祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第24話【Watcher】


 

 

 

 

 魔石灯の光が仄かに照らす室内。殺し合いが起きた現場であるヴィリーの宿の一室。

 黒ずんだ血に汚れた部屋の片隅には、布を被せられ安置された死体があった。

 

「──────」

 

 間も無くして、その布の下で眠っていた死体(フェイド)は修復され、元通りに蘇生する。

 踏み潰された頭、捥がれた四肢。それだけでなく、身に纏っていた鎧に至るまで。

 

 やがて、仰向けの姿勢から起き上がったのち、フェイドが真っ先に行ったのは周囲の確認だった。

 復活の瞬間を目撃した者が居たならば、もしくは敵の本拠地に拉致されたならば、然るべき対処をしなければならないのだから。

 

「………………」

 

 しかし、部屋の中には誰も居なかった。見張りもおらず、何処かに出払っているらしい。

 そして、ヴィリーの宿に放置されたままという事は、レヴィスはこちらに構わず立ち去ったのか。

 

 布を被せられていた状況からして、少なくとも何者かには発見された。しかし、死体発見時は頭を潰された状態。

 身分を証明するものは予め虚空に仕舞っており、肉体が修復された間に兜を剥がされた形跡も無い。

 

 以上の点を踏まえて、素性が割れた可能性は低い。

 

 そう判断したフェイドは、騎士の鎧から戦鬼の鎧に変装して立ち上がり、部屋を仕切る帳から顔を覗かせた。

 

 視線を巡らせ耳を澄ますものの、ヴィリーの宿は死ぬ前と変わらず人っ子一人居ない。

 連続する不幸中の幸いを甘受しつつ、悠々とした足取りで洞窟を抜け出す。

 

「………………」

 

 だが、ヴィリーの宿から抜け出したフェイドを盛大に出迎えたのは、閑静な洞窟内とは打って変わる戦乱の音。

 そして、所々に火の手が上がるリヴィラの街という光景だった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』 

 

 高い街壁を乗り越え、街の至るところから吠声を上げる食人花のモンスター達。

 冒険者達が集まる水晶広場にて、その長軀を蛇行させ群れを成し暴れ回る。

 けたたましい怒号が、天幕や小屋を押し潰す破壊音に掻き消されてゆく。

 

「………………」

 

 成程、これは死体ごときに構っている暇は無い。フェイドは埋葬もされず放置されていた理由に納得する。

 レヴィスの言葉に嘘はなかった。そして、あの食人花の大群を使ってリヴィラの街を壊滅させ、死体の中から宝玉を探そうとしているのだろう。

 

 本来ならば、彼女の目論見は通っていた。リヴィラの街を滅ぼす程度の頭数は揃っていた。

 

 ロキ・ファミリアという想定外が、その場に居合わせていなければ。

 

 透き通った声で仲間達に号令を飛ばし、逃げ惑う冒険者達を守る【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナ。

 

 団長の指示に従って周囲に散開し、湾短刀を以って食人花を切り刻んでゆく【怒蛇(ヨルムンガンド)】、ティオネ・ヒリュテ。

 

 双子の姉の隙を埋めるように駆け抜け、大双刃を振るい食人花を派手に切り飛ばす【大切断(アマゾン)】、ティオナ・ヒリュテ。

 

 魔法陣を展開し、膨大な威力の火炎魔法によって広域を殲滅する【九魔姫(ナイン・ヘル)】、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 あとは、【九魔姫(ナイン・ヘル)】の魔力を隠れ蓑にし、懸命に詠唱する山吹色の髪をしたエルフの少女。

 フェイドが名前を知らないので、少なくとも第一級冒険者ではないのだろう。

 

「………………」

 

 食料庫(パントリー)には居なかった新種の女体型が暴れているものの、彼我の戦力差は凄まじく、仕留められるのは時間の問題だった。

 

 見晴らしの良い高台から、彼らが食人花の群れを蹴散らす光景を見下ろしつつ、フェイドは吟味する。

 

 レヴィスを探すか、騒ぎに乗じて帰るかの二択を。

 

