祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


メニュー

お気に入り

しおり
作:刈刈シテキタ刈
▼ページ最下部へ


6/32 

第6話【Banshee】



皆様のおかげで、なんと日刊2位まで行けました。誠にありがとうございます。

これがエルデン×ダンまちの相乗効果か……。

まだまだ序盤も序盤ですが、読みごたえのある作品に仕上げたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。



 

 

 

 

「………………」

 

 屋敷の離れにある殺風景な部屋。必要最低限の物しか置かれていない、持ち主の在り方を体現したかのような空間。

 そんな室内の片隅で、一心不乱に机に向かう者が居た。部屋の様相とは不釣り合いな、本と羊皮紙の山に囲まれながら。

 

 ギルドでの冒険者登録の一件から早三日。フェイドはフィルヴィスの宣言通り、冒険のぼの字も無い勉強を強いられていた。

 

 一日目は、共通語(コイネー)という種族間で主に用いられている言語の読み書き。

 二日目は、このオラリオで生活する上で訝しまれない程度の一般的な教養。

 そして、本日三日目にして。フェイドは本題であるダンジョン関連の勉強に取り組んでいた。

 

 三日目にして(・・・・・・)、である。

 

 その勉強に携わっていたフィルヴィス曰く、あまりにも異様な集中力と学習速度とのこと。

 だが、フェイドからすると自分が出来ることをやっているだけなので、特段思うところは無かった。

 

 覚えるという能力が備わっていなければ、エルデンリングに至る事はおろか、最初の大地(リムグレイブ)から抜け出す事すら叶わなかったかもしれないのだから。

 

 そうして、ダンジョン関係の教本を捲り、生き死にを分ける情報をメモに控え、初見の固有名詞があれば辞書を引く。

 変わり映えのしない退屈な工程を、フェイドは飽きもせずに続ける。たった一人で、黙々と。

 

 フィルヴィスは現在ディオニュソスと共に出掛けており、夕方まで帰って来ないらしい。

 一日目や二日目の時ならば兎も角、現時点で既に学ぶ為の土台は出来上がっているので、然程影響は無いのだが。

 

 

 

「………………?」

 

 

 

 しかし、フェイドが勉学に励んでいる最中。

 

 次のページを捲ろうとしたタイミングで、咳払いの音が耳に入った。その方向を見やると、何者かが扉を背にして立っていた。

 

「………………」

 

 結えられた白い長髪に、赤と黒を基調とした装束。そして、特徴的な長い耳。耳長族、改めエルフの女性である。

 

 昨日、この世界の種族に関して勉強していた時、フィルヴィスに耳長族ではないのかと述べたところ、本の角で殴られたうえで訂正させられた。

 そこで、フィルヴィスの耳の長さと気の短さは、反比例しているという学びをフェイドは得た。

 

「ようやく気付きましたか。冒険者にあるまじき警戒心の薄さですね」

 

 それはさておき。視線と視線が交わされるや否や、フェイドに対して辛辣な言葉が飛来してくる。

 彼女の声音には、今まで待ちぼうけを食らっていた事による鬱憤が多分に含まれていた。

 

 リソースを全て勉強に回していたため、彼女の来訪に気付かなかった。

 もしくは、気付く必要性すら感じていなかったと言った方が正しいかもしれない。

 この離れの部屋を訪れる者など、フィルヴィス以外に存在しなかったのだから。

 

「ああ、失礼致しました。私の名前は───」

 

「───知っている」

 

 アウラ・モーリエル。

 

 団長でありながら一匹狼な振る舞いをしているフィルヴィスに代わって、団員達を率いているディオニュソス・ファミリアの副団長。

 

 ちなみに、他の団員の顔と名前に関しても既に一致させてある。全て勉強のついでとばかりにフィルヴィスから教えられた事だが。

 

「用件は」

 

 自己紹介をしようとした彼女の言葉を遮り、フェイドは用件を尋ねる。

 フィルヴィスが不在の間を狙ってこの部屋を訪れたのには、挨拶以外に何かしらの理由があると見たのだ。

 

「……では、率直に言いましょう。命が惜しければ今すぐに彼女……フィルヴィス・シャリアと関わるのをやめてください」

 

「………………」

 

 かくして、フェイドの予想は当たった。しかし、要求の意図は理解出来なかった。

 フィルヴィスとパーティを組んでいるのは、このファミリアの主神であるディオニュソスの意向なのだから。

 

「彼女の過去について、貴方はご存知ですか」

 

