モンスターの脱走による混乱から離れた路地裏に、剣戟の音が絶え間なく響き渡る。
太陽の光が届かぬ薄暗い路地裏を、煌びやかな火花が間断なく照らす。
「──────」
迫り来る黒剣の軌道に、左手の盾を滑り込ませて受け流す。続け様に放たれた回し蹴りを、半歩後退して躱す。
袈裟に振り下ろされた刃に、逆袈裟に振り上げた刃をぶつけて逸らす。遠心力の乗った回転斬りを、飛び退いて回避する。
その色褪せた瞳は、赤髪の
目にも止まらぬ筈の攻勢に、適切な対処を弾き出し続けていた。
交錯を繰り返す度に、路地裏の壁と床には夥しい数の剣閃が刻まれてゆく。
「………………」
対する赤髪は眉を顰めていた。目の前のフェイドが傷一つ負わず、自分と互角に渡り合えているという違和感に。
自らの力を驕った訳ではない。寧ろ、入念な準備をした上で戦いに臨んでいる。
まず、赤髪はダンジョン内に蔓延るモンスターを蹂躙し、己の能力を高めた。
モンスターの魔石を喰らい己の糧とする。
結果、その膂力は以前よりも大きく増した。Lv.6相当の相手であっても、容易に追随を許さぬ程度には。
そして、この手に携えし【ウダイオスの黒剣】もその内の一つだ。
37階層の階層主であるウダイオスを屠った際、灰の中に遺された大剣である。
その分厚い刀身は彼女の無茶な行使にも耐え、敵を挽肉にしてしまう威力の一撃を生み出す。
自らの膂力と誂えた黒剣を以って、邪魔な盾諸共フェイドを叩き斬る。それが、赤髪の魂胆だった。
前回、逆転の切っ掛けとなった
しかし、何かがおかしい。互いに様子見の段階とはいえ、相手側の被弾が皆無なのだ。
赤髪と違い、フェイドが強さを増した気配は感じられないというのに。
「………………」
やがて、目まぐるしい交錯の折。フェイドは大きく飛び退いて距離を作る。
そのまま、何をするかと思えば。
【カイトシールド】を、虚空に仕舞った。
赤髪が常に警戒を向けていた盾を、前回の戦いで逆転に導いた切り札を、自ら放棄した。
お前に対してこのような保険など、最早必要ないと言わんばかりに。
それは、赤髪からすれば最大級の挑発行為だった。あの盾を意識したからこそ、彼女はこの大剣を誂えたのだから。
「っ…………!」
赤髪は歯軋りしながらフェイドを睥睨し、心の中で誓う。その慢心を、その驕りを、必ずや後悔させてやると。
そして、弓の弦を引き絞るかのように身を屈めたのち、跳躍。
石畳の床を踏み割る程の勢いで、フェイドへと躍り掛かった。
「──────」
あくまでも、こちらは防御を捨てただけ。何が逆鱗に触れたかは知らないが、あちらから仕掛けてくるのならば丁度良い。
豹変した赤髪に内心首を傾げながら、フェイドは唸る黒剣に向かって駆ける。刃と地面の間を潜り抜けるように回避する。
そのまま、すれ違い様に祈祷を発動。
「がっ…………!?」
【坩堝の諸相・尾】。腰の付け根から生えた竜の如き尾によって、赤髪の胴を捉える。
回転と共に横薙ぎに振り抜かれた尾は、彼女の肋骨を砕き臓腑を潰した。
軽々と撥ね飛ばされた赤髪の身体を、直線上にあった壁が罅割れながら受け止める。
立ち上がる間も与えず、更なる祈祷を発動。
【坩堝の諸相・角】。肩の先端に生えた雄々しい角を向け、フェイドは地面を蹴り抜いて疾駆。
ダンジョン深層に棲まう
「──────っっ!!??」
その勢いは留まる事を知らず、進路上に並び立つ建物を粉砕しながら、眼前の対象を破壊せんと進み続ける。
破砕音と共に飛散する瓦礫、支えを失い倒壊する家屋。それら全てを置き去りにしながら、前へ前へと突き進む。
やがて、路地裏を突き破った先。閑散とした広場に至ったところで、フェイドは地面を削りながら急制動した。
「ディオニュソス・ファミリアの団員を殺したのはお前か」
そして、地面に転がる赤髪を見下ろし、抑揚の失せた声で問い掛ける。
反応次第で即座に祈祷が放てるよう、【黄金樹の聖印】を発火させながら。
「ぐっ……ふっ……な、んだ……問答する余裕など見せつけて───」
【巨人の火をくらえ】。赤髪が言い終えるよりも先に、フェイドは爆炎を放つ。
対象へ着弾した瞬間、火の巨人に因る業火が爆音と共に煌々と花開く。
