祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第19話【Monster philia】


 

 

 

 晴れ渡る空の下、鳥の囀りが響き渡り一日の始まりを告げる。

 太陽が上昇するにつれて、人々は次々と外に出て活動を開始する。

 

 そうして、時刻が朝の九時を回った頃。東のメインストリートを中心に、オラリオは普段とは異なる様相を見せ始めた。

 それは、大通りを埋め尽くすように行き交う群衆。老若男女関係なく他種族の人間が入り交じる光景は、都市東端にある円形闘技場にまで続く。

 

 そして、何よりも目を引くのは、道の中心で列を成す巨大な収納箱。

 断続的に振動する収納箱の中から聞こえてくるのは、くぐもった唸り声。

 その重低音が往来を揺らす度、通行人は立ち止まって物珍しい目で眺めている。

 

 あの箱の中に閉じ込められているのは、ダンジョンで捕獲したモンスターだ。あれらは、これから見せ物に使われるのだ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)という、年に一度オラリオ東部の闘技場で開かれる催しで。

 

 迷宮から連れてきた凶悪なモンスターを、冒険者が一対一で相手取る。

 そして、手懐けるまでの流れを観客達に披露するというのが、今日開催される祭りの概要だ。

 

「………………」

 

 そんな、普段はお目にかかれないモンスターが見られると盛り上がる民衆を、フェイドは無感動に眺めていた。

 概要は知っているものの、祭の内容に関心といったものは皆無なので、屋敷の離れでいつもと変わらない一日を過ごす。

 

 筈だったのだが。

 

「いやはや、こうも人が多いと歩くだけでも一苦労だな」

 

「……ディオニュソス様、あまり私達から離れないでください」

 

「………………」

 

 

 

 フェイドは、ディオニュソスやフィルヴィスと共に、怪物祭(モンスターフィリア)の真っ只中に居た。

 

 

 

 今から一ヶ月ほど前、ディオニュソス・ファミリアの団員が三名殺された事件。

 その日を境にディオニュソスは犯人を探しており、今日も変わらず調査を続けていた。

 そして、彼の護衛についたフィルヴィスのおまけとして、フェイドもその調査に駆り出されたのだ。

 

 被害者の死体のそばには、極彩色の魔石の破片が落ちていたという。

 食人花絡みの事件と見たフェイドは、フィルヴィスを守る為にも同行する必要があった。所謂、護衛の護衛である。

 

「………………」

 

 何故、怪物祭(モンスターフィリア)の最中であるにも関わらず、犯人探しを続行するのか。

 その理由は、祭の会場であるこのオラリオ東部こそが、殺害現場の近辺だったからである。

 

 どうやら、ディオニュソスはこの祭の主催であるギルドに対して疑いの目を向けているらしい。

 被害者である三人の団員は、目的の不明瞭なこの祭の裏側を、ギルド(ウラノス)の陰謀を知ったが故に口封じされたのではないかと。

 

「………………」

 

 だが、この祭に対して怪訝な目を向けている者は、ディオニュソスの他にも居る。

 ギルドの主導ではあるものの、モンスターを地上に放つ行為に対して、冒険者達も怪訝に思っているらしい。

 自分達と市民の間に軋轢を生まない為、金稼ぎやガス抜きも兼ねて開催しているのではないかと。

 

 この祭りは、荒唐無稽な夢物語の為の、単なる布石に過ぎないというのに。

 

 それはさておき。そんなウラノスの傭兵となったからか、度々探りを入れられるような事があったため、フェイドは彼の行動に対してそういった印象を抱く。

 こうしてフィルヴィスと共に護衛に駆り出しているのも、雇い主(ウラノス)に対する牽制なのだと思われる。

 

「………………」

 

 ある意味でディオニュソスの疑念は正しいのだが、それを彼に伝える権限はフェイドには無い。何も言わず、先行く背中を眺める。

 

