祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


メニュー

お気に入り

しおり
作:刈刈シテキタ刈
▼ページ最下部へ


3/32 

第3話【Encounter】


 

 

 

 

 それを見つけたのは、偶然だった。

 

 ダンジョンの広間の片隅に捨て置かれた、無惨な死体。目立たない黒ずくめの装備に身を包んでおり、仄暗い闇に溶け込んでいる。

 

 辺り一面に散らばる夥しい数の魔石から察するに、怪物の宴(モンスター・パーティー)に遭遇したか。

 それなりの実力はあったが、数の暴力に押し負けてこうなったのだろう。

 

 見つけたは良いものの、この死体に対して特段思うところは無かった。

 こんなものは、ダンジョンに挑んだ者が辿るありふれた末路なのだから。

 

 卑しい欲に目が眩み、輝かしい夢に惑わされた不相応な者達は、ダンジョンによって分け隔てなく死を与えられるのだ。

 このようなものを眺めていても、時間が無為に過ぎるだけ。視線を外してその場から離れようとする。

 

 だが、その直前。地面を擦る音が聞こえてきた。

 

 振り返ると、それは起き上がっていた。

 

 物言わぬ亡骸だった筈の存在は、こちらに気付きもせずに周囲の魔石を拾い上げている。やがて、回収を終えたのちにダンジョンの奥へと進んで行った。

 

 その相貌は、目深に被ったフードと、くすんだ黒髪に覆い隠されて窺い知れない。

 だが、粛々と進められる歩みからして、彼が自らの死に対して何の感慨も抱いていない事は明白だった。

 

 裂かれ、噛み砕かれ、潰され、抉られ、貫かれ。ダンジョンに巣食うモンスター達は、自らの攻撃的形態を以って彼を盛大に歓迎する。

 しかし、彼は正真正銘の不死身だった。死せども死せども蘇り、迫り来るモンスター達を蹴散らしていった。

 

 やがて、故も知らぬ不死が到達するは、ダンジョンの下層。三つの階層からなる大瀑布。

 対峙するは、階層主たるアンフィス・バエナ。左右非対称、異なる色の鱗を持つ双頭の竜。

 

 予期せぬ遭遇戦であるにも関わらず、彼はアンフィス・バエナに対して大立ち回りを見せた。

 魔法とは似て非なる異能を以って、何処からともなく現れた馬を駆り。アンフィス・バエナを追い詰めていった。

 そんな攻勢も、レイダーフィッシュの妨害によって一瞬にして瓦解したのだが。

 

 そうして、竜の口から吐き出された焼夷蒼炎(ブルーナパーム)が彼を飲み込む。水すら燃やす炎によって消し炭となり、後には何も残らない。

 しかし、それさえも彼を滅ぼす事は出来なかった。散り散りになった遺灰が一つの場所へと収束し、やがては人の形を成してゆく。

 

 

 

 彷徨い、倒れ、起き上がり、そのような流れを延々と繰り返す。そんな、亡者めいた姿に過去の自分を垣間見た。

 だが、似ているようで少し違う。彼が繰り返す行動は死ぬ為のものではなく、行く手を阻む敵を殺す為のものだった。

 

 彼を監視している内に、知りたくなってしまった。何故、彼はダンジョンに潜っているのか。死して尚、不壊の心を支えている物が何なのか。

 

 彼を見守っている内に、識りたくなってしまった。目深に被ったフードの奥にある双眸は、何を見据えているのか。

 

 胸の奥から止め処なく湧き出る衝動。それを抑え込む術を、彼女は持ち合わせてはいなかった。

 

 ダンジョン27階層。かつて、彼女が人としての死を迎えた場所。今もなお、悪夢として語り継がれる凄惨な殺戮の舞台。

 

 そこで、彼女は決して死なぬ、不滅の存在と出会う事を決意する。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 

「………………」

 

