なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
居室についての情報を共有すると、案の定と言うべきか、情報を咀嚼して理解しようとしたイライザが困惑に満ちた顔で放心状態になった。
決め手になったのは、名前は伏せて性能だけ話した『ティンダロスの猟犬』だろうか。
“角”に潜んで移動する、なんて、一度目で理解できたら称賛に値する。
まあ、理解できないままならそれでいい。
語ったルキアでさえ理解できない部分があるのだから、又聞きといえるイライザが理解できた方が驚きだ。
「つまり脱出するには、十二分の一の確率で、アーティファクト……オーパーツのようなものか? まあとにかく、その脱出器具のある部屋を引けばいいんだな?」
「えぇ。そして残りの92パーセントで、私たちは怪物に襲われる」
一度目で「当たり」を引く確率は約8パーセント。
有り得ないとまでは言いきれないが、無邪気に信じるには小さすぎる数字だ。
ルキアもステラも、幸運にはそれほど自信が無い。
全く恵まれていないわけではないが、得体の知れない空間に拉致されて謎解きをさせられている時点で、とんでもなく不運と言える。
同じ思考に至ったらしく、ルキアとステラは似たような表情で顔を見合わせた。
まあ、それはいい。
いや良くはないのだが、最悪の情報ではない。
「それと、これは私の推測だけど、私たちは全ての化け物を倒してから脱出しなければならないわ。たとえ一回目で十二分の一を引いたとしても、ね」
「ど、どうしてですか?」
イライザが思わず口走ったように問う。
ステラも声こそ上げなかったものの、視線で理由を問うていた。
ルキアは頷きを返し、続ける。
「簡単に言えば、怪物たちが私たちと一緒に“外”に出てしまう可能性があるからよ。その怪物は援軍を呼ぶ性質があって、この隔離された空間内であれば殺し切れる。けれど、もしも外に出てしまえば、倒しても倒しても無限にも思えるほどに現れ続ける怪物に、死ぬまで命を狙われ続ける。実際にどうかは知らないけれど、私の推理が正しければ」
手記には、そんなことは書いていなかった。
だが、この『ディメンジョン・シェルター』という特異空間の性質と、配置されている『ティンダロスの猟犬』という怪物の特性を鑑みて、そんな最悪の想像が浮かんだ。
“閉じた”空間を脱出するために開き、その瞬間を狙って、ティンダロスの猟犬たちもまた空間の牢獄から逃れ出る。
そして人間への憎悪を滾らせた怪物たちは、最も手近な人間──即ちルキアたちを獲物と定め、襲い掛かる。
設計上、戦わなければならないのなら、戦って勝てない存在ではないはず。
しかし“閉じていない”通常の空間で殺した場合、増援を呼ばれて無限の殺し合い──執念深い猟犬による“狩り”が始まる。
なんとも悪辣なトラップだ。
出口をチラつかせて気を逸らせ、化け物を使って追い立て、脱出に成功したと思ったら追いかけてきた化け物に殺される。
勿論、ルキアが悪い想像をし過ぎているだけかもしれない。
本当はそんなことは起きなくて、怪物はこの空間に置き去りに出来るのかもしれない。
しかし悪い想像が当たった場合のリスクが、楽観に基づく行動を許さない。
「……まあ、信憑性は高いな。その怪物の特徴は、前にカーターが言っていたモノと似ている」
魔術学院二年次の交流戦の折、現役を退いて長い古い砦に、『なにか』を追いかけて現れたモノ。
ルキアとステラでさえ、空間隔離魔術の内側に引きこもり、震えて待っていることしか出来なかった──フィリップがそれを望むほどの“敵”。
時間を飛び越える魔術を使い、しくじった間抜けを、地獄の果てまで追いかけて殺す追跡者。
「多分だけど、同じ存在よ。無限の執念を持って獲物を追い詰め、
「なら不味いな、とても。あいつがあれだけ慌てて、本気を出していなかったとはいえミナが取り逃がすような相手だぞ」
恐らく手記よりも多くの情報を持ち、実例に相対し、戦ったことさえある二人。フィリップとミナ。
そこから得られた情報も加味して、ルキアとステラは苦々しく表情を歪めた。
「あのぅ……」