 巡回しているギルドの職員に、世間話を装った事情聴取を行ったり。

 祭りを楽しんでいる他派閥の神へ、腹の探り合いを仕掛けたり。

 ホーム近辺の住民と偶然遭遇し、歓談も兼ねて証言を募ったり。

 

 ただ闇雲に歩き回るだけではなく、ディオニュソスは可能な限り道行く者に話しかけていた。

 ディオニュソスは、ディオニュソスなりの手段で事件の究明を目指していた。

 

「うん? なんや、ディオニュソスやん」

 

「おお、ロキか」

 

 そうして、東のメインストリートを歩き回っていると、ディオニュソスが声を掛けられる。その方向には、二人組の女性が立っていた。

 

「祭には行かんとか言うとったのに結局来たんかい」

 

「ああ、思いのほか用事が早く終わってね。空いた時間で、彼らには私の暇潰しに付き合ってもらっている」

 

 ディオニュソスは朗らかに笑いながらフェイドを見遣ってくる。

 彼の所作に促され、ロキと呼ばれた女性もこちらに視線を向けて来た。

 

 開いているか分からない糸目に、黄昏時を思わせる朱色の髪。そして、女性にしては凹凸に乏しい平坦な体型。

 オラリオが世界に誇る、都市最大派閥の主神。ロキの外見的特徴と相違無い。

 

 そう認識すると同時に、フェイドは軽く会釈をする。ディオニュソスの知己に失礼がないように。

 

「おおぅ……自分、ディオニュソスんとこの眷属やったんやな……」

 

 すると、彼女は気まずそうに声の調子を落とした。先日、豊饒の女主人にて勃発した諍いを気にしているらしい。

 

「……何か、私の眷属が君に粗相をしてしまったのか?」

 

「いや〜……どちらかっちゅうと、ウチのファミリアの阿保がやらかしたんやけどな……」

 

 そうして、その呟きを切っ掛けに、ロキとディオニュソスは酒場での一件について話し始めた。

 

「………………」

 

 しかし、それにしても不可解だった。道の端で会話するディオニュソス達を見つめながら、フェイドは思考に耽る。

 

 ディオニュソスという神は、眷属を玩具に見立てて弄ぶ性質なのだと、フェイドは解釈していた。

 玩具(眷属)壊れた(死んだ)ならば、さっさと次を用意するような精神性なのだと、フェイドは見做していた。

 

 その根拠は、時折り彼が見せてくる爛々とした瞳。あの瞳の奥底に、何処か悦楽的な、嗜虐的な雰囲気を感じ取ったのだ。

 

 だが、ディオニュソスは眷属の訃報を聞いて以来、犯人を暴こうと躍起になっている。

 ファミリアの主神として、極めて真っ当な立ち振る舞いを見せている。

 

「………………」

 

 もしも、27階層で食人花のモンスターを始めとした連中を嗾けたのが、このディオニュソスだとするならば。

 これほどまでに眷族の死の真相を突き止めようと、躍起になるのか。

 

「………………」

 

 言質を取った訳ではないが、襲撃者(赤髪)にこちらの素性を漏らしたのはディオニュソスだろう。

 少なくとも、フェイドはそう思っていたのだが、それは彼自身の矛盾した行動によって分からなくなった。

 

「………………」

 

 いずれにせよ、こちらの知らない第三者が裏で糸を引いている可能性が浮上したからには、迂闊にディオニュソスを始末する事は出来ない。

 

「………………あの」

 

 ディオニュソスの違和感について耽っていると、遠慮がちに声を掛けられた。顎から手を離しつつ、フェイドは振り返る。

 そこに居たのは二人組のもう片方、金髪金眼のマリカ擬き。【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

 第一級冒険者の顔と名前、大まかな能力に関しては、フェルズによって頭に叩き込まれた。

 ウラノスの傭兵として動く際、Lv.5以上の実力者である彼らは容易に対処出来る相手ではない。

 

 尚且つ、彼らと揉めた末に殺してしまえば、オラリオ全体に大きな損失が生じる。

 不要不急の接触は可能な限り避けるよう、フェルズから強く言い含められているのだ。

 そのため、ここまでずっと彼女からの視線を無視していたのだが、遂に痺れを切らしたらしい。

 

