祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第16話【Uranus】


 

 

 

 

 あの日を経てから、フィルヴィスは変わった。

 

 ダンジョンからの帰り道にて、隣を歩く彼女の横顔を見やりながら、フェイドはそう思う。

 

 喜ばしい事があれば笑うようになり、悲しい事があれば落ち込むようになった。

 暇さえあれば問わず語りをするようになり、会話の中に冗談を織り交ぜるようになった。

 己の感情を誤魔化さなくなり、真っ直ぐに伝えてくるようになった。

 

 

 

 あの日を経てから、フィルヴィスは変わった。

 

 ファミリアのエントランスにて、団員達と話をしている彼女を見やりながら、フェイドはそう思う。

 

 排他的な態度を改めるようになり、他者との関わりを持つようになった。

 廊下ですれ違えば挨拶するようになり、助言を請われれば応じるようになった。

 アウラを始めとした古株の団員からは相変わらず疎まれているものの、新参の団員からは慕われるようになった。

 

 

 

 あの日を経てから、フィルヴィスは変わった。

 

 本館と別館を繋ぐ渡り廊下にて、月明かりに照らされる通路を歩きながら、フェイドはそう思う。

 

 こちらを見つめる事が増えるようになり、目と目が合うと微笑むようになった。

 何処か遠くを見つめる事が増えるようになり、物憂げな眼差しをするようになった。

 その赤緋の双眸に、燦然としたような、暗澹としたような意志を宿らせるようになった。

 

「………………」

 

 変化の切っ掛けを、フェイドは知っている。あの墓場でのやりとりが彼女を変えたのだろう。

 だが、変化の理由は知らない。あの墓場でのやりとりには、特別なものなど無かっただろうに。

 フェイドは、ただ告げただけだ。これからも、フィルヴィスと共に冒険をすると。

 

 疑問を解消すべく尋ねてみたが、フィルヴィスは頑なに答えなかった。

 それどころか、何故そこまで気にしてくるのかと聞き返してくる始末。

 

 明確な根拠を提示出来なかった事、更なる追及は彼女の機嫌を損ねかねない事。

 以上の点を踏まえて、フェイドは大人しく引き下がった。

 

 とはいえ、これ以上この事柄に対して考えを巡らせても答えは出ない。

 フェイドは彼女に関する思考を打ち切り、歩調を早めて部屋へと向かう。

 今日という一日をさっさと終えて、明日も続く冒険に臨むため。

 

 

 

『夜分遅くに失礼する』

 

 

 

 しかし、自室の扉を開いたところで、フェイドの動きは止まった。

 何故ならば、そこには一日の終わりを阻む者が居たから。

 

 開かれた窓の縁に趾を絡め、我が物顔で部屋を占拠するそれは、いつぞやフェイドを追跡してきた梟、もといギルドの手先だ。

 

 あの日を経てから変わった事をフィルヴィス以外に挙げるとするならば、ギルドの手先からの監視である。

 外出すれば必ずと言っていいほど、ギルドの手先は梟によってフェイドを追跡してきた。

 今日に至るまで、フェイドは敢えて無視し続けてきたのだが、遂に痺れを切らしたか。

 

『フェイド・ストレンジア。君に付いて来て───』

 

「───断る」

 

 一刀両断。ギルドの手先が言い終えるよりも先に、フェイドは用件を突っ撥ねた。そのまま、窓を閉めようとする。

 知らない人には付いて行ってはいけません。という、フィルヴィスの言いつけを守ったが故の行動である。

 

『ちょ、ちょっと待───』

 

 部屋から閉め出そうと、フェイドは取手を掴んで押し込む。

 部屋から閉め出されまいと、梟は翼をはためかせ抵抗する。

 がたがたと窓扉を揺らしながら、両者は窓際で攻防を繰り広げる。

 

『───私の話を聞いてくれ! さもなければ、君の罪を明るみに出さなければならなくなる!』

 

「………………」

 

『そうなれば、君はオラリオから()()されてしまうかもしれない!』

 