 下手に姿を現して、【彷徨う者(ストレイド)】とやらの実在が都市最大派閥に発覚するのは拙い。

 かといって、この機を逃せばいつレヴィスと接触出来るか分からない。

 などという逡巡が、フェイドの脳裏で右往左往していた。

 

「──────」

 

 しかし、進退についての考えが纏まる前に、フェイドは捕捉してしまう。

【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインを追い詰めているレヴィスの姿を。

 

 見つけてしまったものは仕方がない。何かあったらフェルズに尻拭いさせれば良い。

 元はと言えば、フェルズが寄り道するよう命じた所為でこうなったのだから。

 

 そんな責任転嫁で己を納得させ、フェイドは指笛を鳴らす。

 そして、霊火と共に現れたトレントに跨り、街の西部へと駆け出した。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 ヴィリーの宿で死体を発見してからの展開は、目まぐるしかった。

 

 まず、犯人を探すために街中の冒険者を中央広場へ集めた結果、アイズは不審な犬人(シアンスロープ)の少女を発見する。

 後を追いかけて事情聴取したところ、彼女は運び屋としての依頼を受け、昨晩殺された全身鎧の男からとある物を受け取ったと白状した。

 

 ルルネと名乗った少女が受け取ったとある物。それは、不気味な胎児が包まれた宝玉だった。

 

 そのまま、宝玉を見て奇妙な感覚に襲われながらも、皆が居る広場まで戻ろうとしたところ。

 示し合わせたかのようなタイミングで、リヴィラの街に食人花のモンスターの大群が出現する。

 

 そして、炎によって赤く燃え盛る空の下。

 

「っ…………」

 

 アイズは今、赤髪の女と一騎打ちしていた。彼女こそが、ヴィリーの宿で全身鎧の男を殺した犯人だったのだ。

 

「ただでは帰れん。一緒に来てもらうぞ、アリア」

 

 元々、赤髪の女の狙いは宝玉だったが、あれは既に食人花と一体化し失われている。

 そして、(エアリアル)を行使した途端、億劫そうにしながらも標的をアイズに移した。

 

 アリア。もう居ない、母の名を呼びながら。

 

「アリア……その名前をどこで!?」

 

「知りたいなら、私をその気にさせてみろ」

 

「……喋るつもりが、ないならっ!」

 

 アイズは柳眉を逆立て斬りかかる。赤髪の女は退屈そうな眼差しで迎え撃つ。

 

 そうして繰り広げられるのは。目にも止まらない速さの剣戟の応酬。

 瞬きする間に十を超える攻撃が交錯し、互いの剣身が衝撃に軋む。

 薄闇に鈍い残光を何度も描きながら、アイズと赤髪は互角に打ち合う。

 

 否。

 

 赤髪は【エアリアル】を行使するアイズを圧倒していた。

 風を束ねて振るう刃を、敵の長剣は高速で翻って何度も弾き返した。

 纏った気流の鎧を超え、アイズの身体に幾つもの裂傷を刻んだ。

 

 いっそ、愚直なまでに磨き抜いてきた自身の剣技を凌駕する戦闘技術。

 純粋な剣術ではなく、拳と蹴りも織り交ぜられた洪水のような攻勢。

 それは、アイズが今まで直面したことがないほど凄絶で酷烈だった。

 

 籠手の拳が黒い残像を生み、長剣と足刀がアイズの体を断とうと弧を描く。

 サーベルで果敢に応戦するも、徐々に劣勢へと追い詰められてゆく。

 

「──────」

 

 これほどの冒険者の名と武勇が知られていないなど、とてもではないが信じられない。

 

「───つまらんな、お前の剣は」

 

 驚愕に現を抜かす間も無く煌めいた剣閃。風切り音と共に飛び散る鮮血。

 

「っ………………!」

 

 間一髪で飛び退き辛うじて断ち切られずに済んだが、右腕の傷は深く使い物にならない。この有様では、仲間の到着を待たずに負ける。

 

 こんなところで終わるのか。おおよそ九年間に渡る研鑽の日々は。

 こんなところで潰えるのか。肉親を奪った怨敵を殺すという悲願は。

 そんな、濃厚な敗北の予感が、アイズの脳裏をよぎる。痛みを訴える右腕から焦燥が伝播する。

 

