祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第18話【Don't forget】


 

 

 

「はああああぁぁぁぁ〜〜〜〜…………」

 

 頭を抱え、フィルヴィスは魂すらも抜け落ちそうな溜め息を吐く。しかし、憂鬱とした気分が晴れる事は一切無い。

 ディオニュソス・ファミリアのホーム。清々しい朝日が差し込む食堂に、どんよりとした空気が漂う。

 

「どうした」

 

 すると、その悩ましげな吐息を聞いたフェイドから、何食わぬ顔で質問が飛んでくる。

 

「お前、また無茶をしただろう」

 

 そんな言葉と共に、フィルヴィスが見せつけるように広げた情報誌。そのページにはとある特集が組まれていた。

 

 オラリオ激震! 【彷徨う者(ストレイド)】の正体に迫る! 

 

彷徨う者(ストレイド)】。一部のマニアの間で話題となっている存在について記載された、所謂オカルト雑誌である。

 各所の証言を元に描いた人相書き。目撃者に対しての取材時のやり取り。記者の考察などが書き記されている。

 

 全て、フェイドがダンジョン内で起こした行動が原因だった。

 

「………………」

 

 どうして、このような事になったのか。それは、今から数ヶ月前に遡る。

 

 

 

 ギルドの主神に素性がバレた。

 

 

 

 朝方、ホームに帰ってきたフェイドにそう告げられた瞬間。フィルヴィスは膝から崩れ落ちそうになった。

 

 何故、拘束されずに帰って来れた。

 

 これからお前はどうなる。

 

 もう、一緒に居られないのか。

 

 酷く狼狽しながら、フィルヴィスは矢継ぎ早に質問を飛ばした。

 普段通りの仏頂面を浮かべながら、フェイドは端的に事の経緯を述べた。

 

 まず、フェイドはオラリオの門を飛び越えて壁内へ不法侵入してやってきたらしい。

 初めて会った頃の、徹底的に無駄を省くような言動からして納得以外の感想は出てこないが。

 

 しかし、その罪で秘密裏に呼び出され、質疑応答の末ウラノス直々に追放を言い渡された。

 それに対して何の弁明もせず、フェイドは殺神未遂という更に重い大罪を犯したようだ。

 

 そして、免罪の交換条件として不定期の任務を課された。

 

 その任務とは、ダンジョン内の諸問題を秘密裏に解決する事。早い話、ギルドの私兵のようなものであるらしい。

 任務の内容に関して、他言は厳禁。情報漏洩をしたが最後、ギルドの主神の裁定の元、フェイドは今度こそオラリオから追放されてしまう。

 

 以上がフィルヴィスが眠っている間に起こった事の顛末である。

 

「……フェイド、今からでもどうにかならないのか」

 

 新たな目撃情報という名の燃料が追加される度、このオカルト雑誌を通してとある界隈が湧いているらしい。

 最近は、噂好きの神々もこの迷宮伝説に首を突っ込む始末。近々、ファミリア合同の調査隊が編成されるとの事だ。

 

「ならない」

 

 しかし、フィルヴィスの心配もどこ吹く風とばかりに、フェイドはパンを咀嚼しながら返事をする。行儀が悪い。

 

「………………」

 

 そんな彼とも、もうすぐで一年の付き合いとなる。此処まで来ると、彼の人となりはフィルヴィスにも分かるようになってきた。

 

 基本的に、フェイドは傍若無人だ。どうでも良いと判断した事柄や人間は、徹底的に無視する。

 しかし、一度重要であると判断したならば、その人物の頼みは如何なるものであっても絶対に断らない。

 

 つまり、ギルドの主神とやらは、免罪を餌にして彼に取り入ったという事だ。そこは、フィルヴィスだけの場所だったというのに。

 

 苛立ちが募る。きっと、彼は自分の居ない所で相当な無茶を強いられている。

 不満が募る。もしも自分が傍に居たならば、絶対に死なせないというのに。

 寂しさが募る。彼は任務に追われる事が多くなり、一緒に居られる時間が減った。

 

