祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第11話【Xenos】


 

 

 

 荒れ狂う黄金の衝撃波が、27階層に遍く全てを滅却する。

 

 ドミノ倒しめいた様相で次々と地形が崩壊し、地震めいた揺れによって絶え間なく大河が氾濫する。

 そして、迷宮が迷宮としての意味を成さなくなる程の破壊が、27階層に行き渡った、その瞬間。

 

 ダンジョンは、警報(アラート)を想起させる号哭を上げた。

 

 限界まで引き絞った弦に鉤爪を立てたかのような、けたたましく耳障りな悲鳴を響き渡らせた。

 

 やがて、その呼び声に応じるかのように、壁面に亀裂が走る。

 広く、長く、深く。まるで、壁を二つに縦断するかのように。

 生じた隙間から高熱を帯びた液体が吹き出し、辺りに流れる水を紫色に染め上げる。

 

 この現象は、ダンジョンが幾度となく繰り返してきたモンスターの生成。

 だが、その様子は、階層主のそれ(生成)と比べても、一際悍ましく異様だった。

 

 そうして、亀裂の奥から真紅の光が瞬いたのち。

 

 その執行者は、27階層へと降り立った。

 

 水晶の光に照らされるのは、モンスターの魔石を想起させる紫紺の体表。

 汚れた水面を揺らすのは、体高3M(メドル)の巨躯に見合わぬ、獣の骨格めいた体躯。

 落ち窪んだ眼窩から放たれるのは、血のように鮮烈な真紅の眼光。

 

『──────』

 

 その怪物が持つ名は、ジャガーノート。ダンジョンを破壊した侵入者を抹殺する使徒だ。

 

 そうして、誕生間も無くして、ジャガーノートは目にも止まらぬ速度で前進を開始する。

 27階層の大破壊をもたらした元凶が居るであろう、爆心地へと。

 

 地を駆け、壁を這い、峡谷を飛び越え、周囲に視線を巡らせ標的を探す。接敵と同時に屠れるよう、神経を研ぎ澄ませながら。

 

『………………』

 

 だが、ジャガーノートの双眸に映るのは、崩れゆく水の楽園の光景ばかり。動いている者は、崩落から逃げ惑うモンスターだけだった。

 

 進めど進めど、侵入者の存在が確認出来ない。殺戮する為の獲物が何処にも居ない。

 であるならば、何故『母』はこの身を喚んだのか。一抹の疑問が脳裏をよぎる。

 

 そうして、幾許かの時間が過ぎたのち、とある物がジャガーノートの視界に映った。

 それは、大量の水晶片が流れる河川の終端。吹き溜まった瓦礫の隙間から伸びる、複雑に折れ曲がった手だ。

 

 自らの尾を用いて瓦礫を払い除ければ、その下に埋まっていたのは物言わぬ死体。

 ジャガーノートが手を下すまでもなく、全身は満遍なく切り刻まれ、山折り谷折りにひしゃげている。

 

 原型を留めている事自体が奇跡と呼べる程度の惨状。この肉の塊が排除すべき獲物だとするならば、此処までの行動は全て徒労だ。

 

 しかし、ジャガーノートの内に宿る本能が声高に告げていた。

 

 これは、良くないモノだと。

 

『──────』

 

 本能に従い、自らの最大の武器である爪を、微動だにしない死体へと突き付ける。

 目の前の物体を完膚なきまでに破壊せんと、ギロチンの如く振り下ろす。

 

 その直前。

 

『──────ッ!?』

 

 ジャガーノートの側頭部を、凄まじい衝撃が駆け巡った。

 

 大きく弾き飛ばされながらも空中で姿勢を制御し、地面に爪を立て急制動。そのまま、襲撃者を視界に収める。

 

 真紅の双眸に映ったのは、闇に溶け込むかのような装束に、赤と黒の紋様が刻まれた仮面。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 間髪入れずに響き渡る破砕音。膨大な膂力によって繰り出された殴打が、ジャガーノートの頭部を粉砕する。

 

