なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ26 『山の神と森の神』 開始です

 必須技能は各種戦闘系技能です。
 推奨技能は【オカルト】、【人類学】【考古学】【歴史】のいずれか、山や森を歩くのに必要な技能(【自然】【登攀】など)です。


山の神と森の神
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 伝説の魔物と謳われたコカトリスを倒し──ルキアが初手の牽制であっさりと殺し──どこぞの傍迷惑な宣教師が作った“教室”に、ルキアとステラとイライザが閉じ込められた一件から、二週間後。

 

 フィリップは日課の戦闘訓練にイライザを連れて、王都一等地の衛士団訓練場を訪れていた。

 王都内では発話制限の首輪を外して貰えないアンテノーラは公爵邸で留守番中だが、おかげで二人の戦闘能力は概ね拮抗し、互いに良い訓練相手になっている。

 

 非番で自主訓練に来ていた衛士たちに見守られつつ、時に指導も受けたりしながら模擬剣で打ち合い、休憩代わりの感想戦(フィードバック)も交えて数時間。

 昼過ぎに始めて、気付けば夕暮れ時だった。

 

 そろそろ最後にしようかと、直前の模擬戦分の感想戦を終える。

 

 疲労の蓄積した身体は重く、フィリップもイライザも足が震えている。怪我を避けるならやめるべき、というか、もうやめていて然るべきだが、これは殺し合いの訓練。「疲れたのでやめよう」なんて、実戦にはない。

 

 とはいえ訓練ではあるのだ。

 限界を超えて続けて、それで死んでは意味がない。

 

 踏み出すのは限界の一歩先まででいい。次は、その更に一歩先。そうして限界を拡張していくことが、訓練の真髄だ。

 

 フィリップとイライザは訓練場の片隅で、互いに模擬剣を向けて構える。

 合図はない。どちらかが開始姿勢を崩したら、その瞬間にスタートだ。

 

 視線が交差し──、

 

 「あ」

 

 と、イライザが何かに気付いたような声を上げる。

 表情まで完全に「そういえば」とでも言いそうな、はっと思い出したような形だ。

 

 「え?」

 

 なんだろう、とは思ったフィリップだが、取り敢えず止まる。

 相手が彼女以外なら、戦術的なブラフか、フィリップが油断しないかのテストを疑うところだ。だがイライザ相手に、本当に無防備かもしれないタイミングで斬りかかるのは躊躇われた。

 

 「あの……実は、ご相談があるのですが」

 「あ、ホントのやつ?」

 

 ブラフでも何でもなかった。予想通り──危惧通りに。

 

 こっそり安堵の息を吐いたフィリップに、イライザは模擬剣を下げて神妙な面持ちで口を開く。

 

 「はい。聖剣の詠唱破棄って、どうすればいいのでしょうか?」

 「聖剣の……?」

 

 それはまた、随分と意外な“相談”だ。

 聖剣の本領発揮に詠唱が必要。その詠唱をする能力確保のため、前段階として更に詠唱が必要。

 

 疑似熾翼展開と聖剣解放の二段階で、それぞれ大きな隙がある。

 フィリップにもはっきりと分かり、フィリップでも簡単に狙えるくらいの。

 

 ただ、だからこそ意外だ。

 

 そんなあからさまな問題を、彼女の師匠、先代衛士団長が見逃すはずがない。絶対に矯正しようとするはずだ。

 

 つまり。

 

 「はい。サークリス聖下と王女殿下にご指摘を頂いたのですが、ずっと感覚が掴めなくて。師匠にもご意見を頂きたく」

 

 前々からやろうとは思っていたが出来なくて、そこを重ねて突っ込まれたわけだ。

 

 先日のグラウバルトで──というか『黒山羊の館』なる異空間で何があったのかは、フィリップは三人から何度も聞いた。

 何があって、どんな風に考えて行動して、危機を潜り抜けたのか。

 

 ティンダロスの猟犬は本気で襲い掛かるとき、その動きを()()()

 途中のページが抜け落ちた本のように、切り貼りされたフィルムのように、飛び掛かる瞬間から喉笛に食らいつく寸前までの滞空時間が、ぽっかりと抜け落ちる。

 

 しかし三人の話では、今回はその動き方をしなかったという。

 ステラの推測通り、そして、あの宣教師たちの行動理念通り、殺傷目的の空間ではなかったのだろう。

 

 だがそれでも、聖剣解放はギリギリだった。

 殺意はあったにしろ本気ではない、というか、完全にスペック通りの動きをしたわけではない猟犬相手で、ギリギリ間に合う程度の鈍足。

 

 そりゃあルキアもステラも「どうにかしろ」と思うだろう。たぶん二人にしてみれば、詠唱中のイライザなんか100回殺せるくらい無防備だ。

 

