祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第5話【Stranger】



皆様のおかげで日刊ランキングに載りました。本当にありがとうございます。



あとは……お手隙な時だけで結構なので、ここすきも入れていただけると筆者は滅茶苦茶喜びます(貪食ドラゴン)



 

 

 

 窓から差し込む陽光が、一日の始まりを告げている。もう暫くすれば、ディオニュソス・ファミリアの団員達が続々と起きてくる事だろう。

 彼等と鉢合わせぬよう早めの朝食を済ませたのちに、フィルヴィスは渡り廊下を歩く。

 

 向かう先は屋敷の離れ。かつて、ディオニュソス・ファミリア最初のホームとして建てられた、こじんまりとした邸宅だ。

 

 団員の増加に伴い現在の屋敷に移転したものの、それほど老朽化は進んでおらず、取り壊してしまうには勿体無い。

 かといって、住まいとして用いるには本館と若干離れているため不便。そんな事情で持て余した結果、現在は物置と化していた。

 

 久しく訪れていなかった屋敷の離れを見渡しながら、フィルヴィスは目的の人物の部屋に辿り着く。

 昨日、新たにディオニュソス・ファミリアの一員となった者が、そこに居る。

 

 

 

 結局、フィルヴィスは選んでしまった。

 

「……おい」

 

 褪せ人を仲間として受け入れる事を。

 

「……おい、フェイド」

 

 

 

 フェイド・ストレンジア。

 

 

 

 それが、このオラリオにおける褪せ人の仮の名である。名前が無いのは何かと不便だからと、ディオニュソスが名付けた。

 

 褪せ人の特徴とも呼べる、色褪せた(fade)瞳。誰も知らぬ地からやってきた異邦人(stranger)。そういった要素が名前の由来となった。

 

「………………っ」

 

 それはそれとして、ノックをしても件の人物からの反応が返ってこない。扉が開かれる事もなければ、返答が聞こえてくる事もない。

 

 すぐに返事をしないあいつが悪い。痺れを切らしたフィルヴィスは、部屋に押し入る事にした。

 彼の扱いに関してはディオニュソスに一任されているので、このような暴挙も許されるのだ。

 

「………………」

 

 フィルヴィスが少々乱雑な手つきで扉を開けば。そこに居るのは褪せ人改め、フェイド。

 

 身に纏っていた黒い外套は床に脱ぎ捨てられており、隠された素顔が露わとなっている。

 かに思われたが。長い前髪によって覆われていたため、結局彼の顔立ちはよく分からなかった。

 

 気付いていなかったのか、居留守を決め込みたかったのか。こちらを見向きもせず佇んでいる様子から察するに、おそらくは前者なのだろう。

 

 くすんだ黒髪の隙間から覗く、色褪せた瞳。それは、茫洋とした光を反射しながら、床に置かれたランタンだけを眺めていた。

 

「…………次も反応が無ければ勝手に入るぞ。それが嫌ならさっさと返事をするんだな」

 

「分かった」

 

 フィルヴィスが思わず漏らした小言。それに対してフェイドが示したのは、淡々とした了承の意。

 望む限り、好き勝手に侵入すればいい。と、言わんばかりの泰然自若とした態度である。

 

「……ふん」

 

 どこまでもこちらを意に介さないフェイドに、フィルヴィスは鼻を鳴らしながら室内を見回す。

 フェイドに与えられた個室。最低限の掃除はされているものの、家具の類に使用された形跡は見当たらず。

 まるで、この部屋自体が、彼の存在を認識していないかのような印象を受けた。

 

「……あれから寝ていないのか?」

 

「ああ」

 

 曰く、褪せ人という存在に睡眠や食事というものは不要。それ故、座った姿勢のままで時間を潰していたのだという。

 

「お前がこれまでどのように生きていたかは知らないが……これから私と行動を共にするのであれば、せめて人間らしく振る舞え」

 

