「お姉ちゃん、どうする?」
「・・・・・・追うな。今はこの場所を押さえる。既に制圧された後だが、な・・・・・・」
灰色ローブの女から放たれた音の魔法、恐るべき威力であったが幸い重傷者はいなかった。姿を消した灰色ローブの女の行方も気になるが、倒れている闇派閥を拘束することの方が先決だとシャクティが命令をくだす。
「アーディ、怪我はないか?」
「うん、私は大丈夫」
「そうか、なら───」
お前も捕縛を手伝え。そう口にしようとしたシャクティの目が見開かれ、すぐさま鋭い目つきとなり槍を構えた。
「お、お姉ちゃん?」
「・・・・・・誰だ?」
自分達の団長の低い声に、アーディや他の団員達にも再び緊張が走る。
「え、えーっと・・・・・・」
シャクティ達の視線が殺到する中、一人の少年がそれはもう気まずそうに姿を現した。
(僕、捕まっちゃうのかな・・・・・・)
目を覚ましたベルは、上から話し声や物音が聞こえてきた事に疑問を抱き、気配を殺しながら階段を上り、ゆっくりと顔を出して状況を確認した。するとそこにいたのは・・・・・・
(あれは・・・・・・シャクティさん!?ってことは・・・・・・【ガネーシャ・ファミリア】!?)
まさかの知り合い──といってもそこまで深く知る仲ではないのだが──がいた事に驚き、一瞬だけ気配を殺す事を疎かにしてしまったのだ。その結果、シャクティに気付かれたのだ。ベルは確かに人類史上最強の存在ではあるが、冒険者歴が2年未満であるため、どうしても未熟な一面が出てしまう事があるのだ。
「・・・・・・誰だ?」
そして案の定シャクティに気付かれ、ベルは両手を上げる事になったのだった。
「・・・・・・奴の仲間か?」
「奴、ですか?」
鋭い目を向けながら問いただすシャクティ。ベルに敵対の意思は感じないが、それでも放っておく事はできない。何故ならば、つい先程自分達を簡単にあしらった灰色ローブの女。ベルの纏っているローブも同じ灰色である以上、何か関わりがあるという懸念は捨て切れないのだ。
「その、ついさっきまで寝てたので、ここで何が起こったのかは・・・・・・」
「・・・・・・」
確かに灰色のローブが、まるで地面に敷いていたかのように汚れていた。
(本当に関係が無いのか?・・・・・・だが、私しか気付かないほどの気配の断ち方・・・・・・いや、奴が一瞬気を緩めなければ、私でさえも・・・・・・・・)
シャクティの感覚で言えば、何も無かったはずの空間に急に何者かが現れ、そして一瞬で綺麗さっぱり消え去った、という感じだ。
もちろん視覚ではなく気配という曖昧なものである以上それが正確な例えになっているかと言われれば微妙であるが、少なくとも目の前の存在を警戒するには十分すぎる出来事であった。
「・・・・・・全員、武装を解除し、闇派閥の捕縛に戻れ」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ、見たところ闇派閥とは無関係だろう。最も、勘がほとんどを占めている以上、一度連行し、色々と取り調べを受けてもらう事になる」
先程の灰色ローブの女と違い、こちらの質問にしっかりと応えたくれたりと、敵対したく無いという態度を全開にしているベルに、シャクティはついに槍を下ろした。
「・・・・・・ねぇ、お姉ちゃん」
「なんだアーディ」
「あの人、私が連れて行くね」
「アーディ、奴が何者かわからない以上、それは危険だ」
「それはお姉ちゃんもでしょ?それにー」
姉であるシャクティの静止を振り切り、ベルの近くまで近づいたアーディはフードの中に隠れているベルの赤色の瞳をチラリと覗き見た。女性への耐性が付きにくいベルは頬を薄く赤く染め、一歩だけ後退りする。その反応を見たアーディはふふっ、と楽しそうに笑う。
「悪い人には見えないよ、私には」
「だとしても──」
「それに団長がここを離れるのは良く無いんじゃない?」
「・・・・・・はぁ、ならその男の件はお前に任せる」
「うん!じゃあ──」
「神の財布を盗んだ男を勝手に逃した時と同じ事をすれば、今月の給料は無しだ」
「・・・・・・はーい」
姉に釘を刺されたアーディは、ほんの少しだけテンションを落とした様子でベルを連行したのだった。
盗人を逃したという憲兵としてどうなのかという行いにツッコミを入れるよりも、ベルには気になってしょうがない事があった。それは・・・・・・
(シャクティさんに妹がいたんだ・・・・・・。でも、『アーディ』なんて名前は聞いた事ないし、それに・・・・・・
自分がこの時代に転生した意味を、ベルは理解したのかもしれない。