 不安が募る。もしかすると、彼と───

 

「───フィルヴィス」

 

「………………あ」

 

 フェイドに名を呼ばれ、ふと気付く。持っていた雑誌が、強く握り締められて破れている事に。

 フィルヴィスは目を伏せ、読めなくなった雑誌の残骸を後ろ手に持って隠した。

 

「………………」

 

 そもそも、彼はオラリオに留まる為の交換条件として、今の立ち場を甘んじて受け入れているのだ。

 そんな状況で、ギルドから課される任務を放棄しろと好き勝手に喚くならば。

 それこそ、フィルヴィス自身もフェイドと共にオラリオを去る必要がある。

 

 それは、それだけは出来なかった。

 

 精神的にも、物理的にも。

 

「……すまない。少し頭を冷やしてくる」

 

 フィルヴィスは一言断りを入れて席を立つ。いつまでもこの場に留まっていては、余計な事まで口走ってしまいそうだったから。

 

「どうすればいい」

 

 すると、去り際にフェイドからそんな質問が飛んできた。今更、自らが置かれている状況の危うさに気づいたか。

 

「そんなもの、どうしようもないだろう」

 

 だが、相手はオラリオの秩序の担い手である。一個人の直談判が聞き入れられる筈がない。

 投げやりな態度を隠そうともせず、フィルヴィスはフェイドへそう告げる。

 

「違う」

 

「違わない。今のお前に出来る事は、可能な限り騒ぎを起こさずに任務を───」

 

「───お前の機嫌を良くするには、どうすればいい」

 

「………………は?」

 

 彼が発した言葉の内容を理解するのに、フィルヴィスは幾許かの時間を要した。

 ()()()()()()()()()()()()。その言葉の響きを、頭の中で反芻する。

 

「──────」

 

 そうして、理解が及んだ瞬間。

 

 フィルヴィスは彼に背を向けた。歯を強く食いしばり、上昇しようとする口角の動きを抑制した。

 

「何故背を向ける」

 

「っ……っっ……っ……」

 

 お前がそう言ってくれるだけで、すっかり機嫌が良くなってしまったからだよ。機嫌を損ねた当の本人に尋ねてしまう素直さも含めて。

 

 と、叫びたくなる口を噤んで、フィルヴィスは己の容易(チョロ)い心を律しようとする。

 

「………………」

 

 だが、それよりも早くフェイドは席を立ち、フィルヴィスの顔を覗き込もうとしてきた。

 この顔を見られれば問題なしと判断され、フェイドはパンを食む作業に戻るだろう。

 

「っ……こっち見るな!」

 

 絶対に阻止せねば。フィルヴィスは意を決し、人差し指と中指を立てる。

 そして、その二本指を以って、フェイドの双眸を突いた。所謂、目潰しである。

 

「………………」

 

 しなやかな指先から繰り出された一撃により、フェイドは仰け反った。

 そうして、両目に触れて開かない事を確認したのち、無言で【緋雫の聖杯瓶】を取り出す。

 

「飲むな!」

 

 すかさずフィルヴィスはフェイドから【緋雫の聖杯瓶】を取り上げ、間一髪のところで視力の回復を阻止する。

 

「………………」

 

 しかし、回復手段はそれだけではない。フェイドは【黄金樹の聖印】を取り出し、【性急な回復】の構えを取った。

 

「癒すな!」

 

 すかさずフィルヴィスはフェイドから【黄金樹の聖印】を取り上げ、間一髪のところで視力の回復を阻止する。

 

「………………」

 

【生肉団子】。

 

「食べるな!」

 

【ぬくもり石】。

 

「置くな!」

 

【恵みの雫のタリスマン】。

 

「握るな!」

 

【指巫女サロリナの傀儡】。

 

「喚ぶな!」

 

【霊薬の聖杯瓶】。

 

「配合するな!」

 

 フェイドが次々と取り出してくる回復手段を、フィルヴィスは次々と捌いてゆく。

 