 だが、その追放という二文字は、否が応でも反応せざるを得ない言葉だった。フェイドは手を止めて、話を聞く姿勢に移る。

 

『ふぅ……』

 

「俺は何の罪を犯した」

 

 自分が動いた訳でもないというのに、一息入れる密偵に対して、フェイドは問う。

 

 冒険者となったばかりの頃、フィルヴィスに咎められて以来、死体漁りはしていない。

 それどころか、人も神も殺していない。思い当たる行為は、何一つとして無かった。

 

『一言で言えば、不法侵入だ』

 

「お前もだろう」

 

 間髪入れずに言い返すと、梟の片目に嵌め込まれた青玉からくぐもった声が聞こえる。どうやら、痛い所を突いたらしい。

 

『……それはごもっともだが、規模が違う。ましてや、世界有数の都市と一個人の邸宅では』

 

「………………」

 

『どれだけ月日を遡っても、フェイド・ストレンジアという人物がこの都市に訪れた記録が見つからなかった。……つまり、君は検問を通さずにオラリオに入って来た筈だ』

 

 悪足掻きとばかりに言い返してみたものの、密偵の言う通りである。

 初めてこの場所に来た時、フェイドはオラリオの門を無視して壁を飛び越えた。

 

 当時は生きとし生けるもの全てが敵だと思っていたため、接敵を避けた結果の行動だ。

 過去の判断が巡り巡って、ギルドの手先が付け込む隙となってしまったのだろう。

 

『だが、事を大きくするのは我々としても本意ではない。君の冒険者としての貢献は───』

 

「───付いて行こう」

 

 即断即決。ギルドの手先が続けようとした話を、フェイドはショートカットした。

 布の服から密使の鎧に装いを改め、外に出る準備をさっさと終える。

 物理的にも精神的にも、フェイドの変わり身の早さは迅速だった。

 

『……君の仲間は色々と苦労していそうだな』

 

「もう慣れたと言っていた」

 

『…………それは良かった。君が付いて来てくれる事も含めてね』

 

 一連の流れに面食らいながらも、ギルドの手先はどうにか仕切り直した。

 そのまま、一拍の間を置いて梟がフェイドの肩に飛び乗って来る。

 

『もう遅い時間だが、このあと訪ねてくる者は居るか?』

 

「居ない」

 

『であれば、出来るだけ早く物音を立てずに外に出てくれ。可能なら君の不在を知られたくない』

 

「分かった」

 

 淡々とした面持ちで頷いたのち、フェイドは扉ではなく窓の方へと向き直る。

 

『……何故、窓の方を向くんだ?』

 

 フェイドの部屋は別館の二階に位置している。要望に応えるには、こちらからの方が手っ取り早い。

 

 そのまま、青玉から発せられる問いを無視して、窓から飛び降りた。

 高さにして、おおよそ6M(メドル)。それなりの音が響く地点から。

 

「──────」

 

 しかし、着地に伴って大きな音が発せられる事は無かった。

 

 騒音対策として身に付けた【クレプスの小瓶】が、生じる筈だった着地音を消していた。

 

 そうして、可能な限り相手の要望に則った手段で、フェイドは敷地の外に出る。

 まさしく用意周到である。半ば無理矢理、外へと連れ出されている状況だというのに。

 

『…………私が言うのも何だが、フットワークが軽過ぎやしないか。行った先で何か起こっても、助けは来ないんだぞ』

 

 逆に不安になる程の手際の良さに、思わずといった様子でギルドの手先は質問を述べてくる。

 

「秩序側の人間が闇討ちという手を取るとは思えない」

 

 回りくどい。組織の力を以ってして、真っ向から社会的に叩き潰せば良いだろう。フェイドはそのように言い返した。

 

『君の言う通りではあるが、それにしても何かあるだろう』

 

「何かとは何だ」

 

『疑問に思わないのか。君の言う秩序側の人間が、こそこそ隠れて君に接触している状況に対して』

 

「思わない」

 

『………………そうかい』

 