 そして、己の無力さに歯軋りするアイズへと、赤髪が躍り掛かろうとした瞬間。

 

 

 

 何の脈絡もなく、一人の男が姿を現した。

 

 

 

 鼓膜を揺らしたのは軽やかな跫音。立ち位置は、丁度対峙する二人の中間。

 

「………………」

 

 戦鬼。

 

 狼のような銀の鬣があしらわれた鎧を纏う男に、アイズはそのような印象を抱く。

 そして、敵の増援かと思い身構えるが、男は黙ってアイズへ背を向けた。

 

「なんだ、せっかく頭を潰してバレないようにしてやったというのに、結局帰らなかったのか?」

 

「まだ用件が済んでいない」

 

 男の姿を視認すると、先ほどまでアイズに向けていた厭世的な態度から一変。

 赤髪の女は目を爛々とさせる。この男との闘争が生き甲斐とでも言わんばかりに。

 

 対する男は、淡々とした所作で腰に差した短刀を二振り同時に抜き放ち、臨戦態勢へと移行する。

 こうして、彼女と会話を交わす時間すらも惜しいと言わんばかりに。

 

「………………!」

 

 彼が手にした得物。黄銅の光を反射する刃に、アイズは目を見開く。

 それは、宿屋の廊下に散らばる右手が握り締めていた短刀だったから。

 

「……だったら、やろうか。昨晩の続きを」

 

「ああ」

 

 そのまま、驚愕するアイズを置き去りにするかのように、戦鬼と赤髪は互いに向かって走り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 長剣の鋭い剣閃と短刀の細かな残像が、火花を散らしながら絶え間なく入り乱れる。

 レヴィスが次々と繰り出す斬撃を両手の刃で弾き返し、フェイドはすかさず反撃を見舞う。

 

 そして、間断の無い攻防の折。両者は互いの得物を衝突させ合い、生じた衝撃に逆らわず飛び退いた。

 

「はっ……その短刀は、昨晩の私の真似をして使っていただけじゃなかったのか?」

 

 地面を擦って後退り、長剣を構え直しながらレヴィスが指摘するのは、フェイドが左右に持った【炎術の黄銅短刀】。

 それは、昨晩彼女が凶器として用いた短剣に対抗するため、咄嗟に【秘文字の剣】から持ち替えた代物だった。

 

「ああ」

 

 この武器の真価は、狭所における取り回しの良さなどではない。そう言わんばかりの態度で、フェイドは身を屈める。

 

 そして、姿が掻き消えたかと思えば。

 

 フェイドは瞬く間に彼我の距離を詰め、反応が遅れたレヴィスの首筋を切り付けた。

 

 戦技、【猟犬のステップ】。狭間の地における猟犬騎士達が用いた歩法。

 フェイドからして見ても、回避にも奇襲にも使える便利な戦技だ。

 

「──────!」

 

 首筋から噴き出る血飛沫。それに目もくれず、レヴィスが選択したのは肉薄したフェイドへの反撃。

 しかし、それもまた【猟犬のステップ】によって躱され、今度は背後に回り込まれた。

 

 縦、横、斜め、交差。二振りの短刀が、鈍い光を煌めかせ軌跡を描く。

 振り下ろし、薙ぎ払い、袈裟、逆袈裟。戦技を駆使して絶えず動き回り、鋭い斬撃を繰り出す。

 

「──────」

 

 自らの宿命を受け入れ、腐りゆく事を選んだ戦乙女から拝借した【ミリセントの義手】。

 及び、彼女の肉親たる四姉妹から奪い取った【腐敗翼剣の徽章】。

 そして、筋力や技量ではなく信仰によって威力を増す【炎術の黄銅短刀】。

 

 それらの要素が、フェイドの二刀流を凄まじい連撃へと昇華させていた。

 

「──────」

 

「はあ……はあ……ぐっ……」

 

 接敵から程なくして、レヴィスの身体に刻まれたのは幾重もの切創。

 その足元で広がってゆくのは、傷口から漏れ出た赤い血溜まり。

 途切れ途切れの呼吸、汗を滴らせる相貌、血走った緑色の瞳。

 

 それが、明白に示しているのは。

 

