祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第22話【Pool of blood】


 

 

 

 

 巨大花という最大の障害を排除した事により、大空洞に巣食う食人花の掃討はつつがなく完了した。

 

 それに伴い、急速に色素が抜け落ちて土気色に変わり、剝落してゆく緑壁。

 天井や壁面を覆っていた巨大花の組成も音を立てて崩れ落ち、本来の岩肌が覗き始める。

 

「なあ、フェイドっち」

 

 そうして、完全に元の姿を取り戻した食料庫(パントリー)を眺めていたところ、リドから声を掛けられた。

 

「なんか変なの見つけたぜ」

 

 そんな言葉と共に手渡されたのは、両手に収まる大きさの球体だった。曰く、大主柱の根元に取り付いていたらしい。

 

「………………」

 

 この物体を何かと形容するならば、緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは、液体と不気味な胎児だ。

 

 丸まった小さな体に不釣り合いなほど大きな眼球が、フェイドを見上げている。

 謎の幼体は身動ぎせず沈黙を守っているものの、手のひらに微かな鼓動を伝えてきた。

 

「これはモンスターか」

 

「うーん……詳しい事は分かんねえ。でも、どこかオレっち達とは違う雰囲気がするな……」

 

 なんだか、モンスターと別のものが混ざってるような。リドの要領を得ない解答に、早々に見切り付けて手元を見やる。

 

「お前を産み落とした親は何処だ」

 

 そして、宝玉の中の胎児に向かって、フェイドは親の居場所を問うた。

 

 以前、フィルヴィスの話に出て来た緑の肉の怪物。緑の迷宮と化した大空洞に蔓延る食人花。そして、目の前にある緑の宝玉。

 

 緑。それらの類似性を踏まえて、フェイドは目星を付けていた。

 あの怪物は、この食料庫(パントリー)に寄生していた連中の首魁であり、この宝玉の産みの親とも呼べる存在だろうと。

 

 故に、僅かでも有力な手掛かりを求めているのだが。

 

「………………」

 

 胎児はフェイドの質問に答えず、色褪せたフェイドの瞳を見つめ返すばかり。

 

「答えろ」

 

 黙秘を貫くつもりか。脅迫の意味も兼ねて、フェイドは見せつけるように右手の聖印を発火させる。

 

「いや、生まれてすらいない赤ん坊なんだから、喋れないんじゃねえか?」

 

「成程」

 

 横で眺めていたリドからそのような指摘を受け、フェイドはそれもそうかと納得した。

 

「──────」

 

 リドの言う通りであれば、残しておく理由も生かす価値も無いだろう。

 フェイドは宝玉を焼却しようと、火が灯った【黄金樹の聖印】を徐に翳す。

 

『───フェイド、その宝玉は壊さず回収しておいてくれ』

 

 しかし、その直前でフェルズが眼晶(オクルス)越しに制止してきた。

 

「何故だ」

 

『勘によるものだろうが、リドがモンスターとは異なる存在と言ったんだ。直接私の目で調べておきたい』

 

「そうか」

 

 研究者然としたフェルズの言葉に、フェイドは聖印を鎮火させて頷く。

 そのまま、虚空から鞄を取り出し、手に持った宝玉を中へと放り込んだ。

 

 フェイドが虚空に仕舞える物には幾つかの制約がある。命を宿した生命体である以上、宝玉も制約に含まれてしまうのだ。

 

「………………」

 

 それにしても。

 

 フェイドは周囲を見渡し、敵の増援が来ない事に対して疑問に思う。

 フィルヴィス、そしてレヴィスという例がある以上、怪人(クリーチャー)は唯一無二の存在ではない。

 だというのに、制圧した食料庫(パントリー)を守る番人が一向に現れないのだ。

 

 怪人(クリーチャー)も数が限られているのか、然程重要視している物ではないのか、この事態を未だ把握していないのか。

 いずれにせよ、居合わせた怪人(クリーチャー)から情報を抜き出そうという目論見は頓挫してしまった。

 少し前に不手際でレヴィスを殺した時と同様、今回の一件も徒労に終わった。

 

「にしても……来てくれてありがとな、フェイドっち」

 

「死んだ奴は」

 

「いや、確認したけど誰も居ない。みんな無事だ」

 

「そうか」

 

 得られたものは異端児(ゼノス)達の命と、彼らからの感謝ぐらいである。

 事実、フェイドが援軍に来なければ、彼らの内の何体かは命を落としていただろう。

 そう断言出来る程度に敵の量は凄まじく、怪我を負った異端児(ゼノス)も多かった。

 

「怪我をした奴は近寄れ」

 