 互いにとって無益なやり取りを交わしつつ、フェイドと梟は夜更けのオラリオへと繰り出す。

 街灯が照らす大通りではなく、夜闇が広がる路地へと、指示に従い粛々とした足取りで進む。

 

 そんな、誰の視線にも留まらずに歩く一人と一羽を、夜空に浮かぶ満月だけが静かに見下ろしていた。

 

 

 

━━━───────────────

 

 

 

 ギルドの手先が誘導した場所は、北西と西のメインストリートの間にある区画だった。

 

 四番街路と掠れた文字で記された看板。そして、一定間隔で明滅する魔石灯は、この区画の寂れ具合を如実に表している。

 

 神々の降臨によって用済みとなった教会を見やりながら、フェイドは夜道を歩く。

 此処まで来ると、メインストリートからの喧騒は殆ど聞こえなくなっていた。

 

『……この辺りで少し待っていてくれ』

 

 やがて、何度か道の角を曲がったのち。比較的拓けた空間へ差し掛かると、ギルドの手先が待機するよう促してくる。

 

「………………」

 

 言われるがまま立ち止まると、フェイドの肩に乗っていた梟が突然飛び立った。

 そのまま、道の奥へと消えて行くかと思えば、暗がりから伸ばされた腕へと梟は舞い降りた。

 

「まずは、初めましてと言っておこう。フェイド・ストレンジア」

 

 影が、人の形を成した。人の言葉を喋った。などと、小心者がこの状況に直面したならば、勘違いしてしまうかもしれない。

 

「………………」

 

 しかし、目の前に現れたそれは、物の怪や幽霊の類いではない。全身を黒衣で包み込んだ人間だ。

 素顔を隠しているので、得体の知れぬ存在である事に変わりは無いのだが。

 

「フェルズというのは、お前か」

 

「………………!」

 

 なので、挨拶を無視し、フェイドは開口一番に相手の名前を確認する。

 すると、その名を聞いた黒衣の人物は、分かりやすく警戒を示してきた。

 フェイドからすれば外れても構わない予測だったが、偶然にも的中したらしい。

 

「……何処で知った?」

 

「リドという蜥蜴人(リザードマン)が喋っていた」

 

 いつぞや、フェイドが27階層にて遭遇した異端のモンスター達。

 彼らと協力しフィルヴィスの死体を捜索している最中に、そんな名前が出てきた事を覚えていた。

 

「…………その名が出てくる程度には、彼らと交流してくれたのだと解釈しておこう」

 

 明言を避けるかのような反応を踏まえたうえで、この黒衣の名がフェルズであると確定させておく。

 

「用件は」

 

 そのまま、このような場所へ呼び出した理由を、フェイドはフェルズに問うた。

 

「君に会いたがっている神物が居る。付いて来てくれ」

 

「………………」

 

 梟。そして、その飼い主を介して伝えてくる辺り、その神とやらは余程重要な立ち位置に居るのだろう。気軽に出歩く事が出来ない程度には。

 

「分かった」

 

 これまでの迂遠な道のりに内心で納得しつつ、フェイドは頷く。そうして、路地裏の奥に広がる暗闇へと歩き出した。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 冷ややかな空気が漂う薄暗い通路に、二人分の跫音が響く。

 フェルズが誘導した暗闇の先には、地下通路が真っ直ぐ続いていた。

 

 携行用の魔石灯が照らすのは、継ぎ目の無い壁面。脇道や扉も同様に見当たらず、その代わりとして奇妙な紋様が刻み込まれている。

 

「………………」

 

 暫しの間歩き続けていると、行き止まりによって通路は終わりを迎える。

 

「───」

 

 だが、フェルズが壁の紋様に触れ、呪文のようなものを呟いた瞬間。壁は重厚な音を立てて横に移動していった。

 隠し道の先には、隠し扉。厳重に厳重を重ねた仕掛けにより、いよいよフェイドの推測は現実味を帯びる。

 

「フェイド・ストレンジア」

 

 そんな中、先導していたフェルズが振り返ってきた。黒いフードによって顔色は窺えないものの、その声音からは警戒心が感じ取れた。

 