 水面から照り返された光が、岩の壁面に映し出され、波の動きに合わせて絶え間無く揺らめいている。

 蘇った褪せ人が瞼を開くと、そこは幻想的な雰囲気を漂わせる洞穴だった。

 

 先程まで戦闘を繰り広げていた広場から、此処まで水にでも流されて漂着したのだろうか。そんな事を思いながら、褪せ人は体を起こす。

 

「目を覚ましたか」

 

 すると、背後から声を掛けられた。

 

 徐に声の方向へ振り返れば、そこに立っていたのは白装束に身を包んだ少女。

 雪のように色白な肌。濡れ羽色の長い髪。細められた赤緋の瞳。怜悧な印象を抱かせる相貌が、褪せ人に向けられている。

 

 これは、耳長族だ。少女のほっそりと尖った耳に、褪せ人は地上で目撃した種族の内の一つを思い出した。

 

「………………」

 

 涼やかな水流の音が空間を漂う。褪せ人と少女は視線を交わし、互いに相手の出方を窺う。

 小川のせせらぎと揺らめく反射光だけが、時間の流れを示す要素。それ以外は、一切合切が停滞していた。

 

「……お前は何者だ?」

 

 幾許かの時間が過ぎたのち、少女が痺れを切らした様子でこちらの素性について問いかけてくる。

 しかし、褪せ人にはその質問の意図が理解出来ず。何も言わずに小首を傾げた。

 すると、少女は大きな溜め息を吐いて、この状況に至った経緯を話す。

 

「初めてお前を見つけた時、私は事切れた死体だと思った。たった一人でダンジョンに……迷宮の孤王(モンスターレックス)に挑んだ愚か者のな」

 

「………………」

 

「だというのに、お前は何事も無かったかのように蘇った」

 

 どうやら、少女は褪せ人が復活する瞬間を偶然目撃した。そして、意識を取り戻すまでの間に此処まで運び込んだらしい。

 

 現状に納得したところで立ち上がり、褪せ人は正面に向き直る。

 対する少女は毅然とした態度を崩さず、褪せ人の発言を待っていた。

 

「………………」

 

 

 

 【この先、ダッシュが有効だ】

 

 

 

 そんなメッセージを幻視しつつ、いつもと同じ要領で褪せ人は横を通過する。

 

 律儀に答える義理はないうえに、言葉を交わす事すら億劫。それよりも、一刻も早くあの竜と再戦しなければ。

 現在、褪せ人の中にある優先順位は、目の前の少女ではない。自らを死に至らしめた双頭の竜なのである。

 

「───何処へ行くつもりだ。私の質問に答えろ」

 

 しかし、少女は前に立ちはだかるようにして道を塞いできた。

 

「………………」

 

 一方的な命令に対する返答は、徹底的な無視が相応しい。そんな考えと共に褪せ人は右に避ける。

 ふざけるなと言わんばかりに、少女はそちらを塞ぐ。何食わぬ態度で褪せ人は左に避ける。

 

 文字通りの右往左往。両者、折れる気配は皆無。

 

 反復横跳びめいた挙動を何度も繰り返す。

 

「………………」

 

 やがて、一進一退の攻防を繰り返したのち。時間の無駄と相手の意固地さを悟り、褪せ人は足を止めた。

 強行突破か、排除か。目の前に立ちはだかる障害に、どう対処したものかと顎に手を当て考え込む。

 

 相手の装備は短剣と短杖。迂闊に背中を晒せば、魔術が飛んでくるかもしれない。一気に距離を稼ぐ必要がある。

 

「──────」

 

 そうして、暫くの間思案した結果。褪せ人は虚空から自らの得物を抜き放つ。

 

 それは、草紋の彫刻が施された【黄銅の短刀】。その刀身は、問答を拒むかのように鈍い煌めきを放っていた。

 

 この障害物への対処法が、褪せ人の中で定まったのだ。

 

「っ………………!」

 

