。

 

 咄嗟に眼晶(オクルス)を虚空に仕舞いつつ、フェイドは声が聞こえた方向に振り返る。

 

 そこに居たのは、アイズ・ヴァレンシュタインだった。仲間の姿は見えず、一人でダンジョンに潜っている最中のようだ。

 

「………………」

 

 彼女がフェルズの言っていた第一級冒険者の当てという奴なのか。そう思ったフェイドは、黙って言葉の続きを待つ。

 

「白い髪の男の子を見ませんでしたか?」

 

 どうやら違ったらしい。

 

 そして、人探しの最中なのか、アイズは続け様にその人物の特徴を伝えて行方を聞いてくる。

 

「見ていない」

 

 今回の任務と関係が無いならば、彼女と会話する時間は無駄。フェイドは首を横に振って、何も知らない旨を伝えた。

 

「───その瞳」

 

 だが、フェイドが再び歩き出そうとしたところで、アイズは瞠目して兜の隙間から覗く()()()()()を見つめてくる。

 

 そこで、フェイドは己の失策を悟った。ついでに、彼女の観察眼と記憶力を見くびっていた事も。

 

「あの、貴方は……リヴィラの街で赤髪の人と戦ってた───」

 

「───人違いだ」

 

 面倒になったので、フェイドはアイズを無視して歩き出す。尚も彼女は付いてくる。

 

「目の色も……声だってあのときと同じ───」

 

「───偶然だ」

 

 億劫になったので、フェイドはアイズを無視して走り出す。尚も彼女は並走してくる。

 

「ヴィリーの宿で殺されてたのも、貴方───」

 

「───死体は喋らない」

 

 厄介になったので、フェイドはアイズを無視してトレントを呼ぶ。尚も彼女は追走してくる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 そして、素の状態で追いつけないと分かるや否や、アイズは自らの代名詞である風の付与魔法(エンチャント)を発動。

 その爆発的な加速を以って、フェイドとトレントの前に躍り出た。

 

「知りたい、です。貴方の事」

 

 身に纏う気配の変化からして、彼女はこの数日の間で位階(レベル)を上げたらしい。

 怪物祭(モンスター・フィリア)でも言ってきた台詞を聞き流しつつ、フェイドはそんな印象を抱く。

 

「話す義理は無い」

 

 フェイドはそう言って一蹴し、トレントと共に右にずれる。

 

「義理を、作れば良いんですか」

 

 アイズはそう言って食い下がり、風を纏いながら右を塞ぐ。

 

 ここまで拒絶の意を示しているというのに、彼女は一歩も引こうとしない。それどころか、更に距離を詰めてくる。

 

「貴方は、豊饒の女主人や怪物祭(モンスター・フィリア)で白装束のエルフの人と一緒に居た……フェイドさん、ですよね?」

 

 そして、こちらが何者であるかに気付いて、核心を突いてくる始末。

 悪い方向に冴え渡るアイズの推理に、フェイドは閉口せざるを得なかった。

 

「まだ誰にも、話してないです。貴方の事」

 

「………………」

 

 しかし、箝口を交渉のカードにするつもりならば、答えは依然変わらない。

 その発言が嘘か真か判断出来るだけの材料が、こちらには揃っていないのだから。

 

「本来の目的は良いのか」

 

 なので、フェイドはその場凌ぎを決行する。

 

「………………?」

 

「あそこに白髪頭の少年が居る」

 

「………………!」

 

 フェイドが指差しながらそう言うと、アイズは思い出したかのような顔で指先の方向へと振り返った。

 

 

 

 嘘なのだが。

 

 

 

 生じた一瞬の隙を用いて、フェイドはトレントの脇を蹴って発進。アイズの横を通過し一直線に駆け抜けてゆく。

 

「待って……!」

 

 そして、迷宮の入り組んだ通路や複雑な地形、モンスターの出現すらも遺憾なく利用し、出遅れたアイズを突き放す。

 瞬発力は兎も角、最高速と速度維持はトレントが優っているようで、然程労せずして追跡を撒く事が出来た。

 

「………………」

 

 そのまま、濃霧に覆われた10階層まで降りて身を潜めたところで、眼晶(オクルス)を取り出して通信を再開する。

 

「フェルズ、どうにかしろ」

 

『今回に関してはなんとなく予想がつくな……アイズ・ヴァレンシュタインと遭遇したのかい?』

 

「俺の素性も看破された」

 

『………………マジで?』

 

「ああ」

 

『そ、それは予想外なんだが…………取り敢えずは任せてくれ。策は予め練ってある』

 

