天井や壁に設置された魔石灯と水晶に照らされる中、酒を飲んで肉を齧りながら卓の上で賭博に興じる冒険者達。
カウンターの内側には色とりどりの瓶が置かれた酒棚と、無愛想なドワーフの主人。料理を運びながら忙しなく歩き回る給仕達。
剥き出された岩肌が大部分を占める洞窟の酒場は、正に荒くれ者達の溜まり場とも呼ぶべき様相を呈していた。
「………………」
「………………」
そんな、絶え間無い喧騒に揺れる酒場で、黙々と運ばれてくる料理を食べる男女二人組。
フェイドとレヴィスである。
肉汁滴るステーキを頬張り、なみなみと注がれた酒を呷り、胃袋へと収めて行く。
敵対し殺し合った同士が横並びに食卓につく光景は、酒場の盛り上がりとは裏腹に粛然としていた。
「それで、貴様が所属する派閥の団員を、私が殺したかどうか……だったか?」
「ああ」
やがて、何枚かの皿を空にした後。ある程度腹が満たされたのか、レヴィスは徐に唇を動かす。
物騒な単語が飛び交うものの、賭博の結果で一喜一憂する冒険者の声に掻き消され、二人の会話の内容は周囲に届いていない。
「だとしたら私は何も関与していない。あの時地上に出たのも、貴様を殺す為だ」
「死体の傍には極彩色の魔石の破片が落ちていた」
「……なに?」
犯行現場に残された極彩色の魔石について述べると、レヴィスは眉を顰めた。
何故ならば、あの魔石は食人花に連なるモンスターのみが有する代物なのだから。
「心当たりは」
フェイドの追及を受けたレヴィスは、何か考え込むかのような素振りで目を伏せた。
戦闘を避ける為の言い訳を探しているのか。或いは、本当に心当たりを探しているのか。
「………………」
もしもレヴィスが犯人ならば、この場で始末するだけで終わるので話は早いのだが。そんな事を考えながら、フェイドは彼女の発言を待つ。
「───ああ、そういう事か。貴様は随分とくだらない茶番に踊らされているらしいな」
すると、暫しの間の思案の末、レヴィスは呟いた。嘲るような声色で、含みのある発言を。
「何に気づいた」
更なる証言を引き出そうと、フェイドはレヴィスの顳顬へ【黄金樹の聖印】を突きつけようとする。
しかし、この至近距離では彼女の方が圧倒的に速い。机から手が離れた瞬間、先に腕を掴まれ阻止された。
「落ち着け。こんな状況の中で殺し合えば、お前の素性は白日の下に晒されかねんぞ?」
そして、腕を掴んだまま、レヴィスはフェイドを引き寄せ耳元で囁いた。この場で殺し合いを始める事の不毛さを。
「………………」
確かに、彼女の言う通りである。お互いが素性を隠している身の上なのだから、せめて殺し合うのは店を出てからの方が良い。
「それに……リヴィラの街は、
「………………」
「私の一存で、貴様諸共ここの連中は皆殺しに出来る」
「そうか」
どうやら、自分は脅されているらしい。畳み掛けるような発言を他人事として捉えながら、ぐいぐいと引っ張って手を離すよう促す。
「………………」
そして、掴まれていた腕が解放されると、フェイドはジョッキの中の酒を呷って飲み干した。
「呑気な態度だな。この街の人間はどうなってもいいのか?」
「ああ」
水面下で自分達が脅威に晒されていると知らず、酔っ払って盛り上がる冒険者達を尻目に、フェイドは頷く。
任務の最中且つ手に負える範囲であれば、助けるという選択肢もあるが、彼女の話が本当だった場合は既に手遅れである。
自分の命だけで精一杯だというのに、見ず知らずの他人の命など到底背負えない。
「……まあ良い。置かれている状況が理解できたなら、そろそろ場所を移すぞ」
そうして残りの料理を平らげたのち、レヴィスは席を立つ。横柄な言動に異を唱える権限は、今のフェイドにはなかった。
「分かった」
虚空から取り出したヴァリスで会計を済ませてからレヴィスの後を追うと、彼女は街の上方へと向かいだした。
島の頂上付近は湖側に向かって勾配があり、やたらと斜面や段差が多い。
無数の水晶と草木に囲まれながら、街の住人が造った丸太の階段を上っていく。
やがて、人混みを避けるように進み続け、街の中心地を過ぎた辺りでレヴィスの足は止まった。
彼女が立ち止まった場所は、然程広くも無い路地。その視線が向かう先は、またもや洞窟。