「何故邪魔をする」

 

 そうして、フェイドは遂に為す術を失くしたのか、行動の代わりに質問を飛ばしてきた。

 

「お前こそ、どうして私の顔を見ようとする!」

 

「気になったからだ」

 

「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

 

 彼に気にしてもらえて、とても嬉しい。しかし、それはそれとして、顔は見られたくない。

 相反する思いによって感情が雁字搦めになりながらも、フィルヴィスはどうにか取り繕おうとする。

 

 そうして暫しの間、フィルヴィスが顔を覆って煩悶していると、耳に入ったのは乾いた咀嚼音。

 

「………………?」

 

 疑問に思い顔から手を離せば、視界に入ったのは席に着いて食事を再開したフェイドの姿。

 

 つい先程繰り広げた会話や攻防は、何もかもが幻覚だったのか。そう思ってしまう程には、平然とした佇まいである。

 しかし、フェイドの両目は依然として塞がったまま。フィルヴィスが繰り出した目潰しは、確かに彼の視覚を閉ざしている。

 

「……何故、急に食事に戻った?」

 

「このままでは冷めると思ったからだ」

 

「私の事は?」

 

「気にする必要は無いと思ったからだ」

 

「そう思った根拠は?」

 

「勘だ」

 

 その勘は、見事なまでに的中していた。彼の発言により、胸の高鳴りが冷や水を浴びせられたように沈静化する。

 

「………………」

 

 やがて、朝食を頬張るフェイドを眺めたのち、フィルヴィスは自身の腕に抱えた押収品を見下ろす。

 そのまま、【緋雫の聖杯瓶】を取り出し、中の液体をフェイドにぶち撒けた。

 

 本来の使用用途とは違うものの、視力は戻ったようだ。水滴を垂らしつつ、フェイドは視線を向けてくる。

 その色褪せた瞳には、顔を真っ赤にして膨れているフィルヴィスの相貌が映っていた。

 

「どうすればいい」

 

 フィルヴィスの怒りに満ちた表情を見やり、フェイドは先程のやりとりの冒頭に発した問いを繰り返す。

 

「私の用事に付き合え」

 

「いつまでだ」

 

「一日中」

 

「分かった」

 

 そうして、紆余曲折がありながらも、フィルヴィスはフェイドを一日中連れ回す権利を得た。

 

 

 

『これが、青春というやつか……』

 

 

 

 偶然、一連のやり取りを梟越しに眺めていたフェルズは、的外れな感想を述べる。

 本来寝ている筈の朝方に駆り出された梟は、眠たげに欠伸を漏らした。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 朝の一件から外出する流れになり、フェイドはフィルヴィスによって色々な所に連れ回された。

 

 大劇場にて、英雄と精霊が織りなす種族間の悲恋を題材にした劇を見たり。

 劇の影響によるものか、都市随一の蔵書を誇る書店で良さげな本を探したり。

 繁華街で様々な甘味を楽しんだり。雑貨屋で色々な品を物色したり。

 

 赴く場所からして用事というのは建前で、フィルヴィスの目的は気晴らしだったらしい。

 それに気付きながらも、フェイドは特に何も言わず彼女の隣を歩いた。

 

 

 

 やがて、太陽が沈み切った頃合いで、彼女の気晴らしは【豊饒の女主人】にて締め括られる。

 

 あの一件以来、フィルヴィスは定期的にこの店に通うようになった。無論、フェイドを伴って。

 そして、毎度の如く酔っ払っては凄まじい絡み酒を披露し、そこに居合わせた客やウェイトレスを笑わせている。

 

 酔っぱらっている最中は周りが見えていないようで、店側からも名物扱いされている自覚は当の本人には無い。

 

「………………」

 

「どうした、フェイド?」

 

 しかし、今回はいつもと様子が違った。

 

 フィルヴィスが酔っていないのである。彼女の手には葡萄酒の入ったグラスが握られているというのに。

 