 フェイドが何も言い返さず思考に耽っていると、アウラは続け様にそのような問い掛けを述べてくる。

 

「知らない」

 

「やはり、誰からも聞かされていないのですね」

 

「………………」

 

「よろしければ、私が教えてあげましょうか?」

 

 正直に言えば、どうでも良かった。彼女が何を隠していようが、フェイドは自らの行動を翻すつもりは無いのだから。

 しかし、先程の発言にフィルヴィスの過去が関わってくるのであれば、疑問は氷解するかもしれない。

 

 フェイドは何も言わずに頷き、アウラに対して了承の意を示した。

 

「……彼女の過去を語るにあたって、まず始めに説明すべき事件があります」

 

「………………」

 

「それは27階層の悪夢という、当時有力とされていた派閥が闇派閥(イヴィルス)によって皆殺しにされた事件です」

 

 かつて、闇派閥(イヴィルス)という平和への反逆者達が居た。平穏を蔑み、争乱を尊ぶ蛮人の集まりだ。

 その頃の冒険者達にとっての脅威とは、モンスターの他にも闇派閥の存在があったらしい。

 

 この都市の秩序を担うギルド、その傘下のファミリアとの争いの果てに、撲滅された組織である。

 そんな彼らが引き起こしたという、今もなお語り継がれる程の凄惨な事件。

 

 それが、27階層の悪夢と呼ばれるものだった。

 

「外から来たばかりの貴方は、聞き覚えがないと思いますが……あの頃の冒険者達にとっては。忘れたくても忘れられない出来事でしょう」

 

 発端は、闇派閥(イヴィルス)が自らの情報を釣り餌としてばら撒き、有力派閥のパーティを27階層に誘き寄せた事によって始まる。

 

 しかし、そんな彼らが誘き寄せたのは、冒険者達だけでは無かった。

 組織総がかりで、階層中のモンスターをも誘き寄せていたのだ。

 

闇派閥(イヴィルス)が事を起こした27階層。その場には、今は亡きディオニュソス・ファミリアの先達とフィルヴィスも居合わせていました。……当時の私は、実力が至らずパーティから外れていましたが」

 

 そうして始まるのは、敵味方が入り乱れる混戦。悲鳴と怒号が絶え間無く交差する蹂躙劇。

 階層主すらも介入する程の地獄絵図を、闇派閥は自らの命を捧げて作り上げたのだ。

 

 全てが終わった後にやってきた冒険者達が目撃したものは、夥しい死体の山と赤黒い血の海。

 そして、それらを一心不乱に貪り食らうモンスター達だったという。

 

「多くの冒険者が死に絶える中、彼女は生き残った。おそらくは、懸命に戦う先達を見捨てて逃げる事によって」

 

「………………」

 

「そうでなければ、斯様な地獄をフィルヴィスが生き延びられる筈がありませんから」

 

 刺々しい言い回しから察するに、彼女はディオニュソス・ファミリアの先達を見捨てたフィルヴィスを恨んでいるのだろう。

 そして、フィルヴィスという冒険者は、土壇場で自分だけ逃げ出すような薄情者であると伝えたいのだ。

 

「運が良かっただけだ」

 

 フェイドは彼女の物騒な話に顔色一つ変えず、端的な一言で受け流す。

 それだけでは関わりを絶つ理由とはなり得ないと、アウラへ暗に告げた。

 

「……運が良かった、ですか。ある意味では貴方の言う通りかもしれませんね。運は運でも悪運の方でしょうが」

 

 しかし、アウラはフェイドの返答に対して、皮肉を含んだ微笑を浮かべた。まだこの話には続きがあるらしい。

 

「彼女は呪われている。彼女と共にダンジョンに行けば、遅かれ早かれ貴方は死にますよ」

 

「……………」

 

「呪いと言っても、誰かが彼女に呪詛(カース)を施したわけではありませんが……彼女の周囲にはあまりにも死人が出過ぎているのです」

 

 曰く、27階層の悪夢を経たフィルヴィスと組んだパーティは、全員が例外無く死亡している。

 

 ただ一人、彼女だけを残して。

 

 延々と途切れぬ不幸。永遠に覚めぬ悪夢。死神に魅入られたのか。或いは、疎まれたのか。

 

 関わった者は、遅かれ早かれ死ぬ。そのような呪いに付き纏われた彼女を冒険者達は忌み嫌い、不吉の象徴たる異名を付けた。

 

 

 

 【死妖精(バンシー)】と。

 

 

 