「貴様、何処まで、強くなるつもりだ……?」

 

 

 

 フェイドとレヴィスの力関係の逆転だった。

 

 

 

「………………」

 

 彼女と相対するフェイドは、所々に細かな傷を負いながらも健在。

 激流めいたレヴィスの猛攻はフェイドの命にまで至らず、徒に空を切り続けていた。

 

「……いや、適応したのか」

 

 ヴィリーの宿での一戦を含めるのであれば、フェイドとの殺し合いはこれで四度目。ここまで来れば、ある程度理解出来た。

 

 彼にとって、これまでの戦いは最適解を導き出す為の入力(インプット)に過ぎず。

 ここから先は、出力(アウトプット)に移行する段階。彼の本領が発揮された結果が、この逆転なのだと。

 もはや、こちらの動きの一切が、フェイド・ストレンジアに掌握されつつあるのだと。

 

 そんな得心と共に、レヴィスはフェイドの背後に幻視する。

 

「──────」

 

 ページに書き連なる文字を眺めるかのような。

 

 絵画の中に描かれた人物を眺めるかのような。

 

 舞台で演技する役者を眺めるかのような。

 

 盤上に並べられた駒を眺めるかのような。

 

 何処までも他人行儀な眼差しで、こちらの挙動(モーション)を観察する巨大な双眸を。

 

 無表情、無感情、無感動。殺し合いの最中であるにも拘らず、その瞳には何の熱も含まれていない。

 その色褪せた眼差しには、命のやり取りをしているという実感は無い。それどころか、此処に在るという自覚すら無い。

 

 それは、ある種の無我の境地だった。

 

「───くははっ……【彷徨う者(ストレイド)】、か」

 

 そんなフェイドに対して、レヴィスは歯を剥いて懐かしむように嗤った。

 遥か遠い昔、ダンジョンの奥底で孤独に死んでいった()()()()()()ですら、あんな眼はしていなかったと。

 

 そんな彼にも、唯一の例外は存在するのだが。

 

「……このまま、心行く迄貴様との戦いを堪能したいが」

 

 レヴィスの五感は、複数人の冒険者の接近を感じ取っていた。

 あの連中がこの戦いに割り込んできたならば、全てが台無しだ。

 

 何故なら、彼は気の遠くなるような年月の中で、漸く見つけた()()()()なのだから。

 彼と違って、()()()()()()()()()を、このような些末事で浪費するのは勿体無い。

 

 戦うのであれば、純粋な一対一で。尚且つ、己の限界を突き詰められる状況下で。それがレヴィスの望みだった。

 

「───食人花(ヴィオラス)

 

 そうして、血に濡れた唇を動かし、レヴィスは一言呟く。

 直後、割り砕かれた地面と共に三体の食人花が出現した。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 群れの中でも大型の食人花達が、フェイドの前に立ち塞がり襲い掛かる。

 そのまま、レヴィスは食人花を壁代わりにして、その場から脇目も振らずに駆け出した。

 

【火よ、降り注げ】。

 

 そんな異形の花々を、十一発の火の玉が間髪入れずに迎え撃つ。接敵から十秒足らずで灰に還す。

 そして、フェイドは逃げたレヴィスを追うべく指笛を鳴らし、トレントに騎乗して追走した。

 

 

 

 レヴィスは食人花の群れが破壊した街壁を抜け、リヴィラの街の外へ出た。

 あらゆるものが粉砕された破壊跡を越え、フェイドは街の西方にある島の中心部へと向かう。

 トレントの脇を蹴って加速し、血の色のように赤い髪の後ろ姿を猛追する。

 

 街を離れると、そこに広がっていたのは荒野と言うべき野原。

 荒削りの不安定な地面に大小の岩が転がり、所々には雑草と低木が生えている。

 薄闇が辺りに満ちる中、背の低い青水晶が淡く発光し、追う者と追われる者の影を映し出す。

 

 やがて、トレントの力を借りて追い上げるフェイドだったが、一歩遅かった。

 残り僅かの距離まで差を縮めたところで、レヴィスは島の西端に到達した。

 そのまま、彼女は躊躇なく踏み切り崖下へ。そして、島を取り囲む湖へと飛び込んだ。

 