 何か変なものが混入しているのかと思い、店主にフィルヴィスの異変について尋ねたが、そのような事はあり得ないと言われた。

 物は試しにと彼女のグラスをひったくって一口だけ飲んでみたものの、葡萄ジュースではなく至って普通の葡萄酒だった。

 

「………………」

 

 何故、どうして。出された料理を次々と咀嚼し、フィルヴィスの話に付き合いながら、フェイドは酔っていない理由について思案する。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

 そんな中、大規模な団体がぞろぞろと店内に入って来た。多種多様な種族が入り乱れる中、目に入るのは道化師のエンブレム。

 

 都市最大派閥、ロキ・ファミリア。

 

 競争率の激しい探索系ファミリアの中でも、ダンジョン攻略の最前線を駆け抜けているファミリアだ。

 羨望を向ける者は冒険者だけに留まらず、冒険者という職業を嫌悪する市民でさえ、彼等は一味違うと特別視している。

 

 紛れもなく現時点でのオラリオにおける、最も英雄に近しい派閥の一つである。

 そんな、予期せぬ人物達の登場に、店内は大いに盛り上がった。

 

 しかし、フィルヴィスは盛り下がったらしい。先程までとは打って変わって口を閉ざし、料理を口に運ぶペースを早めている。

 

「………………」

 

 そして、店内が賑やかになるにつれて、フィルヴィスの機嫌は悪化の一途を辿った。

 何も喋らず黙々と料理を頬張る様子に、フェイドはそのような感想を抱く。

 

 単に騒がしいだけならば、それは酒場の様式美。さしものフィルヴィスも、機嫌を損ねる事は無かった。

 だが、酔った狼人(ウェアウルフ)が現在進行形で貶している新米冒険者の話が、彼の話を笑う連中が、彼女の逆鱗に触れたらしい。

 

 上層に進出したミノタウロスに追われて逃げ惑った挙句、返り血を浴びて真っ赤になったトマト野郎。

 同じ派閥の第一級冒険者である俺か、助けた相手からも逃げちまう無様なガキ。雌のお前はどっちに滅茶苦茶にされたい。

 

 折角の気晴らしの締め括りが、このような犬も食わぬ下賤な話となれば、フィルヴィスの苛立ちも一入なのだろう。

 実際、代金を置く時間すらも惜しかったのか、聞くに堪えないとばかりに食い逃げが出る始末だ。

 

 そうして、食い逃げの発生から間も無くして。盛り上がる冒険者達を余所に料理を完食したのち、フィルヴィスはウェイトレスに代金を支払う。

 

「……今日はハズレの日だったな。どれだけ美味な料理や酒であっても、見苦しいものがあれば台無しだ」

 

「そうか」

 

 そして、席を立つと同時に、フェイドに向かってそのような愚痴を溢した。

 否定はしないが同意もしない。如何なる物であれ胃袋に入れば、末路は同じ排泄物なのだから。

 

「あぁん? なんつったてめえ?」

 

 しかし、その発言について唯一否定すべき点が有るとするならば、彼女の声が狼人(ウェアウルフ)の耳に届いてしまった事だろう。

 賑わっていた酒場の空気は一変し、彼を中心に殺伐とした雰囲気が漂い始める。

 

 揉め事を厭ったロキ・ファミリアの面々は、それとなく狼人(ウェアウルフ)を止めようとしつつ、早く謝れと視線で忠告してきた。

 

「………………」

 

 そんな彼らの視線をフィルヴィスは無視し、狼人(ウェアウルフ)を睥睨する。

 

「ちっぽけな石ころ風情の言葉なんざ、人間様の耳にはよく聞こえねえんだが……チャンスやるからもっかい言ってみろよ」

 

 狼人(ウェアウルフ)はそう言いながら威圧的な笑みを浮かべ、フィルヴィスの前まで緩慢とした足取りで詰め寄ってきた。

 

「自覚が無いならもう一度言ってやる。どれだけ美味な料理や酒であっても、見苦しいものがあれば台無しだ」

 

