招待状には、2時から3時までお客様受付、4時に花嫁入場、と書いてある。どういうわけか、3時から4時までの空白がある。隣のお客さんに、どういうことなのでしょうかね、と聞いたら、私と同様アフリカで婚約式などはじめて、というその国際機関の人は、原稿の打ち間違いではないですか、と応える。さすがに婚約式で、間違いなどという訳ないだろう、と思いながら、席に座って開始を待っている。
私は、アフリカ人の同僚大使に、自分の娘の婚約式に来てほしい、と呼ばれたのである。彼はルワンダ人で、娘さんは国際機関に勤めている。娘さんは、その勤務先でブルキナファソ人の男性とめぐり合った。二人とも国際機関の職員で、普通に恋愛結婚なのだけれど、婚約式は国際機関のあるジュネーブなどではなくて、コートジボワールで行うことにした。少々ややこしい国籍の関係があるけれども、要するにアフリカ式の婚約式である。
さて3時を過ぎた。正面にある花嫁花婿の席には、どういうわけか花婿だけが座っている。その両側に、片側に花嫁側、もう一方の側に花婿側の、それぞれ家族と招待客が座っている。花婿側に並んでいる家族の中で、一番立派な服を着た、主人のような人が、マイクを取って話し始める。
「高い空に輝く星を見つけた。」
何のことだろう。そうしたら、花嫁の父親、つまり私の同僚の大使が、マイクで応える。
「あなた方が見つけた星は、特別に美しい星だ。」
詩の朗読か、何らかのおまじないだろうか。
花婿側の主人のような人は、これに応えて続ける。
「この輝く星を、是非手に入れたいと考えている。」
同僚大使が、応戦する。
「星を取るには、長い梯子が要ることをご承知か。」
要するに「嫁取り」の儀式が演じられているのだ。そして、花嫁の父親から、自分の娘の宣伝が延々と続けられる。輝く星、つまり花嫁は、器量だけでなく大変な才女であり、大学を優秀な成績で出て、社会を広く知っているだけでなく、家にあっては良く働き、料理は上手で、健康も万全。並大抵の男には、とてもやれない。自分を説得してみろ、とかぶりを振る。
花婿側も負けていない。素晴らしい花嫁には、堅固な家が必要で、堅固な屋根が必要だ。こちらにはその屋根がある。この屋根は、学力も腕力もあって、子供のころから村で抜きん出ていた、村では人気者であった、として花婿の経歴が披露される。だから、花嫁の幸せは保証されている、羊の群れは十分に守られる、と結んだ。つまり、豊かな家族が築けるということだ。
「花婿が素晴らしいことは分かった。しかし、私には花婿の父親、母親、はたまた祖先がどういう人々だったのかが分からない。私たちの一家は、私たちの家系は、伝統ある名家なのである。」
花嫁側から、いかに自分たちの家が素晴らしい、由緒と富のある家かが、延々と説明がある。そしてどれだけ高貴な人々が、友人として今日の式に参集してくれたか。一人ひとり紹介があり、私も呼ばれる。
「花婿の家は、わが家に相応しい家なのだろうか。」
花嫁側は、そのように花婿側を挑発した。さて花婿側のほうからも、自分たちの家も負けない名家である、という自慢が、そして招待客がいかに立派な名士たちなのかが、これまた延々と披露される。そうだ、日本では仲人が披露宴の冒頭に行う、両家のご紹介と同じである。こちらでは、両家自身が、自分たちのことを宣伝しあう。
「ご承知のように、結納(dot)という仕来りがある。わが娘のように特別な花嫁には、羊が一群れ二群れくらいでは、足りない。」
両家がお互いの家柄に納得したと思ったら、いきなり結納の交渉に入った。羊の群れで足りないなら、牛の群れにしよう、ということになった。ところが、ルワンダとブルキナファソは、6千キロ離れているので、とても牛の群れを持って来るわけにいかない。だからお金にしよう、といって妥結する。
「わが部族をふくめ、ブルキナファソでは伝統的なお金がある。それは小安貝である。」
花婿側から、白い小さな貝を詰めた袋が、うやうやしく取りだされ、花嫁側に献呈される。羊の群れが、牛の群れになったかと思ったら、最後にたった一盛りの貝殻になった。そして、婚約が成立し、ここではじめて花嫁が入場。花婿が出迎える。目の覚めるような、美男美女のカップルである。合唱団が後ろから、喜びの歌を歌い掛け、家族たちが出迎える。花嫁花婿の着席の後は、それぞれのお国のお酒が酌み交わされ、そして食事に移る。あとは目出度くも楽しい宴席になった。
時計は4時を指して、なるほど招待状にあった時間表どおりだ。1時間をかけて、ちゃんと花嫁花婿の紹介と、両家の由緒、御客人の紹介が終わっている。
「ああ、1時間くらいで助かったよ。」
傍らの、チャド人の国際機関職員が言う。
「チャドでは、これをまる1日やるんだ。おまけに、実際に羊だの牛だのを持ちだして、本気で結納の交渉をする。」
両家の掛け合いを行うのは、必ずしも一家の父親というわけではなく、親戚の中で一番弁が立って、一番文学的な才能のある人が選ばれるのだそうである。招待客は、家族どうしの間で演じられる、両家の結びつきに至る劇を鑑賞するというわけである。
日本の堅苦しい披露宴よりは、よほど趣味が良く、何より楽しめる。それに、両家のみならず招待客も、二人の結びつきの交渉に参加するのである。これは民主的というか、透明性があるというか、皆で納得するコンセンサス方式というか、つまりはとてもアフリカ的な婚約式なのであった。 花婿側「輝く星を見つけた」
花嫁側「星を獲るには梯子が要る」
無事に交渉妥結
花嫁入場
娘さんたちの女性合唱団
花嫁花婿
お国自慢のお酒を振る舞う
宴会は続く
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ちょうどこの回のエントリーを読んでいたので、紹介もしました。
数人は読者が増えるといいのですが。