なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 帝国軍を主とした護衛部隊に守られた車列は、王都を発ち、王国領を出て、帝国南部にある山岳地帯を進んでいた。

 

 馬車の壁に凭れかかるように上体を預けていたフィリップは、不満げな溜息と共に真っ直ぐ座り直す。

 

 今回はノアとヘレナが主体の調査任務。

 フィリップはペッパーボックス・ピストルも、カノンもアンテノーラも無しの軽装だ。肩や膝を貸してくれるミナもアンテノーラも不在で、硬い壁を枕にするしかない。

 

 フィリップは窓の外で朱く染まっていく空を見遣り、二度寝はしないことにする。

 寝苦しいし、もう夕刻だ。今から寝ると、今度は夜に寝付けなくて面倒臭い。

 

 隣を見るとイライザが同じような姿勢で寝息を立てていたが、彼女は寝たいときに寝られるように訓練されている。起こす必要は無いだろう。

 

 「そういえばカーター君、どうして「異常現象の専門家」なんて呼ばれているの?」

 

 大きな欠伸をしたフィリップに、正面に座るヘレナが出し抜けに問いかけた。

 

 「え? 先輩もご存知なかったんですか?」

 「えぇ。ステラさんもサークリスさんも、「本人に訊け。ただし本人が教えたがらないなら聞き出そうとはするな」って言って、教えてくれなくて」

 「へぇ……。確かに、例の吸血鬼召喚も使えなくなったって話なのに、ステラ先輩がわざわざ同行させるくらいだしね。なんでなの?」

 

 ヘレナは本当に「そういえば」程度の、なんとなく思い出したから訊いてみただけ、という顔をしている。

 

 しかしその隣で、退屈そうに窓の外を眺めていたノアが目を輝かせた。

 色素の薄い水色の瞳には、好奇心が色濃く宿っている。

 

 しかし──その辺りの言い訳は、既にステラたちと共有して準備済みだ。

 演技力に長けているわけではないフィリップが、なるべく嘘を吐かずに済むように。

 

 「あぁ……。僕、何年か前にカルトに捕まって、生贄にされかかったんですよ」

 

 ぴし、と音を立てて、馬車内の空気が凍り付く。

 そんな錯覚を、ヘレナとノアは全く同時に味わった。

 

 しかし空間の凍結は一瞬だ。沈黙が長く続くこともなく、フィリップが淡々と先を続ける。

 

 「そこで色々と知ったのと、それ以来、積極的にカルトを狩ってるので、色々と目にしたりで。殺した総数はともかく、知識の深さ広さなら、ノア聖下にも負けませんよ」

 

 昨日の夕食を語るようなフィリップの口ぶりに、ヘレナはほっと息を吐いた。

 普通ならトラウマもの、というか、明らかに傷にはなっている経験を無作法に掘り返したのは間違いない。しかし、それによってフィリップが傷ついた様子はなさそうだと。

 

 逆に、ノアは薄く笑みを浮かべていた。

 

 「なるほどね。実地で得た知識なら、先輩が重んじるのも納得だ。あんたの憎悪にも納得がいく」

 

 憎悪に塗れた殺し方を見たときに、過去に何かあったのだろうとは、ノアも当たりを付けていた。

 他国の首都に乗り込んでまでカルトを探し出し、一人残らずの惨殺を目標に掲げるほどの執念。自分か、近しい間柄の誰かが、カルトによって何かしらの被害を受けたのだろうと。

 

 そしてフィリップの答えは予想通りで、疑うことなく納得できるものだった。

 

 「でも、今回はその憎悪を引っ込めて貰うよ。あたしたちがこれから会う連中の信仰は、一神教とは違う。それでも神域について代々語り継いできた、貴重な情報源だからね」

 「僕は、「誰かがカルトだと言っていた」とか「一神教の教えにそぐわない」とか、そんな他人任せの理由で誰かをカルトと見做すことはないですよ」

 

 釘を刺すノアに、フィリップはむっと眉根を寄せる。

 そんな、どこぞのカルト狩り部隊のような無知な振る舞いはしない。

 

 人間なんかを殺すのに、今更他人や信仰(理屈)を求めるような精神性ではない。

 

 そんなフィリップの答えは、ノアが求めているものではなかった。

 

 「それ、イエスともノーとも言ってないよね? もしもあんたが自分自身の判断で、そいつらをカルトと見做したとしても、調査が終わるまでは殺すなって言ってるの」

 

 僅かに不快感を滲ませるノア。

 今回の総指揮官(責任者)は彼女であり、命令元は帝国皇帝だ。忠誠心か、はたまた自尊心かはさておいて、本気ではあるらしい。

 

 先輩聖痕者のステラ肝入りとはいえ、魔術能力の無さが一見して分かるほどの雑魚に、感情で動いて現場を引っ搔き回されては困るのだ。

 

 ──が、そんなのはフィリップが知ったことではない。

 

 「状況と程度次第ですね。貴女や学院長はともかく、僕は、イライザだけは守らなくちゃならない」

 

 隣で静かな寝息を立てている、今は亡き友人の妹を見遣る。

 

 その眼差しから何を感じ取ったのか、ノアがまた好奇心に満ちた笑みを浮かべた。

 「へぇ?」と声を弾ませ、内心を隠そうともしていない。

 

 しかし、その興味故の問いが声に乗る前に、ヘレナが答えを以て制止した。

 

 「ウィレットさんの亡くなったお兄さんが、君の友人でパーティーメンバーだったのよね」

 「……えぇ」

 「うわ、イジらなくて良かった……」

 

 は、と、フィリップは呆れたような笑いを零す。

 

 モニカもゴシップが好きだったな、なんて思い出してアンニュイな気持ちになった──というわけではない。

 亡き友人への最後の友情を、恋愛なんて陳腐なものと並べられて怒ったわけでも、勿論ない。

 

 フィリップがイライザを守ろうとするのは、ウォードのためでも、イライザのためでもない。

 それが人間らしい振る舞いだと考えた、思考の結果だ。

 

 重要なのはイライザではなく、「イライザを守る行為」そのもの。

 他人がその理由に何を見出そうと、どうでもいい。

 

 「っと、折よく到着だ。さ、降りて」

 

 馬車はいつの間にか減速しており、慣性を感じさせないほど滑らかに止まる。

 

 イライザを起こしてから扉を開けると、じき真冬という時期にもかかわらず、じわりと汗を滲ませる熱い風が肌を打った。

 

 「うわ、あっつ……!?」

 「火山地帯だからね……」

 

 フィリップとイライザは上着を脱ぎ、ノアもシャツの腕を捲る。

 体温調節魔術を使って平然としているヘレナに、三人の羨ましそうな視線が集まった。

 

 とはいえ他人の体温を快適に調節するのは、ヘレナを以てしても難易度が高い。同じ魔術を使えるステラも、継続的な直接接触が必要だった。

 

 流石に、みんな仲良くおててを繋いで歩きましょう、という場面ではない。

 まあ耐性的に難しいノアはともかく、フィリップとイライザは、手を繋いでいてもギリギリおかしくない年齢ではあるが──ピクニックに来たわけではないのだ。 

 

 「あれが例の神域のある山、サムロア山。その名前にちなんで、麓に住んでる連中はサムロア族って呼ばれてる」

 「へぇ」

 

 ノアはすぐ近くにある──その大きさ故に近く見えるが、実際は森を隔てて500メートルは離れている──黒っぽい険峻を指す。

 

 1000メートル級の活火山、サムロア山。

 山肌には殆ど植物が生えておらず、岩、或いは過去の噴火で形成された火山岩の色を露にしている。

 

 麓には青々と茂った樹海があり、フィリップたちと反対側には湖があるそうだ。

 

 森の外には簡素な木の柵で囲まれた集落らしきものが見える。

 らしき、というのは、集落を構成する沢山の建物の、その全てが「家」と呼ぶには引っかかる外観をしているからだ。

 

 王都外の一般的な家屋は、木か石で作る。

 周辺の地質によっては煉瓦をベースにしたり、石灰を塗布したりとバリエーションはあるが、風雨に耐える建材を、普通は使う。

 