「一つ、言っておくべき事がある。察しは付いているかもしれないが、この先に居るのはオラリオの要となる神だ」

 

「それがどうした」

 

「……素性の知れぬ君をここまで招くのは、己の心臓を曝け出す行為に等しい。私達は今、それ程の危険を冒しているのだと念頭に置いておいてくれ」

 

「そうか」

 

 そちらの都合など、知った事ではない。

 

 と、言って踵を返したくなるが、不法侵入という罪を犯した立場上は大人しく従うしかない。

 全ては、過去の自分の横着が招いた事態。そう己に言い聞かせて、フェイドは再び歩き出したフェルズに続く。

 

 

 

 短い階段を登った先に広がっていたのは、四炬の松明に照らされた広間。

 四方八方に敷き詰められた石材は所々が罅割れており、幾年もの月日を重ねているのが窺えた。

 

「もう大丈夫だ。上で休んでいてくれ」

 

 フェルズの言葉を受けた梟は、小さな声で鳴いたのち翼を広げて飛び去ってゆく。

 そうして、火の光が届かない、漠然とした暗闇へと消えていった。

 

「──────」

 

 外界とは隔絶された、尋常ならざる雰囲気が充満する地下室。

 古めかしい祭壇の中心で存在感を放つのは、巨大な石の玉座。

 そして、この空間の主たる神へと、フェイドは徐に視線を向ける。

 

「───お前が、フェイド・ストレンジアだな」

 

「そうだ」

 

 威厳に満ちた声に対して、フェイドは祭壇に歩み寄りながら返事をする。

 やがて、一定の距離まで進んだところで、フェルズに制止され立ち止まった。

 

「………………」

 

 二M(メドル)を越した巨体に、皺が深く刻み込まれた相貌。そして、他の神々とは一線を画す神威。

 

 ウラノス。オラリオを運営するギルドの創設者にして、この世界の人類に最初の恩恵を与えた神が、そこに居た。

 

 もしも、フェイドが気まぐれに【雷の槍】を投擲したが最後、オラリオの秩序は崩壊するだろう。

 何故ならば、彼は連日連夜ダンジョンに祈禱を捧げ、モンスターの進出を抑制している。

 言うなれば、ウラノスという神はオラリオの安寧を保つための、最後の安全弁なのだ。

 

 と、大衆には認知されている。

 

「用件は」

 

 そんな、オラリオの礎を創り上げた偉大な神に対して、先程フェルズに発した問いを繰り返す。

 現在、フェイドの中にある優先順位は第一に帰宅、第二に免罪である。可及的速やかにこの場での用事を済ませたかった。

 

「お前が、このオラリオを訪れた目的を聞く事だ」

 

 すると、ウラノスはフェイドの不敬を気にもせず、泰然とした面持ちで問い掛けを投げてきた。

 この場所までの道のりで、フェイドが予想していた通りの結果だった。

 

 いつぞや、ディオニュソスに尋ねられた時と同様に、事実だけ述べれば解放されるだろう。そう判断し、フェイドは返答する。

 

「目的は無い」

 

 【祝福擬き】の指し示す先に、偶然オラリオが有った。狭間の地での行動に倣ってやって来たので事実である。

 

「数あるファミリアの中から、ディオニュソス・ファミリアを選んだ理由は」

 

「理由は無い」

 

 ダンジョンの中で出会ったフィルヴィスに言われるがまま、ディオニュソス・ファミリアに加入したので事実である。

 

「であれば、何故冒険者登録をしてまでダンジョンに潜る」

 

「成り行きだ」

 

 ディオニュソス・ファミリアは探索系のファミリアだ。構成員として日銭を稼ぐには、冒険者となる必要があったので事実である。

 

「冒険者として活動を始めてから四ヶ月と七日後、突然27階層を吹き飛ばしたのは」

 

「戦いの結果だ」

 

 フィルヴィスとの遠征の最中、突如として襲って来た赤髪を殺す為に祈祷を放った。些か想定外の威力となったものの事実である。

 

「その後、出現した【厄災】を打ち倒したのは」

 