 褪せ人の敵対行動に、少女は警戒を露わにする。腰の短剣を引き抜こうと手を伸ばす。

 そして、少女の指先が短剣の柄に触れた瞬間。褪せ人は身をかがめたのちに地面を蹴った。

 

「──────なっ!?」

 

 しかし、短刀と短剣がぶつかり合う事は無かった。何故ならば、褪せ人の姿は、地を蹴ると同時に消えたから。

 彼が一瞬にして消えた事に驚きながらも、少女は対象を捉える為の五感を視覚から聴覚へと切り替える。

 

 直後、少女の耳が捉えたのは背後から発せられる跫音。弾かれるように音の方向へ振り返れば。

 

 そこには、脱兎の如く駆け出している褪せ人の姿。

 

 戦技。武器が持つ記憶を引き出し、担い手の力とする業。それを利用して、褪せ人は少女の妨害を突破したのだ。

 尤もこの戦技、【猟犬のステップ】の本来の持ち主は、天敵から逃げ惑う脱兎ではないのだが。

 

「…………くそっ! おい待て、逃げるな!」

 

 呆けた表情を浮かべたのち、少女は悪態を吐いて褪せ人の背中を追いかける。

 だが、彼が消えて行った洞窟の奥から、無情にも指笛の甲高い音が鳴り響いた。のちに聞こえてくるのは、馬と思しき蹄の音。

 

 それは、影すら踏ませぬ速度で瞬く間に遠ざかってゆく。

 

 そうして、少女は褪せ人を見失ってしまった。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

『オオオオオオオオッッッッ!!』

 

 湿った岩肌を、四つの蹄が絶え間なく踏み鳴らす。その音に続くように、蒼い業火が吐き出される。

 大瀑布の最も下に位置する滝壺にて、褪せ人と双頭の竜による闘争の第二幕が催されていた。

 

 だが、湖に棲まうモンスター達は相も変わらず妨害を仕掛けて来ようとしていた。それは、水面に映る数多の魚影が物語っている。

 

「………………」

 

 このままでは、先程の焼き直しとなるのは時間の問題。そう判断した褪せ人は、手綱を握りしめて急転換した。

 

 行く先には、現在進行形で噛み殺さんと、焼き殺さんと口を開いている竜。

 褪せ人の行動は、傍から見れば血迷った者の自殺行為だった。

 

 だが、そんな事は百も承知であると言わんばかりの勢いで、褪せ人はトレントと共に大きく跳躍する。

 

 そして、接触するか否かの瀬戸際。

 

「──────」

 

 溜め込んだ力を解き放つように、褪せ人は赤き稲妻を迸らせる聖印を掲げた。

 

『ギャアアアアアアアアッッ!?』

 

 【古竜の雷撃】。褪せ人の意思に応えた赤き落雷の群れが、強大な竜を、その下に広がる巨大湖を目掛けて降り注ぐ。辺り一帯を巻き込みながら、純然たる破壊の力を撒き散らす。

 

 電流が止め処なく駆け巡り、湖に棲まうモンスター達を感電死させてゆく。彼らを差し置いて、さながら水を得た魚のように。

 

 そして、痺れたまま項垂れる竜を踏み台にして、褪せ人は陸地へと直帰。かくして、無謀な突貫は起死回生の一撃となった。

 

 しかし、全身を隈なく雷撃に晒されながらも、階層の主たる強大な竜は死せず。

 焼け焦げた身体に鞭を打ち、助走を付けるかのように深く潜水したのち。

 間欠泉めいた勢いで飛び上がって、巨大湖の水面から抜け出す。

 

『ガアアアアアアッ!』

 

 そのまま、目障りな褪せ人を圧し潰さんと、自らの巨体でボディプレスを仕掛けた。

 

「──────」

 

 腹の底に響くような音と共に、周囲が大きく揺れる。衝撃によって吹き飛ばされた石塊が、周囲に点々と落下してゆく。

 そこで漸く追撃は止んだ。前回と同様、闘いの幕切れは呆気無いものである。

 