 

 

 しかし、フェイドの猛追は終わらない。

 

 

 

【古竜の雷撃】。赤き落雷の群れが、レヴィスが飛び込んだ湖畔へと降り注ぐ。

 赤き稲妻が夜闇を彩り水中を駆け巡る。純然たる破壊の力が、広大な湖を蹂躙してゆく。

 

「──────」

 

 そのまま、フェイドは大規模な祈祷の行使を精神(FP)が枯渇するまで繰り返す。

 此処でレヴィスを逃せば、元の木阿弥となる。手ぶらで地上に帰るつもりなど、毛頭無い。

 

 そうして、目撃者の事などお構いなしに、18階層中に雷鳴が響き渡った。

 

 耳を劈くように、轟々と。網膜を焼くように、燦然と。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 何度目かの落雷を放ったのち、フェイドは【遠眼鏡】を取り出し覗き込む。

 感電死した魚類が浮上してくるが、肝心なレヴィスの姿は何処にも見当たらない。

 雷撃の熱によって沸騰し断続的に帯電する湖畔が、漠然と眼前に広がるばかり。

 

「………………」

 

 どうやら、彼女は逃げ延びたらしい。予め湖に潜伏させていた食人花を隠れ蓑にする事によって。

 遅れて浮かび上がってきた食人花の亡骸を眺めつつ、フェイドはそう悟った。

 

 湖の底を泳いで移動しているのか、目を凝らしても崖際からはレヴィスの姿を視認できない。

 このまま地上へ向かうにせよ、下の階層へ避難するにせよ、最早その足取りを追う手段は無い。

 この湖に飛び込んだが最後、フェイドの行く末は藻屑か魚の餌である。

 

「──────」

 

 追跡は不可能。次に取るべき行動は撤退。そう見切りを付けて踵を返すと。

 

「───すまない、少しいいかな」

 

 それと同時に呼び止められた。

 

 声の方向に視線を向ければ、そこに居たのはロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナである。

 どうやら、レヴィスへの追撃に拘泥した結果、彼らに捕捉される事となったようだ。

 

「まずは仲間の窮地を救ってくれてありがとう。君が居なければ、彼女を失ってしまうところだった」

 

「………………」

 

 慇懃な態度を取っているものの、彼の視線にはフェイドの素性を暴こうという魂胆が透けて見えた。

 未知の探求は冒険者の職業病とはいえ、洗いざらい吐いてしまうと異端としてオラリオから追放されかねない。

 

「それで……非礼を承知の上で尋ねたいんだけれど、君は何者だい?」

 

 そして、更に都合の悪い事に、彼らはリヴィラの街の守護という大義名分を背負っている。

 

「【彷徨う者(ストレイド)】。あの人は、貴方の事をそう呼んでた。……どういう、意味ですか」

 

 迂闊に逃げようとすれば、心置きなく実力行使に出てくる筈だ。重要参考人の事情聴取の為に。

 

「そ、それって確か、最近冒険者の間で噂になってる都市伝説ですよね……?」

 

「実在したのか……」

 

 レヴィスとの戦闘の様子は、そこに居るアイズ・ヴァレンシュタインから聞いたと思われる。

 そして、彼らの耳にも【彷徨う者(ストレイド)】の噂が届く程度には、知らぬ間に有名人となっていたらしい。

 今の今まで所構わず暴れ回った皺寄せが、この状況でフェイドの元までやって来たのだ。

 

「………………」

 

 それはさておき。フィンとアイズからの問い掛けを無視しつつ、フェイドは顎に手を当てて考え込む。如何なる手段でこの状況を切り抜けようかと。

 

 リヴェリアとエルフの少女を加えれば、ロキ・ファミリアの人数は四名。

 逃げようにも背後には広大な湖畔が待ち構えており、文字通りの背水。

 

 双子の女戦士(アマゾネス)の姿は見えないものの、いずれにせよ陸路からの逃走は難しい。

 崖から飛び降りるという選択肢もあるが、逃げおおせられるかは博打である。

 

「先程広場に冒険者が集まっていた時は、姿を見かけなかったな」

 