 そうして、負傷した異端児《ゼノス》を回復すべく、フェイドは聖印を構える。

 すると、自らの傷を癒すべく、異端児(ゼノス)達はフェイドへと殺到してきた。

 

 彼らが攻めたのは、祈祷の効果範囲ギリギリ。おしくらまんじゅうめいた様相で、フェイドの四方八方を多種多様なモンスター達が取り囲む。

 

「ブオ、ブオ!」

 

「すみません、押さないで……!」

 

「オオオオオ!」

 

「私ノ尻尾フンダノ誰!?」

 

「───────!」

 

 巨猪(バトルボア)やら赤帽子(レッドキャップ)やら獣蛮族(フォモール)やら半人半蛇(ラミア)やら戦影(ウォーシャドウ)やら。その他にも沢山。

 犇めき合うモンスター達の中心に立たされてもみくちゃにされながらも、フェイドは左手を伸ばし【大回復】を発動した。

 

「本当に便利だよなあ、フェイドっちの力は」

 

「ええ、彼ガ私達の味方になっテくれて、本当に良かっタ」

 

 人とモンスターが協力して成し遂げた、食料庫(パントリー)の奪還。

 一切の犠牲を出さず互いの無事を喜び合う光景を、リドとレイは感慨深そうに眺める。

 

「少しずつでも、他の人間ともこんな感じで協力出来れば良いんだけどな」

 

 異端児(ゼノス)達は、地上への憧れを抱いていた。爪牙ではなく、言葉を以って人と手を取り合う事を望んでいた。

 

「………………」

 

 モンスターの密集地帯から脱出したフェイドは、彼らの会話を聞いてウラノスから告げられた神意について思い返す。

 

 今から十数年前、ウラノスは理知を持ったモンスターの存在を観測した。

 以来、異端児(ゼノス)という名称を与え、彼らに対して保護という名目で支援を行っている。

 

 その対価として、ダンジョン内で異常事態が発生した際、今回のように解決に当たらせる事で相互扶助を成立しているらしい。

 フェイドもただ力を貸すだけでなく、死んだ際は彼らに死体を回収してもらっている。

 

「フン、奴モ所詮ハ人間ノ中ノ異端ダ。我々ハ、異端同士デ傷ノ舐メ合イヲシテイルニ過ギナイ」

 

「へー……つい最近までは、あんな奴と行動するなど正気の沙汰ではない! とか言ってたのに()()()()なんて。頑固なお前も変わるもんだなぁ……」

 

「確かニ。先程もフェイドさんガピンチになったとキ、誰よりモ早く助けテましタからネ」

 

「ナッ……!? アレハ必要ダト判断シタカラ行動シタマデダ!」

 

 グロスは彼らの理想を鼻で笑うものの、逆にリドとレイに揶揄われた。

 憤慨しながら反論するが、微笑むばかりでまともに取り合って貰えていない。

 

「………………」

 

 しかし、異端児(ゼノス)達はその名の通り、ダンジョンにおける異端。他のモンスターは彼らを敵と見做し襲ってくる。

 さながら、狭間の地における被差別種族のように、彼らは疎外と排斥を受けているのだ。

 

 モンスターの中の異端。そして、人間の中の異端。

 

 せめて、この二者だけでも手を取り合えたならばと考え、ウラノスは行動を起こしたのだろう。

 

 人と同じ心を持ち、人と同じ理性を持ち、人との対話を望む異端のモンスター。

 ダンジョンに祈禱を捧げる者として。彼らの声を聞き入れず、単なる怪物として滅ぼすなど出来ない。というのが、ウラノスの神意だった。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)を開催させたのも、異端児(ゼノス)達が太陽の光を浴びる日への布石だ。

 見目麗しい調教師が怪物と寄り添う。そんな光景を見せ物にすることで、モンスターへの脅威の意識を軟化させ、緩衝材の役割を果たさせるために。 

 

「………………」

 

 そんな、ウラノスの都合に巻き込まれたフェイドとしては、共生など到底不可能であるというのが、現時点での所感だった。

 

 カッコウとしろがね人が仲良く握手する。

 

 忌み潰しと忌み子が肩を組みながら踊る。

 

 褪せ人が軽快にスキップしながら狭間の地を闊歩する。

 

 例えに出したそれらと同じ程度には、人類とモンスターが手を取り合って共存するなどという事は、荒唐無稽な夢物語なのだ。

 何故ならば、下界の人間にとってモンスターという存在は、恐るべき試練であると同時に奪うべき資源なのだから。

 

「フェイドっち! そんな所で突っ立ってないで、さっさと帰ろうぜ!」

 