 そうして、接敵から三十秒を経たずして。ダンジョンの防衛機構たる抹殺者は、突如現れた何者かの手によって抹殺された。

 

 

 

 やがて、怪物を難なく排除した仮面の人物は、未だ沈黙を保つ死体へと向き直る。

 

『ッ………………』

 

 そのまま、躊躇うかのような素振りを見せたのち、その死体へと手を伸ばした。

 

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 

 左右に揺れる振動と衣擦れの音に刺激を受け、フェイドは徐に瞼を開く。

 

「………………」

 

 しかし、視界には何も映らなかった。いくら目を凝らせども、暗闇が広がるばかり。

 

 見えないのであれば、照らせば良い。覚醒したばかりの意識は、この状況から脱却する方法を瞬時に思い付く。

 少しばかり身動きが取りにくいが、問題無い。蘇生したばかりの身体を動かし、フェイドは思考を実行に移す。

 

「──────」

 

【火付け】。左手の聖印から放った炎は、闇を照らし光を齎した。

 

 そして、眩い白が視覚を焦がしたかと思えば、何故かフェイドは転げ落ちた。顔から地面に激突し、うつ伏せになって倒れる。

 

「───うわわっ!? なんだなんだぁ!?」

 

 直後、後方から聞こえてくるのは何者かが発した驚愕の声。反射的に身を起こして振り返る。

 

 そこに居たのは、モンスターだった。

 

 蜥蜴人(リザードマン)歌人鳥(セイレーン)石竜(ガーゴイル)半人半鳥(ハーピィ)小鬼(ゴブリン)人蜘蛛(アラクネ)獣蛮族(フォモール)一角兎(アルミラージ)

 その他にも、多種多様な怪物達が、一斉にフェイドへと視線を向けていた。

 

 蜥蜴人(リザードマン)の足元には、焼け焦げた麻袋が煙を立てながら放置されている。

 身に纏った武装から察するに、死体漁りをする程度の知能はあるのだろう。

 丁度いいところに死体があったので、巣穴へ持ち帰ってみぐるみを剥ごうという魂胆だったと思われる。

 

「………………」

 

 相手の分析と状況の整理を敢えて、フェイドはモンスター達の出方を窺う。

 敵対するのであれば、一斉に飛び掛かられれば終わり。二、三体は持って逝くつもりだが。

 

 しかし、対処の算段をつけたものの、あちら側もフェイドと同様に何も仕掛けては来なかった。

 狼狽える者、躊躇う者、警戒する者。突然の異常事態に戸惑う様子は、まるで人間のようである。

 

 そんな事を考えながら、暫くの間睨み合った末。

 

「………………」

 

 フェイドは素通りする事に決めた。回れ右をして、この場から立ち去る。

 目の前に居る異端のモンスター達以上に優先すべき事が、フェイドには有った。

 

「───ちょ、ちょいちょいちょいっ!? そりゃあ無いだろうがよ!?」

 

 だが、どうやらモンスター達は違ったらしい。フェイドが背中を向けるや否や、呼び止めてくる。

 一瞥もせずに黙々と歩き続ければ、彼らは慌てて後をついて来た。

 

「なにかリアクションがあるべきだと思います! 何でモンスターが喋ってるんだーとか、何で襲って来ないのかーとか!」

 

「………………」

 

「いやいや、そもそもアンタはどうしてあんナ所で死んデ…………死んでたよナっっ!? なんで生き返ってんダ!?」

 

「………………」

 

「オイ、黙ッテイナイデ何カ言エ」

 

「………………」

 

『キュキュ!』

 

「………………」

 

 混乱に次ぐ混乱が、疑問に次ぐ疑問をモンスター達に招いていた。異口同音に、フェイドの異常な反応について喚き散らしている。

 特に、こちらの死体を運んでいたと思しき蜥蜴人(リザードマン)が、隣を歩きながら唾を飛ばして来て非常に喧しい。

 

 害意が無いと分かった途端に彼らは近づいて来ており、フェイドとの距離は徐々に縮まりつつある。

 人間とモンスターは、古来より互いの命を奪い合う敵同士であると、どの書物にも記載されていたのだが。

 