 それでも、フィルヴィスの舌鋒は止まらなかった。赤緋の瞳に侮蔑を乗せて、同じ言葉を言い放つ。

 

「そーかそーか! そんなに蹴飛ばされてえならお望み通り───」

 

 このままでは、フィルヴィスが蹴られる。そう判断したフェイドは、狼人(ウェアウルフ)が踏み込む前に両者の間へ割って入った。

 

「───お前は律儀だ」

 

「……あん?」

 

「路傍の石を見つけ次第、率先して蹴飛ばすなど」

 

 そして、取り敢えず彼の言動を褒めた。

 

 嘘偽り無い本心である。巨大な岩石だろうが小さな石ころだろうが、フェイドは目的に関係がなければ素通りするのだから。

 

「ふふ……あまり言ってやるなフェイド。この男は心配なのだろう。それこそ、お前の言う路傍の石とやらに躓いてしまわないか」

 

「てめえら……」

 

 しかし、思いもよらぬ援護射撃によって、狼人(ウェアウルフ)の相貌に青筋が浮かび上がる。

 褒めたつもりだったのだが、煽りと受け取られてしまったらしい。

 次に挑発的な言葉を紡げば、それが開戦の合図となるだろう。

 

「………………」

 

 ここから先は、より慎重に言葉を選ぶ必要がある。好戦的なフィルヴィスを牽制したうえで。

 

「お前の話はとても笑える内容だった」

 

 数秒の思考を要し、フェイドの頭脳(知力9)は弾き出す。

 

 この場を穏便にやり過ごすための最適解として、相手に対する同調を。

 

「馬鹿にしてんのか? だったら少しは笑って見せろよ」

 

 しかし、それには一つ致命的な矛盾があった。

 

 お前の話が笑えるなどと、無表情且つ棒読みで言われたところで、説得力は一切無いのだという矛盾が。

 

「………………」

 

 指摘されて初めて気付き、フェイドは急遽笑顔の作成を試みる。

 だが、フェイドの表情筋は永久凍土の如く微動だにしなかった。

 

「どうやら、俺"は"笑えないらしい」

 

 この際、刃傷沙汰になっても良いか。同調による軟着陸を早々に諦め、自身が顰蹙を買う方針へと移行する。

 

「俺"は"? はっ……そりゃてめえが弱者側だからだろうが」

 

「お前達が笑えたのは、忘れたからだろう」

 

「……あ?」

 

「俺は忘れていない。今まで自分が歩んできた道のりに何があったかを」

 

 此処に至るまでに味わって来た、数々の敗北を。

 

 接木の貴公子から始まり、エルデの獣で終わった死と敗北の記憶を思い返しながら、フェイドは淡々と言葉を紡ぐ。

 

 生まれた瞬間から強者である者など、人が人である限り存在しない。

 それは、神の手で恩恵(ファルナ)を刻まれた冒険者であっても同じだ。

 

 この世界の人間にとって、恩恵(ファルナ)はあくまで成長の促進剤である。

 彼らはモンスターを倒すなどして経験値(エクセリア)を積み、自身の能力を強化させてゆく。

 

 誰しもがLv.1(弱者)から始まるのだ。

 

 だが、ミノタウロスに襲われた新米を笑えたという事は、忘れられる程度のものだったのだろう。彼らが積み上げて来た研鑽の日々は。

 

 そんな憶測からの発言(煽り)である。

 

「………………?」

 

 しかし、フェイドがそう言うと、騒然としていた店内が一瞬にして静まり返った。

 疑問符を浮かべながら辺りを見渡すものの、誰も彼もが口を噤んでいる。

 極一部、こちらを見極めるかのような視線を向ける者も居るが。

 

 いずれにせよ、また言葉選びを間違えたらしい。挑発のつもりで放った戯言が、図らずも彼らの図星を突いてしまうとは。

 

「…………だから、見ていて苦しいんだよ。よりにもよって、高みにまで登り詰めたお前達が酒に酔い、始まったばかりの後進を嘲るなど」

 