 フィリップも、可能なら無言かつ一瞬で聖剣をぶっ放せるようになってほしいところではある。

 

 あるが。

 

 「ああ、うん。ええと、僕は魔術に関して、学院で習ったことくらいしか知らないんだけど……多分、魔剣の起動詠唱は破棄できないんじゃないかな」

 「え? どうしてですか?」

 

 「そうなのですか?」と聞き返すのではなく理由を訊く辺り、先代に良い教えを受けているらしい。

 フィリップはそんな感心と共に頷き、どう説明したものかと顎に手を遣って小さく唸った。

 

 「うーんと……魔術における詠唱、起動詞は、魔術式の想起と演算を体感覚方面から補助する意味合いが大きい。戦闘中に、自分が今からどんな攻撃をするのかを声高に知らせるデメリット以上にね」

 

 フィリップは魔術学院で習ったことを思い返す。

 

 魔術の威力は、基本的には魔術式の記述に従う。

 通常詠唱と無詠唱、魔術式の内容が同じなら、どちらも同じ魔術が同じ威力で展開される。

 

 まあ厳密には、ここに適性やら魔力の質やらといった個人差が絡んでくるのだが、それは置いておいて。

 

 魔術式とは数学で言うところの公式だ。

 誰が何をやっても、解き方さえ合っていれば同じ答えが出る。

 

 詠唱、起動詞とは、公式に付く名前に過ぎない。

 その魔術がどのようなものであるかを、分かりやすく記述しただけのもの。まず大前提として、魔術式という非言語的なものを理解しやすく、覚えやすいように名前を付ける。

 

 では実態として何の意味があるのかと言うと、魔術式の演算速度だ。

 

 詠唱(補助)ありで、発動に0.5秒かかる攻撃魔術があるとする。撃てば勝ちの強力なやつが。

 それを無理矢理に無詠唱(補助なし)で行使して、撃つまでに倍の1秒かかるとして──自分と相手のスペックと手札が同じ場合、補助付きの方が出が速い。

 

 ちなみに大抵の魔術師は、無理に魔術を無詠唱化しても発動に失敗するし、成功しても、発動までの時間は倍では済まない。五倍や十倍の時間を要する例も珍しくないほどだ。

 

 そして「撃てば勝ち」。

 つまり、補助ありの方が勝つ。補助ありの方が強いのだ。

 

 詠唱破棄は高度な技術だが、技術的に高度であることは、必ずしも戦術的に強いことを意味しない。

 

 詠唱ありと同じ速さで撃てるようになれば、勿論、そちらの方が強いに決まっているが。

 

 「体感覚……ですか?」

 「そう。うーん……一から話そうか。イライザ、ちょっとそこの石を拾って、こっちに投げてみて」

 

 フィリップがここで詰まったとき、ルキアとステラがしてくれた解説を思い返す。

 適性皆無の身ながらも、フィリップは二人のおかげで三年間最上位クラスだったのだ。現代魔術系の科目は実技零点を前提に、卒業単位の全てを座学だけで賄った。

 

 魔術理論基礎分野の話なら、今でもきちんと覚えている。

 

 「は、はい。失礼します」

 

 言われた通り親指ほどの石を拾い上げたイライザは、丁寧に断りを入れてから、下手で放物線を描くように放った。

 

 フィリップはゆっくりと飛んできたそれを掴むと、同じくらいの速度で投げ返す。

 

 「ん。じゃあ次、出来るだけ遠くに投げてみて」

 

 イライザは頷き、今度は大きく振りかぶって投げる。

 思った以上に綺麗なフォームで腕が振り抜かれ、小気味よい風切り音と共に小石が飛んでいく。ややあって、訓練場の反対側の塀に小石が当たった音まで聞こえた。

 

 流石と言うか、投石という基本的にどんな状況でも使える攻撃方法を、先代は彼女に教えていたようだ。

 

 「おぉ、意外と飛ぶね。すごい。……で、今、身体をどうやって動かした?」

 「どう……とは?」

 「足の爪先から頭の天辺まで、どこをどう動かした?」

 

 え? とイライザは困惑の声を漏らす。

 投げる先を見るとか、体重を移動させるとか。先代に教わって幾つか意識したことはあるが、流石に、全身の動き全てを列挙するのは難しい。

 

 「そう。人間の脳はとても優秀なんだ。ものを近くに、相手に怪我をさせないように投げようと思えば、勝手に身体操作を調整する。遠くに投げようと思えば、そのように身体を動かす」

 

 肉体の動きを切り替えるスイッチは、意識一つ。

 弱く投げようと思えば弱く投げ、強く投げようと思えば強く投げる。

 

 そんなのは、殊更に語るまでもない当たり前のことではある。至極当然で、誰だって出来る。

 

