それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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間話・日課について

 

「リティーさん、流石にこの時間に起きるのは早くないですか?」

 

 

 おかわりまで食べ終え、食後に用意されていたコーヒーを飲みながら。アクアはその疑問を口にした。

 リティーがコクリと頷く。

 

「はい。僕は基本的に五時に起きるようにしていますが、これは冒険者としても少し早い時間かもしれません」

「そうですよね」

 

 リティーの家には時計があった。大陸共通語で記載されている数字を読み取った限りだと、今は朝の五時を四半刻ほど過ぎたばかりのように見える。食事を摂った時間を考えるならば、五時ぐらいには起こされたと考えるべきだろう。

 

 アクアが覚えている限りだと、眠りについたのは日も変わった頃だった筈であり。つまり、最大で五時間程度しか眠れていないことになる。

 家の外から差し込む日差しはまだ弱く、聞こえてくる物音も少ない。アクアの常識から考えてみても、やや早い時間に思えた。

 

 とはいえ、それはあくまでアクアの体感での話ではある。リティーは冒険者であり、魔法使いとして生きてきたアクアとはその辺りの常識が異なってもおかしくない。

 今後パーティを組み共にダンジョンに潜行する関係として、アクアは食後の歓談ついでに生活リズムの擦り合わせをしようと考えていた。

 

 

「冒険者ギルドは二十四時間対応できる勤務体制ですが、基本的には朝の九時が職員さんの出勤時間です。他のギルドも概ねその時間に業務を開始するので、組織勤めの基準でも七時起きが多いと思われます。勿論、朝の鍛錬など個々人の都合で早起きしている方はいらっしゃいます。僕の早起きも似たようなもので、自然と体に染み付いた習慣になります」

「へえ、組織勤め……体験したことがないから想像できないですけど、やっぱりその辺りの都合に合わせて色々変わるんですね」

 

 食事に使った皿などを片付けて一仕事終えたリティーは、アクアの視線の先で何やら小瓶を取り出して机の上に並べていた。

 赤茶色のガラスによって作られた瓶で、パッと見でも大きさや意匠が揃っているのが伺える。ガラスに色がついているのを見る限り、薬品の一種だろうという事が推測できる。高度な教育を受けたアクアには、そういった知識も備わっていた。

 

 ちなみに、まともな勤め人としての知識と経験はない。そして、俗に生活力とよばれるモノもない。

 学生時代のアクアは平民出身の魔法使いにありがちな、便利な魔法に任せた横着な生活をしていた。何せ水属性の魔法使いなので、水を使用する家事などはほぼ魔法任せでこなしていた。

 やろうと思えば丁寧な生活も出来なくはないが、従軍を拒否して国を出奔してからは追手から逃げる必要があったため、眠れる時に眠って体力を回復する不規則な生活が身についてしまっていた。

 アクアは、この機に生活を改めようと思っていた。

 

 

 やけに美味しいコーヒーで口内に残った朝食の味を流し、優雅に寛いでいたアクアの前で、リティーが小瓶を並べ終える。等間隔で揃えられたそれは、合計で十三本もあった。

 

「これからの日課について説明したいのですが、よろしいでしょうか――?

 ああ、寛いだままで構いません――――」

「日課、ですか?」

 

 話の流れ的に、目の前に並べられた小瓶が関係しているのだろうというのは予想がつく。これからの、という言葉を汲み取るのであれば、それはリティーだけではなくアクアも熟す必要があるのであろう。もとよりこのパーティのリーダーはリティーであるため、余程の無茶を言われなければ拒否するつもりもない。

 

 だが、あのリティーである。

 まだ出会って二日目だが、体力作りのための駆け足などといった常識的な内容を語るわけがないという負の信頼がある。アクアは話を促しながらも、どんな事を言われても良いようにいそいそと姿勢を正した。

 

「まず、前提を説明させていただきます――――

 僕は四歳の時に初めてダンジョンに入り――――

 それから十一年間で各地の潜入可能なダンジョンを巡ってきました――――」

「よ、四歳……!? 流石にそれは……その、早すぎませんか?」

「僕もそう思うのですが――

 此方にも事情がありまして――――」

 

 事情があると語る割には、表情にも声音にも全く感情が入っていない。そして、その事情とやらを語る気も無いように見える。

 四歳、いうまでもなく親の庇護が必要な年齢である。孤児院出身のアクアからしても、その年齢から働かされたり戦いを強要されるというのはあまりにも非常識なように思えた。

 

 というか、なんか喋り方が変になっていないか?

