なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「ありがとう。じゃあまずは──貴方たちの信仰について、詳しく教えて貰っても?」

 

 何から聞くべきかとフィリップが思案していると、ヘレナが正解を出す。

 

 異教や異文化に対面した時、フィリップは考えることが多い。いや、考え方がそもそも違う。

 

 ヘレナは「それはどういうものか」を、まず気にする。

 ヘレナはと言うか、大抵の人間はそうだ。環境、信仰、出来事などの情報を無作為に集める。多くの情報が集まれば、それが最終的にどのような形を成しているのかを知るため、時系列や前提知識などを絡めて組み合わせる。

 

 情報を糸として異文化という刺繍を描き、出来上がった絵を見て、その文化がどういうものであるかを把握する。

 

 対して、フィリップは「害になるものがあるか」を最優先にする。

 地球外産のなにか、地球産でも人類圏外のなにか、啓蒙宣教師会の活動痕跡、人類社会を害し得るもの……。そういった最優先排除対象が紛れ込んでいないか、絡んではいないかと。

 

 フィリップは異文化という、無数の要素が織り成す絵画には興味がない。

 重要なのは、その絵画が何によって形作られているかだ。

 

 ……とはいえ、イライザだけならともかく、ヘレナとノアの前で「啓蒙宣教師会って知ってる?」なんて訊こうものなら、今度はフィリップが質問攻めに遭うことだろう。

 誰もいない時に改めて訊くか、状況などから推察するしかない。

 

 幸い、ヘレナに質問された老翁は、特に渋ることなく口を開いた。

 

 「うむ。我らは古く、この地に根付いた頃より、山と森の神を信仰しておる。遠き祖が放浪の果てにこの地を訪れたとき、山には既に神が居られた。何人も立ち入れぬ神域、神の領域をはっきりと示しながらも、人の子がその膝元で暮らすことをお許しになったのじゃ」

 

 ふむ、とフィリップとヘレナは同時に頷く。

 ここに居たのが調査隊ではなく“使徒”なら、今ので虐殺確定ものの証言だが、サムロア族の首長は隠す素振りも見せなかった。

 

 いや──そもそも彼らは、異端狩りたちの存在を知らないのだろう。

 王都に住んでいる一般人でも、“使徒”は都市伝説やオカルトの類、「教皇庁は異端者を罰するための極秘特殊部隊を抱えている。信じるか信じないかは貴方次第」程度の認知度だ。

 

 山間の辺境に住んでいる三百人程度の少数民族が、その存在を確信しているとは思えない。

 

 故に、情報を隠すという防衛策を取らない。

 彼の語る情報は、少なくとも「彼が信じていること」と捉えていいだろう。事実かどうかはともかく、彼視点では真実、故意的な嘘はないと。

 

 「祖はこの地に根を下ろした。しかし、父と子は別の人間。また思想とは時の流れの中で移ろいゆくのが常。時の流れの中で、我らの先祖は一度、神を敬う心を忘れた」

 

 ふ、と誰かが薄く笑った。

 自分ではない事だけは分かっていたフィリップだが、特に嘲笑の主を探そうとは思わなかった。

 

 いま重要なのは情報で、誰かの感想ではない。

 

 「先祖らは森を切り開き、山を漁ろうとした。家を作る材木や日々の食事を求めてのことではない。欲深くも、金や宝石を探すために。……山の神は神域によって先祖らを阻んだが、それ故に、怒りを振りまくこともなかった。問題は、人の子のために多くの資源を分け与えて下さった森の神じゃ」

 

 老人の語り口調は緩慢で、三人はもどかしさを覚える。

 何があったのか大体の察しは付くが、それだけに、その予想が当たっているかどうかの答え合わせがしたい。

 

 情報の量を優先するヘレナは平然と、情報の質とイライザの精神の安寧を優先するフィリップは、やや苛立ち混じりに。話に引き込まれているイライザは急く気持ちを抑えながら、黙って先を待つ。

 

 しかし、次に口を開いたのは老翁ではなく、フィリップたちの背後で話を聞いていたノアだった。

 

 「……ねぇ、ちょっと待って」

 「む?」

 

 どこか嘲笑うような声に、老翁は開きかけていた口を閉じ、フィリップたちは揃って振り返る。

 ヘレナとイライザは「なんだろう」程度の疑問顔だったが、フィリップだけは「後にしてくれないかな」と、やや迷惑そうな顔だ。

 

 それでも重要な指摘か何かがあるのだろうと、無言で先を促す。

 

 ノアは胡乱な視線を受けて、また薄く笑った。

 

 「誰も突っ込まないのが疑問なんだけど、『山の神』とか『森の神』とか言われて、何とも思わないの?」

 