 しかしこの集落の家は、一見して全てが布で出来ていた。

 

 だがテントではない。

 というか、集落の柵の外にはシェルター型のテントが幾つもあり、近くには帝国軍の紋章旗が掲げられている。

 

 フィリップたちを護衛してくれた部隊とは別のようだし、先任の調査部隊か、例の征伐部隊のどちらかだろう。

 後者なら、集落の監視任務中といったところか。

 

 集落の家々は、彼らのテントより二回り以上は大きい。恐らく内側に木枠があり、かなりしっかりと建っている。

 

 兵士の案内で集落に入ると、そこで暮らす少数民族らしき人々の視線が集まる。

 視線に込められているのは、僅かな恐怖と警戒や反発。

 

 ……自分たちを虐殺しに来た抑圧者に向ける悪感情にしては、随分とマイルドなものだ。

 

 フィリップたちがここに来るまで、およそ十日。

 彼らが一神教の司祭を追い出して征伐部隊が送り込まれてから、部隊が神域──侵入不可空間に気付き、ノアが送り込まれ、自分の手に負えないと判断した彼女が王都に来るまでを考えると、一か月くらいは経っている。

 

 帝国側に殺意がないことを理解し、大量の兵士がいることにも慣れてきた頃合いなのだろう。

 

 「聖下。お戻りになられたのですか」

 「うん、ただいま。なにか変わったことは?」

 

 集落内の巡回をしていたらしい三人組の兵士が寄ってきて、ノアに敬礼する。

 彼女が「何もありません」という返答を予期していることは、答礼や口ぶりに滲んでいた。

 

 しかし、任務中ゆえに敬礼時でも取られていないヘルムの下に、兵士たちは苦い表情を浮かべていた。

 

 「はい。それが……監視部隊から一人、死者が出ました」

 「は? なんで?」

 

 言い淀んだ兵士に、即座に疑問が返される。

 ノアに咎める意図は一切無かったが、強い疑問と驚きのせいで声が強く、視線も鋭くなっていた。射抜かれた兵士が、思わず身を竦ませるほどに。

 

 「しょ、詳細な死因は不明です。ですが、その……死体の四肢が引き千切られていました。土着共のいう……神罰と同じです」

 

 「どちゃく?」と、イライザが小さく首を傾げる。

 話の邪魔にならない程度の小声ではあったが、真横にいたフィリップには呟きまで聞こえた。

 

 「そこに長く住んで、居着いてる人って意味だけど……たぶんそういう意図じゃないね。「国」じゃなくて「土地」に住んでる、非文明的な──原始的な人間、ってところかな」

 

 フィリップが小声で説明すると、イライザは恐縮したように「すみません」と頭を下げる。

 その態度に、今度はフィリップが首を傾げる番だった。

 

 彼女は自分の無知を恥じない、というか、自分の弱さを叩き込まれて知っているから、注意や助言は素直に聞くタイプだ。

 だからこういう時、彼女は謝罪ではなく感謝を述べることが多いのだが──なんて。

 

 フィリップは説明する口調や表情に、せせら笑うような色が滲んでいたことを自覚しないまま考えた。

 

 だが、嘲笑の相手はイライザではなく兵士の方だったので、仕方のない面もある。

 「国」ではなく「土地」に住んでいるという意識を非文明的と評するのは結構だが、「国家」に重きを置くのも、それはそれで低劣な価値観だ。と。

 

 そもそも国家とは、人間が勝手に言っている、人間社会の中で生まれたものに過ぎない。社会を維持するのに便利だから、人類は「国家」というシステムを社会の中に組み込み、根幹として運用している。

 いやまあ、他の種族にも国家の概念はあるが、それは今は置いておいて。

 

 人間と土地。

 どちらが先にあったかと言えば、当然、土地だ。

 

 人間は後から生まれて、或いはやってきて棲みつき、「ここからここまでは自分たちの国だ」と言い張っているだけ。

 

 そもそも国家という形の共同体が成立したのは、ここ三千年くらいのこととされている。

 大陸が今の形になったのが何億年前かは知らないが、まあ確実に「土地」の方が古い。

 

