それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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独立都市国家アルファー 錬金術師ギルドにて

 

 独立都市国家アルファー。

 

 その歴史は古く、建国当時の周辺諸国からダンジョンの恩恵を受けようとした者たちが集まった事で成立したと云われている。

 

 ダンジョンが齎す恩恵は多岐に渡り、現在も尚その存在は周辺の国家から狙われている。時には直接的に、時には外交的に。

 手を替え品を替え、常に干渉を受けながらも呑まれることなく「独立都市国家」を維持できているのは、そこに住まう者たちがダンジョンの恩恵によって一般的な人間種を超えた力を持っているからだった。

 

 

 ダンジョンに潜る者は、二種類に分けられる。

 即ち、生きて帰れるか否か。

 

 独立都市国家アルファーのダンジョン、人々から忘れられし正式名称は“巨人の剣”。それは人々に力を与え、新たなる進化を促すための試練の場。

 挑戦者はそれぞれパーティ単位で別次元に飛ばされ、同一の内部構造をしたダンジョンを探索しているにも関わらず、決して他者を見つけることは出来ない。

 そこでの敗北は、決して助かることのない死を意味する。

 

 このダンジョンで力を得た最初の“冒険者”達が集まり、周辺国家を相手に立ち回って自治権を勝ち取ったのがアルファーの始まりだった。

 

 彼らは力を自らの為だけに使うのではなく、魔獣被害に苦しむ人々を救うことで新たな産業を確立した。

 恩恵を得るために集まったあらゆる業種の人々に住む権利を与え、ギルドという居場所を用意する事で都市の政治にも参加させる。

 そうして集まった人々による様々なバックアップを得て、冒険者達はダンジョンのより深い所へと潜り、より強い力を得て帰ってくる。

 また得た力で街を外部から守りながら、新たに訪れる人々を受け入れて街を大きくしていく。

 

 その繰り返しによって、アルファーはダンジョンを円で囲むような形で居住圏を広げていった。

 

 独立都市国家アルファー。

 それは住まう者たちが一体となり、ダンジョンの深く深くへと進んでいくための機構。人が新しい力を手に入れるための、一つの大きな生き物のような国。

 

 だが、そんなアルファーはここ百余年にかけて“停滞”ともいえる平穏を享受していた。

 冒険者、つまり戦う者達の伸び代に限界が訪れたのだ。

 

 冒険者ギルドの公式記録である32階層以降への到達は、国の歴史を鑑みても長いこと更新されていなかった。

 それ以上潜ろうとすると、どうしても生還出来なかった。数々の冒険者達が希望を背に潜行しては、二度と帰ってこない。そんな状況が長く続いたことで、アルファーに住む人々は徐々に安定を求めるようになった。

 

 ダンジョンを攻略することを目的とするのではなく、ダンジョンで得た力をダンジョンの外で使うことで利益を得る。マニュアル化した方法でダンジョンに潜り、程々の力を得たあとは各々の仕事をしながら次世代の教育を努める。その繰り返しによって、ダンジョン探索は“冒険”から“業務”へと変わっていった。

 

 一度そういう雰囲気になったことで、冒険者以外の人々も徐々に変化していった。

 建国当初にあった、力への飢え。街に住む其々が自らの役割を果たすことで、街の代表たる冒険者を高みへと押し上げる。その一体感が消えていく。己の利益を優先し、“国”という一つの生物では無くなっていく。

 

 残ったものは、街の政治を司るギルド同士の利権確保のための争いだった。

 

 自らの安定した生活を守るため、新たなる風を受け入れまいと、外からの来訪者を排斥する。街の最外殻にはそういった“受け入れられなかった者”達が集まり、スラムという形で生存圏を確立していった。治安の悪い場所が出来たことで、街にとって良からぬモノが混ざることもあった。

 

 それでもアルファーは強かった。

 むしろ皮肉なことに、冒険者が無茶をしなくなった事で“安定”した強さを手に入れるようになっていた。

 

 ダンジョンは嘆いた。

 このままでは失敗してしまう。

 

 人々が成長する事を辞め、今はまだ強くとも徐々に“腐っていく”。そうしてまた誤ちが繰り返され、全ての試練が無駄になる。

 

 あと数百年もすれば、そうなる。

 “独立都市国家アルファー”は消える。

 外部からの干渉を跳ね除けられても、内部から徐々に崩壊していく。

 

 それはダンジョンにとって受け入れ難い結末であり。

 だがもう二度と、訪れることのない未来でもあった。

 

 

 それは、あまりにも異質な存在だった。

 