 などと考えていると、いつの間にか撤収の準備が終わったのか、リドが声を掛けてくる。

 自分達の先行きが明るいものではないと知っているはずだというのに、朗らかに笑いかけてくる。

 

「分かった」

 

 あちらが気にしていないのであれば、こちらも気にすべきではないのだろう。思考を打ち切り、フェイドは彼らの後に続く。

 

 そうして、フェイドと異端児(ゼノス)達の活躍によって、30階層の異常事態は誰にも悟られずに終息した。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

「………………」

 

 都市最大派閥の片割れである、ロキ・ファミリアのホーム。黄昏の館の中央塔、その最上階。

 酒瓶や物珍しい道具で溢れ返っている自室で、主神であるロキは椅子にもたれ掛かりながら情報紙を読み耽っていた。

 

 その情報誌には、怪物祭(モンスターフィリア)の最中に勃発した、モンスターの脱走騒ぎの特集が組まれている。

 

 この事件にロキの眷属も巻き込まれており、その中には重傷を負った者まで居る。

 下手人に落とし前をつけさせる意味でも、彼女が動く理由には十分だった。

 

 祭の途中で脱走し、都市を騒がせたモンスターの一件に関して、紙面では様々な憶測が飛び交っている。

 だが、ロキの求めるような情報、眷属を襲った食人花のモンスターについての記事は一つもなかった。

 

 闘技場のモンスターを解き放った者は、既に特定を済ませてある。

 自分と同じ都市最大派閥の主神、フレイヤ。美の女神である彼女の魅了によって、モンスター達は操られていた。

 

 しかし、眷属達に食人花のモンスターを嗾けた者は、フレイヤではなかった。

 何らかの企図をもって食人花のモンスターを放った第三者が、他に居るのだ。

 

「……ほーん」

 

 やがて、求める情報の代わりとばかりにロキの目に入ったのは、【血の池事件】という題名の記事。

 物騒な言葉選びと挿絵に誘導され、その内容を読み進めてゆく。

 

 モンスターの脱走が起こったオラリオ東部。その片隅で、正体不明の第一級冒険者同士が殺し合いをしたというのが事件の概要だ。

 何故、第一級冒険者の仕業と断定されているのか。それは、戦場となった路地裏に残された破壊の痕跡にある。

 

 一直線に突き破られた、何棟もの建物の壁。大規模な爆炎によって焼き払われた広場。極め付けは、地下深くの下水道まで貫通した大穴。

 こんなものは、第一級冒険者程の能力を有していなければ、到底行えない所業なのである。

 

 しかし、これだけ白昼堂々と大暴れしたにも拘らず、犯人の姿を目撃した者は一人も居なかった。

 それもその筈。戦闘が行われたのは、脱走したモンスターが徘徊する危険地帯だったのだから。

 

 結局、この事件が発覚したのは、怪物祭(モンスターフィリア)の騒動が終息した後。

 避難所から戻って来た市民の通報を受け、ギルドは周辺を隈なく捜索したものの、時すでに遅し。

 騒ぎに乗じて暴れ回った犯人を特定するような、決定的な手掛かりは得られなかった。

 

 大穴の底にある下水道に残されていたのは、女性のものと思しき赤い髪。

 そして、【血の池事件】の由来となった、致死量の血によって赤く染まった水面だったのだという。

 

 

 

 隠蔽されたのか、()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………………」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の騒ぎに乗じて行われた戦闘。勃発した場所は、避難を終えてもぬけの殻となった路地裏。

 以上の点を踏まえてロキは目星を付けた。十中八九、殺し合いをした者の片割れは食人花のモンスターを使役している勢力だろうと。

 

 とはいえ、それに対抗した者も、未だに名乗り出ず隠れ潜んでいるので、必ずしも味方であるとは限らないのだが。

 

「なんや、きな臭いなぁ……」

 

 そう呟きながら、情報誌を畳んで放り投げる。そして、実際に事件現場をこの目で確かめようと立ち上がり、ロキは部屋を出た。

 

 これは、今の彼女が知る由も無い未来の話だが。一晩明けた翌朝、とある騒ぎが起こる。

 

 

 

 ダンジョン18階層。リヴィラの街にて、四肢と頭部の無い死体が発見されたと。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

 惜しまれながらもリド達と別れ、フェイドはダンジョンの通路をトレントと共に駆ける。

 現在位置は19階層。もうすぐ、モンスターが出現しない安全階層(セーフティポイント)まで辿り着く。

 

「………………」

 

 そんな折、虚空に仕舞っていた眼晶(オクルス)が震えた。フェルズが何か言おうとしているらしい。

 

