「当然だな」
「えー」
定位置の椅子に戻ったラニへ、最近あったことを全て話したミストへの返答は呆れたものだった。
ダンジョンの50階層付近まで降りたが満足するような相手はおらず、少し気落ちしながら18階層まで戻ったところで新たな敵と出会うも、膂力を圧倒された程度で臆して逃げ出すような敵だったこと。全てを話したところで、溜息を一つ吐いたミストに対して出したラニの返答がこれである。
「そもそも、お前が戦った相手に英雄と呼べるだけのものはいたか?」
「モンスターなんだからいないよ」
「そういうことだ」
ラニからすれば当然の結果でしかないのだが、神々が降臨した地であるオラリオに過剰な期待を向けているのがミストである。とは言え、知っている者全ての命が消えていく狭間の地において、彼女と碌なコミュニケーションを取ってくれた相手が少ないので仕方ないことではある。コミュニケーションが取れ、神の力を一端とはいえ取り入れた冒険者に実力を期待するミストの気持ちも、ラニは少しは汲んでいた。
「都市最強と呼ばれる男に手を出してみたらどうだ?」
「あー……
オラリオ二大派閥の片側【フレイヤ・ファミリア】の団長にして、オラリオ唯一のLv.7冒険者であるオッタル。都市の中で最強の冒険者は誰かと聞けば、誰もがその者の名前を口にする真の最強。だが、ミストとしてはあまり乗り気ではなかった。
「そのオッタルとやらは主神絶対主義なんでしょ? なんでも傍からずっと離れないとか……腑抜け過ぎじゃない?」
「不満か?」
「伊達に都市最強と呼ばれてないだろうから、力はあると思うよ。だけど……神に依存した存在とやり合って、楽しいと思えることはないだろうなぁ」
ミストの瞳に浮かぶ感情は明らかな失望。破砕戦争最強のデミゴッドと呼ばれた星砕きの将軍が、朱き腐敗で正気を失っていると聞いた時や、不敗の剣と呼ばれたデミゴッドが腐敗に抗わず双子の刃に成り下がっている姿を前に見せたものと同じ。その失望に満ちた瞳は、勿体ないと雄弁に語っていた。
ラニはミストの内心を悟って薄く笑みを浮かべた。どんな世界にいても、自らの隣に立つ伴侶たる王は変わらない。それを感じられただけでラニとしては満足なのだ。
「ならば、未だ討伐されていないと言われているこの世界の終末などはどうだ?」
「終末……黒竜のこと?」
「そうだ。かつてこの都市最強を誇っていた二つのファミリア、同時に挑んで壊滅したそうだな」
ラニの語る黒き終末の名を聞いて、ミストは少し考えるような仕草をしてから首を横に振った。力を持つものとしては充分であり、エルデの王となった今のミストが挑んでもそう簡単には倒せない敵なのかもしれない。だが、ミストは黒竜に挑むつもりなど全くなかった。
「何故だ?」
「その終末を倒すのは、
どこか遠くを見るような目で微笑むミストの脳裏には、今もダンジョンで必死に足掻いている冒険者の姿が映っていた。
「っ!? やぁッ!」
『ギュギィ!?』
「ベル様追加で2匹来ます!」
「わかった!」
キラーアントを切り裂いたベルは、続けざまに近づいてきたパープル・モスの首を切断し、追加でやってきた2匹のキラーアントへ視線を向ける。
(違う……あの人はもっと速かった!)
ベル・クラネルの脳裏に思い浮かぶ
カチカチと顎を鳴らしながら威嚇しているキラーアントに、自分から突っ込んでいったベルは、鞭の如く放たれた前脚の攻撃をプロテクターで弾く。緑色のプロテクターから生まれる火花を尻目に、
「ベル様危ない!?」
(あの人はもっと、冷静で力強かった!)
脳裏に思い浮かぶ
巨大な顎でベルを嚙み砕こうと迫るキラーアントをいなし、硬い甲殻を切り裂いて首を跳ね飛ばす。同時に、足元に迫っていたニードルラビットの攻撃を避け、カウンターとして繰り出されたナイフが魔石を穿つ。
「す、すごい……一回も攻撃を受けずに……Lv.1の冒険者ができることじゃないですよ!」
「あはは……ありがとう」
称賛するリリルカ・アーデの言葉に笑いながら、ベルは一人で悔しい思いをしていた。アイズ・ヴァレンシュタインの動きを思い出して動いてみても、想像通りに身体はついてこない。ミストルテインの動きを思い出してみても、彼女の圧倒的な判断能力には追い付かない。
キラーアントは倒せた。ニードルラビットもパープル・モスも問題にはならない。だが、本当に強い相手と戦った時に、果たして自分は勝てるのだろうか。ベル・クラネルの頭には、未だ
(このままじゃ……あの日、馬鹿にされた自分のままだ)
酒場である『豊穣の女主人』で【ロキ・ファミリア】やその他の冒険者たちに笑われた自分のまま、何も変わっていない。力は格段に強くなり、武器だって立派なものを貰っている。だが、ベル・クラネルにとって恐怖の象徴であるミノタウロスが思い浮かんで仕方がない。
「こんな僕でも……まだ英雄の素質があると言ってくれますか。ミストさん」
オラリオにきて初めて自分が英雄の器であると認めてくれたミストを思い浮かべて、ベル・クラネルは苦笑を浮かべた。