 ダンジョンがこの世界に生まれるよりも前の、人間種にとっての“最盛期”の技術と肉体に比する存在だった。

 

 この世の外からやってきて、人々の想像を超えた知識と技術を以て街へ急激な“変化”を齎した。街は望む望まないに関わらず、“変化”する事を強制された。

 

 故に――――彼、あるいは彼女はそう呼ばれるのだ。

 

 歴史を変えるモノ。

 進化を齎すモノ。

 ダンジョンが待ち望んだ存在。

 

 “特異点(ポストヒューマン)”。

 ――――シンギュラリティーと。

 

 

 

「どうもお、おはようございますぅ〜」

「……おはようございます、ルコルルさん」

「はい〜、おはようございます〜」

 

 間延びした、聞き覚えのある声によってアルトの意識が覚醒する。深夜対応が一件あったせいで、イマイチ眠れた気がしない。

 

 挨拶を返しながらアルトが目を開けると、薬師ギルドからの()()()()であるルコルルが鞄片手にアルトを覗き込んでいるのが見えた。へにょへにょに下がった眉と目尻、その外見だけで温和な印象を与える彼女の容姿は、持っている技術や知識以上に薬師という職務に貢献している。ルコルルが直接説明するだけで、どんな患者も症状が良くなる事を信じられるからだ。

 

 こんな隙だらけに見えるのに、薬師ギルドにおいてそれなりの地位にあるというのも納得のいく話だった。錬金術師ギルドの末端職員であるアルトに対しても、侮ったり見下したりする事なく接してくれるこの職員のことを、組織の違いなど関係なくアルトは尊敬していた。勿論、それを直接口に出すことはないが。

 

 

「業務の引き継ぎですが、まず一件――」

「あら、あら。そんな顔でお仕事の話はやめましょうよ〜。まずは顔を洗って、お水の一杯でも飲んでからの方がいいですよ〜」

「……それもそうですね。一度席を外します」

「はい〜、どうぞごゆっくり〜」

 

 アルトは錬金術師ギルドの受付窓口を立ち、裏手の職員休憩室へと足を向けた。いつも通りニコニコと楽しそうに笑っているルコルルに背中を向けて、あくびを噛み締めながら歩みを進める。

 

 休憩室に入れば、アルトと輪番を組んでいる職員が簡易ベッドでイビキを立てて寝ていた。錬金術師ギルドでは緊急時の対応で錬金術由来の薬品などを処方することもあるため、夜間でも対応できる職員が二人一組で常駐することになっている。ベッドは二つ以上用意されているものの、受付を離れる訳にはいかないため交代制で使用していた。

 

 寝ている職員もアルトと同じく夜間対応で忙しかったため、起こさないようになるべく音を立てずに奥の台所へと移動する。驚くべき事だが、今のアルトには同僚を気遣うほどの精神的余裕があった。

 

 今の生活になって五年以上も経つのに、まだ信じられない。まさかスラム出身の汚い子供だったアルトが、手に職を持って清潔で安定した暮らしを手に入れられるなどと。それも、多種多様な産業で賑わうアルファーの中でも尊敬を集められる錬金術師という立場になるなんて。

 

 水瓶に用意されている清潔な水で顔を洗うなんて、スラムの底辺を彷徨っていた頃からすれば考えられない事だった。

 

 

 顔を洗って、冷室で冷やされた水を一杯。

 すっかり目が冴えたアルトが戻れば、ルコルルが業務日誌を読んで待っていた。夜間対応の詳細を記載している項目に目を通して、ふむふむと口に出して頷いている。その横顔は真剣そのもので、自身の職務に対する責任とプライドが見て取れた。

 

 見慣れた表情だった。アルトの同僚も皆、その表情で仕事に取り組んでいる。二度と食いっぱぐれる事のないように、獣のような暮らしに戻る事のないように。与えられる全てを自らの力に変えようとする者の、人間の力に満ちた表情だった。

 

 アルト達が錬金術師ギルド長、シンから与えられたものと同じだった。

 

 

『僕は錬金術を教えましたが、それは医学とは完全に同一のものではありません。ポーションやエリクサーは便利ですが、必ずしも全ての症状を完治させるとは考えないでください。僕たちは“生み出す者”です。作ったものには責任があります。過信による被害は僕たちだけではなく、患者の身にこそ一番の傷を与えるということを知ってください。長年アルファーを支えてきた薬師ギルドの知識、経験は僕たちに足りないものを補ってくれます。多少のいざこざはありましたが、上手くお互いの利益を最大化する事ができました。いいですか、彼らは敵ではありません。それでも納得できない人は、利用してやるという心構えでいてください。勿論、それを表に出して相手を不快にさせるのは控えるように』