「それは知らない」

 

 それは、今明かされた事実である。

 

「………………」

 

 一通りの詮索を一蹴し終えたところで会話が止む。言葉の代わりに、色褪せた瞳と蒼色の瞳がぶつかり合う。

 

「俺からも質問がある」

 

 やがて、フェイドは口を開いて沈黙を破った。

 

「聞こう」

 

 今しがた投じてきた問い掛けの内容を鑑みれば、ウラノスはフェイドの不死性を把握していると見て間違いないだろう。

 であれば、この身が異端であるが故に審問の場を設けたのだとしたら、彼には聞いておきたい事があった。

 

「お前達は、全ての行動には必ず目的があるのだと、そう考えなければ気が済まないのか」

 

 地上を照らす太陽が、東から登り西に沈む事に目的は有るか。

 夜空を照らす月が、一定の周期で満ち欠けする事に目的は有るか。

 

 フェイドからすれば、それらと同じように、ただ行動しただけだ。

 フェイドからすれば、それだけの行動で、こうも疑念を向けられる事こそが疑問だった。

 

「………………」

 

 淡々とした面持ちでそう言い放つと、ウラノスは微かに目を見開く。

 そして、その発言を吟味するかのように、沈黙したまま考え込む。

 

「……よく分かった。お前には腹の内も思惑も、何も無いという事が」

 

 暫くの間、そうして思考を巡らせたのち、ウラノスは顔を上げて口を開く。

 

「そうか───」

 

 ウラノスの言い回しに話の終わりを感じ取ったフェイドは、踵を返して立ち去ろうとする。

 

「───それを踏まえた上で、お前は危険過ぎる」

 

 しかし、続け様に発せられた言葉が、フェイドの足を縫い留めた。

 

「お前の存在は、この都市に不和をもたらす」

 

 ウラノスの眼は見抜いていた。

 

 秩序に寄らず、混沌に寄らず、善に寄らず、悪に寄らず。

 極めて中心に近い中立、中庸に位置する、その精神性を。

 

 善人が何も考えず人を助けるように、悪人が何も考えず人を害すように、フェイド・ストレンジアは何も考えずに行動する。

 

 その行動によって、オラリオが滅んだとしても。

 

 幾億年の月日によって洗練されたウラノスの慧眼は、この会話の中で、そのような脅威を見出した。

 

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 

()()だ。即刻、このオラリオから出て行け」

 

 

 

 オラリオの安寧を優先するならば、斯様な者を看過するのは愚の骨頂。この沙汰は必然だった。

 

「断る」

 

 当の本人が受け入れるかどうかは、別だが。

 

 ウラノスが沙汰を告げた瞬間。フェイドは即座に意識を切り替え、戦闘行動を開始する。

 ウラノスに照準を定め、右手に【炎術のロングソード】、左手に【黄金樹の聖印】をそれぞれ装備し、【雷の槍】を発動する。

 

「──────」

 

 しかし、雷が放たれるよりも先に、動き出した者が居た。横合いから放たれた衝撃波が、フェイドを弾き飛ばす。

 

「───ウラノス、聞いていた話と違うぞ! 彼との話はもっと穏便に進めるんじゃなかったのか!」

 

 戦々恐々としながら姿を現したのは、フェルズ。いつの間にか気配を消していたのは、この時の為だったか。

 構えられた左腕から察するに、その手に付けられた手袋が衝撃波を発動する触媒のようだ。

 

「……フェイド・ストレンジア、今すぐ武器を下ろしてくれ。私達には話し合う余地がまだある筈だ」

 

 ギルドの主神の危機だというのに、他に出て来る護衛は皆無。倒すべき敵は、実質一人。

 現在位置は比較的広い地下空間だが、大規模な祈祷を使えば付随するのは崩落の危険性。

 フェルズの説得を聞き流しながら、フェイドはウラノスの殺し方について思案する。

 

「………………」

 

 そうして、考えた結果。辺り一帯諸共に消し飛ばすのではなく、一つずつ処理すべきと判断した。

 左手の装備を聖印から【カイトシールド】に持ち替えて、フェイドはフェルズ目掛けて駆けてゆく。

 