入り口には看板が掛けられており、
「………………」
てっきり本拠地にでも連行されるものだと思っていたのだが、行き先は単なる宿屋だった。
一体、如何なる理由で此処を選んだのか。レヴィスが誘導した場所に疑問を覚える。
そうして、内心で首を傾げるフェイドを余所に、彼女は宿の中へと入って行った。
「他に客は居るか?」
中に入ると同時にレヴィスが声を掛けると、カウンターで情報紙を退屈そうに読んでいる店主はこちらへ目を向けてくる。
「いいや、今の所はいねぇよ」
「だったら今晩、これでこの宿を貸切にしろ」
その言葉と共に、レヴィスは机の上に懐から取り出した物を置く。
すると、店主の男は目を輝かせ、並べられた複数個の紫紺の魔石を覗き込んだ。
大きさや色合いからして、あれらは深層のモンスターの物。一晩の宿代としては破格だろう。
「ず、随分気前がいいじゃねぇか。どうしてこんな───」
「───察しろ。他の客に音や声を聞かれるのは困る」
店主の詮索を遮りながら、レヴィスは隣に立つフェイドを見やって答える。
彼女の言葉と視線に誘導されるかのように、店主の双眸がこちらに向く。
「………………」
そして、金に目が眩んだ表情から一転。不機嫌そうに目を細め、フェイドを睨んだ。ただ、黙って突っ立っているだけだというのに。
「……けっ、
精々朝までしっぽり楽しんでいきやがれ、色男。フェイドに対してそんな言葉を吐き捨て、彼は店番を放棄して宿から出て行ってしまう。
「あの男はお前の仲間か」
「……何をどう考えれば、その思考に行き着く?」
「俺だけを睨んできた」
フェイドが根拠を述べると、レヴィスは意表を突かれたかのような表情を浮かべて失笑した。
「くっ……ふふ……おそらくは、男として貴様に嫉妬しているんだろうさ」
「意味が分からない」
「……奴の言葉の意味、私が直接教えてやろうか?」
「要らない」
あの男がレヴィスの仲間ならば、先程の敵対的な態度にも、彼女がこの宿を選んだ理由にも納得できるのだが。
意味の分からない誘いを断りつつ、フェイドはレヴィスの後に続いて洞窟の奥にある部屋へと向かう。
天然の洞窟を宿屋にしているヴィリーの宿は、幅広い通路が曲がりくねった状態で奥へと続く。天井も高く、洞窟特有の閉塞感は然程ない。
少々奮発したかのような内装も踏まえて、ヴィリーの宿はリヴィラの街の中でも上等な宿屋であることが窺えた。
「………………」
通路の左右にはいくつもの縦長の穴があり、扉の代わりと思しき帳がそれぞれ垂れ下がっている。
店主は本当の事を言っていたようで、曲がりくねった廊下に人の気配といったものは皆無だった。
ならば、中で何が起きても問題はないだろう。
やがて、レヴィスが帳をくぐって部屋の中へと入った瞬間。ほんの一瞬、彼女からの視線が途切れた瞬間。
「──────」
虚空から【秘文字の剣】を取り出し、【防ぎ得ぬ刃】を横薙ぎ一閃。
レヴィスの魂胆がなんであれ、増援を呼ばれる前に半殺しにしてしまえば関係無い。
そこは、暗い部屋だった。光源は壁にかけられた小型の魔石灯一つのみしかなく、隅には影が溜まっている。
石の香りもほのかに漂う陰湿な室内を唯一彩るのは、銀や鉄とともに加工された水晶の品々。
壁や天井からぶら下がる小洒落た装飾品が、時折蒼くきらめく。
蠟燭の火のような微弱な灯りに照らされるのは、赤い絨毯、木編みの籠、小棚、寝台。
「………………」
そして、四肢を捥がれたフェイド。
奇襲をしくじった以外にも、敗因は幾つかある。
まず、この場所が洞窟の中だった事。ある程度の広さがあったとはいえ空間に限りがあり、壁際へと追い詰められてしまった。
下手に大規模な祈祷を放てば洞窟が崩落し、生き埋めとなる危険性もあった。
そして、ローブの下に仕込まれた何本もの短剣。いつぞや用いて来た紅色の長剣を小型化したかのような暗器は、室内戦で猛威を振るった。
二刀流による連撃、投擲による牽制、体術による殴打。至近距離で繰り広げられた攻勢により、フェイドは敗れたのだ。
「………………」
事ここに至って、フェイドはレヴィスがこの場所を選んだ意図を理解した。
どうやら、誰にも目撃されず、尚且つ自身に有利な場所に誘い込まれたらしい。