 

 ルコルルを含む薬師ギルドの面々が錬金術師ギルドに出向して常駐すると聞いた時、アルトは正直なところ納得がいかなかった。アルトだけではない、スラムから引き上げられた面々はみな大なり小なり同じ気持ちだった。

 

 何せ、錬金術師と薬師は本質的には同業他社の関係にある。錬金術師の開祖たるシンが懇切丁寧に説明して協力するメリットを理屈の上では理解できても、感情というものはそう簡単に変わらない。

 錬金術師の作るポーションやエリクサーの効果を疑い、それなのに利益を手に入れようと横から手を突っ込み、議会を通して圧力を掛けてきた薬師ギルドの事を、簡単に好きになる方が難しかった。

 

 

「すみません、お待たせしました」

「待ってないですよぉ〜」

 

 ルコルルは一見して少女のように見えるが、アルトより二回りほど歳上らしい。若く見えるのは、かつて冒険者としてダンジョンに入っていたことが原因だと考えられるそうだ。にこやかに笑うこの人が、武器を手に戦う姿をアルトは想像できないでいた。

 

「引き継ぎをしても?」

「はい〜、お願いします〜」

 

 勤務のサイクルから、アルトは薬師ギルドの面々の中だとルコルルと接する機会が一番多い。前日からの引き継ぎ、夜間に起きた対応についての引き継ぎ、どちらも手慣れたものだった。

 

 幾つかの質問と、回答を繰り返す。ルコルルからだけではなく、アルトの方からも疑問に思った事を尋ねる。所属する組織は違えど、同じ仕事に取り組む仲間である。シンの語っていた言葉の意味を、アルトは本当の意味で理解していた。

 

 アルトだけではない。薬師ギルドと協業体制をとった事で、錬金術師ギルドの面々は明らかに手腕が向上していた。ポーションを薬師ギルドと共同で改良し、特定の症状に対してより効果的にした者もいる。そのポーションによって得られる利益は、錬金術師ギルドと薬師ギルドで共有している。そういう事例が重なって、両ギルドの関係性は数年前とは違って密接なものとなっていた。

 

 噂によれば、両ギルドの組織統合の話も出ているという。信憑性についてはあくまで噂話の域を出ないが、末端であるアルトまで届いている以上はそれなりに広まっている話でもあるのだろう。

 現実的には、難しいかもしれないが。

 アルトとしては、少なくとも嫌ではない。

 

 そんな事を思いながら、漏れなく引き継ぎを終えたタイミングだった。

 

 ルコルル以外の日間帯職員や、研究職員、市販するためのポーション・ハーフエリクサー作成勤務の職員など。同僚がボチボチ出勤し始めていた。営業時間になれば、商業ギルドなどが都市街へ売りつける薬品を取りに来るだろう。

 

 錬金術師ギルドの職員は、老若男女含めて殆どがスラム街出身だった。この忙しくなる直前の空気感を、アルトは気に入っていた。何せ、同僚達とは違ってアルトはもうすぐ退勤の時間なのだから。錬金術師ギルドで勤めていることはアルトの誇りだが、それはそれとして働く人々を尻目に優雅に食事を取るのは最高の楽しみだった。

 

 

「おいおいアルト、もうルコルルさんへの引き継ぎは終わったのかよ? ちゃんと俺も起こせよな〜」

「随分気持ちよさそうに眠ってたからなぁ」

「まぁ、気遣いは嬉しいんだけどよぉ……仕事は仕事だからさぁ……あっ、ルコルルさん、おはようございます。こいつちゃんと引き継ぎ出来ました?」

「えぇ〜、おはようございます〜。アルトくんの説明は〜分かりやすかったですよぉ〜?」

「それなら良かった。あとはよろしくお願いしますね」

 

 引き継ぎを終え、食事について思いを馳せていたアルトの両肩に手が乗せられた。それは休憩室で眠っていた同僚のもので、アルトが苦しまない程度に体重をかけてきている。ガリガリに痩せていた頃に同じ事をされていたら、痛みを感じていたかもしれない。それくらいの、いうなれば気心しれた相手とのスキンシップだった。

 

 アルトとペアを組んでいるこの同僚は、同じスラム街出身の男だった。かつては一切れのパンを取り合って、本気で殴り掛かった事もある。そんな相手とこうして親しげに話せる関係になるというのも、不思議だった。手を振って休憩室へと戻っていく同僚の後ろ姿を見ながら、アルトは()()()の出来事を思い返す。