 成功率は八割といったところだがね。そんな言葉と共に、フェルズはあれこれと今後の段取りについて共有してくる。

 あれこれと策謀を巡らせるのは、賢い奴に任せれば良い。そんな思考と共に、フェイドは黙って指示に従う。

 

 そうして、第一級冒険者を任務に巻き込むための悪巧みが始まった。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

「………………」

 

 また、逃げられてしまった。

 

 何処からともなく出現した芦毛の馬に跨り、迷宮の奥深くへと走り去った彼を見失い、アイズはがっくりと肩を落とす。

 

 現在探しているあの少年といい、最近の自分は何故こうも逃げられてしまうのか。

 

「……早くあの子を探さなきゃ」

 

 いずれにせよ、このまま二兎を追って一兎も得られない結果となるのは、誠に遺憾である。

 もとより、厄介事に巻き込まれた少年を助けたいというギルド職員の頼みから、アイズは上層を探し回っていたのだ。

 

 今第一に優先すべきは、未知なる強さへの執着ではなく人助けである。そう己に言い聞かせ、アイズは気を取り直して走り出した。

 

 ダンジョンの正規ルートを駆け抜けながら、道行く冒険者達に目撃情報を尋ねて回る。

 そして、10階層にまで降りてゆく姿を見たという情報を聞き、アイズはそこまで来た。

 

 始点となる広間を飛び出すと、迷宮に立ち込めるのは白い霧。

 視界を妨げるこの霧は、10階層から始まる迷宮の陥穽である。

 人の探索がより難しくなった環境の中、アイズは意識を研ぎ澄ませながら進む。

 

「………………!」

 

 そして、正規ルートを辿ったところで、アイズの耳は戦闘音を拾う。

 即座に転進して音の鳴る方へ向かえば、遂に件の少年を発見した。

 

「──【ファイアボルト】!」

 

 次の瞬間、砲声とともに繰り出された炎雷が、霧の海を切り裂く。

 金の瞳に映ったのは、爆砕するオーク、そして腕を突き出した白髪の冒険者。

 そこには、あの時ミノタウロスから逃げ惑っていた新米冒険者など、何処にも居なかった。

 

 二十日間。常識では考えられない短期間で、少年は10階層で戦える程に成長していた。

 超短文詠唱の魔法を駆使し、モンスター達と果敢に戦う姿を見て、ある種の感嘆を覚える。

 

 しかし、悪戦苦闘している状況には変わりない。アイズは少年を援護すべく、モンスターの群れへと駆けた。

 そのまま、Lv.6に昇華した戦闘能力を遺憾無く発揮し、怒涛の勢いでモンスター達に斬撃を見舞う。

 アイズが加勢した途端、少年を取り囲んでいた敵は瞬く間にその数を減らしてゆく。

 

「す、すいません!」

 

「あ」

 

 だが、包囲網が崩れると同時に少年は駆け出した。

 

 焦燥を滲ませた声だけを残し、脇目も振らず広間の出口へ。アイズが振り向いた頃には、少年の姿は既に霧の奥へ消えてしまっていた。

 

「行っちゃった……」

 

 片手間にモンスターを全滅させたアイズは、静まり返った草原で一人呟く。

 上層でのミノタウロスの一件や酒場での一件を謝りたいのだが、すれ違う状況が続いていた。

 

「………………」

 

 戦闘の拍子に落としたと思われる少年の防具を拾いつつ、アイズはこれからの行動について考える。

 

 後を追おうにも、辺り一帯を包む濃霧の中で再び探し出せるかは怪しい。

 それに、少年は並大抵の危機にも対処出来る程度の実力は身に付けている。

 故に、これ以上の干渉は不要なのではないかと、アイズは判断に迷っていた。

 

「…………はぁ」

 

 手が空いた途端に脳裏をよぎるのは、芦毛の馬に乗って遠ざかってゆく彼の後ろ姿。

 何かの間違いでもう一度遭遇出来れば。そんな、都合の良い考えが浮かぶ。

 とはいえ、この場であれこれ考えていても詮無き事。アイズはそのまま踵を返す。

 

 だが、10階層の正規ルートまで戻ったところで、アイズは再度足を止めた。

 

 

 

 何故ならば、件の彼が一般通過していたから。

 

 

 

 あたかも、先程の願いが通じたかのように。

 

 

 

 先ほどの鎧から着替えているものの、彼が身に纏っている戦鬼の鎧は見覚えがあった。

 濃霧が見せた幻ではないのだと目を擦って確認しつつ、アイズは彼の前に立ちはだかる。

 

「あの……逃げないんですか?」

 

 しかし、彼は逃げようとせず、色褪せた瞳を向けるばかり。

 

「状況が変わった」

 

 アイズの問いに対して端的な答えを述べ、彼は枯れ木に寄り掛かる。

 

「──────」

 

 そうして、怪訝に思いながらも無言で見つめ合っていると。彼の背後、霧の奥から何者かの気配を察知した。

 立ち込める霧を前にして、アイズは目を細める。プロテクターを持ち直し、鞘に収めた剣を抜き放つ。

 

『……気付かれてしまうか。お見逸れする』

 

 やがて、霧が揺らめくと同時に浮かび上がるのは、漆黒の影。

 黒ずくめのローブを纏い、闇で塞がったフードの中身は何も見通せず、両手には複雑な紋様の手袋をはめている。

 その佇まいは、本当に人間なのかと疑ってしまうような言葉にできない存在感があった。

 

「私に、何か用ですか?」

 

 性別もわからない黒衣の人物の登場に、アイズは警戒を緩めず尋ねる。

 

 つい先程、態度を変えた理由について尋ねた際、状況が変わったと彼は言った。

 その理由が、あちらにとって不都合な情報をアイズが知り過ぎたという事なのだとしたら。

 口を封じるためにアイズの排除に動いたとしても、なんら不思議ではなかった。

 

「ああ、その通りだ。だが言う前に、その剣を下ろしてほしい。私達は君に危害を加えるつもりはない」

 

 しかし、臨戦態勢を取るアイズに対して、黒衣の人物は敢えて剣の間合いに入り、自身の生殺をこちらの手に委ねた。

 

「………………」

 

 そして、アイズが最も警戒する彼は、相も変わらずぼんやりしているだけ。

 その言葉や所作からして、彼らからは微塵の敵意も感じられない。

 以上の点を踏まえて、一先ずは話を聞こうと剣を下げる事にした。

 

「貴方達は、誰ですか?」

 

「そこの彼は君達冒険者が噂する【彷徨う者(ストレイド)】。そして、私はしがない魔術師(メイジ)といったところかな」

 

「やっぱり……」

 

 黒衣の人物の発言に、アイズは自分の勘が間違っていなかった事を再確認する。

 枯れ木に背を預けたまま微動だにしない彼は、先日リヴィラの街にて遭遇した【彷徨う者(ストレイド)】なのだと。

 

「……貴方達の目的は、なんですか」

 

「それについては、私達の用件を説明しながら話そうか」

 

 そうして、アイズの問い掛けを皮切りに、素性の知れぬ二人組との話し合いが始まった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 結果として、戦力の補充というフェルズの目論見は通った。

 アイズ・ヴァレンシュタインに冒険者依頼(クエスト)を出すという形で。

 見た目からして怪しい連中からの依頼だというのに、彼女は首を縦に振った。

 

 理由は幾つかあると思われる。

 

 まず、依頼を達成した暁に支払われる多額の報酬。次回の遠征を控えるロキ・ファミリアの軍資金にでも充てるつもりなのだろう。

 

 次に今回の依頼の内容、占拠された食料庫(パントリー)が宝玉に関係する事象であったこと。

 自身の風に過剰反応したという例の宝玉の正体を確かめるには、うってつけの機会なのだ。

 

 そして、決定打となったのは。

 

彷徨う者(ストレイド)】、フェイド・ストレンジアの情報開示。フェルズはフェイドの情報を釣り餌に、アイズをこちら側へ引き込んだ。

 無論、同じファミリアの者であっても、ファミリアの主神であっても、質問から得た情報は絶対に口外しないという条件を課したうえで。

 

「………………」

 

 そうして、合流地点であるリヴィラの街に向かう傍ら。フェイドはアイズからの質問攻めという憂き目にあっていた。

 道中の戦闘を殆ど彼女に押し付けているにも拘らず、モンスターを処理する片手間で次々と質問を飛ばしてくるのだ。

 

「フェイドさん」

 

「なんだ」

 

「貴方は、どうして恩恵(ファルナ)が無いのにモンスターと戦えているんですか」

 

「敵から奪ったルーンを力に変えたからだ」

 

「ルーンって何ですか」

 

「お前たちの恩恵(ファルナ)経験値(エクセリア)と似たようなものだ」

 

「成程……」

 

 アイズはそう返事をしながら、ハード・アーマードの突進を難なく躱す。

 相手が旋回しようとした瞬間を見計らって、硬い外皮諸共貫く。

 

「フェイドさん」

 

「なんだ」

 

「貴方は、何処から来たんですか」

 