「先達を失って以来、ディオニュソス・ファミリアは戦力の大幅な減少を余儀なくされました。ですが、外来のLv.3である貴方の加入は、躍進の呼び水となるかもしれません」

 

 そんな、いつ訪れるかも分からない貴重な機会を、あのような裏切り者に潰されるなど、看過してなるものか。

 打算と私怨が入り混じった言葉で話を締め括り、アウラはフェイドの反応を窺う。

 

「如何でしょうか。いくら貴方が彼女と同じLv.3の実力者であっても───」

 

「───話は終わりか」

 

 それに対してフェイドが放ったのは、話の続きの有無を確認する問い掛け。

 結局、他人事としか思えなかったのだ。どれだけフィルヴィスが不吉な存在であったとしても。

 

 尋常の生命であれば、生と死は一方通行。不可逆であるが、フェイドはその境界を往復する事が出来る。何度も何度も。

 

 たとえ【死妖精(バンシー)】なる噂が本当だったとしても、どんなにフィルヴィスが死を招き寄せたとしても、フェイドからすれば軽微な被害の範疇なのだ。

 

「………………」

 

 何故、彼女が誰に対しても排他的な態度を取っているのか。

 そうでありながら、フェイドを仲間として受け入れたのは何故なのか。

 疑問は解けた。それに伴って、彼女との関わりを絶つ理由も無くなった。

 

 それが、フェイドの結論である。

 

「…………そこまで死に急ぎたいと言うのなら、もう止めはしません。好きにすればいいでしょう」

 

「ああ」

 

「ですが、少しでも考えを改める事があれば、いつでも相談してください」

 

 そう言うアウラの視線の先には、机の上に積まれた本の山と隅々にまで文字が書き詰められた羊皮紙の束があった。

 

「勤勉な後輩を見捨てるような真似はしたくないので」

 

 フェイドが延々と続けていた勉強の痕跡は、知らぬ間に彼女の評価を買ったのだと思われる。

 アウラの口添えがあれば、ディオニュソス・ファミリアの面々に迎え入れてもらえるかもしれない。

 

「そうか」

 

 しかしながら、その旨を伝える機会は訪れない。フィルヴィスがこちらを拒まぬ限りは。

 そうして、フェイドの淡白な相槌を聞いたのち、アウラは部屋から立ち去っていった。

 

 部屋が静かさを取り戻した事に伴い、フェイドも元々行っていた作業に戻る。何事も無かったかのように、粛々と。

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 来訪者が居なくなり、一人だけとなった自室。本のページを捲る音とペン先が羊皮紙を擦る音だけが、微かに発せられる。

 

 ダンジョンの特性、階層ごとに出現するモンスターの特徴、下へ潜ってゆくのに最適なルート。

 それらの知識が、澱みなく記憶に刻まれてゆく。知識量だけならば、既に駆け出しの冒険者の域は超えていた。

 

「………………」

 

 本のページが進むにつれて、空を照らしていた太陽が地平線へと沈んでゆく。

 やがて、完全に夜になったと同時に、フェイドはペン先を止めた。

 

 そろそろ区切りを付ける頃合いと見て、徐に椅子から立ち上がる。

 そして、向かう先は自室の扉。勉強の他にも、フェイドには課せられたものが有るのだ。

 

 そうして、扉を開けて部屋から出れば、薄暗い廊下がフェイドを出迎えてきた。

 消灯時間、というわけでは無い。この別館を利用する者がつい最近まで居なかったため、光源が設置されていないのである。

 

 そんな冷ややかな薄闇を、フェイドは気にも留めずに歩いてゆく。床板の軋む音が、一定間隔で鳴り響く。

 

 

 

 やがて、本館に続く渡り廊下に差し掛かると同時に、通路の奥からこちらへと歩いて来る足音が聞こえた。

 立ち止まって待ち構えていると、暗闇の向こうから現れたのは。

 

 件のフィルヴィスだった。

 

 フェイドは何も言わずに視線だけを向ける。そうすれば、フィルヴィスの方から勝手に用件を言ってくると判断して。

 

「………………」

 

 だが、彼女も彼女で閉口して俯いたまま、視線を合わせようともしなかった。

 この渡り廊下まで来たのであれば、何かしらの用事がある筈だというのに。

 

「………………」

 

 普段とは異なるフィルヴィスの様子を受け、フェイドは顎に手を当てて考え込む。

 

 

 

 彼女の横を素通りして目的地に向かうべきか。

 