肯定か否定以外の言葉を返す余裕があるならば、もっと追い詰めるべき。という判断に基づいた追撃である。
「………………」
これまでもこれからも、慢心は一切抱かない。彼我の能力差は前回の戦いで散々思い知った。
現時点での優勢は、偶然動きが噛み合っただけ。今後の流れ次第では、戦況は容易に覆るだろう。
「───舐……めるなああああぁぁぁぁっっ!!」
故に、彼女の怒りは見当違いである。
轟々と燃え盛る炎から飛び出し、裂帛の叫びを上げて迫り来る赤髪を見ながら、躱す間も無く顔面を鷲掴みにされながら、フェイドはそう思う。
そんなフェイドを余所に、赤髪は顔を掴んだまま一直線に疾走。壁を駆け上り、屋上の縁を踏み台にして天高く跳躍。
上昇が終わり、落下が始まると同時に大きく振りかぶる。
そして、地面に激突する間際。
ありったけの力でフェイドの頭を叩きつけた。
「──────」
重力と腕力を相乗させた一撃が、フェイドの頭蓋を揺さぶる。
その膨大な威力に耐え切れず、敷き詰められた石材諸共、地面が砕け散って下の空間へと落ちてゆく。
そして、束の間の自由落下ののち、着水。
瓦礫に混ざって地の底へ到達すると同時に、辺りに水柱が立ち上る。
割り砕かれた地面の下に広がっていたのは、下水道だった。
「はあっ……はあっ……」
浅瀬に背中を浸すフェイドの顔面を握り締めたまま、赤髪は口の端から喘鳴を漏らす。
息を深く吸って吐き、この男に与えられた数々の傷を再生させてゆく。
仰向けに倒れ、沈黙する者。それを見下ろす者。
誰の目から見ても決着は付いた。だというのに、赤髪の眼差しは一切弛まず、フェイドを睨み続ける。
赤髪は警戒していた。次の瞬間には、起き上がってあの
この場に盾となる
故に、確実に仕留めるため、邪魔な兜諸共フェイドの頭を握り潰そうと力を込めた。
その刹那。
眼前に突き翳された聖印を見て、赤髪の思考は停止する。
「──────」
【火付け】。停止した思考を焼き焦がすかのような灼熱が、零距離で放たれる。
二度、三度、四度。赤髪が顔から手を離すまで、何度も何度も執拗に。
「───っっっっ!!!!」
そして、一際強い爆発に堪え切れず、赤髪は手を離して飛び退いた。
「………………」
彼女が離れた事に伴い、フェイドは徐に起き上がりながら【聖杯瓶】を呷る。
本来ならば、フェイドの頭蓋は柘榴のように弾けていた。それだけの威力が、あの一撃には込められていた。
であれば、何故原型を留める結果となったのか。その理由は、右手に持った直剣にある。
地面に叩きつけられる寸前、予め【炎術のロングソード】に内蔵した戦技、【我慢】を発動し威力を半減させたのだ。
あの時点で残存した
しかし、現在も危機は脱していない。フェイドは
対面の赤髪を見やれば、燃やされた顔面を手で覆い隠し、指の隙間からこちらを睥睨していた。
「っ……何故だ、何故こうも手こずる……! 貴様、前回は手加減でもしていたのか……っ!」
先程こちらの問いに答えなかったのだから、答える義務は無い。口よりも手を動かすべきだ。
「………………」
本来ならばそうして戦闘を続行するのだが、今回の勝利条件は特殊である。
絶えず再生し続ける敵の無力化など、フェイドは全くの未経験だった。
現在進行形で傷が癒えてゆく様子を見届けながら、どうしたものかと考える。
「俺はお前とは違う」
少なくとも、今必要なのは仕留めるまでの行程を組み立てる時間。
そう判断し、フェイドは敢えて赤髪との会話に付き合う事にした。
「俺は常に全力で戦っている」
前回の戦いに於いて、彼女は慢心していた。彼我の能力差に胡座をかいて、初手でフェイドを殺そうとしなかった。
結果としてその隙を突かれ、心臓を貫かれるような無様を晒した。淡々とした面持ちで、フェイドはそのように指摘する。
「減らず口を……貴様は惰性で生きているんだろう!」
「………………」
「私も同じだ! 全てがどうでもいい、全てがくだらない! ただ、死ぬ理由が無いからこうして生きているだけだ!」
故に、仲間の死に揺るがず、己の死を恐れず、延々と戦い続ける。
たとえ貴様のような格下に殺されたとしても、それは何ら変わらない。
