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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

歴史を大切に(2)

2009-08-20 | Weblog
さて、聴衆から活発な質疑が飛ぶ。来ているコートジボワールの大学生たち、一般市民たちにとっては、自分たちの起源の物語である。だから、質問は具体的で、自分の部族、宗教、名前などの由来を聞く。このように、西方から植民してきた部族と、もとから生活していた部族の間で、どのように交流や住み分けが行われたのか。その歴史は、自分たち自身の先祖の問題である。

教授は丁寧に答えながら、諭すように話を始めた。
「コートジボワールでは、部族はみな小さい。それらどうしが、お互いに頻繁に交流し、たちまち混血が進みました。結果として、人々の間にそれほど大きな違いはありません。名前や血筋に興味を持つのはいいことですけれど、差異を探すのではなく、共通項を認識するべきです。」

そして、日本をみなさい、と話し始めた。日本大使館の人間が来ていると、聞いたからだろうか。
「日本は、19世紀の半ばに、わずか5条の政令を公布し、近代化の道を歩みはじめました。皇帝ムツヒトが出したこの5条の政令は、大事なことを述べていました。それは、君たちは今日から日本人として団結せよ、ということです。それまでの将軍政府では、各地の部族がばらばらでした。それを皇帝ムツヒトは、われわれは一つの国民だと宣言した。そして一致団結して国造りに励んだ結果、20世紀の初頭には、すでに列強の一つになっていました。」

なるほど、明治維新にはそういう解釈もあるのだ。教授は、コートジボワールでも国民一体の意識が重要だ、ということを言いたいようだ。日本の話が出たら、私も黙っていられなくなる。マイクを回してもらった。名前と所属を名乗るのが礼儀だから、日本大使だ、と言う。会場が、おおっとどよめいて、拍手をする。大袈裟になるかもしれないけれど、ここまで来たら、やむを得ない。

「先生の日本歴史へのご理解に敬意を表します。コートジボワールの歴史について知りたくて、ここに参りました。とても面白い講義に、感謝します。主催者にも敬意を表します。」
ひととおりの挨拶の後、私は意見を開陳する。

「昨年着任して以来、コートジボワールの歴史に興味を持って、本屋にお国の歴史が分る本を探しに行きました。ところが、一冊も見つかりません。さすがに、小中学校では国の歴史を教えているだろう。そう思って、学校の教科書を探しました。でも歴史の教科書は、皆フランスで使っているものと同じで、その内容は、ナポレオンとかの歴史か、せいぜい非植民地化の歴史だけでした。もっと古くから、コートジボワールの民族の歴史があるのに、それを学校の生徒や、一般の人々が、手軽に学べないのは残念です。」

教授は演台から、そうだそうだ、と大きく首を振った。そして私に応える。
「大使の言うとおりである。私も、政府の人たちに、コートジボワールの民族の歴史をきちんと纏めよう、纏めて学校で教えようと、何度言ってきたことか。でも、教育省にはその必要性が分ってもらえない。コートジボワールの教育は、フランスで、欧州で、教養人と認められることだけを目標にしている。国民として何を学ぶべきかには、思いが至らず、だから予算もつかない。歴史を失った民族は、ばらばらになってしまうだけなのに。」

アルー・クアメ教授はもはや歴史の授業を離れ、歴史を大切にすべきことについての熱い議論になった。彼の熱弁は、さらに聴講に来ている人たちの議論を誘って、会場は大いに沸いた。私の問題提起は、ここに来ている人々の共感を呼んだ。コートジボワールの人々の中にも、同じように歴史を大切に考える人がいる。私は大いに安堵をした。お忍びとはいかなくなってしまったけれど、聞きに来た意味は十分にあったというものである。

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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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日本の歴史を参考に使ってください (おフランスかぶれ)
2009-08-23 09:46:19
コートジボワールの自国の伝統的文化に対する態度や「教養人」として目指す教育の方針は、ちょうど江戸時代末期から明治時代の日本が、鎖国による遅れを取り戻そうと西洋文化崇拝に走った状態に共通していますね。日本でも自国文化を否定するあまりに、あの時代に永久に失われてしまった文化的遺産は有形無形、数知れません。当時の日本には、列強の植民地進出の危機下で、自己の伝統文化を大切にしていられるような余力が経済的にも政治的にもなかったのですね。

しかしながら、海外に二束三文で売却されたために上手く保存されたもの、もしくは小泉八雲のような外国人の研究者により、研究成果として残されたものもあります。コートジボワールも同様に、しばらくの間は伝統文化の保護、継承は外国人に頼らざるを得ない状況なのかもしれない。

「神風特攻隊」のようにナショナリズムが悪用されるような内容では困りますが、コートジボワールの国民が内部対立を止めて、ひとつの国、国民として自覚、誇りを持つことに歴史・文化が上手く利用され、国力の回復が促されるのならナショナリズムも大歓迎ですね。

そのために明治時代、そして第二次世界大戦時代の日本の歴史が、具体例として参考になってもらえるのならすばらしい。大使のご尽力に期待します。
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