 かに思われた。

 

 直後、赤鱗が感じ取ったのは、固い足裏の感触。視界の端に見えたのは、猛禽の羽の幻影。

 刹那、蒼鱗の瞳が捉えたのは、風にはためく黒い外套。そして、赤鱗の眉間に立つ、圧し潰した筈の褪せ人の姿。

 

 戦技、【霧の猛禽】。衝撃の寸前、褪せ人はこの技を駆使してボディプレスを躱した。

 追い詰められた双頭の竜が何をしてこようとも対処出来るように、予めもう一振りの黄銅の短刀に戦技を仕込んでおいたのだ。

 

「──────」

 

 形成。赤き稲妻を迸らせる【古竜の雷槍】が、褪せ人の意思を汲むように、唸りを上げながら赤鱗に振り下ろされる。

 炸裂。膨大な威力を物語る雷鳴が、階層中に轟き渡る。片割れを喪った蒼鱗の絶叫が、その後に続いた。

 

「………………」

 

 激痛にのたうち回る巨体から距離を取るようにして飛び退き、褪せ人は虚空から取り出した【青雫の聖杯瓶】を呷って仕切り直す。

 

 祈祷を防ぐ赤鱗は殺した。本来の力を発揮するための湖は取り上げた。加勢するモンスターも居ない。相手に残された生命は三割弱。

 そんな、圧倒的な優勢であるにも関わらず、褪せ人の面持ちに一切の油断は有らず。淡々とした足取りで蒼鱗に躙り寄る。

 

『グルルルルルルッ……』

 

 色褪せた瞳は捉えていたのだ。蒼き眼に湛えられている、片割れを奪ったこの身に対する赫怒を。

 

 そうして、褪せ人と蒼鱗による互いを滅ぼす為の闘争は、決着へと急速に駒を進めてゆく。

 雄叫び、地響き、雷鳴。間断なく発せられる音の数々は、その戦闘の激しさを物語っていた。

 

 そして、幾多もの轟音を奏でたのち。けたたましい断末魔を皮切りにして音は止む。

 戦場に残されたのは、耳鳴りのような残響と滝が発する瀑声だけ。

 

 やがて、褪せ人は悟った。

 

 

 

 強大な敵は斃れた(GREAT EMEMY FELLED)、と。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ようやく追いついた。道中で現れたモンスター達の対処を終え、少女は大瀑布の最下層に辿り着く。

 一度見失いはしたものの、直ぐに彼の居場所は突き止められた。

 階層中に響き渡る程の戦闘音。その方角へ進むだけで良かったのだから。

 

「………………!」

 

 そうして視線を巡らせれば、件の彼は息絶えたアンフィス・バエナの上に居た。

 

 それが意味しているのは、彼は単身でダンジョン下層の階層主を屠る力を持っているという事だ。

 第一級冒険者の、更に上澄みの者でなければ到底為し得ない偉業をこなしたという事だ。

 

「……おい」

 

 どこまでも不可解で得体の知れぬ彼に対して、意を決して口を開く。

 

「………………」

 

 すると、彼は緩慢とした動作でこちらを向いた。今のところ逃げる様子はないと見て、少女は先程の問答を再開しようとする。

 

「もう一度聞くぞ。お前は何者だ。何処の神の眷属(ファミリア)なん───」

 

 神。その単語が出た瞬間。

 

 

 

「───此処には、神が居るのか」

 

 

 

 抑揚の失せた声が、少女に対して発せられる。唐突に被せられた問い掛けに、少女は思わず言葉を詰まらせた。

 

 会話の空白を通り抜けるかのように、横合いから湖風が吹く。それに伴い、彼の前髪が風に揺れる。

 生じた隙間から露わとなるのは、色褪せた瞳。その色無き瞳は少女を見据えながらも、少女を映してはおらず。

 

 死んでいるように生きている。そんな矛盾した印象を、少女は彼に対して抱いた。

 その声音と瞳に気圧されぬように、努めて毅然とした態度を保ちながら追及する。

 