 何はともあれ、一旦逃げるか。フェイドはトレントに乗ろうと、右手の人差し指を口に添える。

 

「………………」

 

 しかし、指笛を吹く直前でその考えを却下し、フェイドは右手を下ろした。

 

 立ち止まって怪物達に振り返れば、彼らは一斉に動きを止める。

 誰も彼もが一瞬にして口を閉ざし、待ちの姿勢に入っていた。

 

 最低限の統率が取れた集団。尚且つ、その中に居るのは地形を無視できる有翼のモンスター達。

 ある程度の損害を与えない限り、逃げ切るのは難しいだろう。

 

 フェイドは判断した。この悪条件を是としたまま、目当ての物を探すのは骨が折れると。

 この場で最も有意義な行動は、彼らからの逃走よりも彼らとの取引であると。

 

「白装束のエルフを探している」

 

「……………え?」

 

「見つける事が出来たなら、洗いざらい吐いてやる」

 

 そのまま、フェイドは何の脈絡も無く言葉を発する。会話に応じる条件を、モンスター達に提示する。

 

 ───もしもお前が望むなら、神の元に連れて行ってもいい。無論、お前の素性については洗いざらい吐いてもらうがな。

 

 初めて彼女と会った時も、逃げた先で取引を持ちかけられた。

 

 その経験が、フェイドにそうさせた。

 

「お、おお……仲間と逸れちまったのか。オレっち達、事情があってさ。あんまり人間というか冒険者に目撃されたくないんだけど……ソイツって問答無用で襲ってきたりとか───」

 

「───もう死体だ」

 

 その言葉を言い切る前に、蜥蜴人(リザードマン)の懸念を払拭する。もう動かぬ死体が、お前達を害せる筈が無いという返答によって。

 

「……そっか、だったら早く見つけてやらなくちゃ」

 

 すると、暫しの間を置いて先ほどまでの戸惑いを押さえ込み、蜥蜴人(リザードマン)は頷いた。こちらを気遣うような眼差しを向けながら。

 

「アンタを見つけて運び出してから、そこまで時間経ってないんだけどよ。探してるのは27階層で間違いないか?」

 

「ああ」

 

「場所に心当たりは……といってもこんな有様じゃな……」

 

 蜥蜴人(リザードマン)は頬を爪で掻きつつ、辺りを見渡す。修復が始まっているものの、フェイドの【黄金の怒り】による破壊の痕が、27階層には色濃く残っていた。

 

「入り口から見て、滝壺の手前辺りだと記憶している」

 

「分かった。……ほら、お前らも聞いてただろ? 白装束のエルフ。滝壺の手前だってよ。散った散った」

 

 最低でも、三体一組で探すんだぞ。そう言って遠巻きに眺めていたモンスター達に向き直り、蜥蜴人(リザードマン)は三本指を立てる。

 

 フェイドは目星を付ける。この統一性の無い群れを纏めているのは、このよく喋る蜥蜴人(リザードマン)なのだと。

 認識の擦り合わせが終わった直後に指示を飛ばす様子からして、それは明白だった。

 

「そういや、自己紹介がまだだったな。オレっちの名前はリドっていうんだ。あんたの名前は?」

 

「フェイド・ストレンジアだ」

 

 やがて、モンスター達が散開したのち。リドという蜥蜴人(リザードマン)に名前を尋ねられたため、フェイドは名乗り返す。

 そして、未だこの場に留まっている歌人鳥(セイレーン)石竜(ガーゴイル)に目配せをすれば。

 

「申し遅れましタ。私はレイと申しまス」

 

 レイと名乗る歌人鳥(セイレーン)からは微笑みを。

 

「グロス。覚エナクテ構ワナイ」

 

 グロスと名乗る石竜(ガーゴイル)からは睥睨を返される。

 

「そうか」

 

 好意的な反応と敵対的な反応に対して、淡々とした相槌を打つ。

 そのまま、外套をはためかせながら翻り、フェイドは歩みを再開した。

 

