すぐ隣の農場では、肥料の効果についての展示である。あるミレットの列には、「NPK」という化学肥料が施されている。「N」とは尿素(窒素)、「P」とは燐酸、「K」とはカリウムであるから、いわば総合栄養剤である。ところが、その列よりも隣の列のほうが、葉の色が青々しており、また穂の背丈も高い。これはどういう肥料を施しているのですか。
「堆肥です。つまり、動物の糞です。」
なんと、自然のほうが化学より力が強いということである。
「そう、堆肥が一番、施肥効果が高い。しかし、堆肥はなかなか量が手に入らず、また一般の農民には、高値で手が出ません。そこで、新しい肥料を考えるわけです。ここから南、ベナンとの国境地帯に、燐鉱山があります。そこから掘り出した鉱石を、粉砕するなどの簡単な手を加えるだけで、いい肥料になります。そうした方法で、格安の肥料が手に入る、ということを実証しているのです。」
肥料専門の研究者が説明する。その肥料を使った隣の畑では、ミレットが青々と茂っている。堆肥ほどではないけれど、地元で産する燐鉱石でも、十分な効果が表れている。
「肥料は施し方も重要です。根元に少量づつ丁寧に施すことで、必要量が格段に減ります。普通は、ヘクタールあたりに250キログラムが必要であるところを、60キロで済むのです。先進大規模農法では、機械で土壌全般に混ぜ込むほうが手間もかからず、結果として安上がりなのですけれど、この地域の貧しい農民には、とにかく肥料の必要量を減らして肥料代を少なくすることが重要です。だから、施肥方法の研究に、大きな意味がある。」
なるほど、地元の農民たちの経済事情に合わせて、必要な技術を開発している。
別の畑では、果樹の苗木を育てている。マンゴーの苗は、土台となる生命力の強いマンゴーの株の上に、果実がおいしいなどの優れた性質の、別のマンゴーの枝を接ぎ木して作る。その接ぎ木の技術や、苗の育成に適切な環境の作り方を、研究して教えている。地元の婦人たちがそれを学び、この研究所の農場で働いて苗を作っている。一苗が1000フラン(200円)で売れ、婦人たちの貴重な現金収入になる。また、果樹の苗は、木漏れ日で育てなければならない。普通は苗床に、日除けのプラスチック製ネットを被せるのであるが、婦人たちが仕事をしている苗床の屋根は、藁の茣蓙で覆われている。日除けを、地元で手に入る材料だけで実現する。そういうことも、技術を根付かせるには大事な点である。
隣では、点滴潅漑の実証のための畑があった。高さ幅とも2メートルほどのコンクリート製の水タンクから、ビニールパイプが畑に、枝分れしながら伸びていて、トマトなどの苗の根元に直接、水を運んでいる。
「こうすると、必要な水量は格段に減ります。この程度のタンクでも、雨季の間に水をためておけば、日照りが続く乾季にも野菜の栽培などが出来るのです。年間の単位面積当たりの収量は、この施設のおかげで、3~5倍に増えます。」
太陽がいっぱいのこの地域である。水の問題さえ解決できれば、たしかに大いに収穫をあげることが出来るであろう。
「イクリサット」の敷地から出て、しばらく走った平原に案内された。ここは、土地が痩せて農地として使われていなかった土地である。そこを、研究所の助言のもとに、使えるように開発した。「イクリサット」で開発した技術を、地元の婦人たちに紹介して、実際に耕作を進めている。2ヘクタールの土地が、50人ほどの婦人たちに割り当てられている。婦人たちが来て、自分の名札の付いた、それぞれ2~4百平米の畑を耕している。
地元の人々と一緒に開発する農業技術、という姿勢にとても感銘を受けました。私がそう述べたら、案内してくれたベティーナ研究部長が言う。
「人間の顔をした科学(Science with a human face)、というのが、この研究所の標語です。農業技術は、畑を耕す人が受け入れてこそ意味があります。だから、地元の農民との連絡、彼らとの共同作業は欠かせません。」
この熱帯半乾燥地に、ここ数十年、気候変動の影響が見られる、とベティーナ部長が言う。年間の総降雨量は変わらないが、まんべんなく降るのではなくて、集中豪雨となる傾向が強くなってきた、という。そうなると土壌に水分を保持する技術、土壌が雨で流されないようにする技術が、より重要となる。また、雨季の長さが短くなった。だから、より早く成長し、より早く穂を付ける品種が、農家の人々から求められている。そうした現実の条件の変化に応じた、新しい研究開発を進めていく。
熱帯半乾燥地という過酷な条件のもとでも、耕作をする人々がいる。そうした人々がいる以上は、彼らの農耕の必要に応じた、独自の農業技術が必要であり、「イクリサット」のように独自の研究所が必要である。農業というのは、人間の社会や生活と密接につながりのある、じつに人間の顔をした科学であり、技術なのである。 左側が堆肥、右側が化学肥料
堆肥を施した畑は、緑が濃い
マンゴーの苗を、接ぎ木で作る
苗床の屋根は藁で
点滴灌漑:右のタンクからパイプで水を配る
一つ一つの苗にパイプから水遣り
こうすれば少ない水で耕作出来る 荒地を農地に変える
オクラと鳩豆を混ぜて植える 熱帯半乾燥地の分布(赤色部分)
最新の画像[もっと見る]
-
二つの報道 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
白黒はっきりしない理由 15年前
-
大使たちが動く(2) 15年前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます