「やぁ、奇遇だね」
「……一番会いたくない奴にあったな」
「嫌われた、のかな?」
オラリオの中心に聳え立つ白亜の塔バベルの内部で、ミストは会いたくない人物と顔を合わせていた。『
バベルの中には冒険者向けの施設が複数入っているという話を聞いて、装備を売っている【ヘファイストス・ファミリア】の店を見ている所を、たまたま発見されてしまった。
ミストはフィンのことが苦手であった。常に笑顔の仮面を被り、最強派閥の団長として常に余裕のある姿を見せるフィンは、相手との会話から必要な情報を獲得し、精神的な弱みを見せないことで相手に付け込まれる隙を潰す。なにより会話による戦いが苦手なミストにとって、オラリオでの天敵と言っても差し支えない。
「ヘファイストスのテナントにいるということは、君は装備が目当てかい?」
「いや、私は装備を眺めるのが好きなだけだ……買うつもりはないさ」
「冷やかしかい?」
「言い方は悪いが、そうだろうね」
一瞬の会話で、フィンはミストが【ヘファイストス・ファミリア】が作製する高価な武器を買えない訳ではないことを理解した。平然と数百万ヴァリスが必要になる武器が並ぶ店の中でも、ミストは特に緊張するわけでもなく武器を眺めている事実から、彼女のおおよその資金力を把握したフィンは、想像通り18階層にソロで潜る等訳ない戦闘能力を持っていることを把握した。
直剣を眺めてから横の槍へと視線を向けたミストは、フィンが変わらない笑顔のまま自分を見つめていることに気が付いて露骨に嫌そうな顔をしてから、ゆっくりとフィンの方へと顔を向けた。
「それで、なんの用か聞いていいのかな?」
「この間の話の続き、したいと思ってね」
「それは構わないが、あまり周囲に聞かれたくない話じゃないのかい?」
「勿論だとも」
第一級冒険者しか買うことのできない値段が並ぶ店の中とは言え、客足が少ない訳ではない。オラリオで有数の鍛冶師が揃う【ヘファイストス・ファミリア】としては当然の話だが、秘密裏の会話をするのにこれほど適していない場所もないだろう。
「そうだね……そちらが嫌でなければ、僕たちのホームで話を聞きたい」
「いいよ。別に警戒している訳じゃないから」
ミストの適当そうな言葉に込められた【ロキ・ファミリア】程度なら、後手に回ってもなんとでもなるという自信に気が付いているフィンは、普段から浮かべている笑みが崩れかけた。それは怒りや不快さから来ているものではなく、驚愕に満ちた感情からであった。
(彼女の力は、僕が想定するよりも遥かに……なら余計にここで喋る訳にはいかないな)
想定していた以上の力を隠し持っていることを察知したフィンは、ミストを先導するように歩き出した。先を歩くフィンの背中から、ミストに対する警戒心が滲み出ていることに気が付いているのは、ミストとフィンの会話をずっと聞いていた小さな人形だけであった。
「自由に掛けてくれて大丈夫だよ。すぐにロキを呼んで来させるから」
「ロキ? 君たちの主神かな?」
「あぁ……僕たち【ロキ・ファミリア】の主神さ」
【ロキ・ファミリア】ホーム「黄昏の館」の会議室へと通されたミストは、フィンに腰掛けるように言われて椅子に座った。まさか本当にファミリアのホームまで案内されるとは思っていなかったミストは、フィンの見せた誠意だと思い込むことで無理やり納得した。
フィンはミストの正体を探る上で、質問以外には誠実に対応するべきだと判断しているのは事実だが、ホームへと招いたのは【ロキ・ファミリア】以外の誰もいないところで話を聞くためであり、ミストの口からオラリオを覆すような情報が出てきた場合に、ファミリアで揉み消すことができるようにとの措置であった。
自らの足でロキを呼びに行かず、ミストを監視するように見つめながらアマゾネスの少女に主神を呼びに行かせたフィンを見て、ミストの懐にいる参謀役はやりにくさを感じていた。
「おー待たせて悪かったな。うちが【ロキ・ファミリア】の主神ロキやー……ってなんや
「フィリアの? ロキが言っていたトロールを一撃で倒したっていう」
「せや。Lv.3はあると思っとったけど……Lv.6はあったかぁ……ほんま
少しして会議室へとやってきた主神ロキは、椅子に座って飲み物を飲んでいるミストを見て、糸目を少しだけ開いた。アイズ・ヴァレンシュタインと怪物祭の問題解決していた時に出会った謎の冒険者が、まさか今回の話にも絡んでくるとは思っていなかったロキは、様子見にほんの少しだけ神威を解放した。
下界に生きる者たちがどれだけステイタスを上げても逆らう気力すらも起きない、格の差を知らしめる神の威光は、自分に向けられていないはずのフィンですらも唾を飲み込むほどの力を見せていた。
「……あっはははっ! ほんまおもろいなー下界は……まさか神威受けて平然としとるとは思わんかったわ」
「心臓に悪いからやめてくれロキ」
「すまんすまん」
招いた客人に向かっていきなり試すような真似をするロキにフィンは大きな溜息を吐いていたが、ロキが失礼なことをした甲斐はあった。どれだけ鍛えようが下界に生きる存在では神には逆らえない。ならば神の威光を真正面から受けて、反射的に殺気を向ける相手は果たして何者なのか。全ての真実を明らかにする必要があるのかもしれないと思い始めていたフィンは、ゆっくりとミストの方へと視線を向けた。