 他の団員達にはフェイドの正体について共有しておらず、ディオニュソスが彼の加入を事後報告しただけ。

 挨拶にも来ない。それどころか、一度たりとも姿を現さない彼をファミリアの面々は訝しんでいる。

 

 フィルヴィスが傍に居る内は近づいて来ないだろうが、四六時中フェイドに張り付くなど不可能だ。

 直ちに是正しなければ、彼の異常性が団員達に発覚するのは時間の問題だった。

 本館ではなく別館に部屋を与えたのは、そういった事態を少しでも遅らせる目的も兼ねているらしい。

 

「人間らしさとは、どのような事を指す」

 

「…………それは」

 

 こちらの懸念も露知らず。淡々と発せられる問い掛けに、フィルヴィスは言葉を詰まらせた。

 

「……清潔な身なりを維持するよう心掛け、一定の間隔で食事を摂り、決められた時間に寝て起きる。それで、ある程度はらしく振る舞える……筈だ」

 

 幾許かの思考の末、フィルヴィスの口が紡いだのは、質問への回答ではなくフェイドに対する忠告。

 我ながら歯切れの悪い、要領を得ない言葉。それを、フィルヴィスは誤魔化すように目を逸らした。

 

「──────」

 

 だが、逸らした先には、古ぼけた姿見が待ち受けていた。

 薄汚れた鏡面に映し出されるのは、白装束に身を包む少女の姿。

 

 お前は、本当に取り繕えているのか。

 

 鏡の中の虚像が、フィルヴィス自身に対して疑いの目を向けてくる。

 半ば反射的に、その傍に置かれた布で姿見を覆い隠してしまった。

 

「───分かったら早く立て。ギルドでお前の冒険者登録を済ませるぞ」

 

 そうして一息ついたのち、フィルヴィスは改めてフェイドに今日来た用件を告げる。

 冒険者というのは、ダンジョンに潜りそこから獲得した収入で生計を立てる者たちの総称だ。

 オラリオにおけるフェイドの身分を確立するには、打ってつけの肩書きである。

 

 彼は、まだ何者でも無い。故に何者で有るかを示す物が必要だった。たとえ、それが仮初の物であっても。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 

 北西のメインストリート。別名、冒険者通りとも呼ばれ、その呼称を体現するかのように冒険者の往来が激しい。

 武器屋やら道具屋やら酒場やら。道の両脇に所狭しと建ち並ぶそれらが、彼らを呼び寄せているのだ。

 

「………………」

 

 そんな景色には目もくれず、先導する少女の背中をフェイドは追う。

 武器も道具も事足りており、酒の類に現を抜かすだけの嗜好もない。需要が皆無であるが故の無関心だった。

 

 そうして、然程の時間をかけず、フェイドとフィルヴィスは荘厳な佇まいの神殿に辿り着く。

 この迷宮都市、延いてはダンジョンの管理を一手に担っている組織(ギルド)が本拠とする建造物だ。

 

 中に入ると同時に二人を出迎えるのは、白い大理石を基調とした室内。依頼等が貼られた巨大な掲示板。目的地であるギルドのロビーである。

 ここで、冒険者達は依頼をこなして報酬を得たり、冒険で手に入れた物品を換金をしたりと、ダンジョンに関する諸々のサポートを受けたりしている。

 

 フィルヴィスは淀みの無い足取りで真っ直ぐに窓口に向かう。そのまま、窓口で待機していた受付嬢に話しかけた。

 

「もし、少しいいだろうか。冒険者登録の手続きをしてもらいたい者がいる」

 

 何度も繰り返されてきた作業とばかりに、受付嬢は特筆する事のない、マニュアルに沿った応対をする。

 やがて、手続きの準備が済んだのか、カウンターの上に登録用紙と思しき羊皮紙が差し出された。

 

「………………」

 

 そばに置かれた羽根ペンを握り、慣れた手付きで必要事項を書き進める。

 

 オラリオに来たばかりのフェイドでは文字の読み書きが出来ないので、代わりにフィルヴィスが。

 