 しかし──人体には68の関節と600を超える筋肉がある。

 どれをどう動かし、どれを動かさないのか。そんな判断を一瞬で、考え込むことなく下せるのが脳という器官だ。

 

 「つまり脳は、意識一つで、それだけ複雑な処理が出来るってこと。詠唱もその“意識”の一種だ」

 

 なにも投擲に限った話ではなく、身体を動かすのに“意識”の有無は非常に重要だ。

 短距離走なら、ゴールよりちょっと前を目指して走れば最後に減速しないとか。パンチなら、相手の腹筋ではなく背中を狙うつもりで打つと衝撃が通りやすいとか。

 

 「要は魔術における起動詞っていうのは、『この言葉を発したときにはこの魔術式を演算するぞ』っていう、自己暗示とか刷り込みなんだよ。何も面白くなくても笑っていたら楽しくなるし、ずっと目を瞑っていたら眠くなるのと同じ。脳と体が相互に作用することを利用した、魔術演算という極めて高度な処理を少しでも軽減し、脳の計算を司る部分だけじゃなく、発話や聴覚といった体性感覚野にも処理を分散するような──あれ? 大丈夫?」

 

 イライザはぽかんと口を開け、しかし眉根を険しく寄せて必死に言葉を咀嚼していた。

 どう見ても、全部理解できているという顔ではない。

 

 まだ難しかっただろうかと、フィリップは更に噛み砕いて説明すべく頭を回す。

 フィリップ自身は入学前のナイ神父の講義と授業自体もあって、この辺りで理解できたのだが、流石に蓄積ゼロではまだ足りないか。

 

 「え、ええと……つまり、魔術の詠唱は補助でしかないから、無くても魔術は使える、ってことですよね?」

 「話の大部分を飛ばしたね。まあいいけど……そうだよ。対して、魔剣の起動詠唱は違う」

 

 フィリップは一度言い切り、すぐに「いや」と首を傾げた。

 

 「……いや、違うと思う」

 「思う……?」

 

 さっきの論理的で断定的な説明はどうしたのか、ふんわりとしたことを言うフィリップに、イライザも首を傾げる。

 

 とはいえこれに関しては、フィリップは断定に足る知識を持っていない。

 仮説を立てられる程度の根拠はあるが、「だから出来る」と言えるだけの理由も、「だから出来ない」と言うだけの理由もあって、最終的な判断を下せないのだ。

 

 「ルキアや殿下が「やれ」って言うなら出来るんだろうとは思うけど、ミナがやってないんだから出来ないんじゃないかとも思う」

 

 魔術に関して、聖痕者二人の意見はとても重い。

 戦闘でも研究でも、あの二人の言葉を否定できるとしたら、同じ聖痕者か人外になるだろう。

 

 しかし、あのミナでさえ──「説得が面倒」という理由で100年来の家臣を見殺しにするほど面倒を嫌い、しかし剣技や剣術に関してはとても真摯だった彼女でさえ、魔剣の能力解放に際しては詠唱をしていた。

 

 もし魔剣解放の詠唱を破棄や代替できるのであれば、ミナは絶対にやっている。

 フィリップはそう確信しているが──この件に関しては、フィリップたちに知見が無さ過ぎる。

 

 そもそも聖剣を、他の魔剣と一括りにして考えていいものなのか。

 魔術能力を後付けする疑似熾翼というイレギュラーもあることだし、ミナや他の魔剣使いに出来ないからといって、勇者にも出来ないとは限らない。

 

 「僕らは三人とも、魔剣使いじゃあないからね。団長っていま忙しいかな?」

 

 せめて魔剣使いの意見が欲しいところだ。

 いやそれすら無意味の可能性もある以上、もっと詳しそうな相手に訊くべきかもしれない。

 

 先代の勇者を知るヘレナ学院長とか──神官とか。

 

 そんなことを考えていると、訓練場の建物から平服姿の衛士が飛び出し、フィリップたちの方に一直線に駆け寄ってきた。

 

 「フィリップくん!? 表に第一王女殿下の使いの人が来てるんだけど!?」

 「え? な、何もしてないですよ?」

 

 何したの? と表情で語られても、フィリップには心当たりが無かった。

 いつぞやのように仲違いしたとか、使徒に追われているなんてことは──少なくともフィリップの知る限り──ない。

 

 「カーター様、ウィレット様」

 

 訓練場を出ると、王家の紋章を掲げた壮麗な馬車と、ステラの聖痕を模した飾りを付けた鎧騎士が待っていた。

 居心地悪そうに身動ぎした馬たちを宥め、騎士は流麗な所作で一礼する。

 

 「至急、王城へお越しください。帝国使節団が到着し、ノア・アルシェ聖下がお呼びです」

 

 

 

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