「…………不気味ナ人間メ。リド、今カラデモ遅クハ無イ。口封ジヲスルベキダ」

 

 その背中を睨みながら、グロスはリドに提言する。自らの共同体を脅かしかねない者の排除を。

 

「馬鹿。何言ってんだよグロス。確かに突然生き返るし何考えてるかよく分かんねぇけど、ちゃんとオレっち達と話をしてくれた冒険者なんだぜ?」

 

「ええ。それニ、仲間を弔おうとすル彼の想いヲ、無下にしたくはありませン」

 

「…………勝手ニシロ」

 

 賛成は一。反対は二。不利を悟ったグロスは捨て台詞を吐き、石の翼を羽ばたかせて飛び去った。

 協力する気は無いと言わんばかりに、進行方向から外れるようにして。

 

「はぁ……相変わらず強情な奴だなぁ。…………おーい! フェイドっち〜! 一人で行ったら危ねえぞ〜!」

 

「そう急がずとモ、私達ガお力添えしまスから!」

 

 そんな意固地な仲間に溜め息を吐きつつ、リドとレイは前を歩くフェイドに駆け寄り、或いは滑空して隣に並ぶ。

 

 そうして多少の悶着はありながらも、人間とモンスターという不倶戴天の敵同士による、奇妙な共同作業が始まった。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 ダンジョンの壁面から現れる理性なきモンスターを、理性を持ったモンスターが迎え打つ。

 怪物に相対する者は、同じ怪物。そんな異様な光景が、フェイドの目の前で繰り広げられている。

 

 27階層に棲まうモンスター達は、フェイドだけでなくリドやレイにも襲い掛かって来た。

 そして、現在進行形で蹴散らされている。両手に携えた刃によって切り刻まれ、鉤爪の生えた趾によって八つ裂きにされている。

 

 強化種。

 

 下層のモンスターを容易く屠る実力に、以前学んだ単語がフェイドの脳裏をよぎる。

 彼らにとって他のモンスターとは、脅威であると同時に自らの能力を昇華する為の経験値なのだ。

 

 同胞たるモンスター達の魔石を喰らい糧とする。そうする事で、この過酷な地下世界を生き延びてきたのだと、彼らの戦いぶりから窺い知れた。

 

「………………」

 

 泡を食って逃走する敵性モンスターの背中目掛けて【雷の槍】を投擲しつつ、フェイドは辺りを隅々まで見渡す。

 

 しかし、探し物は見当たらず。本来の形を取り戻しつつある大空洞が、漠然と広がるばかり。

 それでも、フェイドの足は澱みなく進む。何処に死体を横たわらせたのか、記憶を手繰り寄せる。

 

 そうして27階層のルートを逆行していると、先ほど散開したモンスター達が各々の成果物を持って来た。

 

「あの、川の底ニブーツがあったんだけド───」

 

「───違う」

 

 彼女は革のブーツなど履いていなかった。

 

「この折れた直剣はお仲間さんの───」

 

「───違う」

 

 彼女の得物は短剣である。

 

「ソノ……広間ノ隅ニ有ッタ頭蓋骨ハ───」

 

「───違う」

 

 彼女が死んで、白骨化するまでの時間が早過ぎる。

 

『ブオ、ブオオオオォォォォ───』

 

「───違う」

 

 何故、自分が先程【火付け】で燃やした麻袋を持ち出して来たのだろうか。

 

 合流した際に情報の共有をしたり、水棲のモンスターに河川を探させたりと。時間の経過に伴って、徐々に捜索の網は狭められてゆく。

 だが、彼等の手を借りて尚、死体はおろか服の切れ端すらも見つけられなかった。

 

 

 

 そして、捜索開始から数時間後。完全に27階層の修復が終わった頃合いで、フェイドは唐突に足を止める。

 

「もういい」

 

 そのまま、死体探しは切り上げると、フェイドはリドに告げた。

 

「……もういいって、諦めちまうのか? 遺品すら見つけられてねぇってのに」

 

「ああ」

 

 あらゆる手を尽くした。ここまで探して見つからないのであれば、彼女は今頃モンスターの胃袋の中に居るとしか考えられなかった。

 

 もしも今居るのが自分一人だけだったならば、この階層に現存する全てのモンスターの腹を割いて、無心で彼女を探し続けたのだろう。

 

 だが、道中の戦闘を他者に委ねたが故に、フェイドには考える余裕が生まれた。

 この捜索に意味はあるのかと。死体を見つけたところで、どうするのかと。

 

 フェイドは死んでも生き返る事が出来る。その回数に際限は無い。

 どれだけの損傷を与えようが、一握の灰からでさえ忽ちの内に蘇る。

 

 それでも、自らの祝福を他者に分け与える事は出来ない。亡骸は亡骸のまま、時間が経てば朽ち果ててしまう。

 

 死ねば終わりなのだ。何もかも。

 

 それを、フェイドは今の今まで失念していた。

 

「ですガ、ワタシ達はアナタに話を聞ク交換条件としテ、アナタの仲間を探していまス。ここで、ハイとは───」

 

「───もういいと言っている」

 

 尚も食い下がるレイに対して、フェイドは無条件で自身の身柄を預けると言う。

 

「いやいや、これから仲良くしたいと思ってる奴の、頼み一つも叶えられないってのはなぁ……」

 

 しかし、首肯が返ってくる気配はなく、それどころか続行の意思が固められてゆく雰囲気を感じた。

 

「ううぅぅ〜〜〜〜んんんん……」

 

「どうしマしょうカ……」

 

 対価を支払わずに目的の物を手に入れられるならば、そうするに越した事は無い。

 だというのに、目の前の蜥蜴人(リザードマン)歌人鳥(セイレーン)は、見ず知らずの他人の死体に拘泥している。

 

 人とモンスターとの価値観の相違。そう言ってしまえばそれまでだが、フェイドからしてみれば甚だ疑問だった。

 

「………………」

 

 このままでは埒が明かない。かと言って、他に提案する事も無い。フェイドは何も言わずにその場に佇む。

 

 そうして、彼等が結論を出すまで27階層の風景を眺めようかと考えた直後。

 

『キュ、キュ〜……』

 

 おずおずと、三者の間に一角兎(アルミラージ)が割り込んできた。

 

「お、アルル。なんか有ったのか?」

 

『キュキュ、キュキュキュ』

 

 アルルと呼ばれた一角兎(アルミラージ)は遠慮がちに鳴き声を上げながら、リドと何かを喋っている。

 

『キュキュキュ〜……?』

 

「うん……? こいつを見つけた時の状況……?」

 

『キュ、キュキュキュ〜〜〜キュ』

 

「なんか、フェルズっぽい怪しいローブの奴が、すげぇ速度で横切ってたのか」

 

 生憎と初対面のモンスターの言葉は、フェイドにはよく分からない。

 しかし、リドの相槌から察するに、何者かが死体の傍に居たらしい。

 

「………………」

 

 河川の終端に横たわるフェイドの死体。その死体へと手を伸ばす、ローブを身に纏った仮面の人物。

 より詳細な説明のため、水晶の壁面に描かれた絵を眺めながら、フェイドは疑問に思った。

 

 おそらくは、この人物がモンスター達よりも、先にこちらの死体を見つけた。

 だというのに、どうして何もせずにその場から立ち去ったのかと。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「………………」

 

 彼、或いは彼女から得られた情報は、下記の通りだ。

 

 フェイドを一番最初に発見したモンスターは、アルルである事。

 フェイドの死体の傍には、見知らぬ人物が立っていた事。

 手を伸ばしながら、何かを躊躇うような仕草を見せていた事。

 その人物は、アルルと目が合った瞬間逃げ出してしまった事。

 

 それらの証言は、フェイドからしてみれば、次の行動を決める貴重な情報だった。

 その話に出て来た人物は、こちらを襲撃した赤髪の関係者である可能性が濃厚だったのだから。

 

「そいつは、何処へ逃げた」

 

『キュ〜……キュ!』

 

「分かった」

 