 軽蔑を隠そうともしないフィルヴィスの呟きが、酒場に生じた沈黙を揺らす。

 彼女の苛立ちの矛先は、目の前の狼人(ウェアウルフ)だけではなく、彼の話を笑った連中にも向いていたらしい。

 

 フィルヴィスに対して反論する者は、誰も居なかった。

 

()()()()()、だと?」

 

 ただ一人を除いて。

 

「勝手に決め付けてんじゃねぇ」

 

 声を荒げながら、狼人(ウェアウルフ)は距離を詰めてくる。先程まで浮かべていた嘲弄の笑みを掻き消し、剣呑な眼光をフェイド達に向ける。

 

「てめえの身も守れねぇ弱者を擁護して何になる? そうすりゃ一匹でも目障りな雑魚が減るのか?」

 

「………………」

 

「雑魚を蔑むのが強者の特権だろうが!」

 

 何も間違っていない。彼の言っている内容に思うところは、フェイドには何もない。

 だからこそ、もう店から出たいのだが、出口までの道は相変わらず彼が塞いでいる。

 

「であれば、やはりお前は律儀だ。目障りだと言うのなら───」

 

「───黙れ」

 

 会話の手札を失ったフェイドが再び褒めようとすると、それを遮るかのように狼人(ウェアウルフ)は胸ぐらを掴み上げた。

 

 その続きを言ったら、殺す。

 

 細められた双眸に、フェイドはそのような宣告を読み取る。

 

「わざわざ罵らずとも、お前の爪牙で───」

 

 だが、フェイドは敢えて彼の眼差しを無視した。もとより、立ち去るきっかけを求めて挑発を繰り返していたのだから。

 

「──────」

 

 そうして、狼人(ウェアウルフ)は宣告に違わず、フェイドへと拳を振りかぶった。

 そうして、第一級冒険者の握り拳が、フェイドの顔面を殴りつける。

 

 その直前。

 

「───ベート、そこまでじゃ」

 

 背後から発せられた一言と同時に、その蛮行は阻止された。

 振りかぶった彼の手を、予め回り込んでいたドワーフが掴んだ事によって。

 

「っ……!? 離せっジジイ!!」

 

「お主がそやつの胸ぐらから手を離すのなら、そうしよう」

 

「………………ちっ!」

 

 ドワーフにそう言われ、ベートと呼ばれた狼人(ウェアウルフ)はフェイドを押しのけながら手放す。

 そして、大きな舌打ちと共に踵を返して、店内から外へと立ち去って行った。

 

「すまない。彼は昔から酒癖が悪くてね」

 

 肩を怒らせて去り行く背中を眺めていると、フェイドとフィルヴィスの前に小人族(パルゥム)が謝罪しながら出てくる。

 彼は、この派閥の首領である。先程、見極めるかのような視線を向けていた者の一人だ。

 

「………………」

 

 フェイドは何も言わず、フィルヴィスへと目配せする。自分の代わりに彼と会話しろと。

 先程の狼人(ウェアウルフ)とのやり取りで散々喋った。これ以上口を開くのは億劫だった。

 

「……いえ、元を辿れば私が口を滑らせた所為です。せっかくの宴会に水を差してしまい、申し訳ありませんでした」

 

 フェイドの思念を受け取ったフィルヴィスは、謝罪を述べてから頭を下げる。彼女に倣って、取り敢えずフェイドも一礼しておく。

 

「頭を上げてくれ。場の空気を優先して、もっと早い段階で彼を諌めなかった僕も悪かった。……みくびられて笑い者にされる悔しさは、種族柄誰よりも知っているというのに」

 

 小人族(パルゥム)がそう言いながら周囲に視線を巡らせると、店内の気温がもう一段階下がった。

 特に、双子の女戦士(アマゾネス)の豊かな方が卒倒しかけており、傍に居た貧しい方に支えられている。

 

「……では、もういいでしょうか」

 

「ああ、あまり引き留めてしまうのも良くないだろうからね」

 