 フィリップとイライザは怪訝そうに顔を見合わせ、「どういう意味でしょう?」「さあ?」と表情だけで会話する。

 ヘレナは一足先に彼女の言わんとするところを察して、出来の悪いテストの採点をしたような溜息を吐いた。

 

 「この世で神はただ一柱。だからこそ神に名は無く、“唯一神”と呼ばれてるんだよ?」

 「あぁ……」

 

 フィリップの口から呻き声が漏れる。

 「それいま重要ですか?」とか、「無知なら黙っててくれませんか?」とか、「取り敢えず静かに話を聞きましょうよ」とか、色々と言いたいことを喉元でぐっと押し留めた努力の結果だ。

 

 「そりゃあ私たちにはそうだけど、一神教が根付いていない独立した文化圏なら、別の信仰があることに不思議はないでしょう。今は私たちの信仰を押し付けて、情報収集の邪魔をする場面ではないわ」

 「私も、人が話しているときに口を挟まない方がいいと思いまして」

 

 ヘレナは理性を、イライザは礼儀を語る。

 どちらもノアを納得させるに足る、理解できる理由だ。

 

 だが元より、彼女は二人の行動基準に疑問があったわけではない。

 

 「ま、それもそっか。あんたはどう、専門家殿?」

 

 この三人の中で、最も注意しなければならないのはフィリップだ。

 前回の“狩り”で、ノアはそれを十分に理解している。

 

 他人の言葉を判断基準にしない──自分の判断だけで動く、カルトに対して甚大な憎悪を持った殺人鬼。

 

 そんなのは、()()()

 

 皇帝の命令で動きを決められ、ここの異教徒共を皆殺しにするのを必死に我慢しているノアの前で、自分だけ楽しもうなんて許せない。

 しかもその場合、ノアは命令に従い、フィリップを止めなければならないときた。

 

 一人で楽しむのはズルいし羨ましいが、害虫を駆除してくれるという点には感謝できる。

 なのに、彼女は駆除に参加できないばかりか、邪魔をしなければならない。

 

 最悪すぎる。

 何よりノアは、自制心をあまり信用していない。

 

 いや──憎悪こそを信用している。

 それは彼女を人類最強の魔術師に至らしめた、強烈無比な原動力なのだから。

 

 その状況で“狩り”を始められたら、ノアは命令に従うという軍人の基本をかなぐり捨て、一緒になってバカ騒ぎを始めるかもしれない。或いは獲物の取り合いを始めるか。

 

 それは流石に不味いから──フィリップと違い、それが不味いことだとは分かっているから──フィリップの動きは常に警戒し、牽制しなければならないのだった。

 

 「……僕もです」

 

 フィリップは面倒臭そうな顔を素早く──フィリップにしては素早いというだけで、イライザ以外には内心が透けて見えたが──取り繕い、簡単な答えだけを返す。

 

 下手な誤魔化しだとノアにも分かったが、彼女にはそれで十分だった。

 

 何を誤魔化したのかは分からないが、誤魔化せるうちは大丈夫だ。

 というか、もしもフィリップがサムロア族をカルトと見做したら、目の前にいる首長は腎臓に蛇腹剣を突き立てられているだろう。

 

 そして血の循環が止まり、意識より先に細胞が死ぬ苦しみに悶える様を見下ろしながら、フィリップは楽しそうに嗤っている。

 そういう憎悪を宿した、そういう人間だ。

 

 「……あは。じゃ、あたしのお行儀が悪かっただけか。失礼しました、先輩。二人も、ごめんね」

 「……では、先を続けてください」

 

 ヘレナは不審そうな目をノアに向けていたが、今は情報収集が優先と判断したようで、彼女には何も言わずサムロア族の首長へ向き直った。

 

 老翁は特に気分を害した様子もなく、のんびりした動作で頷く。

 しかし、話はすぐには始まらなかった。

 

 「……どこまで話したかね?」

 「先祖が必要以上の資源を求めた結果、森の神が怒ったと」

 

 とぼけている風ではない老翁に苦笑もせず、ヘレナは真顔で言う。

 老翁はまた緩慢な所作で頷くと、片足ずつゆっくりと動かして立ち上がった。

 

 「うむ。先祖が欲を見せると、森の神は怒り、四柱の眷属を遣わせた。即ち──」

 

 僅かに足を擦るようにして、首長は壁に飾られた刺繍絵画の端まで歩く。

 

 左端に描かれているのは、略図化された人間が様々な道具を持ち、森の木々を伐採し、山を掘り進めようとしている場面だ。

 抽象的な人間のディテールに対して、山と森はかなり写実的に描かれている。

 

 そして次の場面──描かれているのは森の中の景色だ。

 これも縫い目で形作られているとは思えないほどリアルで、数歩下がれば普通の──上手な風景画にしか見えないほど。

 

 その中に、いやに大雑把な白いヒトガタがある。

 他のどの糸や布よりも真っ白な──恐らく、とても貴重な素材を使って作られた純白の糸を使っているのに、大まかに四肢と頭部が分かる程度の輪郭だ。

 

 一本の木を描くのに、幹と葉を合わせて十色以上の糸を使っている。

 なのにその部分だけは、着衣も顔も何もない、白一色。

 

 風景部分のクオリティと明らかに差がある。

 わざとなのか、忠実に描いてこれなのか。

 

 首長は白いヒトガタを指して言った。

 

 「霧の如き人、ネブラノス。彼は罪人を捕え、二度と帰すことは無かった」

 

 フィリップは顎に手を遣り、刺繍絵画を見ながら智慧を漁る。

 だが引っかかる名前は無く、外見的特徴に近しいものを探す前に、骨ばった指の示す先は次の場面へ移った。

 

 「人の如き獣、ウルスノス。彼は罪人の四肢を引き裂き、再び正しい位置に並べた。自然の死でなく、刑死であることを示すように」

 

 今度も森の中の風景だが、今度は複数の略図化された人間もいる。

 それらは道具を放り捨て、主題として描かれたものから逃げていた。

 

 中央には、また白い糸をふんだんに使って描かれた、直立する巨大な熊のようなものがいる。

 

 ノフ=ケーを思い出す特徴だが、あれのように六脚ではなく、二足二腕だ。

 両手には明らかに戯画的誇張された巨大な鉤爪があり、首と肩が人間のようにくびれている。手も足も明らかに長く、ヒトガタに近い。

 

 顔の部分は目が二つ真っ直ぐについて人間寄りだが、口には頬が無く、肉食に適応した鋭い牙が並んでいた。

 人の如き獣というか、獣の如き人というか。どちらとも言い難い、どっちつかずの異形だ。

 

 老翁の手は、更に次の場面を指す。

 

 「足を持つ蛇、センティペディア。彼は罪人に噛みつき、土深くに埋めて森の肥やしにした」

 

 今度は人は描かれておらず、山側から森を見下ろしているような風景だ。

 その中に、やはり白い糸で描かれているのは──一見すると百足で、よく見ると蛇だ。

 

 百足のように体節はなく滑らかで、鱗がある。

 しかし節足動物の特徴的な肢が、一定の間隔で無数に並んでいる。

 

 森の中を這い、木々の合間から身体の一部を晒す、遠目からでもはっきりと分かる巨大な異形。

 

 これも、フィリップの智慧に引っかかるものはない。

 

 老翁の指はまた移り、最後の場面を示した。

 

 「そして……見つめるもの、オクルノス。彼は、我らが二度と罪を犯さぬように、我らを見つめる」

 

 今度は森を、山を奥に見る位置から──ちょうどこの集落の位置から描いたものだ。

 

 ついさっき見た実際の景色とよく似た風景の中に、また、白一色のヒトガタがいる。

 木立の中に紛れるように描かれているが、純白の糸は良く目立つ。

 

 木々と比較したサイズ的には人間の倍くらいで、二つの目以外は何も描き込まれていない。

 

 「神々の望みは、重いものでも、酷なものでもない。我らが誠実であること。欲をかくことなく、山と森へ、自然への敬意を忘れぬこと。帝国の軍人さん方、見習いたちも、努々忘れぬように」

 

 首長は厳めしい口調で、自分たちの信仰を語り終えた。

 

 「……ありがとうございます。参考になるお話でした」

 「あ、ありがとうございました!」

 

 ヘレナが先んじて、イライザが慌ててすぐ後に続いて礼を言う。

 フィリップは静かに考え込んでいたが、最低限の礼儀として頭を下げる。

 

 「他に何か聞きたいことはある? 勿論、考えが纏まってからで構わないけれど」

 

 ヘレナの問いに、フィリップは首を横に振った。

 

 取り敢えず──奴らは関係なさそうだ。

 ここに来た主目的である「山の神」については殆ど語られなかったのが、気になると言えば気になるが、侵入不可空間(神域)のせいで現地住民にも情報が無いとなれば仕方ない。

 

 むしろ、変に妄想で補完したものを語られなくて良かった。

 

 まあ、それにしては「森の神」の方は、というか「眷属」については驚くほど具体的で偶像的だったが、森の調査はどうとでもなる。

 

 「そう。それなら……もう夕暮れだし、今日のところはここまでにしましょう。個人用テントに荷物を置いたら、食堂天幕に集合。全員、先走って森や山に入らないように」

 

 ヘレナの号令に異を唱える者は無く、現地調査は明日の朝からという運びとなった。

 

 

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