 名前、フェイド・ストレンジア。昨日ディオニュソスに付けられた仮の名である。

 年齢、二十歳。彼の容姿が若年であるという曖昧な物差しだけで決まった。

 フィルヴィス的には、彼が年上という事にされたのは不服なのだが。

 

 出身地、空欄。本人曰く、この世界の何処にも存在しない。有るかどうかも定かでは無い。

 経歴、特定の居住を持たぬ放浪の旅人。元々契約していた神との別離を契機にオラリオに訪れた。物は言いようだ。

 

 それ以降は空欄が続く。常識的に考えれば、即座に突っぱねられるような内容だが、ギルド側もそこまで綿密な情報を求めていなかった。

 

 冒険者を志す者は後を絶たない。故に、後ろめたい過去や経歴を隠す連中を詰問していては切りがないのだ。

 

 そして、大半が空欄を占める羊皮紙を見返して、不備がないか確認したのち、フィルヴィスは受付嬢にそれを提出する。

 

「…… Lv.3、ですか」

 

 すると、羊皮紙に目を通した受付嬢は、そのような呟きを漏らした。

 彼女の視線の先には、備考欄に記載されたLv.3という文字。

 

 冒険者という存在を熟知している者ならば、当然の反応である。

 

 Lvとは、神々が自らの眷属に与え賜うた恩恵(ファルナ)。それを、どの程度昇華(ランクアップ)させたかを示す指標だ。

 一定以上の経験を積み、命を懸ける程の偉業を達成する事によって上昇し、その度に桁違いの力を齎す。

 

 神の眷属となった者達は、この力を以ってモンスター達と日々渡り合っているのである。

 掻い摘んで言うならば、褪せ人が敵から奪い取ったルーンを己の力に変えるのと似たようなものだ。

 

 しかし、ダンジョンという延々とモンスターが湧き出る環境があるにもかかわらず、このオラリオに在籍する冒険者の約半数はLv.1で燻っている。

 

 Lvを上げるというのは、それ程までに難しい事なのだ。ダンジョンが存在しないオラリオの外であるならば、尚更。

 それ故、素性を明かさぬLv.3の流れ者に、胡乱げな視線を向けてしまうのは無理もない話だった。

 

「そちらの懸念は結果で塗り潰す。彼にはそれを成すだけの実力がある」

 

 書類とフェイドを交互に見つめながら考え込む受付嬢に対して、フィルヴィスは表明する。

 何も後ろめたい事は無い。フェイド・ストレンジアはギルドにとって益となる存在であると。

 羊皮紙に記載された内容は、Lvも含め全てが虚偽申告なのだが。

 

「だろう?」

 

 そうして、フィルヴィスは右隣に目配せをして同意を求める。言葉尻に、有無を言わせぬ圧力を伴わせながら。

 

「ああ」

 

 そのまま、フェイドは左隣からの視線を受けて頷く。何を考えているか判別しにくい無表情を顔に貼り付けながら。

 

「……失礼致しました。こちらで一旦お手続きは承らせていただきますが、何か確認事項があった際は通達がございますので悪しからず」

 

 やがて、彼等の何とも言えぬやり取りを見つめたのち、受付嬢は謝罪と共に羊皮紙を受け取った。

 概ね計画通り。予想を裏切らない結果に、フィルヴィスは内心でしたり顔を浮かべる。

 

 そして、アドバイザーや支給品は不要と答え、事務所の奥へと消えて行く受付嬢を見届けたのち。

 

「精々感謝するが良い。ディオニュソス様の神徳に」

 

 フィルヴィスはフェイドに対して、ディオニュソスという存在の有り難さを説き始めた。

 

 彼がこれから所属する事になるファミリア。その主神たるディオニュソスは、オラリオに居る神々の中でも類い稀な神格者として知られている。

 フェイドがオラリオに仇なす者ならば、眷属にするような真似はしない。それだけの信用がディオニュソスにはあった。

 

 そんな事を言いながらも、フェイドをわざわざLv.3として登録せざるを得なかった理由には、フィルヴィス自身も関与しているのだが。

 