 

「四歳からダンジョンに入り――――

 僕は各地で百回以上は潜行を成功させています――――」

「百回……! それは、なんというか、凄いですね」

「つまり、ダンジョン探索におけるプロという事になります――――」

「……まぁ、そうでしょうね?」

 

 それがただの自慢、というのは考え難い。だが、リティーの意図が上手く伝わってこない。いまいち話の要領を掴めず、アクアの相槌も曖昧なものになっていく。

 

 だが、それでも構わないのだろう。

 相変わらずの熱のない瞳でアクアを見つめながら、リティーは一つ頷いた。そして、アクアの目の前で片手を振って軽く机を叩く。

 

 その瞬間――――。

 

 

「はい?」

 

 アクアの目の前で、並べられていた小瓶が全て消失した。瞬く間に、というより、瞬きすらしていないのに。十三本の小瓶は綺麗さっぱりと消滅していた。

 そしてその代わりに、宝石や獣の爪、あるいは木の実といった自然由来の物品が山のように机の上に降り注いだ。

 

 その魔術めいた現象を前に口を開いて放心するアクア。そんなアクアを見て満足そうにもう一つ頷き、リティーは説明を続ける。

 

 

「僕はダンジョン探索のプロなので――――

 想像上のダンジョンからも探索の成果を得ることが出来るのです――――」

「なんのなんのなんですって?」

 

 

 告げられた言葉が何一つ頭に入らず、ほぼ反射的に聞き返していた。既に理解のキャパが限界を迎えているのを、無意識のうちに悟る。

 

 しかし、リティーは止まらない。

 

「そしてダンジョン探索のプロは――

 数時間かかる探索を一瞬で終わらせることが出来ます――――」

「どういう理屈で仰ってます?」

「さらにダンジョン探索のプロは――

 一度の探索で二倍の成果を得られるのです――――」

「あの、すみません、納得のいく言葉で原理の説明を」

「プロとして――――」

「〜〜〜〜!? プロだから、なんなんですか!?」

 

 早朝、言うまでもなく大声が近所迷惑となる時間帯。

 生まれ育ちの割には常識的なアクアも、朝イチで浴びせられた理不尽の前では他人の迷惑を考える余裕はなかった。

 

 どう考えても説明になっていない説明を受け、アクアは頭を抱える。

 机の上の収穫物の中には、昨日のダンジョンで魔物が落とした獣由来の素材が混ざっていた。リティーが手品か何かでそれを取り出したのでもなければ、想像上のダンジョンから収穫したというのは本当の事なのだろう。

 

 いや、どう考えても意味が分からなかった。

 なんだ、想像上のダンジョンって。

 

 アクアのこれまでの人生で培ってきた常識という枠が、外から無理やりこじ開けられているように感じられる。

 いきなり叫んだ影響か、心なしか頭痛もしてきて――。

 

 

「えっ、なん、いたっ、いたたた! 頭痛い! リティーさん!? なんか頭痛いんですけど!?」

「おや」

 

 机の上に山盛りになっていた物品を小さい器に入れ替えていたリティーが、頭痛を訴えるアクアへと視線を向ける。そのぼんやりとした瞳に、苦痛に喘ぐ美少女の姿が映り込む。

 

「ああ、なるほど。こうなるんですね」

「いたいいたいいたい! これどうなってるんですか!? 私の頭破れてませんか!?」

「ただの疲労と、経験値痛ですね」

「疲労はともかく経験値痛ってなんですか!?」

「一度に大きすぎる経験値を得ると、慣れてない方は痛みを訴える事があるんですよ。生き物として拡張されているので。まぁ、成長痛のようなものですね」

「いづぅ〜〜〜〜! け、経験値!? 魔物なんて倒してないですよ!?」

「僕と同じパーティに入っている扱いなので、想像上のダンジョンを探索した時に倒した分が反映されているんです。仕様通りですね」

「想像上のダンジョンを探索して魔物を倒した!? うっ、頭が痛い……二重の意味で痛い……!!」

 

 頭痛が鋭すぎるあまり感覚が鈍っていたが、体全体が重度の疲労で重くなっている。まるで何十時間も連続で戦い続け、体力も魔力も尽きかけた瞬間のような疲労だった。

 それなのに体内の魔力自体は全く減っていないという現実が、肉体のコンディションと乖離していて酷い違和感となっていた。

 