「……辛勝、といったところか」
それでも、全身を焼き焦がし切り刻む程度には、食い下がったのだが。
襤褸布と化したローブを脱ぎ捨て、レヴィスは床に転がるフェイドへと歩み寄って来る。
それに伴って露わとなったのは、首を横に断ったかのような傷跡。そして、焼き切られて短くなった赤髪。
つい先日フェイドがレヴィスに与えた致命傷は、敢えてなのか目に見える形で残されていた。
「さて……ここから先は等価交換だ」
「………………」
「こちら側に付け。そうすれば真実を教えてやる」
間も無くして、レヴィスはこちらを見下ろしながら取引を持ちかけてくる。
秩序の陣営を裏切り、
「それにお前が寝返るのなら、
彼女が誰を指しているのかは知らないが、鞍替えする行為そのものに抵抗は無い。
何よりも、この手は血に塗れている。今更厭う罪など有りはしない。
「………………」
王朝に仕える血の指として、時には火山館の一員たる背律者として、フェイドは数多の
そして、
「断る」
しかし、それはフェイドが狭間の地に居た頃の話だった。今となっては、楔となる
彼女が
「だろうな」
フェイドが断る事は見越していたのか、特に気にした素振りも見せず、レヴィスは鎧のベルトに括り付けられた鞄の中を物色する。
「お前、30階層の
勧誘と宝玉の奪還がレヴィスの目的か。復活した直後にこうして出向いているあたり、
などと、益体もない事を考えつつ、フェイドは要求に対して首を横に張る。
「もう俺の手元には無い」
「何処へやった?」
「等価交換だ」
フェイドは端的に述べる。宝玉を渡した人物について教えてやる代わりに、お前の知っている真実とやらを教えろと。
「……ふてぶてしい奴め。自分の状況が分かっていないのか」
「手も足も出ない状況だ」
手も足も捥がれたので、物理的に。飄々とした態度でそのように答えると、レヴィスは呆れたような溜め息を吐いた。
「……もういい、一旦死んでおけ」
そのまま、フェイドの頭に足を乗せ、強く踏み込む。
そして、
脱走したモンスター達と交戦し、その中でものの見事に破砕した代剣。
四千万ヴァリスにも及ぶ額の弁償の為、アイズは仲間と共にダンジョンに潜っていた。
目的地は下層、及び深層である。そこに棲まうモンスター達の魔石は、上層とは比べ物にならぬ程の高価格で取引されるのだ。
そして、一人を除いて全員が第一級冒険者であるパーティは、襲い来るモンスター達を歯牙にもかけず中層まで足を進める。
しかし、これまでの道中で収集した物を売り払うため、リヴィラの街まで来たところ。一行は思いもよらぬ事態に出くわした。
リヴィラの街で冒険者の死体が発見されたという、物騒な事態に。
街で宿を取る以上は、無関心でも無関係でもいられない。そんな方針のもと、アイズ達は殺害現場である洞窟の宿へと向かう。
「──────」
そのまま、野次馬達が形成する人混みを通り抜け、宿屋の玄関から廊下に入った瞬間。アイズ達は言葉を失った。
通路の至る所に刻まれていたのは、夥しい戦闘の痕だった。
両断された絵画、焼き焦がされた毛皮の絨毯、粉々にされた魔石灯。
ダンジョンの組成である岩肌は修復されているものの、調度品は破壊されたまま。
さらに、嫌でも目に入ってくるのは、見るも無惨に切り飛ばされた四肢。
武器を握ったまま床に転がる右手は、戦闘の苛烈さを物語っている。
「………………!」
そして、洞窟の一番奥まった場所にある部屋。
そこは、辺り一帯が赤黒く染まっていた。
部屋の片隅に横たわるのは、頭部を潰され胴体だけとなった男の死体。
大量の血の海に浮いているのは、紅色に染まった兜の破片と脳漿。
死体の首から上は弾けた果実のように成り果て、生前の容姿は知るよしもない。
「僕達もしばらく街の宿を利用するつもりなんだ。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」
「けっ、ものは言いようだなぁ、フィン。てめえ等といいフレイヤ・ファミリアといい、強ぇ奴等はそれだけで何でもできると威張り散らしやがる」
リヴィラの街の纏め役の男を差し置いて、いつの間にか事件を取り仕切る立場となった
そんな彼の主導のもと、関係者と思しき人物に事情聴取した結果。