「おい、返事ぐらいしたら…………?」

 

 しかし、右隣からの反応は返ってこない。フィルヴィスは眉間に皺を寄せながらそちらを見やる。

 

 そこに、フェイドの姿は無かった。

 

 辺りに視線を巡らせるが、彼の姿は見当たらない。冒険者や職員が行き交う光景が広がるばかり。

 目を離した隙に居なくなるな。躾のなっていない腕白小僧か。思わず、そんな悪態を心の中で吐いてしまう。

 

 

 

「女王マリカを知っているか」

 

 

 

 だが、幸運な事にフィルヴィスの長い耳は、喧騒の中から抑揚の失せた声を拾う事が出来た。

 音の方向に目を向ければ、真っ先に目に入るのは黒い外套。フェイドである。

 

「いえ……知らない、です」

 

 だが、不運な事に彼の前には、金髪金眼の少女が居た。フェイドには及ばないものの、その相貌に浮かぶ表情は薄い。

 

 人の伝聞に疎く、交友関係といったものが皆無なフィルヴィスでも知っている。

 彼女は、都市最大派閥の片割れに所属している冒険者。若くしてLv.5という領域にまで上り詰めた、名高き才媛。

 そんな彼女に物怖じもせず話し掛ける新参者など、要らぬ注目を集めてしまうだろう。

 

 そうでなくとも、彼女が所属する派閥に目を付けられるのは非常に拙い。

 迅速な対処をしなければ。そんな思いと共にフィルヴィスは動いた。

 

「──────」

 

 まずは、音を殺しながら早歩きで対象に接近。

 

「───誰だ? 女王マリカというのは?」

 

「かつて、狭間の地を統べていた永遠の女王だ」

 

 そのまま、彼の肩を右手で掴む。

 

「どうして、その名前が出てきた?」

 

「彼女と似ていたからだ」

 

 続けて、首を傾げている金髪金眼の少女を見やる。

 

「今、私の傍から離れてまで尋ねる必要はあったのか?」

 

「ある」

 

 次に、右手に力を込める。

 

「それは何故だ?」

 

「狭間の地に帰還する為───」

 

 そして、膝裏を右足で蹴り抜いた。

 

 体勢を崩したフェイドは、背中から派手に転倒。大理石の床に叩きつけられる。

 そのまま、フィルヴィスは倒れた彼の襟首を力任せに掴んだ。

 

 信じられない。たった今、この都市で生きる為の身分を手に入れたばかりだというのに。

 この男は、話の流れ次第でオラリオから出奔するつもりだったのだ。

 

「───すまない。こいつの事は忘れてくれ」

 

「え……あ、はい……」

 

 そうして、フィルヴィスは少女の反応を待たず、フェイドをギルドの玄関口まで引き摺って行った。

 

「………………」

 

 ずるずると、碌に抵抗もせずにフェイドは連行されてゆく。何処からか取り出した緋色の瓶を呷りながら。

 

 

 

「……あの人、何だったんだろう」

 

 少し、動揺してしまった。去り行く二人を見送りながら、少女は浅く息を吐く。

 動揺したのは、目の前で行われた一連の流れに対してではない。突然自分に話しかけてきた彼に対してである。

 彼が発する無機質な声音と、こちらを見据える褪せた瞳に、少女は底知れぬものを感じたのだ。

 

 例えるならば、余分な物の一切が削ぎ落とされた。与えられた役割を熟すだけの道具が、人の形を成しているかのような。

 

 人に対してそのような印象を抱いてしまうのは失礼極まりないが、それ以外に例えようもない。

 忘れろと言われたが、早々に忘れる事は難しそうだった。たった一言、言葉を交わしただけだというのに。

 

「──────」

 

 あの境地に至れば、この手で殺せるのだろうか。

 

 自らの肉親を奪った憎き怨敵を。

 

「───おーい、アイズー! そんなとこで何してんのー?」

 