「ぐぐぐ……あ、活性(アクティベート)……!」

 

 魔力を活性化させ、体内で循環させる事で肉体自体に力を巡らせて痛みと疲労を軽減させる。魔法使いが学校で習う基礎技能の一つによって、アクアはどうにか机に突っ伏していた体を起こすことに成功した。

 

 そのタイミングで、リティーがアクアの口元へ小瓶の飲み口を差し込む。

 

「アクアさん、これを飲んでください」

「んぶっ――ちょっ、まっ……ん、んぐ……?」

 

 リティーによって口内に突っ込まれた液体を嚥下する度に、アクアは頭の痛みが沈静化していくのを実感していた。乙女の口を無理やりこじ開けられた事実に抗議しようとしたアクアも、それが薬品の類であることを液体の成分から悟り、大人しく受け入れる。

 

「焦らず、ゆっくり……はい、上手ですよ」

「んくっ、んく……」

 

 リティーが手に持っていたのは、先ほど机の上に並べられていた赤茶色の小瓶だった。咽せないように一定の速度で傾けられる手つきから、アクアはリティーの気遣いを感じとり、為されるがままに飲み進める。

 

「んっ……あ、痛くない……?」

「そうですか。ちゃんと効いたみたいで良かったです」

 

 一本を丸ごと飲み終えた時、耐えがたい頭痛はすっかり消えてなくなっていた。体全体を襲っていた極度の疲労も消え、長時間睡眠をとった後のスッキリとした目覚めのような好調さが全身に満ちていた。

 

 

「あの、それって何なんですか?」

「これは冒険者にとっての必需品、錬金術によって創ることが出来る秘薬エリクサー……の薬効を弱めて量産体制を整えた万能薬品、ハーフエリクサーですね」

「ハーフエリクサー……?」

「はい、僕は主に体力回復のために使用します」

 

 空になった小瓶とリティーへ交互に視線を向ける。このレベルの秘薬を体力回復のために使用するというのは、アクアの基準からすれば豪胆な話のように思える。だが、そのハーフエリクサーを作るための素材が入手できるのもダンジョンの中という話を加味すれば、納得できる範疇ではあった。

 ハーフエリクサーでこれなのだから、エリクサーはさぞ強力な効果をもたらすのだろう。それこそ、死の淵にある生命を無理やり現世へと引き戻すというのも現実味を帯びてくる。

 

 そりゃあ、ダンジョン産業が潤うのも無理はない。

 少なくとも、ダンジョン探索のプロというリティーの無茶苦茶な理屈に比べれば納得できる話だった。

 

「昨日戦士さんが少し話題に出したエリクサーですが、一般に流通させるには量も足りず、値段は高く、効力も強すぎるんです。冒険者以外だと重病人くらいしか処方出来ません。その点ですが、ハーフエリクサーは他の薬品と比べれば割高ではあるものの、一般の方々にも手の届くような値段になっています」

「……熟練した魔法使いの作る秘薬に近い効力のように感じられますが、一般的な薬品なんですか? これ、多分ですが色々な病気にも効きますよね? 薬師が廃業になるんじゃ……?」

「そこはまぁ、粘り強い交渉の末にお互いの領分を超えないような値段設定にしていますよ。少なくとも、普通の収入の方々が二日酔いで気軽に使えるほどではないですね」

 

 そう言いながらリティーが手を振ると、そこにあった筈の小瓶が跡形もなく消え去った。目を疑うような光景ではあるが、流石にアクアも慣れてきた。いや、慣れたかどうかでいえば全然そんなことは無いのだが……一々過剰に反応していたら身がもたないという事を、学習したのだった。

 

 

 とはいえ、気になるのは事実。リティーは聞けば大体のことは答えてくれるし、ハーフエリクサーのお陰で今は心身ともに余裕がある。疑問点を解消するならば、今のうちだった。

 

「あの、さっき机に並べてたのって同じモノですよね?」

「はい、ハーフエリクサーですね」

「あれが一気に消えたのって、どういう現象なんですか?」

「僕がダンジョン探索のプロとはいえ、想像上のダンジョンを何十時間も潜行していたら流石に疲労で倒れてしまいます。なので、あらかじめハーフエリクサーを摂取することで、僕のキャパシティ限界まで体力を回復しておいたのです。僕は大体十三本飲めば限界まで体力を蓄えられますね」