赤髪はそう言い放ち、相貌を憤怒に歪ませながら黒剣を握り締める。
「………………」
フェイドは口を閉ざしたまま内心で頷く。彼女の言葉は、概ね的を射ていると。
フェイドが彼女に対峙するのは、あくまでも惰性の延長線上であり、必ずや勝利してみせるといった気概は無い。
何度でも蘇るのだから、何度でも負けて良い。いつか勝てれば良い。そんな思いが、常にフェイドの根底にはある。
ただし、彼女の発言における唯一の相違を挙げるならば。
「だったらお前は、あの時何故逃げた」
それは、彼女も同じく惰性で生きているという点だった。
「………………!」
以前、27階層でフェイドと交戦した時。赤髪は食人花を盾にして逃げた。
己が生を惰性と呼称するならば、終わりを拒む必要など何処にも無いというのに。
「あそこで俺が起き上がった時、撤退ではなく攻撃を選んでいれば、お前は俺に勝てた」
フェイドは淡々と語る。敵の殺害と自らの生存を天秤に掛けた時、お前は後者を取ったのだと。
「そもそも、全てがどうでもいいというのなら、何故お前はそうして憤る」
フェイドは淡々と問う。惰性で生きているお前が、何故こちらの言葉にそこまで揺らいでいるのかと。
「何も言わないのなら───」
そして、最後に言い放った。
「───俺を
お前の精神性は、悍ましい怪物などではなく普遍的な人間なのだと。
今まさに命を繋ぐため、脱走したモンスターから逃げ惑っている無辜の民と同類なのだと。
生じた沈黙を助長するかのように一滴の雫が垂れ落ち、水面を揺らす。
フェイドの言葉を聞き、赤髪はこの胸に燻る衝動の正体を理解した。
彼と対峙し、否定したかったのだ。この世の全てをくだらないと思っていた筈の自分が、無意識の内に自らの命を惜しんでいたのだと。
「───くははっ、そうか。貴様の目には、私が怪物ではなく人間に見えているのか」
しかし、その言葉を受けた赤髪の胸中と相貌に浮かんだのは、図星を突かれた苛立ちではなく納得と失笑だった。
そもそも、感情が壊死している筈の自分が、彼との再戦を望み地上へ出て来た行為自体、可笑しな話なのだから。
彼の言う通り、自分にも人間性と呼べるものが残っていたらしい。彼女はそのような自己分析をする。
「………………」
そして、断裂した管から流れる水の音を聴きながら、雑念を削ぎ落として殺意を研ぎ澄ました。
割り砕かんばかりに強く握り締めていた黒剣の柄から、力を抜いて全身を弛緩させた。
「……ならば、人間らしく貴様には名乗っておこう。私の名はレヴィスだ」
そのまま、フェイドへ向けて、赤髪は【ウダイオスの黒剣】を構え直しながら名乗る。
個体を識別する為の記号。それ以上の意味を見出せなかった、自らの名を。
「今更名乗る意味はなんだ」
「なに……特に深い理由はない」
やがて、どちらからともなく、両者は口を閉ざして向かい合う。
裏路地での戦闘から此処まで、フェイドとレヴィスは派手に暴れ過ぎた。
どのようなタイミングで、広場に生じた大穴を覗き込む者が現れるか分からない状況である。
そして、お互いが自らの素性を隠す身の上であるが故に、利害と思考は一致する。
「………………」
フェイドは判断する。仕留めるまでの行程は組み上がったと。
「………………」
レヴィスは自認する。怒りで散逸していた精神は統一されたと。
「──────」
両者は思う。故に、これ以上戦闘を長引かせる理由は無いと。
そうして、二十秒間に渡る死闘の幕が開けた。
疾駆。腰まで伸びた赤髪が揺れ、戦鬼の兜の鬣がなびく。
両者、同時に地面を蹴り、水飛沫を上げながら前進し、対象へと得物を振り下ろす。
衝突。刃と刃がけたたましい金属音を奏で、辺りに煌びやかな火花を散らす。
だが、幾ら互角にまで持ち込まれたとて、膂力は依然としてレヴィスが上回っていた。
その優位を遺憾なく利用し、レヴィスは拮抗を押し切って胴体を断とうとする。
しかし、そんなものはフェイドも織り込み済み。相手の力に逆らわず、流れるような体捌きで身を翻す。
そのまま、回転の勢いを乗せた蹴りをレヴィスの腕に当て、剣閃を逸らす。
「づっ───」
そうして、フェイドは開いた胴体へと【火付け】を連続発動。