 などと考えたところで、少女は小さな溜め息を吐いて思考を打ち切る。

 もう居なくなった彼の事を考えていても仕方がない。今の自分に出来るのは、目的に向かって邁進する事だけである。

 少女は己にそう言い聞かせ、自らの名を呼ぶ仲間の元へと歩き出した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ギルドでの手続きを済ませ、神殿を後にした二人が行く先には、白亜の塔。目的地はダンジョンである。

 早急に成果を上げ、ギルドからの疑いの目を払拭する事が、フィルヴィスの魂胆だった。

 

「ただでさえお前は隠し事の塊なんだから、目を付けられるような余計な行動は慎め」

 

 そうして、バベルへと歩みを進める途中。人混みが疎らになった頃合いを見計らって、フィルヴィスは先程の奇行を咎めてくる。

 

「余計ではない」

 

 しかし、フェイドからしてみれば、それは至極当然の行動だった。

 あのマリカ擬きが有していたのは、金髪金眼。女王マリカや彼女の血縁である稀人が持つ特徴なのだから。

 狭間の地を追放され、オラリオを訪れて以来。そのような容姿の者は今まで見かけなかった。

 

 狭間の地に至る方法を知っていた可能性があったからこそ、フェイドはあのマリカ擬きに話しかけたのだ。

 今回の結果は空振りだったものの、状況が許す限り何度でも同じことをするつもりである。

 

「はぁ…………やはり帰りたいのか、お前が追放されたという狭間の地とやらに」

 

「ああ」

 

 無論、帰れるのであれば帰りたい。褪せ人という存在は、エルデンリングを求めるものであるが故に。

 

「それなら、何故そこまで平然としていられる。今のところ何も手掛かりが無いんじゃなかったのか?」

 

「分からないからだ」

 

 にべもなく、淡々と紡がれるフェイドの言葉に、フィルヴィスは疑問符を浮かべる。

 あまりにも言い回しが単刀直入過ぎると、続きを促すように視線を向ける。

 

「………………」

 

 特に言う必要性を感じなかったが、言わなければ面倒な事になりそうだったので、フェイドは補足するように口を開いた。

 

「俺の使命は、まだ続いているのか。俺は、まだ必要とされているのか」

 

 狭間の地に戻ったところで、既に黄金樹は燃え尽きてしまっているかもしれない。

 エルデの玉座に戻ったところで、既に他の誰かがエルデの王となっているかもしれない。

 

 祝福は、何の導きも寄越さない。故にフェイドは停滞を是とし、惰性に身を委ねていた。

 狭間の地に関する手掛かりを探っているのは、褪せ人としての本能のようなものだ。

 

「っ…………だとしたら、お前は……何の為に生きているのかも分からないのに、こうして生かされているとでも言うのか」

 

「そうだ」

 

 或いは、大いなる意志も女王マリカと同様、望んでいるのかもしれない。

 

 

 

 導きの灯火すらも消えた暗闇の中で。

 

 永遠に足掻き続ける事を。

 

 

 

「なんだ……それは……」

 

 フェイドの返答を受け、何故かフィルヴィスは呆然とした面持ちで声を漏らす。

 しかし、否定的な言葉とは裏腹に、彼女は追及はしてこない。

 

 会話の流れが途切れ、来た時と同じように二人は黙々と歩みを進め始める。

 だが、前を行くフィルヴィスの足取りには、先程とは異なる躊躇のようなものが見受けられた。

 

「………………」

 

 やがて、大きな交差点に差し掛かると、フィルヴィスは突然足を止めた。それに倣って、フェイドも立ち止まる。

 

「……気が変わった。ホームに戻るぞ」

 

 そして、こちらに振り返ったかと思えば、よく分からない事を彼女は言い出す。今度は、フェイドが疑問符を浮かべる番となった。

 

「何故だ」

 

「今のお前は冒険者としてあまりにも未熟過ぎる。目を離した隙に死んでいそうなぐらいにはな。だから、まずはダンジョンに関する知識をその空っぽの頭に叩き込む」

 