 

 

 錬金術師ギルド長のシンは、年齢や性別で区別する事なくほぼ全てのスラム出身を無理やり雇用した。とはいえ、散発的な街からの弾圧によってスラム自体が縮小していた時期だったため、そこまでの大人数ではないが。

 

 ある日、何の前触れもなく。

 シンはスラム街の人間を一人残らず薬品で気絶させ、スラム街を物理的に消し去った。

 

 スラムの者たちが目を覚ました時、彼らの住み慣れた不潔で不健康な区画は錬金術によって生まれ変わっていた。石畳によって整理された道と、同じく石造りの建物。何も持たざる者達の居場所を、ただ一人で無理やり人の住むための区画へと造り変えていた。どう考えても、人一人が出来る範囲を超越していた。

 

 唖然とする人々をぼーっと見つめながら、シンは己の目的を懇々と語って聞かせた。

 

 自分の名前はシンである。

 ダンジョン攻略のため、大量の薬が必要である。

 現在の流通しているものだと、残念ながら効果が弱い。

 だから、自分の持つ錬金術を教えることにした。

 また、労働力は大量に欲しい。

 できれば、自分の権限で動かせるのが好ましい。

 あとは、自由になる土地があれば最高だ。

 

 なので、此処は今日から錬金術師ギルドになります。

 

 何度思い返しても人を人と思っていない、傲慢にも程がある言葉だった。使っていた言葉やニュアンスに違いはあれど、概ねこんな感じの内容をシラフで口にしていた。

 だが、アルトはその傲慢さに救われた。

 

『僕はなるべく労働力が欲しいので、ここに居る一人も逃しません。僕の下につくのがどうしても嫌だという人は手を上げてください、喧嘩上等ですよ』

 

 素直に手を上げた者など居なかった。

 

 小綺麗で偉そうなガキが生意気いってる姿に、荒くれ者たちは我先にと殴りかかっていった。そしてその全員が、シンの理解不能の力によってボコボコにされた。ポーションで治るんだから良いじゃん、と言わんばかりの情け容赦ないボコり具合だった。老若男女関係なく平等にボコり、平等に治した。

 

『……? 治したんだから良くないですか?』

 

 というか、口に出して言っていた。シンの連れの男がそれとなく諌めた返しで、そう言っていた。たまたま近くにいたアルトは、その時の澄んだ瞳が忘れられそうになかった。勿論、悪夢に出てくるという意味だ。

 

 傷が治った後に、すぐさま襲いかかった者もいた。

 それまでスラムを仕切っていた、支配者側の男だった。突然現れて破茶滅茶を言ってくるシンに、敵わずとも立ち向かわなければいけない者だった。

 

 シンはそれに付き合い、何度もボコボコにしてはその都度ポーションで傷を治した。それはもう、見ている側が二度と逆らう気が起きないくらいには酷い怪我だった。なんなら、一度や二度は死んだんじゃないかと疑うくらいには手酷く痛めつけられていた。

 その男は暴力でスラムを支配していて、恨みもよく買っていた。だが、シンによる説得(じゅうりん)が終わるころには、スラム出身の誰一人として男に復讐しようとは考えなくなっていた。本当に、酷い有様だった。

 

 結局、男はシンに屈した。

 今は錬金術師ギルドの副ギルド長として、見ている側が恥ずかしくなるくらい露骨に揉み手でシンに媚を売っている。あんな姿を晒すようには、なりたくなかった。仕事自体はちゃんとやっているし、スラムの頃と違って暴力などの手段で無理やり人を従えようともしていない。およそ上司としてはまともなだけに、シンと接する時の猫撫で声が際立って憐憫を誘うのだ。

 

 

「おはようございます。お疲れ様です」

「おはようござ……ギルド長!?!?」

 

 全体への引き継ぎも終わり、そろそろ退勤といった時間帯だった。あの頃のことを思い返したのが悪かったのだろうか。

 

 錬金術師ギルドのギルド長、シンその人が出現した。

 しかも、リティーとか名乗っている女の方の姿で。

 

 それも、ルコルルとアルトの目の前に。

 アルトの意思とは関係なく、体が緊張に固まる。

 

 

『君はこれで本当に良いと思いますか? 失敗するなとは言いませんが、手を抜くのはやめましょう。そういうのは、僕には伝わります。このポーションで傷が本当に治るのか、その体で試してみますか?』

 