 敵対は論外。彼らに牙を剥けば、フェルズの言いつけを破ることとなる。

 そもそも、過半数が第一級冒険者の集団と戦っても勝ち目は薄い。

 

「こちらも突然こんな事態に見舞われてね、少しでも情報が欲しいんだ。君が僕達の敵でないというならば、協力してもらえるかな」

 

 対話も論外。目の前に居るフィン・ディムナは、勇者であると同時にオラリオ屈指の知恵者。

 言葉を交わせば、忽ちの内に情報を抜き取られる。頭の出来(知力9)では太刀打ち出来ない。

 

「答えて、ください」

 

 やがて、尚も沈黙を保つフェイドに焦れたのか、アイズが率先して近付いてくる。

 

「……アイズ、彼を刺激するような真似は止すんだ」

 

 無理矢理均衡を破るかのような行動にフィン達は制止するが、彼女の耳には届いていなかった。

 

「………………」

 

 こちらを見据える金眼の奥底に見え隠れしているのは、黒い淀み。

 フェイドという未知なる強さへの渇望が、その瞳からは感じ取れた。

 彼女の感情に呼応し、風が吹き荒ぶ。背の低い草木が、葉の擦れる音を立てながら揺れる。

 

 風。

 

 兜の鬣を揺らすそれに、フェイドは一筋の光明を見出した。陸路でも水路でもない、第三の選択肢を閃いた。

 

「──────」

 

 そして、アイズが目の前に来ようとした直前。地面を蹴って跳躍し、後方へと飛び退く。

 

 そのまま、ロキ・ファミリアの面々が目を見開く様子を眺めながら、フェイドは湖へ身を投げた。

 

 真っ逆さまに落下する最中、フェイドが虚空から取り出したのは【霊喚びの鈴】。

 自殺行為にも等しい状況の中、その鈴から発せられたのは清らかな音色。

 

 召喚されたのは【嵐の鷹、ディーネ】。

 

 伸ばされた趾に掴まり、フェイドは仮初の翼を手に入れる。

 嵐の鷹が巻き起こした旋風と共に、凄まじい速度で上空へと舞い上がる。

 

 陸路も水路も駄目ならば、空路を使えば良い。

 

 咄嗟の機転が功を奏し、フェイドは見事ロキ・ファミリアの包囲網からの脱出に成功した。

 そのまま、18階層の南端へ向かいつつ、虚空から眼晶(オクルス)を取り出して通話を開始する。

 

「───フェルズ、どうにかしろ」

 

 今回の件について、フェルズに尻拭いをさせるために。

 

『…………! フェイド、昨晩から連絡が取れなかったが、今どういう状況───』

 

「───どうにかしろ」

 

『分かったから早く状況の報告をだな……!』

 

 慌てた様子のフェルズにせっつかれ、フェイドは昨晩から現在に至るまでのあらましを伝える。

 

 殺した筈のレヴィスと遭遇し殺された事。

 

 運び屋に渡した宝玉は行方が知れない事。

 

 リヴィラの街が大量の食人花に襲撃された事。

 

 ロキ・ファミリアに【彷徨う者(ストレイド)】の実在を認知された事。

 

『………………』

 

 淡々とした口調で告げられる不都合な報告の数々に、フェルズは閉口する。

 

 

 

「どうにかしろ」

 

 

 

『わざわざ三回言わなくてもいいっ!』

 

 そして、素知らぬ声色で同じ言葉を繰り返すフェイドへ、思わず怒鳴り返した。

 とうの昔に腐り落ちて、この身には存在しない筈の胃を痛めながら。

 

 

 

 斯くして、それぞれの陣営に大小様々な損害を与えつつも、リヴィラの動乱は終わりを迎えた。

 

 

 





エルデンリングは死んで覚えるゲームなので、拙作の褪せ人も戦えば戦うほど強くなるといった設定となっております。
にしても、レヴィスのモーション覚えるの早くね……? と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
覚える部分をゲーム準拠にしてしまうと、一人の敵に何十回何百回と殺される必要があるので物語の進行を優先してこうなりました。

とはいえ、隙あらば死ぬぐらいのバランスは今後も維持するつもりなので、楽しんでいただけると幸いです。

読んでいただきありがとうございました。
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