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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

アラーの神に義務はない(5)

2009-11-06 | Weblog
パパ大佐は、真っ白な貫頭衣を着て、車から降りてきた。パパ大佐は泣いていた。さきほどの銃撃戦で、僕たちの警護に撃たれて死んだ少年兵の体に、身を投げ出して泣いた。それから僕たちの方に、歩いてきた。

僕は、少年兵になりたい、と叫んだ。一人の少年兵が、僕を黙らせようとしたら、パパ大佐はそれを制して、僕の頭に手をやって撫でた。僕は、セネガル相撲の優勝者のような気分だ。パパ大佐は、手で指示した。こいつを連れて行け。布が渡されて、僕はそれを着た。

ヤクバは、俺は呪術師だ、グリグリ・マンだ、と言った。彼にも、布が渡された。パパ大佐は、母親と赤ん坊を眺めた。母親は裸で、女の魅力がいっぱいだった。パパ大佐は、赤ん坊の死体をやさしく撫でた。僕と、ヤクバと、母親と、赤ん坊の死体は、パパ大佐に連れられて村に向かった。

村が近づくと、パパ大佐は車を止めて、車から降りた。そこで、大きな声で美しい旋律を歌い出した。少年兵たちが、これに唱和した。美しい旋律で。村から人々が出て来た。そして葬列ができた。死んだ少年兵は、キッドという名前だった。パパ大佐は、「キッド大尉」と何度も繰り返した。

リベリア内戦の村々でそうだったように、この村でも入り口の境界のところに、棒に刺した頭蓋骨が掲げてあった。そこに来ると、パパ大佐は、カラシニコフを空中に向けて撃った。他の少年兵たちも、いっせいにカラシニコフを撃った。すごい迫力だった。キッドの遺体は、その日一日、村の集会所に安置された。

夜、キッドの遺体を囲んで、お通夜がはじまった。村中の人々が参列した。女性たちが歌詞を謡い、皆が唱和した。ときどき、女性たちは象の尻尾で蚊を追った。そして、森の奥から声がして、パパ大佐が現れた。全員が起立をした。

パパ大佐は、昼間と全く違う格好だった。頭には、色とりどりの紐を巻きつけ、上半身は裸であった。この飢えたリベリアで、こんなに立派な体があるか、と驚いた。首にも、腕にも、肩にも、色とりどりの紐を下げ、その先にはお守りが付いていた。もちろん、カラシニコフもぶら下げている。

パパ大佐は、キッドが死んだ情景を語り始めた。バイクに乗った連中が、悪魔によって誑かされ、キッドに銃弾を浴びせた。悪魔が、キッドを奪ったのだ。われわれはバスに乗っていた連中から悪魔を割り出してもよかったが、神様は余り殺してはいけないと言っている。また、神様は、人は生まれたときの姿で土に戻るべし、と言っている。だから、身ぐるみ剥いで、裸にしたのだ。

奪ったものは、キッドの遺族の手にわたるべきだが、キッドがどこの誰か、誰にもわからない。だから、戦利品は少年兵たち皆で分けるとしよう。少年兵たちは、これで少しばかりのドルを手に入れ、そしてハシシを買うのだ。神様が、キッドを殺した者を罰するように。パパ大佐は、皆に宣言した。今からキッドの魂を食べた悪魔を割り出す。

タムタム太鼓は奏で続け、美しい歌は駒鳥の歌声のように続く。椰子酒がどんどん進む。パパ大佐は、椰子酒の盃に、椰子酒の盃を重ねる。午前4時ごろになっただろうか。完全に酔っぱらったパパ大佐は突然立ち上がり、女性たちが固まっている輪のなかに向かう。半分眠っていた老婦人の肩をつかみ、パパ大佐が言った。この女が、キッドの魂を食べたのだ。

「違う、私じゃないです。」
いや、お前だ、とパパ大佐。
「私のはずはないです。キッドは、私の家にご飯を食べに来ていたくらいです。」
老婦人は叫ぶ。いやお前だ、俺はお前が夜、フクロウになって飛ぶのを見たのだ。お前は、フロマジェの木の陰に行って、キッドの脳みそを食べたはずだ。

「違う、私じゃないです。」
老婦人は繰り返す。パパ大佐は、彼女に言う。
「もしどうしても白状しないなら、検査をしよう。真っ赤に熱した鉄を、舌にあてれば、うそを言っていないか分るだろう。」
検査の準備が進む。老婦人はうなだれて告白した、私は魔女でした。彼女は牢屋に連れて行かれた。

キッドの遺体は、翌日埋葬された。たくさんの涙が流れた。少年兵たちは、キッド、キッドと、あたかも初めてそのような不幸が彼らを襲ったかのように、嗚咽した。そして、少年兵たちは一列に並んで、カラシニコフをいっせいに撃った。

(続く)

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