 それに、国家とは所詮、人間の集合に過ぎない。

 人間を数億殺せば勝手に消える、人々が「ある」と思っているから「ある」だけの幻想だ。実態はともかく、実体はない。

 

 というか──イライザも引っかかるべきは「土着」ではなく、「神罰」の方だろう。

 

 「いつの話? どこで?」

 「三日前、山麓の森の中です。この気温ですので、既に部隊内で戦地式の葬送を」

 「そう。あたしもあとで祈っておくよ。首長はどこ? 神罰とか神域とか、そういう話を共有したいんだけど」

 

 ノアは一度この集落を訪れ、一神教の司祭を追放するに至る事情を聞いている。

 それでも自分ではなく現地の人間に語らせるのは、彼女の主観がフィリップたちの先入観になることを避けるためだ。

 

 相手が誰でもないなら、そこまで気を配る必要は無い。

 しかし自分以上の知識と経験を持つ先輩聖痕者と、別の先輩が推薦する専門家を、わざわざ別の国から連れて来たのだ。折角の助っ人の邪魔をするのは本末転倒だろう。

 

 今にも「神罰って?」と口を挟むところだったフィリップだが、話の流れで必要ないと判断して口を噤む。

 

 「ご命令の通り、排泄と水浴び時以外は自宅にて監視しています。こちらです」

 「場所は分かる。案内は良いよ」

 「はっ。では、何かあればお申し付けください」

 

 巡回途中だった兵士たちは、揃った敬礼を残して去っていく。

 すれ違う時に、ヘレナに畏敬の籠った視線をヘルムの下から送っていたが、フィリップとイライザには怪訝そうな一瞥だった。

 

 聖痕者でも突破できない防壁を前に、知識と経験で並ぶ者のない転生者を呼ぶのは理解できる。頼りになるというか、半ば解決を確信するほどだ。

 

 しかし、一見して魔術的素養のない子供二人は、何の役に立つのか全く不明だ。従士にしては、衣服が上等すぎる。

 

 まあ任務中に、それも隊長が連れて来た人間に絡むわけもなく、疑問顔をヘルムで隠して去っていくだけだ。

 

 ノアの案内で一つの家──木枠と毛皮を主として作られたゲルに入る。

 集落の中でひときわ大きいそれの周囲には、鎧姿の兵士が六人。取り囲み、逃げる者も近づく者も許さない布陣だ。

 

 警備をノアの顔パスで抜けて入った屋内は、テントを彷彿とさせる外観とは裏腹に、しっかりした内装を備えていた。

 二人掛けサイズのソファに、クイーンサイズのベッド、作業用と思しき低い机と工具類。床はかなり厚いカーペット……というか布が敷かれており、下が土なのか草なのかも判然としない。

 

 何より目を引くのは、入口の反対真正面の壁にある、巨大な絵画だ。

 抽象的な絵柄ではあるが、なんとなく人間と怪物が戦っているように見える。戦闘中ではなく、戦いの歴史を一枚の絵に収めたものだ。

 

 異時同図法──宗教画で見られることの多いスタイルだ。

 ここに来た経緯と無関係ではないだろう。

 

 広い家には、腰の曲がった老翁が一人だけだった。

 作業机に向かい、絵の描かれた大きな布を繕っている。

 

 ──いや、よく見れば、それは絵ではなく刺繍だ。

 それを知った上で改めて見てみると、壁の絵も刺繍絵画であり、しかも幅五メートルはありそうな大作であることが分かった。

 

 老翁は布を修繕しているのではなく、絵を描いているのだ。

 

 彼は耳が遠いのか、ノアが肩を叩いて呼ぶまで反応を見せなかった。

 

 「……ああ、隊長さん。今回のことは痛ましく思っている。けれどこれは、神からの警告でもある。手を引くなら今だと、慈悲深くも教えて下さっておるのじゃ」

 「あー、はいはい。それはどうも。先輩……と、専門家殿も、何か聞きたいことがあればどうぞ」  

 

 もちろん勇者ちゃんもね、と思い出したように付け加えて、ノアは三人の後ろに回った。

 

 

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