至近距離から放たれた細かな灼熱が、レヴィスの腹を焼く。
蒸発する鮮血、爆ぜる臓腑。常人ならば命に至る負傷。
「───あああぁぁぁっっ!!」
それでも尚、レヴィスは怯まない。自らの怪物性を誇示するかのように、すぐさま反撃へと移行する。
尚も祈祷を放とうとするフェイドの左手を掴んで握り潰し、壁目掛けて思い切り投げ飛ばした。
地面すれすれを滑空したのち、凄まじい勢いで下水道の壁に叩きつけられる。
壁面に深く広い亀裂が走り、フェイドは喉から迫り上がった血を吐き散らす。
「ははははははっ───死ね!」
息を整える間など与えないと言わんばかりに、レヴィスは間髪入れずに地面を蹴った。
そして、壁に磔にされたフェイドの眉間へと、哄笑を乗せた刺突を繰り出す。
「──────」
しかし、首を傾ける事によって、迫り来る切先をフェイドは寸前で回避。
そのまま、顔の真横に突き刺さった刀身を横目に【坩堝の諸相・角】を発動。
壁を蹴り抜き最速で放たれた突進は、レヴィスの身体を容易く弾き飛ばした。
「………………」
再び生じた彼我の距離。僅かに生じた数秒間の猶予を用いて、フェイドは己の状態を確認する。
左手は握り潰され、捻じ曲がっている。思うような祈祷の行使は出来ないだろう。
先程は奇跡的に無茶が通ったが、同じ事をやれと言われれば難しい。
後頭部から背骨周辺にかけては罅が入っている。もう一度似たような衝撃が加えられれば、粉々に砕け散る。
残存する
【聖杯瓶】によって回復する隙は皆無。取り出せば最後、その行動を狩られて終わり。
以上の点を加味したうえで、フェイドは定めた。
ここから先の十秒で、レヴィスを仕留めると。
疾駆に伴い、水飛沫が上がる。フェイドとレヴィスは同時に駆け出す。
だが、先程の再現とはならず、互いの武器が衝突する事は無かった。
何故ならば、一際速く駆け抜けたレヴィスが、フェイドの左腕を切り飛ばしたから。
「──────!」
駆け抜けた勢いのまま、両者は交錯して互いにすれ違う。
持ち主を失った腕が、断面から血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。
その様子を視界の端で捉えながら、レヴィスは顔を顰める。
使い物にならなくなった左腕を犠牲に、斬撃の軌道をずらされた。
己の全速力を以って放った一閃が、不完全とはいえ見切られたのだから。
しかし、次の一手で終わらせる。迸る殺意に突き動かされるまま、レヴィスは瞬時にフェイドへと振り返る。
直後、脇腹を【雷の槍】が抉り取った。
「ぐっ……ぶっ……」
喀血し、驚愕に目を見開きながらも、彼女は身を捩って追撃の雷槍を躱す。
突如として放たれた雷の発生源は、フェイドの口に咥えられた【さざれ石の聖印】。
先程生まれた猶予を用いて、いつでも取り出せるよう意識しておいた物だ。
兜の口元を覆い隠していた帷子は邪魔だったので予め取り払った。
頭と身体を獅子舞のように連動させて振るい、フェイドは次々と雷槍を放つ。
レヴィスは手に持った剣を振るい、時には盾代わりとし、次々と鋭い軌跡を弾き返す。
しかし、慣れない状態から繰り出す雷槍の狙いは不正確。何発かは躱すまでもなく通り過ぎてゆく。
その粗雑で大振りな挙動に、レヴィスは反撃の隙を見出した。
「──────」
足元に着弾した瞬間を見計らい、フェイド目掛けて踏み込む。
「───っ!?」
だが、その直前。痛みを伴う痺れが、レヴィスの両足を駆け巡った。
咄嗟に自らの足元へと視線を送れば、目に映るのは水面を走る稲妻。
目の前の敵に集中するあまり、彼女は失念していた。現在戦っている場所が下水道なのだと。
浅い水が敷かれたこの場所ならば、電流によって直接狙わずとも足止めが出来るのだと。
そして、レヴィスがフェイドの狙いに気付くと同時に、湿った跫音が耳朶を打つ。
反射的に顔を上げれば、視界に映るのはレヴィス目掛けて駆け寄るフェイドの姿。
その手に携えているのは、不可解な文字のような物が連なった光の剣。
高周波と共に文字が束ねられ、刀身が長大化する。フェイドの身の丈を優に越す程。
悪寒と共に全身の肌が粟立つ。
あの異様な魔剣から繰り出される斬撃を、このまま受けるのは不味いと。