 早い話、勉強だな。フィルヴィスの言葉を聞いたフェイドの脳裏に、魔術学院レアルカリアが保有する馬鹿げた量の蔵書と、それらを読み耽る輝石頭の連中がよぎる。

 

「………………」

 

 時間の無駄である。失敗など、死んでから覚えてしまえば繰り返さない。

 当初の予定通りダンジョンに行くべきだ。つい先程、ギルドの受付嬢に啖呵を切ったばかりなのだから。

 

「俺は死んでも蘇る───」

 

「───私もさっきまでそう思っていたが、お前の死に様を何度も見る羽目になるのは億劫だ」

 

「………………」

 

「それに、お前がドジを踏んで死んでから蘇るまでの間、誰がお前を運ぶと思っているんだ?」

 

 しかし、フィルヴィスの意思は固かった。フェイドの言葉を先読みしたうえで否定する。

 

「その辺に捨て置けば───」

 

「───その後、どうやって合流する?」

 

「事前に決めておけば───」

 

「───蘇る瞬間を他の冒険者に目撃されたらどうする?」

 

 ああ言えばこう言う。それ程までに勉強とやらが好きなのか。

 矢継ぎ早に放たれる舌鋒に、フェイドは閉口せざるを得なかった。

 

 だが、確かに彼女の懸念は的を射ている。そもそも、フェイドが何度も何度も死亡したが故に、目の前の彼女に見つかった。

 そうでなければ、今頃はもっと下の階層を探索していたかもしれない。誰の目も届かぬ深層まで。

 依然としてダンジョンに求めるものは何も無いので、そのような仮定はどうでも良いのだが。

 

「これまでがどうだったかは知らないが、お前は名実ともにディオニュソス・ファミリアになったんだ。これからは、そう易々と死ねると思うなよ」

 

「………………」

 

 先程述べた通り、彼女の言葉を拒むほどの確固たる目的は、今のフェイドには存在しない。

 故に決めた。死ぬなと言うのなら、その為に学べと言うのなら。今だけは可能な限りそれに従おうと。

 

「善処しよう」

 

「いいや、善処ではなく遵守しろ。じゃないとお前は早々に破りそうだ」

 

「遵守しよう」

 

「……お前、返事だけは妙に素直だよな」

 

「………………」

 

 据わった目で睨まれるが、これ以上返す言葉も無いので黙って受け流す。

 そして、そのようなやり取りを終えたのち、二人はホームに向かって歩き出した。

 

「まずは、共通言語の読み書きからか……」

 

「………………」

 

 あれこれ思案しているフィルヴィスを横目に見ながら、フェイドは歩く。

 昨日の出会いから一日目にして、彼女の中から遠慮というものが消失してしまった。

 これからは、彼女の意に反した行いをするたびに何かしらの制裁が加えられるのだろう。

 

 狭間の地では単独行動が常であった。そもそも、共闘以外に他者と行動を共にする事が初めてだ。

 故に、どういった行動が咎められるのかフェイドには分からない。

 

 一先ずは、思い付いた時点で試すべきか。

 

「取り敢えず本屋にでも行くべきなのか……? おい、フェイド。ぼさっとしていないで付いて来い」

 

 当の本人が聞けば卒倒間違いなしの愚考を脳裏に潜ませつつ、フェイドは腕を掴まれ牽引されてゆく。

 

 かくして、それなりの紆余曲折がありながらも。褪せ人はフェイド・ストレンジアという名と、冒険者という肩書きを得た。

 

 

 

 しかし、褪せ人としての根幹は依然変わりない。

 

 その存在が始まった瞬間から、彼は険しきを冒す者なのだから。

 

 

 





フィルヴィス、褪せ人の教育係を買って出る。の巻。

敢えて何処にでも居そうな名前にして、地の文の方は褪せ人で固定しようかとも考えたのですが。
今回はそれっぽい名前をこの褪せ人に付けてみました。

今後名前が出る度に、誰こいつ……となりそうだったら、修正も視野に入れます。

読んでいただきありがとうございました。
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