「なんだ」

 

 会話を最小限に留めるよう意識しつつ、フェイドはアイズに用件を聞く。

 

「………………」

 

 しかし、彼女は何も言わず、何かを考えるように視線を泳がせて黙り込んだ。

 

「…………天気」

 

 そして、何を言い出すのかと思えば。

 

「いい、天気ですね」

 

 今日の天気について話し出した。

 

「………………」

 

 アイズの言葉に、フェイドは黙って空を見上げる。

 

 彼女の言う通り、そこに広がっていたのは雲の少ない青々とした晴天。絶好の祭日和である。

 

「それがどうした」

 

 この晴天の何処に、お前が話し掛ける理由がある。そんな意味を込めて返事をする。

 

「………………」

 

 しかし、彼女は何も言わず、何かを考えるように視線を泳がせて黙り込んだ。

 

「…………お祭り」

 

 そして、何を言い出すのかと思えば。

 

「お祭り、賑わってますね」

 

 今日の怪物祭(モンスターフィリア)について話し出した。

 

「………………」

 

 アイズの言葉に、フェイドは黙って周囲を見渡す。

 

 彼女の言う通り、東のメインストリートは多くの人々が犇めき合っており、道の隅々にまで雑踏が形成されている。

 

「それがどうした」

 

 この盛況の何処に、お前が話し掛ける理由がある。そんな意味を込めて同じ返事をする。

 

「………………」

 

 しかし、彼女は何も言わず、何かを考えるように視線を泳がせて黙り込んだ。これで三度目である。

 

「………………」

 

 これ以上、この少女との会話に意味を見出せなかったので、フェイドは返事を待たずにそっぽを向く。

 そのまま、ショックを受けたかのように硬直する彼女を無視して、再度辺りに視線を巡らせた。

 

「こらこら、フェイド。こんなにも見目麗しい女性との話に付き合ってやらないなんて、男としての沽券に関わるぞ?」

 

「せやせや! 折角ウチの可愛いアイズたんが辿々しく話しかけとるのに、ぞんざいに扱うなんて! けったいな奴やな!」

 

 いつの間にか話を聞いていたディオニュソスとロキが、口を揃えてフェイドの無愛想な態度を咎めてくる。

 

「………………」

 

 第一級冒険者との不要不急の接触は避けろ。というフェルズからの指示に従った結果の行動なので、改めるつもりは毛頭無いのだが。

 

「にしても、珍しいなぁ。こういう時のアイズたんは横で黙って突っ立っとるだけやのに。なんかあったん?」

 

 ロキがそう言って、フェイドとの会話を試みた理由について尋ねると。

 暫しの間の逡巡したのち、アイズは意を決した面持ちで向き直り、紡ぐ。

 

「……初めて会った時から、貴方の事が気になってました」

 

 抑揚の無さとは対照的な、情熱的な言葉を。

 

 そんな、告白紛いの台詞を聞いて、感心したかのようにディオニュソスは口笛を吹き。

 そんな、告白紛いの台詞を聞いて、放心したかのようにロキはあんぐりと口を開く。

 

「知りたい、です。貴方の事」

 

 アイズの要求に如何なる返答をするのか。二柱の神々はそれぞれ異なる表情を浮かべながら、フェイドの反応を窺ってくる。

 

「断る」

 

 一刀両断。

 

 戦技、【居合】めいた切れ味の一言で、フェイドはアイズとの会話を拒んだ。

 そして、呆気に取られた彼女らを一瞥もせず、徐に歩き出した。

 

「……………どういう状況だ?」

 

 いつの間にか姿を消していた、フィルヴィスの元へと。先程から、フェイドは彼女を探していたのだ。

 

 彼女の腕には、湯気と共に香ばしい香りを漂わせる紙袋が抱えられていた。

 現在時刻は12時を回っており、本来ならば昼食を取る頃合いである。

 そのため、フィルヴィスは気を利かせて出店の品を買って来たらしい。一言何か言えば、代わりに買いに行ったというのに。

 