「何も目的が無いと言うならば、何故大人しく立ち去らない」

 

 だが、粛々と発せられたウラノスの声が、フェイドの耳朶を打つ。

 

 足を止めて振り向けば、彼は依然として玉座に腰掛けていた。

 表情一つ動かさず、微動だにせず。蒼色の瞳をフェイドに向けていた。

 

 この世界の神は、下界へ降臨する代価として、神の力(アルカナム)の行使を封じられる。つまるところ、その力は常人と遜色ない。

 だというのに、自身を容易く屠れる存在が目の前に居るというのに。ウラノスは逃げる素振りすら見せなかった。

 

「少なくとも、今お前が行っている()()には、目的があるのではないか」

 

「………………」

 

 フェイドが反旗を翻す事は想定の範囲内。寧ろ、ウラノスの狙いはこの状況にあった。

 全てを見透かすかのような彼の眼差しが、それを雄弁に物語っている。

 

 そして、再びフェイドとウラノスは視線を衝突させ合う。

 

 先程と決定的なまでに異なっているのは、周囲に漂う殺伐とした空気。

 たった一歩、たった一言の些細な挙動が開戦の合図となりかねない状況。

 

「もういい、フェルズ。下がれ」

 

 そんな極限の状況下で口火を切ったのは、ウラノスだった。

 

「しかし、ウラノス───」

 

「───三度は言わない。下がれ」

 

 尚も抗戦の意を示すフェルズに対して、ウラノスは同じ言葉を繰り返す。

 

「…………承知した」

 

 重々しく威厳に満ちた神の声は、有無を言わさずフェルズに武器を下ろさせた。

 

 好機。妨害が取り払われた今ならば、ウラノスを容易に仕留められる。

 しかし、そうすれば彼の話の続きを聞くことは出来なくなってしまう。

 

「………………」

 

 お前はどうする。そんな意を込めた視線で尋ねてくるウラノスを見返しながら、フェイドは抹殺と対話を秤にかける。

 

 もし仮に彼を殺せば、フェイドは今後神殺しの大罪を抱えながら生きてゆく羽目になる。

 それ自体に全く問題は無い。襲い来る刺客は皆殺しにすれば良いのだから。

 だが、それは、()()()()()()()()が居なければの話である。

 

 先程は咄嗟に手が出たが、目の前に居るウラノスの抹殺は、彼女を巻き添えにするリスクに見合う行為なのか。

 

 やがて、長い沈思黙考の末。

 

 地下祭壇に甲高い金属音が響き渡る。

 

 秤は、対話へと傾いた。フェイドは直剣と盾、聖印を含めた装備を石畳の床へと放り捨てる。

 不承不承ではあるものの、ウラノスとの対話に応じる意を示す為に。

 

「………………はぁ」

 

 フェイドの武装放棄から数秒後、吐き出されたのは安堵の溜息。フェルズによるものだ。

 そのまま、会話の邪魔とならぬよう、フェルズは元居た祭壇の外縁へと戻ってゆく。

 袖の下に隠し持っていた金属製の短杖を、自らの懐に仕舞いつつ。

 

 黒衣を翻しながら歩く様は幽霊にも似ているが、その内面は人間味に溢れている。

 神の命令に従った演技をしてまで、こちらへの対抗手段を用意している臆病さが、特に。

 

「では、本題に入るぞ。フェイド・ストレンジア」

 

 それはそれとして、ここからが本当の分水嶺。互いの利害がどれだけ一致するかによって、話の着地点が変わる。

 

「………………」

 

 この場における最善は何も課されず、何もかもがこの場で完結したうえで立ち去れる事。

 この場における最悪は懲役を課され、更なる問題に発展したうえで拘束される事。

 

 以上の点を踏まえて、フェイドはウラノスとの対話に臨んだ。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 そうして、長い前置きが終わると共に、ウラノスはフェイドの存在を知ったきっかけや、この祭壇まで招いた経緯を話し始めた。