 アルルは上の階層へと続く道を指す。その時点で、フェイドの行動方針は定まった。

 

「対価をやる。手を出せ」

 

 優秀な情報提供者に対して、フェイドは手を差し出すよう促す。

 

『キュ〜?』

 

 言われるがままに小さな手を出してきたアルルヘ、フェイドはとある物を手渡した。

 それは、銀色に輝く四本指の鳥の脚。【鳥脚の白銀漬け】という、発見力を上昇させる代物である。

 

「探し物がある時に齧れ」

 

『キ、キキュ……』

 

 尤も、所詮は験担ぎの道具に過ぎないのだが。そんな事を思いながら、フェイドは鳥脚を齧った。

 

「……行っちまうのか?」

 

 続けて、フェイドが上の階層に続く道へ身体を向けると、リドが声を掛けてきた。

 一連の流れから今後の展開を察したのか、その声色には名残惜しいという感情が込められている。

 

「止めるか」

 

「いいや、そんなつもりはねえよ。確かに、アンタとは話したい事が山ほどあったんだけどな」

 

「………………」

 

「でも……やらなきゃいけない事が出来たんだろ? それを邪魔する権利は、事情を知らないオレっち達には無いね」

 

 知りたいから、こうして協力してたんだが。リドは苦笑しながらそう言い、上層への道を空けた。

 

「ご無事ヲお祈りしまス。フェイドさん」

 

『キュウキュ!』

 

 それとなくレイの方を見やるが、彼女もリドに倣ってフェイドを見送る姿勢だった。

 アルルも同様に、別れを惜しみつつも両手で持った鳥脚を振っている。銀色の飛沫を辺りに散らしながら。

 

 これにて解散。未知との遭遇は何に発展する事もなく、こうして幕を閉じる。

 人とモンスター、互いが互いの領分に踏み込まなかったが故の結果だ。

 

 そのまま、フェイドは返事の代わりに指笛を鳴らす。既に知り得ている道を、徒歩で進むような趣味は無かった。

 

「ボフッ」

 

 霊火と共に現れたトレントは、久方ぶりの出番に鼻を震わせた。

 何故、今日まで指笛の使用を控えていたのかというと、単純にダンジョンで乗馬している者が他に居ないからである。

 

 余計な注目は、厄介な冒険者に絡まれる事態を招く。それ故、不要不急の召喚を禁じられたのだ。

 時折り、休息のタイミングで呼び出す事もあったのだが。見張り兼退屈凌ぎの要員として。

 

「………………」

 

 それはそれとして、指笛で呼び出したトレントに騎乗する直前。

 

 フェイドは気付く。こちらを見ていたモンスター達の気配の変化に。

 

「───────」

 

 振り返ってモンスター達を一瞥すると、目に映るのは硬直した彼等の姿。

 彼等が呼吸も忘れて凝視するのは、トレントの後頭部に生えた()()()()()

 ともすれば、死者の蘇り以上の衝撃を受けている事が、その様子からは窺えた。

 

「………………」

 

 何はともあれ、要件は終えた。引かれる後ろ髪は一本たりとも無い。

 リド達の驚愕を無視し、鐙に足を掛けて跨ったのち。フェイドは発進した。

 

「お、オレっち達、大体20階層辺りに集まってる事多いから!」

 

「もしモまた会えた時ハ、その芦毛の方ノ紹介もお願イしまス!」

 

『キュ〜!』

 

 やがて、我を取り戻したモンスター達は、遠ざかる背中へと口々に言葉を飛ばす。これが、今生の別れとならぬように。

 

 その大きな声は、いつとも知れぬ再会に対する期待の丈を、雄弁に物語っていた。

 その双眸は、人とモンスターが一体となって突き進む光景を、憧憬の眼差しで見つめていた。

 

 

 





ジャガーノート、謎の仮面の人物(すっとぼけ)にボコられるの巻。

なんか、突然沢山のキャラが登場しました。モンスターですが。
この遭遇を起点として、今後様々な展開に発展する予定です。

読んでいただきありがとうございました。
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