「知らない」

 

 フィルヴィスに対して首を横に振りつつ、フェイドは彼女の隣に立つ。

 そのまま、地蔵と化した。この場所こそが自らの定位置だと言わんばかりに。

 

「う、うぐぐぐぐっっ……なんやこの、意中の相手の失恋に、喜ぶべきか悲しむべきか分からんような、筆舌に尽くしがたい感覚は……っ!」

 

「……そんなつもりで、言ったわけじゃないです」

 

 なんとなく、只者じゃない気がしたから。そんな呟きをアイズは漏らすが、髪を掻き毟っているロキには届かなかった。

 

「だとしても、なんやねんアイツ! 超絶美少女のアイズたんに言い寄られて一切靡かんとか! 俗世から離れた仙人かなんかか!」

 

「言い得て妙じゃないかロキ。私の眷属の中でも、彼は世捨て人のような人間なんだ」

 

 

 

「……私が居ない間に何があったか知らないが、ディオニュソス様が立ち話をしている内に食べておけ」

 

「ああ」

 

 少し離れた場所から彼女らの様子を眺めつつ、フェイドは頷いてフィルヴィスから手渡された物を受け取る。

 

 それは、ジャガ丸くんという名の食べ物だった。潰した芋に衣をつけて揚げた代物のようだ。

 一口齧れば、見た目に違わず塩気を含んだ芋と油の味が口の中に広がる。

 三口で食べ終えて、フェイドは次を要求しようとフィルヴィスに手を差し出す。

 

「っ………………」

 

 しかし、彼女の様子が妙だった。ジャガ丸くんを片手に持ったまま口元へ手を当てて、それ以上食べようとしない。

 その手に持つ物を見やれば、一口齧られた衣の中から覗くのは小豆色の何か。どうやら、好みではない味の物が紛れ込んでいたのだろう。

 

「俺が食べるか」

 

「………………頼む」

 

 そして、矜持と好き嫌いを天秤にかけた結果、後者に傾いたらしい。

 フェイドの提案に渋々頷き、手に持ったジャガ丸くんを渡してきた。

 

「中に入っているのは小豆のクリームのようだが……お前からして、それは美味いのか?」

 

「よく分からない」

 

 揚げた芋にこんな物を混ぜる意図が。フィルヴィスの質問にフェイドはそう答えながら、小豆クリーム味のジャガ丸くんを咀嚼する。

 

「あ」

 

 だが、二口目に移行しようとしたところで、フィルヴィスが何かに気付いたかのような声を上げた。

 

「どうした」

 

「な、なんでもない!」

 

 そうして、こちらの問いに答えもせず、彼女はまたもや口元に手を当てて目を泳がせる。

 事件に関連性のある気付きではないと見て、フェイドは追及せずにジャガ丸くんを食んだ。

 

「っ………………」

 

 黙々と食すフェイドを、フィルヴィスは顔を背けながらチラチラと盗み見る。

 

 

 

「間接キスをスルーとは……確かにあれは世捨て人やな。男女の機微っちゅうもんがこれっぽっちもあらへん」

 

「だろう? 彼らのやり取りは毎日眺めていても飽きないよ」

 

 淡々としたフェイドと、狼狽するフィルヴィス。二人の対極的な様子を見た神々は、好き勝手に感想を述べる。

 

「小豆クリーム味、とっても美味しいのに……」

 

 つい先程、ジャガ丸くん小豆クリーム味を美味しく頂いたばかりのアイズは、人知れず三度目のショックを受ける。

 

 

 

 そんな彼らの遥か頭上。青く澄み渡った空を彩るように、大きな花火が上がった。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 くだらない。

 

 

 祭りの喧騒から離れた路地裏。軒を連ねる建物によって狭まった空に、弾ける花火。

 喧しい音を立てて弾け飛ぶそれを厭世的な眼差しで眺めながら、彼女はそう思う。

 だが、淡々とした歩調に反して、薄汚れた外套を揺らす身体は猛々しい戦意に包まれていた。

 