 

 まず初めに、いつぞやフェイドが引き起こした27階層の大崩落。

 それは、とある特殊なモンスターが出現する引き金となった。

 つい先程、ウラノスの質問に出てきた【厄災】なる存在である。

 

 本来、ダンジョンは多少の損壊であれば時間の経過に伴って再構築される。

 しかし、再生が追いつかぬ程の破壊を受けた場合、原因の排除に移行するのだ。

 

 その執行者がウラノスの言う【厄災】であり、ダンジョンに危害を加える侵入者への防衛機構と呼べる存在である。

 状況からして、フェイドが瓦礫に埋もれている間に、何者かによって打ち倒されたようだが。

 

 突如として崩壊した27階層、出現後間も無くして消滅した【厄災】。

 これらの異常事態をウラノスは迅速に検知し、調査に当たらせた。

 

 その結果、フェルズを経由して動いた異端児(ゼノス)と呼ばれるモンスターと、フェイドは遭遇。

 彼らの証言と身辺調査、何週間かの観察を経て、ウラノスは接触を決行したのだという。

 

「先程述べたお前の危険性については本心だ。このまま野放しにする訳にはいかないと考えている」

 

 一通りの説明が終わり、話の焦点はフェイドへと戻ってくる。

 

「だが、こうも考えている。お前が悪意を持つ者でなければ、我々は手を取り合えるのではないかと」

 

「………………」

 

「故に、お前に問おう。我々の協力者となるつもりは無いか」

 

 粛々とした声が、祭壇を取り囲む暗闇に吸い込まれてゆく。松明が火の粉を散らし、弾けた音を立てる。

 

「私の提案を受け入れるのであれば、お前の罪は不問とする」

 

 ここまでの状況に至って、フェイドはウラノスの本当の狙いを理解した。

 

 都市への不法侵入。そして、殺神未遂。それらの罪を引き合いに出して首輪を付けようとしているのだ。

 追放という沙汰を直接言い渡したのは、オラリオに留まる動機があるか探るためだろう。

 どうやら、身の危険を顧みない程度には、フェイドを重要視且つ危険視しているらしい。

 

「………………」

 

 彼らの誘導尋問めいたやり口に、思う所は特に無い。寧ろ、オラリオの平和を維持する為の生存戦略と考えれば、おおよそ理解は出来た。

 

 故に、どちらでも良い。好きにすれば良い。

 

 などと、少し前であれば言えたのだが。

 

「オラリオを訪れた目的が無かったのだとしても、オラリオに留まる動機は出来たのだろう」

 

 ウラノスの言う通り、フェイドにはオラリオに留まる動機が有った。

 だからこそ、神殺しという大罪を背負ってまで彼を抹殺しようとした。

 

「………………」

 

 現時点で、フェイドに提示された選択肢は二つ。

 

 オラリオに留まる代わりに、首輪を嵌められるか。自由を得る代わりに、オラリオから追放されるか。

 

 得られる物は、ギルドの主神という巨大な後ろ盾。余程の事態に見舞われぬ限りは、フェイドの正体に関しては揉み消してくれるだろう。

 失う物は、冒険者として活動する時間。課される役割によっては、彼女と共に過ごす時間が大幅に減ってしまうだろう。

 

 奇しくも、初めてディオニュソス・ファミリアを訪れた時と似たような展開だった。

 しかし、この選択肢を押し付けられる少女は、生憎とこの場には居ない。

 今頃は部屋で眠っている筈だ。明日も同じ日が来るのだと、信じて疑わず。

 

 であれば、であるならば。これ以上の思考は不要である。

 

「俺は──────」

 

 そうして、玉座にて返答を待つウラノスへと、フェイドは答えを述べた。

 

 

 





ウラノスを登山道とか海水浴場の管理人、褪せ人を意思疎通ができる熊とか鮫に置き換えてみると分かりやすいかも。
若干、話の持っていき方が強引だったような気もしますが……。

次回、この物語に一つの区切りが付く予定です。

読んでいただき、ありがとうございました。
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