「あっ、想像上のダンジョンを探索するのに体力って消耗するんですね。そこは普通なんだ…………普通? うぐぐ、普通とはいったい……?」

「ええ、それはもう。アクアさんが疲労したように、僕も疲労しますよ」

「……いや、いやいや、よく考えたらハーフエリクサー飲んでなかったですよね? 急に消えましたよね?」

「飲みましたよ、想像上で。一本あたりの量が少ないとはいえ、流石に十三本も経口摂取してはいられないですからね」

「分からない……!! この人がどこまで物理法則を採用しているのか……全く分からない……!!」

 

 またしても理不尽に嘆くアクアを他所に、リティーが机の上へとハーフエリクサーを並べ始める。その手つきは淀みなく、実に慣れたものだった。

 

 アクアは嫌な予感がした。

 

「あ、あの……リティーさん? なんでハーフエリクサーを並べているんですか……?」

「あと二回、想像上のダンジョンを探索します。一日に探索できる想像上のダンジョンは有限ですので、僕は日課としてこれを毎日やっています。アクアさんにも経験値が入るので、一緒にやりましょう」

「あと、二回……? あ、あの! 私はプロじゃないから凄く疲れるし……なんか我慢できないくらい痛かったんですけど!?」

「レベル上昇に必要な経験値の要求量は、レベルが高くなるほどに増えていきます。日課にしていればそのうち経験値痛を感じなくなるので、それまでは我慢してください」

「いや、あの、凄く疲れるんですけど!?」

「探索が終わる毎にハーフエリクサーを処方します。経験値痛にも効くみたいなので、我慢してください」

「せめて最初から飲ませていただけませんか!?」

「いくらエリクサーより効力を弱めているとはいえ、それでも一般的に強い薬ですからね。あまり一度に多量を摂取するのは、魔法使いといえどもお勧めできません。アクアさんの場合、探索後に一本飲めば大丈夫みたいなので……我慢してもらえれば。本来の仕様ならパーティメンバーに必要ない筈なんですよね、ハーフエリクサー」

「リティーさんは十何本も飲んでるじゃないですか!?」

「僕の場合、想像上で飲んでいるので問題ないです」

「理屈が通っているようで通っていない……!?」

 

 

 ――――その後。

 

 アクアは必死の抵抗虚しく、二度の頭痛に襲われ。

 そしてその度に、リティーの手でハーフエリクサーを摂取させられた。

 

 色々なものを消耗したはずなのに、ハーフエリクサーによって心身ともに元気満々にさせられたアクアはパーティ結成一日目にして既に後悔していた。

 

「これが、毎日……!? 気が狂う……!!」

「いうほどですかね。現実のダンジョン探索と違って、命の危険も無いわけですし」

「いや、まぁ、言ってる事は分かりますけどね!? リティーさんとは違って私は何十時間も戦った後みたいな疲労が襲いかかってきてるんですよ!? ……あの、なんですか、その『元気になったんだから良いじゃないですか』みたいな目は」

「元気になったんだから良いじゃないですか」

「普通に口にしましたね……!? 思ったとしても言ってはいけない事を!!」

 

 うおりゃー、と声をあげて殴りかかるアクア。

 ハーフエリクサーで心身ともに元気が溢れているせいか、やけにテンションが高くなっている。

 

 とはいえ、魔力を活性化させてもいないアクアの物理攻撃などリティーからすれば蛇口からポタポタ落ちる水滴程度の威力でしかない。アクアも別に本気で殴ろうと思っているわけではなく、所謂じゃれあいの一種だ。

 

 結果だけを見れば、出会って二日目にも関わらず気安いやり取りが出来る関係を築いていると言えるだろう。ぽかぽか殴られるままにしているリティーと、殴っているアクアにその自覚があるかは不明だが。

 

 少なくとも、側から見た二人の少女は『仲間』と呼ぶに相応しい関係に映るだろう。

 

 

 ――キズナが深まり、アクアの生命力が上がった!




名前:“水の少女”アクア
年齢:十八歳
身長:161cm
種族:人間種・魔法使い
趣味:魔法
好き:猫ちゃん、友達、味の付いた飲み物
苦手:クラゲ、戦争、平民、貴種、“逆子”のイヴェルナ
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