 これは、独断専行である。

 

 これから行われる襲撃の頭数に、本来彼女は含まれていない。

 万が一、地上の勢力に正体が露見すれば、計画の変更を余儀なくされるだろう。

 その危険性を承知の上で彼女はあの男、フェイド・ストレンジアと再戦したかった。

 

 何故ならば、あの黄金の破壊に巻き込まれて以来。彼女の脳裏から、あの色褪せた瞳が焼き付いて離れなかったから。

 ダンジョンの中で、どれだけのモンスターを屠っても。手慰みに深層の階層主(ウダイオス)を討滅しても。この胸の衝動は収まらなかったから。

 

 あの男が憎いという訳ではない。そのような情緒は、気の遠くなるような年月の中で壊死している。

 

 ただ、あの男を自らの手で完膚なきまでに殺し尽くしたい。

 そうすれば、この身に付き纏う衝動の正体を知れると思ったのだ。

 

「………………」

 

 やがて、路地裏を抜けた彼女は、街外れにある見晴らしの良い高台へと辿り着く。

 転落防止の鉄柵に手を掛け、遠く離れた場所で蟻のように蠢く民衆を見下ろす。

 

 常人ならば、到底個人の識別など叶わない距離だが、生憎と彼女は常人の枠組みから大きく外れた怪人(クリーチャー)だった。

 

 そして、然程の時間を掛けず、彼女は幸運にも目的の人物を発見する。

 祭で色めき立つ人々と対照的な黒装束は、目立つを通り越して浮いていた。

 

「………………」

 

 仕掛けるタイミングは、襲撃が始まった直後か。衆愚に混乱が伝播した頃合いか。あの男を視界に収めつつ、彼女は機を窺う。

 

 そして、その機は予期せぬ形で訪れた。

 

 闘技場と思しき建造物から、複数体のモンスターが脱走する事によって。

 主催側の不手際か、部外者の陰謀か。どちらにせよ、間の悪いタイミングだ。

 これでは冒険者達の対処が早まり、本来の目的は果たせないだろう。

 

 だが、今の彼女にとって、あの連中の都合など関係が無かった。

 鉄柵に足を掛け、高台から跳躍。屋根の上に飛び移り、標的目掛けて疾駆する。

 

 この場で行く末を傍観する理由は無い。

 

 何故ならば。あの男も、こちらの視線に気付いたのだから。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

 それは、ロキとアイズの二人組と別れて、間も無い出来事だった。

 

 モンスターが脱走した。その一言で、賑やかだった周囲の様相は一変した。

 

 祭を楽しんでいた人々は、恐怖という感情を顔に貼り付けて逃げ惑い。

 出店を開いていた人々は、皆一様に自らの仕事を放棄して逃げ出す。

 

 そして、その恐慌が嘘ではないと証明するかのように、何処からか遠吠えが響いてくる。

 その場に残るのは、様々な商品が並べられた屋台と、大通りを彩る色とりどりの装飾だけ。

 

「………………」

 

 人間の有無でこうも印象が変わるのか。狭間の地で幾度と無く目にしてきた、廃墟然とした光景にフェイドはそのような感想を抱いた。

 

「フェイド、一先ずはディオニュソス様を安全な場所まで送り届けるぞ」

 

 無感動な眼差しで周囲を眺めていると、フィルヴィスがこの場から離れるよう促してくる。

 

「お前一人で行け」

 

 しかし、至って冷静な彼女の指示に対して、フェイドは首を横に振った。

 

「……何かあったのか?」

 

「怪しい奴を見つけた」

 

 そのまま、単独行動の理由を述べる。東のメインストリートから離れた高台に、外套に身を包んだ人物が居たのだと。

 この一件との因果関係があるかどうかは不明だが、確かめる価値はあるという判断からの発言だった。

 

「私の眷属を殺した犯人かもしれない。行ってくれ」

 