「狭間の地から追放されて来た」

 

「狭間の地って、何ですか」

 

「霧の彼方にある、祖先の故郷らしい」

 

「どうして、追放されちゃったんですか」

 

「壊れた神を殺そうとした」

 

「成程……」

 

 アイズはそう返事をしながら、アルミラージ達が投擲する石斧を難なく弾き返す。

 得物を失い逃げようとする兎の群れを、一瞬にして細切れにする。

 

「フェイドさん」

 

「なんだ」

 

「リヴィラの街で、私たちから逃げる時に出て来た、あの鷹は何ですか」

 

「【嵐の鷹、ディーネ】だ」

 

「どうして、私と同じように風を操れるんですか」

 

「嵐の王の配下だからだろう」

 

「嵐の王って誰ですか」

 

「昔、ストームヴィルという城に君臨していた、鷹たちの王らしい」

 

「成程……」

 

 アイズはそう返事をしながら、ヘルハウンドの火炎放射を難なく掻い潜る。

 側面に回り込むと同時に、無防備となった頸を切り飛ばす。

 

「フェイドさん」

 

「なんだ」

 

「貴方は、不死身なんですよね」

 

「ああ」

 

「……どうすれば、私も貴方のようになれますか」

 

()()()()()()。アイズの言うそれが、不死身となる方法を知りたいという意味ならば。

 

「不可能だ」

 

 それ以外にフェイドが言える事は無かった。

 

 その返答を聞いて手が止まったアイズの隙を補うように、フェイドは【雷の槍】を放つ。

 鋭い軌跡が彼女の真横を通過し、大石斧を振り下ろそうとしたミノタウロスを抉り穿つ。

 

「どうして、ですか」

 

 重たい身体が地面に倒れ伏す様子を眺めていると、アイズは尚も食い下がってきた。

 黄金樹を想起させるアイズの金眼を、色褪せた瞳で見返しながらフェイドは口を開く。

 

「お前は祝福されていない」

 

 狭間の地を離れて尚、未だこの身に宿る回生の力。それは、とある者がフェイドに贈った寵愛と加護。

 狭間の地とは縁も所縁もないこの世界で生きる彼女に、この力(祝福)が宿る道理は無い。

 

「だったら……貴方を祝福しているのは……?」

 

「大いなる意志だ」

 

「神様とは、違うんですか」

 

「ああ」

 

 大いなる意志。

 

 狭間の地の絶対的規範、エルデンリングの化身であるエルデの獣を狭間の地に送ったとされる、神を超えた上位存在。

 

 狭間の地を隅々まで踏破したフェイドも、その全容を知る事は未だに出来ていない。

 今も尚、使命から外れたこの身を宇宙の彼方から観測しているのでは。とすら思う。

 

「そう、ですか……」

 

 姿無き大いなる意志について思いを馳せていると、アイズは声の調子を落とした。

 彼女からすれば、この質問こそが本題であり最も知りたい核心だったのだろう。

 

「………………」

 

 ようやく、質問の終わりが見えてきた。肩を落とす様子を見てそのように思いながら、フェイドは口を噤む。

 フェイドとしては、これ以上口を開くのは億劫だった。さっさとヘルメス・ファミリアと落ち合い、任務を開始したかった。

 

「フェイドさん」

 

「なんだ」

 

 しかし、フェイドの希望的観測は外れる。

 

「貴方の必殺技はなんですか」

 

 アイズは顔を上げ、再び質問を飛ばしてきた。

 

 普段であれば無視して先に進むのだが、彼女との交渉材料に情報の開示を含めてしまったため、否が応にも答えざるを得ない。

 

「必殺技とは何だ」

 

「必殺技は、名前を唱えると威力が上がる技……って、ロキが言ってました」

 

 必殺技なる謎の概念について聞き返すと、アイズは独りでに語り出す。表情は乏しいものの、その所作は何処か意気揚々としていた。

 

「………………」

 

 そうして、合流地点であるリヴィラの街に着くまで、アイズからの質問攻めは絶えず続いた。

 フェイドが有する能力から始まり、最も好んで使う武器、今まで戦った中で一番苦戦した敵。果ては、好きなジャガ丸くんの味まで。

 

 

 

「成程……実に、興味深いな……」

 

 

 

 ついでに、魔道具で透明化したフェルズも、ちゃっかりその話を聞いていたのだが。指摘するのも億劫だったので無視しておいた。

 

 

 





このお話から外伝の三巻の部分に突入します。
今回の任務を機に、褪せ人君の狭い交流関係が広がる……といいですね。

読んでいただきありがとうございました。
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