 このまま向かい合って時間を浪費すべきか。

 

 もしくは、回れ右をして部屋に戻るべきか。

 

 

 

 そんな、暫しの間の思考の末。フェイドはついでとばかりに思い至った。

 自分の前に突然現れておきながら、彼女が何も言えずにいる理由について。

 

 フィルヴィスは何処かで知ったのだろう。アウラが自室を訪れた事や、自身の過去が明かされた事を。

 用事から帰ってきた際に噂を聞き付けたのか、もしくはアウラ自身が釘を刺しに行った可能性もある。

 

 不干渉を突き通すつもりだったが、こうなった以上は何かしらの意思表示をすべきか。そんな考えと共に、フェイドは改めて話し掛ける。

 

「問題無い」

 

 お前の過去に何があっても。

 

「っ………………!」

 

 何の脈絡もなく結論だけを述べると、フィルヴィスは微かに肩を震わせた。図星だったらしい。

 そのまま、観念したかのように顔を上げてフェイドを見やり、彼女は徐に口を開く。

 

「……お前が、決して死なない不死身だからか?」

 

 不死身。それこそがディオニュソスがフェイドを招いた目的。

 そして、フィルヴィスがフェイドと行動を共にしている理由だ。

 

 決して死なず何度でも蘇るのであれば、フェイドは彼の言葉通り心強い味方となる。

 そんな存在と冒険を繰り返すだけで、関われば死ぬなどというジンクスの払拭に繋がるのだから。

 

「それもある」

 

 だが、フェイドが問題無いと言った理由は、それだけではない。

 

「……それも? それ以外に何がある」

 

 どこか投げやりな態度の問い掛け。その声と眼差しに含まれているのは、自らの過去が明かされた事による後ろめたさか。

 

「お前は俺に言ったな。これからは、そう易々と死ねると思うなと」

 

「………………!」

 

 それらを一切無視してフェイドは呟く。いつぞや、フィルヴィスが自らに対して宣った言葉を。

 

 あの時の言葉を額面通りに受け取るのであれば、彼女はフェイドを死なせるつもりはない。唐突に課してきた勉強は、その一環なのだろう。

 

 尚且つ、パーティが全滅するような危機を、フィルヴィスは単独で何度も乗り越えてきた。

 裏を返せば、万が一フェイドが先に生き絶えたとしても、彼女だけは生き延びられる可能性が高いという事になる。

 頻繁に死んだり殺されるフェイドとの相性は、寧ろ良いと言えるかもしれない。

 

「っ………………」

 

 数日前の自らの発言に思うところが有ったのか、フィルヴィスは逡巡するかのように目を伏せた。

 

 会話が止んだ事により、渡り廊下が静まり返る。薄暗い夜の闇が、二人の間に生じた沈黙を助長する。

 

「………………」

 

 これ以上の言葉は不要である。そんな態度で、フェイドは何もせずに返答を待った。

 

 或いは、問題無いという以外に掛ける言葉が見当たらなかったとも言える。

 何故ならば、彼女が自らの過去を引け目に思っている理由が理解出来なかったから。

 

 幾らでも蘇られるこの身とは違う。たった一つだけの、自らの命を優先した結果、彼女は生き延びた。

 自己防衛。その行動の何が間違いなのか、無限の命を持つフェイドには理解出来なかったから。

 

「……本当に、お前は……このまま、私と組むというのか。本当に、それでいいのか」

 

 やがて、長い黙考の末。フィルヴィスは漸く紡いだ。途切れ途切れで歯切れの悪い、最後の意思確認を。

 

「決めるのは俺ではない」

 

 しかし、フェイドは首を縦に振る事も横に振る事もしなかった。

 組むかどうかの決定権は、このファミリアを訪れた時点でフィルヴィスに委ねたが故に。

 

「……そうか、そうだったな。よく分かったよ……お前の言いたい事は」

 

 一貫したフェイドの姿勢に、フィルヴィスは呆れたような声を漏らす。

 それに伴って、彼女が身に纏っていた強張りは解かれてゆく。

 

「………………」

 

 その面持ちには、今まで漂わせていた気後れのようなものは見受けられなかった。どうやらパーティは継続らしい。

 

 これで用件は終えた。彼女の隔意も解消された。そうして、この場で解散の流れになると思い、フィルヴィスから意識を逸らした瞬間。

 

「───フェイド」

 

 先程までとは異なる凛とした声が、フェイドの耳朶を打った。

 前に向き直れば、目に入ってくるのはこちらを真っ直ぐに見据える赤緋の瞳。

 