昨晩この宿を訪れた客は、ローブの女と全身鎧の冒険者の二人のみ。
男を殺害した犯人は、十中八九居なくなったローブの女。
宿屋の主人は事件当時、宿を貸切にして酒場に入り浸っていた。
「………………」
その他諸々の情報を得たところで、アイズは改めて室内を見渡す。
赤い生地の絨毯は血溜まりによって赤黒く変色し、部屋を構成する家具の殆どが飛び散った鮮血を浴びている。
魔石灯で隅々まで明るく照らし出されている長方形の部屋の内装は、今や無残な色合いに塗装されていた。
「まあ、何にせよ……こいつが何者か分かれば犯人もある程度絞れるだろ」
やがて、被害者の身元を洗い出すべく、小瓶を持った獣人の男が死体のそばへ屈み込む。
そして、鎧を脱がして小瓶の栓を引き抜き、倒れ伏す死体の背中へと中身を垂らした。
その小瓶の中身は、
この道具によって、死体の名前と所属ファミリアを暴こうという魂胆らしい。
尤も、正確な手順を踏まなければ、その錠は解除出来ないのだが。
「ああいう技、どこで覚えて帰ってくるんだろうね……」
「冒険者が金にがめつくて何でもする物好きなのは、今に始まったことじゃないでしょ」
呆れる双子の
間もなくして、この死体の正体は
そう思った矢先。
「………………は?」
幾ら指を動かしても、その背中から文字が浮か上がる気配は皆無だった。
素っ頓狂な声を漏らしながら、男はもう一度同じ手順でステイタスの開錠を試みる。
「おい、さっきからなに手こずってんだ?」
そうして纏め役の男が、焦れた様子で獣人の男に詰め寄ると。
「ボ、ボールス……この死体、フ、
青ざめた表情を浮かべて声を震わせながら、獣人の男はそう告げた。
この地下世界は、モンスターたちが巣食うダンジョン。そんな事は絶対にあり得ない。
更に言えば、あの廊下の戦闘痕を
狼狽えた面持ちの獣人に対して、その場に居る者達は疑いの目を向ける。
解除の手順を間違えた。もしくは
「ボールス、どうなんだい?」
常に思考を巡らせる
「……いや、そこの野郎の腕は確かだ。それに、あの
「成程。今までの証言と、君の話が本当なら……」
神の眷属でもない人間が、この18階層まで来たのか。そんな呟きが、騒然とした室内を揺らした。
彼の呟きを皮切りに、疑念は困惑へと変化してゆく。首を失くした男の死体が、筆舌に尽くしがたい不気味さを帯びてゆく。
そして、この場に居合わせた者全員が認識を改めた。きっと、これは一筋縄ではいかない謎であり事件なのだと。
「う〜ん……話に出て来たローブの女の人が、この人をリヴィラの街まで護衛したんじゃないかなー。それで、守りきれずに死なせちゃったとか」
「もしも犯人がそいつじゃなかったとして、どうしてこんな所で殺すのよ。人に見つからずに殺せる場所や機会なんて、ダンジョンには幾らでもあるじゃない」
「それじゃあ……リヴィラの街に来た後、この人の主神が天界に還って、一緒に
「神の悪戯にしても荒唐無稽過ぎる。もし仮にそうだとして、廊下に残された戦闘痕はどう説明するんだ」
「………………」
仲間達の間であれこれと憶測や推論が飛び交う中、手持ち無沙汰となったアイズは再び周囲を見渡す。
すると、飛び散った肉片の一部。
「あ」
その喪色の瞳に既視感を覚え、意図せず喉の奥から声が漏れてしまう。
その声に反応した一同は、会話を中断してアイズへ一斉に振り返ってくる。何に気付いたのかと。
「……なんでもない」
「なにさー折角何か閃いたのかと思ったのにー」
「もう、期待させないでよね」
「……ごめん、ティオナ、ティオネ」
考えを巡らせるのも、それを伝えるのも得意ではない。この既視感について話しても、徒に場を掻き乱すだけだろう。
そのまま、全員から向けられる視線に居た堪れなくなったアイズは、肩を窄めながら部屋の隅へ寄る。
「………………」
あの色褪せた瞳は、度々遭遇した黒装束の男の瞳に酷似していた。
もしも、あの死体の正体がフェイドと呼ばれた彼だったならば。
そんな予感を胸の内に秘め、アイズは黙って見届ける。リヴィラの街の殺人事件の成り行きを。
己の出番が来るとすれば、それは犯人が姿を現した時だろうから。
その予感が、見事に的中していたと知りもせず。