 ただし、あまり深追いはしないように。フィルヴィスとのやり取りを聞いていたディオニュソスは、そう言って許可を出す。

 もとより、こういった事態の為にフェイドを駆り出したのだろう。彼の面持ちに、逡巡のようなものは含まれていなかった。

 

「分かった」

 

 ディオニュソスの言葉に頷くと同時に、フェイドは踵を返して走り出す。一分一秒が惜しかった。

 

「……フェイドっ! 私が居ないからといって、くれぐれも無茶はするなよ!」

 

 そんな、去り行くフェイドの背中に向かって、フィルヴィスは釘を刺してきた。

 彼女の声色には心配だけでなく、一緒に行けない事への歯痒さが含まれていた。

 

「俺は死なない」

 

 こちらを見送らざるを得ないフィルヴィスの葛藤など露知らず、いつもの決まり文句(無茶しても良い根拠)を述べ、フェイドは駆け抜ける。

 

 だが、一分一秒を惜しんだ理由は、逃す可能性を危惧したからではない。

 

 これから起こる戦闘を目撃する者が現れぬよう、速やかに処理する必要があると判断したからである。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 人の気配が消え失せ、モンスターの遠吠えが響く路地裏を、フェイドは一人駆けて行く。

 先程まで身に纏っていた黒衣ではなく、銀の鬣を揺らしながら。

 

 目撃者が現れた状況に備えて、フェイドは普段着である密使の黒装束から、戦鬼の鎧へと装いを改めていた。

 

「………………」

 

 フェイドは予期する。もう間も無くして、例の人物は自ずと目の前に現れると。

 何故ならば、高台からこちらを見据える視線には、濃厚な殺意が込められていたから。

 

 そして、路地の奥深くまで至ったところで、フェイドの予期を裏付けるような跫音が耳朶を打つ。

 

 

 

 直後。建物の壁が突き破られた。

 

 

 

 飛び散る破片の中で真っ先に目に入るのは、薄汚れた外套。そして、こちらを穿たんとする切っ先。

 

「──────」

 

 間一髪のところで身を捩り、フェイドは迫り来る刺突を回避。

 そして、すれ違いざま、薙ぎ払うように【火付け】を発動。無防備な背中に灼熱を見舞う。

 至近距離で点火された炎が、弾けるような音と共に薄暗い路地裏を一瞬だけ照らし上げた。

 

「………………」

 

 しかし、咄嗟に放った【火付け】は有効打とはならなかったらしい。

 フェイドの反撃に怯んだ様子も見せず、襲撃者は身を翻して向かい合ってくる。

 

 そうして、焼き焦がされた外套を脱ぎ捨て、露となったのは。

 いつぞや、27階層でフェイドとフィルヴィスを襲撃した、赤髪の姿だった。

 

 前回との相違点は、その手に携えし得物。血肉を鋳型にしたかのような紅色の長剣から、漆黒の大剣に変わっている。

 

「……何だその鎧は。あそこから着替える時間は無かっただろう」

 

「………………」

 

 殺意を迸らせながら発せられた彼女の問いに対して、フェイドは特に何も言わずに【炎術のロングソード】と【カイトシールド】を構える。

 

 今の段階で言葉を交わす事に意味はない。

 

 もしも、彼女がディオニュソス・ファミリアの眷属を殺した犯人ならば。フィルヴィスと同じ怪人(クリーチャー)だとするならば。

 抵抗出来ぬよう四肢を捥いで芋虫にするか、首から下を切り離してからの質疑応答でも、然程遅くはないのだから。

 

「──────」

 

 やがて、フェイドと赤髪は数秒間睨み合った末。どちらからともなく石畳の床を蹴り、目の前の相手に向かって疾駆する。

 

 そして、モンスターの脱走などという、前代未聞の騒ぎで混乱するオラリオ東部の片隅。

 

 喧騒から離れた閑静な路地裏に、けたたましい金属音が鳴り響いた。

 

 

 





次回、10話以来の本格的な戦闘が始まります。戦う相手は同じなのですが。

読んでいただきありがとうございました。
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