「なんだ」

 

『フェイド、今は何階層に居る?』

 

 フェイドが水晶を取り出して如何なる用件か尋ねると、フェルズは現在の位置について聞いてきた。

 

「19階層だ」

 

『そうか……道中では何かあったかい?」

 

 通話が始まった途端、フェルズは意図の読めない質問を次々と投げかけてくる。

 

「何も無い」

 

 淡々とした声色でフェイドが何も無い旨を伝えると、フェルズは大きな溜息を吐いた。

 まるで、当たって欲しくない予想が当たってしまったと言わんばかりに。

 

『だったら、今からリヴィラの街に寄ってくれ』

 

 そして、地上へ直帰するのではなく、寄り道をするように命じてくる。

 

「何故だ」

 

 宝玉という荷物を運んでいる最中に目的地以外の場所へ向かうなど、非効率を極めている。

 そう思ったフェイドは、フェルズへと至極当然の疑問を投げ掛ける。

 

『君はその宝玉を囮にしているのだろう?』

 

「どうしてそう思った」

 

『行きと帰りで移動時間が違いすぎる。本来のペースなら既に地上に出ている筈だ』

 

「………………」

 

 すると、見事に図星を突かれた。

 

 素知らぬ顔で惚けてみたものの、フェルズには何もかもお見通しだったようだ。賢者の異名は伊達ではない。

 

 フェルズの言う通り、フェイドはこの宝玉を囮に怪人(クリーチャー)を誘き出そうとしていた。

 もしも、この宝玉が敵対勢力の要だった場合、奪還しに来る可能性が十分にあるのだから。

 

 そもそも、フェイドが休む間もなく任務に参加した動機は、この身が首輪付きだからなどという些細な理由ではない。

 

 まだ、諦めていないのだ。フィルヴィスを怪人(クリーチャー)に変貌させた元凶を、自らの手で殺す事を。

 そして、これからも認める事は無い。フィルヴィスを縛り付ける宿痾が、今も尚ダンジョンの何処かで跋扈しているという現実を。

 

 故に、敢えて移動を遅らせて、向こうから姿を現さないか網を張っていたのだが。

 結局は一人も釣れず、時間の経過と共にフェルズに気取られる結果となってしまった。

 

 レヴィスの件といい食料庫(パントリー)の件といい、今日は何をやっても上手くいかない日らしい。この場は大人しく引き下がっておいた方が賢明だ。

 そんな結論を下し、フェイドは今後の行動について指示を仰ぐ。

 

「街に行ってどうする」

 

『君の代わりの運び屋を用意しておいた。合流出来次第、宝玉を渡してくれ』

 

「その後は」

 

『……それで、今回の任務は終了だ。真っ直ぐ帰って休むといい』

 

「分かった」

 

 これにてお役御免。これ以上余計な真似はするな。そのようにフェルズから言外に告げられる。

 大事な荷物を釣り餌に使うような者に、荷運びは任せられないという事だろう。

 そして、運び屋の特徴と落ち合う場所について諸々の共有を受け、フェイドはリヴィラの街へと向かった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ダンジョン18階層。モンスターが溢れる地下迷宮に相応しくないほどの穏やかな光と清浄な空気。

 まるで地上に舞い戻ったかのような錯覚を催すこの階層は、ダンジョンに数層存在する安全階層(セーフティポイント)だ。

 

 階層の天井に隙間無く生え揃うのは、無数の水晶。それぞれが光を放つことで、18階層には地下でありながら擬似的な空が存在している。

 そして、この地下の空を形成する水晶は、時間の経過によって光量が落ちる。つまり、昼夜の概念が存在するのだ。

 

 現在は、夜に差し掛かろうとする頃合い。空を彩る水晶の光が弱まるにつれて、辺り一帯が暗くなってゆく。

【ランタン】を灯しながら18階層を西に進むと、フェイドの視界に映るのは、広大な湖畔とそこに浮かぶ巨大な島だった。

 

 そのまま、大木によって作られた橋を渡って島へと入り、頂上を目指して登って行けば。フェイドは目的地であるリヴィラの街に辿り着いた。

 

 

 

【ようこそ同業者、リヴィラの街へ!】

 

 

 

「………………」

 

 アーチ状の門に共通語(コイネー)で記載された文字を無感動に眺めつつ、街の中へと入ってゆく。

 

 リヴィラの街はその性質上、設けられた即席の小屋のほとんどが商店だ。

 武器屋や道具屋、手狭な宿屋に数少ない酒場など、全てが冒険者を客にして成り立っている。

 