 フィルヴィスが断りを入れ、小人族(パルゥム)が了承する。そうして、この場における諍いは終息した。

 

「店にも迷惑をかけてしまい、すみませんでした」

 

「構わないさ。皿の一枚でも割ったってんなら、アンタらただじゃ置かなかったが」

 

「次に来た時は、お詫びも兼ねて沢山料理を頼みます」

 

「そりゃいいね! いつでも待ってるよ!」

 

 去り際、フィルヴィスが店主に謝罪している様子を眺めていると、背中に視線を感じた。

 

「………………」

 

 振り返ると、視界に入ったのは金髪金眼の少女。かなり前にギルドで遭遇したマリカ擬きである。

 しかし、何事か問う間も無く俯いてしまったので、フェイドは彼女を無視しておく。

 

「帰ろう、フェイド」

 

 そして、フィルヴィスに促されるまま、豊饒の女主人から立ち去った。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 南東のメインストリートを、フェイドとフィルヴィスは黙々と歩く。

 ロキ・ファミリアとの一悶着を終え、後はホームに帰るだけ。二人の歩みを遮るものは何もない。

 

「………………」

 

「どうした」

 

 だが、隣を歩くフィルヴィスの様子が妙だった。寿命を全うする直前の魔石灯のように、意識の点滅を繰り返している。

 

「………………眠、い」

 

 どうやら、おねむの時間のようだ。豊饒の女主人に居た段階でこうなっていれば、あのような騒動を起こさずに済んだというのに。

 

「背負うか」

 

「…………た……のん……だ」

 

 提案と同時に背を向けると、フィルヴィスは逡巡する間も無くしなだれかかってくる。

 そのまま、フェイドの肩に顎を乗せて深い眠りについた。

 

 どうやら、フィルヴィスはしっかり酔っていたらしい。見た目や言動に変化が現れなかっただけで。

 その証拠として、彼女の口から漏れる寝息には酒気が多分に含まれていた。

 

 思い返してみると、フィルヴィスは飲む酒によって酔い方が変わっていたような気がする。

 絡むだけでなく、泣いたり怒ったり甘えたりはしゃいだりと、変化に富んでいた。

 

 それはさておき。先程、わざわざロキ・ファミリアに噛み付いたのは、酒の後押しがあったからか。

 普段の彼女ならば眉を顰めながらも相手にせず、その場から立ち去っていただろうから。

 

「………………」

 

 などと考えたところで、すぐにそれを否定した。

 

 あの時のフィルヴィスが何を考えていたかなど、心の読めぬフェイドには知る由も無い。

 だが、それを踏まえた上で彼女の胸中について推し量るとするならば。

 

 雑魚では釣り合わない。

 

 例の新米冒険者を貶す中で、狼人(ウェアウルフ)が最後に仲間へと切った啖呵。

 あれを聞いた瞬間、細められたフィルヴィスの双眸に、鮮烈な赫怒が灯った。

 あの言葉に歯向かわなければ、肯定してしまう事になると思ったのかもしれない。

 

 弱かったから、釣り合わなかったから、今までパーティを組んできた冒険者達は死んだのだと。

 

 

 

 ディオニュソス・ファミリアの団員たちは、殺される羽目になったのだと。

 

 

 

 今から一ヶ月ほど前。ディオニュソス・ファミリアの団員が三名、何者かによって殺された。

 当時のフィルヴィスの酷く狼狽えた様子を思い返しながら、フェイドはホームに向かう足を早める。

 

 蒼然とした雲の隙間から覗く月は、フェイドが歩く姿を厳かに見下ろしていた。

 

 彼らが命を奪われた瞬間と、全く同じ様相で。

 

 

 





お待たせいたしました。ぼちぼち更新再開していこうと思います。
頻度としては半日から三日に一回。一か月ぐらいの期間を使って更新してく予定です。
残り二話ほど仕上がってないので、最後の方は遅れるかもしれませんが。

読んでいただきありがとうございました。
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