 そして、差し伸べられた右手。

 

「………………?」

 

 その言動の真意を計りかねたフェイドは、彼女の顔と手を交互に見やる。

 すると、赤緋の瞳が細められる。さっさとしろと言わんばかりに、眼差しに剣呑な気配を含めながら。

 よく分からないが、これは彼女にとって重要な事なのだと解釈して、フェイドは相手の行動に倣った。

 

 差し出された右手に、自らの右手を伸ばす。

 

 そして、フィルヴィスの手を取った。

 

「……今更かもしれないが、明日からも……いいや。これからも宜しく頼む」

 

 空を覆い隠していた雲が風に流され、満月が顕となる。窓から月明かりが差し込んで来る。

 

 仄かに明るくなった、本館と別館を繋ぐ渡り廊下。人の気配の無い静謐な空間にて。

 

 死を招く妖精と死を超越した不死身による、たった二人だけのパーティが、本当の意味で結成された。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「夕食、まだなんだろう?」

 

「ああ」

 

 そもそもの話、フェイドが勉強に区切りを付けて部屋を出た理由がそれだった。目的地は、本館にある食堂である。

 

 本来であれば食事など必要無いが、目の前の彼女から人間らしく振る舞うように言われており、断食も不眠も周囲に怪しまれるという事で禁じられたのだ。

 

「……だったら、今日は私が作ってやる」

 

 ディオニュソス・ファミリアにおいて、料理というのは団員たちが交代で行う当番制となっているが、この時間になると食堂に当番は居なくなってしまう。

 そのため、腹を満たしたければ自らの手で作る必要があるのだが、フィルヴィスがその役割を買って出てくれるようだ。

 

「分かった」

 

 特に断る理由も無いので頷く。とはいえ、レシピ(製法書)さえあれば如何なる物であっても容易に作成が可能なため、フェイドとしてはどちらでも良かったのだが。

 

「相変わらずの空返事だな。感謝ぐらいしたらどうだ?」

 

「感謝する」

 

 求めに応じて感謝を述べるものの、フィルヴィスの反応は芳しくない。

 これっぽっちの謝意も抱いていない事が見抜かれているのだろう。

 

「………………」

 

 数秒間の思考の末、フェイドは虚空からとある物を取り出した。

 一見すると不細工な顔にも似た土塊。【呼び声頭】という道具である。

 

『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』

 

 鷲掴みにしたそれをフィルヴィスに向ければ、呼び声頭はフェイドの代わりにお礼を言った。

 

 これこそが、この道具の真骨頂。何を言うかではなく、誰が言うかで言葉の伝わり方は変化する。

 これだけ不細工な顔から発せられる感謝ならば、嫌でも受け取らざるを得ないだろう。

 

「……何だ、この呻き声を上げてる道具は。何を喋っている?」

 

 しかし、フィルヴィスに呼び声頭の言葉は通じなかった。

 たった今、感謝の代弁者は見た目通りの無意味な土塊と化した。

 

()()()()()。だ」

 

 仕方がないので、呼び声頭が発した呻き声の意味を伝える。

 

 すると。

 

「…………ふふ」

 

 フィルヴィスは口元に手を当てて微笑んだ。初めて目にする反応を受け、フェイドの頭に疑問符が浮かぶ。

 

「何故笑う」

 

 一連の行動に何か可笑しい部分はあったのか質問すると、彼女は目を見開いたのちに顔を背けた。

 

「……笑ってないが」

 

「笑っていただろう」

 

「…………お前の見間違いだ」

 

「では、()()というのはどういう意味───」

 

「───お前の聞き間違いだ!」

 

 フィルヴィスは大きな声でフェイドの追及を掻き消し、食堂へと歩き出してしまう。

 そこまで否定するというのならば、本当に笑っていなかったのだろう。

 彼女の長い耳が赤くなっているのは、怒りの感情からなのだろう。

 

「………………」

 

 これ以上の追及は不毛且つ命取りであるため、フェイドは口を噤む。そうして、先を行くフィルヴィスを追いかけた。

 

 





尚、褪せ人が狭間の地で関わった人物の内、大体51人中42人ぐらいは死んでいるかそれに等しい状況なので、フィルヴィスとどっこいどっこいな模様。

もう2、3話ぐらいは関係値を築くような回となりそうですが、少しずつお話を盛り上げていく予定なので、お付き合いいただければと思います。

読んでいただきありがとうございました。
6/32 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する