 そうなれば当然、街中を行く者は武装した冒険者と、後は少数のサポーターしかいない。

 地上の冒険者通りと比べても、往来は異様に物々しい様相を呈していた。

 街並み自体は簡素な造りでありながら、白と青の水晶の輝きに彩られて美しいのだが。

 

「………………」

 

 そんなリヴィラの街を訪れる際、フェイドが選んだ格好は騎士の鎧。

 華美な装飾は施されておらず、鎧の下の青い布が唯一の特徴である。

 徒に顔を晒さず、荒くれ者に絡まれるような豪奢さも見窄らしさも無いので、この鎧を着込んだ。

 

 そうして、フェイドは粛々とした足取りで運び屋が待つ場所に向かう。

 地形の都合上、勾配の急な道を何度も登り降りさせられながら。

 

「………………」

 

 合流地点として指示された場所は、洞窟を活用して作られた酒場。

 中へと入れば、豊饒の女主人とはまた違った趣の室内が出迎えた。

 やがて、周囲を見渡すまでもなく、とある人物がフェイドの前に現れる。

 

 歩み寄って来たのは、黒い髪に頭から垂れた獣耳を生やす犬人(シアンスロープ)の少女。

 健康そうな小麦色の肌をしており、細い手足は獣人らしくしなやかさに富んでいる。

 編み上げたロングブーツに薄手の戦闘衣を身に付けており、防具の類は装備していない。

 

「ラダゴンとは」

 

 フェルズから言われた運び屋の外見的特徴と相違無し。

 そう判断したフェイドは、すれ違い様に彼女へ合言葉を投げ掛ける。

 

「……マリカである」

 

 少女がそう答えるや否や、予め鞄から取り出しておいた宝玉を手渡した。

 

 一体、なんなんだこの合言葉。何処の誰だよ、ラダゴンとマリカ。

 そんな疑問を小声で吐露しながらも、少女は早足に去ってゆく。

 

「………………」

 

 これにて、任務完了。

 

 少女の後ろ姿を横目に、フェイドは腹を満たすためにカウンター席に座った。

 実のところ、怪物祭(モンスターフィリア)にてジャガ丸くんを食べて以降、一切食事を摂っていないのだ。

 任務が終わった以上、現時点で優先すべきは食事なのである。

 

「………………」

 

 メニューを眺めながら給仕にあれこれ注文し、料理を待つ。

 そのまま、フェイドが暇つぶしを兼ねて店の中の様子を眺めていると。

 

 突然、何者かが隣の席に座ってきた。徐にそちらを見やれば、目に入るのは外套に身を包んだ女性と思しき人物。

 

「お前、私を一晩買わないか?」

 

 そして、微笑みを浮かべた口を動かし、女性は意味の分からない戯言を抜かす。

 

 しかし、その声を聞いた瞬間。

 

 赤髪の隙間から覗く緑色の瞳を見た瞬間。

 

「ディオニュソス・ファミリアの団員を殺したのはお前か」

 

 特段驚きもせず、フェイドは隣に座る人物へ淡々とした面持ちで発した。

 怪物祭(モンスターフィリア)の裏側で戦った末に、首を断って殺した筈の相手へ投げた問いを。

 

「くく……口を開いた途端にそれか。つくづく貴様は一貫しているな」

 

 フェイドの問いに対して、外套に身を包んだ女性は愉快そうに笑った。

 

「………………」

 

 頼みの綱である宝玉を手放した直後に、思いもよらぬ獲物が釣れた。

 どうやら、彼女は首を断たれたものの、仮死状態にあったらしい。

 

 怪人(クリーチャー)は不死。それは、特定の個体に限った話ではないようだった。

 もしも、それを見破れていたならば、あの場で放棄するような真似はしなかったのだが。

 

「それで、先程の返事は?」

 

「この場は奢る」

 

 お前が俺の質問に答えるならば。そう言って、フェイドは出されてきた鶏の串焼きを頬張った。

 こんがりと焦げた鶏肉を真顔で咀嚼しながら、彼女の動向を待つ。

 

「ふっ……」

 

 すると、彼女もそれを了承したのか無遠慮に串を手に取り、鶏肉に齧り付いた。

 

 そうして、賑やかなリヴィラの街の酒場を舞台に、殺した者(フェイド)殺された者(レヴィス)による殺伐とした晩餐が始まった。

 

 

 





褪せ人が30階層に向かってくれたおかげで、命拾いしたLv.4の冒険者がいます。
外伝二巻における褪せ人の役割は、登場しなかった彼の身代わりでした。

読んでいただきありがとうございました。
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