回避は間に合わない。今しがた食らった電撃が、足の機能を奪っている。
黒剣を盾にして防ぐ以外に、この窮地を凌ぐ手立ては無い。
それは、雑魚の思考だ。
レヴィスは歯を剥いて嗤い、その惰弱な発想を棄却する。
こちらに駆け寄るフェイドを視界に捉えた時点で、レヴィスは右足のみに再生を集中させていた。
斯くして、再生は間に合った。博打は通った。レヴィスは黒剣を振りかぶり、目を見開く。
そして、フェイドが刃の届く距離に来た瞬間。
一歩前に踏み込んで、刃を振り抜いた。
光の一閃と漆黒の残像が、弧を描き交錯する。
決着。それを告げるかのように戦闘音は鳴り止み、入れ替わるようにして周囲に静寂が訪れる。
そうして、暫しの間の沈黙の後。水面に小さな水飛沫が上がった。
レヴィスが崩れ落ちた事によって。
「……、……、……」
何が起こった。レヴィスは疑問を言葉に出そうとするが、思うように声が出ない。
勝負の行方はどうなった。レヴィスはフェイドの姿を探そうとするが、思うように身体が動かない。
「──────」
やがて、何かが倒れたかのような音と同時に、とある物が視界に入る。
そこでレヴィスは、己の敗北を悟った。
何故ならば。首から上を失くした自分の身体が、花弁のように散らばる赤い髪と共に転がっていたのだから。
そうして、
「………………」
紙一重、薄氷の上での勝利だった。
自身の首に刻まれた切創に触れ、フェイドはそのような感想を抱く。
残存
最後の攻防でフェイドが繰り出したのは、【秘文字の剣】による戦技、【防ぎ得ぬ刃】。
大きく伸びた刀身によって相手の防御を貫通し、肉体のみを切り裂く初見殺し。
この実体無き文字の連なりを以て、フェイドはレヴィスを仕留めた。
だが、一点だけ想定外な事が起きた。その場に縫い留められていた筈のレヴィスが、最後の最後に反撃を繰り出して来たのである。
以前、自らの命を惜しんだ彼女ならば必ず防御する。そう見做してあの状況を作ったのだが、予測は外れてしまった。
「………………」
交錯する瞬間に明暗を分けたのは、両者の得物が有する刃渡りの差。そして、踏み込みの差である。
もしも彼女が万全の状態で踏み込んでいたならば、相討ちまで持ち込まれただろう。
だとしても、勝ちは勝ち。望んだ結果に至るならば、過程など知った事ではない。
特に感傷に浸るような真似はせず、自らの傷を癒して背後を振り返る。
「ディオニュソス・ファミリアの団員を殺したのはお前か」
そして、水面に浮かぶ生首に向けて、フェイドは同じ問いを繰り返した。
「………………」
しかし、返事が無い。レヴィスと名乗った
声帯も一緒に断ち切ってしまったため、喋れないのか。そう思ったフェイドは警戒しつつ彼女へ近付き、髪を掴んで持ち上げる。
「肯定であれば瞬きをしろ」
改めて呼び掛けるが、依然応答は無い。あたかも生命活動を停止したかのように、レヴィスは硬直したままだった。
「………………」
彼女の本体は首から下か。そう思い、フェイドは倒れ伏す身体に目を向けるが、一向に起き上がる気配は無かった。
今も尚、首の断面から溢れ出る血が、清らかな水面を真っ赤に染めている。頭が生えてくる兆候は感じ取れない。
首を折られても死ななかった
そう思い、無力化する為に頭と身体を分断したのだが、
果たして、彼女は団員殺害の犯人だったのか。そもそも、彼女の目的は何なのか。
探し求めていた真実は、フェイド自身の手で闇に葬られてしまった。
斯くして、レヴィスとの戦いは徒労に終わった。
「………………」
これ以上この場に留まっていても、得られるものは人殺しの汚名だけ。
用済みとなったレヴィスの生首を放り捨てて、フェイドは下水道の奥へと歩き出した。
対峙した敵が如何なる強者であっても、フェイドは殺した直後に関心を失くす。
この後はどうすべきか。何処へ向かうべきか。次の目的に向けて、早々に思考を切り替える。
「──────」
しかし、今回に限って、その切り替えの早さは悪い方向へと働いた。
背を向けたが故に、関心を失くしたが故に、フェイドは気付かなかった。
首を断ち切られたレヴィスの身体。
その指先が、ほんの微かに動いた事に。