 シンは人に物を教えるのが得意だ。

 それは、なんの学もなかったアルト達スラム街の住人が錬金術という高度な技術を身につけられた事からも明らかだ。

 だが、とても厳しかった。

 本当に、本当に、厳しかった。

 

 心の底から感謝しているが、その感謝と同じくらいには恐れているのだ。怖い上司が突然目の前に現れたことで、アルトは萎縮してしまった。

 

 ざわ、ざわ……と。

 シンを中心として、錬金術師ギルド内に動揺が広がる。

 誰もが一度や二度は怒られた事があるのだ。錬金術師ギルドの職員は一部の狂信者を除き、細心の注意でギルド長と接している。

 

 だって、怖いものは怖いし。

 

 

「あらぁ〜、おはようございますぅ。シンさん、今日はどうされましたぁ〜?」

「おや、貴女は……」

「はい〜、ルコルルですぅ。お久しぶりですねぇ〜」

「――――ああ、お久しぶりです。薬師ギルドさんには、いつもお世話になっていますね。ここ最近は僕が忙しくて会っていませんが、ギルド長さんは息災ですか?」

「ええ〜、薬師の不養生なんて洒落になりませんからぁ〜。元気にしていますよぉ〜」

 

 シンはそれとなく、ぼーっとしている目を動かして、ルコルルの胸元につけられた名札を確認した。アルトとルコルルは、それに気づいていた。気づいた上で、何も言わなかった。

 

 

 シンは最近、ようやく冒険者としてのパーティメンバーが出来たという話だった。なんでも街の外から来た凄腕の術師が相手との事で、以前よりもダンジョン攻略に精を出しているらしい。

 

 錬金術師ギルドの在庫のハーフエリクサーとエリクサーが湯水の如く使用されている事から、かなりの無茶をしているのが伺える。まだ顔もしらぬシンのパーティメンバーに対して、アルトは同情していた。なんなら、たまに黙祷していた。

 

 シンが錬金術師ギルドの備品を持ち出しても、誰も何も言わない。本当に必要な分は職員がちょっと気合いを入れれば賄えるくらいには残っているし、そもそもの話として、この錬金術師ギルドは殆どシンの私物のようなものなのだから。

 

『錬金術は人を傷つけるための道具ではありません、僕がダンジョン攻略をするための大切な道具なのです。錬金術を悪用する人は、僕と錬金術で勝負です』

 

 ギルドの備品を横領しようとしたり、機密を持ち出そうとしたバカが出た事が何度かある。シンはどうやってそれを察知したのか、未遂になる段階で何処からともなく現れてはそう言って下手人をボコし、反省(こうかい)させたあとはポーションで治療した。

 

 常々堂々と主張している通り、錬金術師ギルドはシンの所有物なのだ。少なくとも、シンは本当に心の底からそう思ってるし、なんなら職員のことすら備品だと思っている節がある。シンがたまたま備品を大切に扱う性格だったから問題ないだけで、もっと人間性に問題があったら死人が出てるというのがギルド全体の見解だった。

 

 

「すみませんが、依頼で街の外に出る必要がありまして。今日はしばらく不在にするという周知と、外で使用するための薬品の受け取りで来ました。皆さん、僕は気にせず仕事に取り組んでください――――君、副ギルド長はいますか?」

「は、はい。先ほど出勤しているのを見かけました」

「では、呼んできてもらえますか? 本来なら腰を落ち着けて話をしたいところですが、ちょっと時間が押してまして」

「わ、分かりました! すぐ呼んできます!」

「走らなくてもいいですよ」

 

 後ろからかけられた声を聞こえなかったフリをして、アルトは自分に出せる精一杯の速さで建物を駆け抜けた。

 何故なら、遅れた時に怖いから。

 

 

 

 

「走らなくても良いと言ったのに」

「まぁまぁ〜、元気そうで良いじゃないですかぁ〜」

「そうですね。元気がないよりは」

「ところでぇ〜〜依頼はどちらに向かわれるんですかぁ? 珍しいじゃないですかぁ、お金には困っているわけじゃないでしょうし〜〜」

「そうですね、実は冒険者ギルドからの指名依頼でして。僕としても思うところがあるため、受けることにしました」

「指名依頼ですかぁ。シンさんを指名するなんて、余程の事でも起きたんですかねぇ〜〜? 私の耳には入ってきてないのですがぁ、事件でもぉ?」

「ええ、大事件のようですね。攻略Wikiを参照した限りだと、巨大な魔獣が出るそうです」

「こうりゃ……? 魔獣ですかぁ……それで、どちらに〜?」

 

 

「戦う漁師達の町────アウトラートへ」

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