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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

子供は死んだ(1)

2009-08-17 | Weblog
バウレ族は、コートジボワールの南東部地域で、主として農耕に従事する、コートジボワール最大勢力の部族である。この部族は、昔からコートジボワールに住んでいたわけではなくて、もともと今のガーナのあたりに居住していたアカン族の一部が、西に移動し、コートジボワールの地に定住したものと言われている。

その民族大移動の歴史、とくにその移動において一族を率いた女王の英雄譚を、ちゃんと読みたいと思ってきたのであるが、アビジャンの本屋とかで探しても、書いた本がない。小学校とかの歴史で教えているのだろう、と思って、学校教材の中で探してみた。ところが、こちらの小学校などで歴史を教えるというと、フランスの歴史教科書を使って、ナポレオンとかを教えている。

コートジボワールで、民族の歴史を教えていないのか。ここの誰に聞いても、歴史と言えば、ヨーロッパで教えているのと同じ歴史と、そしてコートジボワールの独立前後から以降現代までの歴史である。だから、バウレ族の女王の話を聞いても、誰も曖昧にしか知らない。アフリカには独自の歴史があるのだ、と植民地主義を批判する人々は言うけれど、どうもコートジボワールの人々が、自分の歴史を大事にしていない。子供たちにも教えていない。

コートジボワールの歴史教育については、また後日追究することとしよう。ともあれ、私の関心を引いている、このバウレ族の女王については、最近いい本を見つけたのだ。「アフリカの女王たち(Reines d’Afrique)」という、フランス人女性研究者(Sylvia SERBIN)の書いた本である。アフリカの各地に登場した女王や女性権力者たちの物語が、たくさん紹介されている。その中に、バウレ族の民族大移動を率いた女王、アブラ・ポクの話がちゃんと載っていた。

アブラ・ポク(Abla Pokou)が、アシャンティ王家の王女として生まれたのは、18世紀の初め、というから、そんなに大昔の話ではない。アシャンティ王朝とは、今のガーナの南部地域に勢力を誇っていた、彼女の伯父オセイ・トゥトゥ(Ossei Tutu)により樹立された王国である。ところが、1720年頃に、オセイ・トゥトゥ王は騙し討ちにあって、殺されてしまう。王位は、甥のオポク・ワレ(Opokou Ware)に継承された。王女アブラ・ポクの兄である。

オポク・ワレは、先代のオセイ・トゥトゥほどの人望も統率力もなかった。その30年ばかりの治世のうちに、諸侯は反乱をはじめ、アシャンティ王国はがたがたになっていった。オポク・ワレが1749年に死去すると、首都のクマシでは、王位継承をめぐって直ちに混乱が始まった。

オポク・ワレが、王位継承者に指定した王子は、すぐに暗殺された。アブラ・ポクには、まだ赤ん坊の一人息子がいた。赤ん坊とはいえ、いまや王位を継ぐべき王子であり、アブラ・ポクはその母親として女王の立場にあった。だから、王家の外から王位簒奪を狙う人々が、彼女と王子を殺害に来ることは、目に見えていた。すでに王家には、自らを守る力がなくなっていた。アブラ・ポクは、一家を率いて逃亡し、新しい地を目指すしかないと決意した。

ある夜を決して、息子の王子を連れ、貴族たちの一族郎党とともに、逃避行に出立した。王家とともに平和に暮らしてきた人々も、つき従った。その方向は西。今のコートジボワールの方面である。今でこそ、海岸沿いにヤシ農園やパイナップル農園などが豊かに広がる地域であるが、その当時はおよそ人跡未踏の密林だったはずである。道なき道を、野獣や害虫に悩まされながら、雨季でぬかるむ地面に足を取られながら、急ぎ進む。クマシでは、すでに簒奪者が態勢を整え、後ろから追手を掛けてきている。歩みを緩めるわけにはいかない。

多くの人々が、命を落とし、あるいは脱落し、それでも逃避行は日夜続いた。そしてある日、大河に行く手を阻まれた。コモエ川である。雨季で水かさは増し、怒涛は猛然と渦巻く。濁流は、近づく何物をも直ちに押し流そうと待ち構えていた。丸木舟を押し出してみたが、たちまち藁切れのごとく、水に飲み込まれてしまった。しかし、ここで水勢が収まるのを待つわけにはいかない。一刻一刻、敵は後ろから追いついてくる。

女王アブラ・ポクは、呪術師を立てて、川の魔神にお伺いを立てた。
「川の神よ、何をお求めか。コーラの実か、ヤシの酒か、鶏を何百羽か、牛を何十頭か。」
呪術師は、占いを行った後、神妙に答える。
「女王よ。川の神は、たいへん御機嫌がお悪い。われわれが最も高価と考える物を、欲しいと申しておられる。」
人々は、男も女も身につけている金銀宝石を差し出した。美しい織物や、象牙の飾りを差し出した。

しかし、呪術師は首を振った。
「違う、違う。もっと高価なものがあるはずだ。」
そして差し出された財宝を、押し返して言った。
「その最も高価なものとは、われわれの息子だ。」
母親という母親は、これを聞いて皆震え上がった。

(続く)

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