「…………まずは私の質問に答えろ」

 

「俺は褪せ人だ」

 

「褪せ人というのは何だ。種族を指す言葉ではないだろう」

 

 見るからにお前は只人(ヒューマン)なのだから。少女はそう言い、褪せ人と名乗る男を睨み返す。

 事実、この黒ずくめの男に、只人(ヒューマン)以外の種族の特徴は見受けられない。

 

「褪せ人とは、祝福を喪い、狭間の地から追放された者達の呼称だ」

 

 つらつらと並べられた聞き覚えの無い固有名詞に、少女は懐疑的な表情を浮かべる。

 しかし、凪いだ水面のような褪せ人の面持ちは、その言葉の真偽を読み取りづらくさせていた。

 

「………………」

 

 やはり、この不気味な男は自身の常識の外に居る。何者かを見極めるには、それこそ神の視座が必要だろう。

 沈思黙考の末、そういった結論を少女は下す。そして、褪せ人に対して一つの提案を投げ掛けた。

 

「……もしもお前が望むなら、神のもとに連れて行ってもいい。無論、お前の素性については洗いざらい吐いてもらうがな」

 

 少女の言葉を受け、褪せ人は顎に手を当てて黙り込んだ。そのまま、懐から何かを取り出し、地面に放り投げる。

 

「………………?」

 

 それは、不定形に揺らめく光だった。やがて、仄かに周囲を照らすそれは、少女に向かって光跡を伸ばす。

 

「分かった」

 

 その光景を見届けたのち、頷く。

 

 先程までの傍若無人な態度とは打って変わって、褪せ人は少女の提案をすんなりと受け入れた。

 そうして、アンフィス・バエナの亡骸から魔石を抜き取ったのちに飛び降りて来る。

 

 取引は、ここに成立した。

 

「………………」

 

 敬愛する神を取引の材料にした事に、少女は筆舌に尽くし難い罪悪感を覚えてしまう。

 だが、この機会を逃せば。彼はダンジョンの奥底に消え、二度と会えなくなる可能性がある。

 

「……だったら、私の後に付いてこい」

 

 付き纏う後ろめたい感情を振り払い、少女は褪せ人に追従を促す。そうして、踵を返して上層に続く道へと戻り始めた。

 

 少女が早々と前を歩き、褪せ人が黙々と後に続く。そうした形でダンジョンの階層を登る最中。

 ふとした拍子に、少女は思い出した。確認すべき事がまだ残っているのだと。足を止めて褪せ人の方に振り返る。

 

「お前、名前は何と呼べばいい?」

 

 名前。それは、存在や事象を指し示すものであると同時に、知りたいものを知るための最初の取っ掛かりでもある。

 

「無い」

 

 しかし、少女の問い掛けは空振りに終わった。悉く、こちらが望む情報は得られない。

 分かったのは、彼は自分の名前を持ち合わせておらず、それに対して何の拘りも無いという事だけ。

 

 だが、名を尋ねた以上は、こちらも名乗らなければ収まりが悪い。

 少女は大きな溜息を漏らしながら、渋々自らの名を名乗る。

 

「……私の名はフィルヴィス。フィルヴィス・シャリアという」

 

「そうか」

 

 すると、地上に出る頃には忘れていそうな予感を覚えるほど、淡白な返事が戻ってきた。以降、褪せ人から質問が飛んでくる事も無い。

 

「っ………………」

 

 無愛想、無関心、無感動。この正体不明の不死身の第一印象は、最悪の一言に尽きる。

 これ以上の対話を試みるのは、こちらが保たない。道案内に徹するべきだ。

 

「──────」

 

 などと、フィルヴィスが考えていると。指笛の甲高い音が背後から鳴り響いた。

 弾かれるように振り返れば、角の生えた馬に跨る褪せ人の姿が目に入ってくる。

 先程聞こえてきた蹄の音の正体は、この芦毛の馬だったのだろう。

 

「……おい、何だそいつは」

 

「トレントだ」

 

「ボフッ」

 

 褪せ人が端的な返答をすれば、肯定するかのようにトレントという馬は鼻を鳴らした。

 

 自分は名無しの癖に、馬には名前があるのか。

 

 そんな指摘が脳裏をよぎるが、本題はそこではない。フィルヴィスは目元を揉みながら更に続ける。

 

「何故、今それに騎乗している」

 

「徒歩では時間が掛かるだろう」

 

「ボフッ」

 

 全くもって正論である。正論ではあるのだが、それは人類の領域である地上に限った話だ。

 この怪物達の領域である地下世界において、馬というのはあまりにも場違いだった。

 

「乗らないなら先に行く」

 

「ボフッ」

 

「………………」

 

 そのまま、褪せ人はフィルヴィスの横を通り抜け、そのような事を言い出す。

 首を横に振ってしまえば、彼はフィルヴィスを危険犇くダンジョンに置き去りにするだろう。一切の憂いも無く。

 

「………………乗る」

 

 たっぷりと時間を使って逡巡したのち、フィルヴィスは頷いた。その端正な相貌を、苦渋に歪ませながら。

 現在居る下層から徒歩で地上へ出るには、相当時間が掛かる。その間褪せ人から目を離すのは、到底看過できないリスクだったのだ。

 

 彼を馬から引き摺り下ろそうが、先程の消える歩法で出し抜かれる可能性もある。

 そうなれば、先程の逃走劇の焼き直しとなるというのも、彼女の決断を後押ししていた。

 

「………………」

 

 フィルヴィスは深く息を吸って吐く。褪せ人との、異種族且つ異性との接触による抵抗感を、少しでも和らげる為に。

 

 彼女の種族、エルフは自身が認めた者以外との接触を厭う傾向が強い。

 故に、彼のすぐ後ろに乗るという行為は、多大な覚悟を要するのだ。

 

 彼女からすれば、それは尚更。

 

「っ…………………」

 

 目の前に鎮座するこれは、馬の操縦が出来る不思議な案山子だ。

 条件反射で刺し殺してしまわぬよう、そう己に言い聞かせて心頭滅却する。

 

 そして、フィルヴィスはトレントに跨った。

 

 

 

「………………?」

 

 

 

 しかし、予期していた拒絶反応は訪れなかった。

 

 思い込みが現実となったのか。フィルヴィスがそう思い、逸らしていた目を前に向ければ。

 

「………………」

 

 褪せ人の黒い外套が視界に入る。そこに居るのは断じて案山子などではない。

 

 そうして、何故かという理由を考える暇も与えられず、フィルヴィスを乗せたトレントは発進する。

 振り落とされないように褪せ人の肩を掴むが、全くもって平気だった。

 

「……他の冒険者と出くわすと面倒だから、私の言う通りに進め」

 

「分かった」

 

 おかしいのは自分ではない。この男だ。この男の異様な雰囲気に当てられているだけだ。

 

 そんな責任転嫁を脳内でしつつ、フィルヴィスは帰り道の道順を指示する。

 ダンジョン内を馬で駆け抜ける光景など、冒険者の間に余計な噂を生む。

 それ以上に、このような状況を他人に見られるのは屈辱だったというのもあるが。

 

 

 

 だが、それにしても。

 

 その乗り心地は、存外悪くなかった。

 

 

 




3話目にしてようやく喋った主人公が居るらしい。

拙作における褪せ人の主体性はラジコンと同じレベルなので、理由さえあればポッと出の女にホイホイ付いて行きます。初見プレイのエルデンリングと同じノリで。

\アイアムラーヤ/

彼女が居なければ、今後起こるであろうオラリオの事件に一切関与せず、一人寂しくダンジョンを攻略していた事でしょう。

読んでいただき、ありがとうございました。
3/32 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する