何が何やらなイライザが、控えめに手を挙げて存在を主張する。
二人は一瞬の目配せで、スタンスを共有した。
──流石に、なにもかも秘密にしていられる状況ではない。
「詳しい話は省く、というか、私たちも殆ど何も聞かされていないが、カーターが「古龍と再戦する方がマシ」とまで言った相手だ。他には……」
「ミナが何度か死ぬかもしれないと言っていたけれど……貴女、ミナのことは知っているの?」
ただの身体操作で斬撃を飛ばし、振らなかった攻撃を具現化するという奇跡じみた技を持ち、二振りの魔剣を使う、剣士の極点のような吸血鬼。
何もかもが面倒臭いとでも言いたげに、いつも気怠そうにしていたが──強かった。
本体性能だけでなく、戦闘センスも経験も、どちらも一級品だった。
味方に居れば心強く、魔王陣営に戻った今となっては、会敵した瞬間に神罰術式を撃つしかないと、二人に思わせるほど厄介な相手だ。
「直接お会いしたことはありませんが、色々と話だけは聞き及んでいます。十万の命を持った、最強の吸血鬼だと」
「そう。そんな奴が側に居てもなお、カーターは全く安心していなかった。それほどに恐るべき奇襲性と敵意を持った化け物だそうだ」
「……それは──」
イライザは考える。
さっき、自分がこの状況でどうやって役に立つかを考えて、答えはもう出している。どう振舞うべきかは、もう定めている。
それに則った、いま最も欲しい情報とは何か。
「──それは、斬っても死なないとか、魔術を当てても効かないような怪物なのでしょうか」
……僅かに、沈黙があった。
時間にして一秒か二秒。ルキアとステラが顔を見合わせ、再びイライザに視線を戻すまでの、重い空白が。
やっぱり師匠が悪いのかな、なんて、二人は現実逃避気味に思った。
「……いや、龍貶しや魔剣レベルの刃なら通るそうだが、両断には至らないと言っていたな。そもそも特殊な魔術で空間を歪め、攻撃を遮断するらしい」
当時のフィリップの剣技は今のイライザより下だろうが、魔剣を持ったミナが斬れなかったのだから、聖剣を持ったイライザでも同じことだろう。
「遮断……館を覆う『壁』ならともかく、廊下にあったようなものだと怖いですね。敵を斬ったつもりの剣が、自分目掛けて振り下ろされたりしそうです」
「そういう可能性もあるな」
意外にも具体的な警戒心を持てているイライザに、ステラは感心したように頷いた。
変に想像力を働かせたりせず、この館で見たものをヒントにして考えられているのも良い。
「……それじゃあ、行きましょうか」
「分かった」
ルキアは超重力の渦でノートを粉々に粉砕して消し去り、覚悟を決めたように言う。
応じるステラの口ぶりは軽かったが、知識が──情報がルキアよりも少ない分、未知に由来する恐怖は大きいはずだ。それを感じさせない彼女に、ルキアは感心と心配が綯い交ぜになったような複雑な視線を向けた。
完全にマインドセットを切り替えた二人だったが、常日頃から「敵なら殺す」という思考が癖のようになっている彼女たちに、イライザは付いていけなかった。
「え? ええと……ここを出るには、その化け物を推定十一匹、この空間に居る全ての個体を殺し尽くさないといけない……んですよね? せめて弱点を、もっと調べた方が良いのではありませんか?」
彼女の言は間違ってはいない。
しかし、追加で本を漁っても、これ以上の情報が得られるかどうかは不明だ。
設計者の意図を考えるなら、情報を複数の本に分散して書いておけば、見つけられる可能性が上がる。だがその場合、一つで十分に完結するように書くか、或いは一つ見つけたら他のものも探せるように設計するはずだ。例えば表題に番号を振っておき、他にもあることを明示するとか。
それが無かった以上は、他にヒントがあるとしても、情報の程度や内容は概ね同じはず。物凄く有用なヒントがある、もしくは、そのヒントが無ければギミックを突破できない場合には、なにか誘導があるはずだ。
ここの設計者は、そういう組み方をしている。
それに──。
「ルキアがこれ以上の情報収集を必要としないのなら、それは、
「手抜き呼ばわりされるのは心外ね」
不敵に笑ったステラの軽口に、ルキアも軽口で返す。
戦い方の美醜に拘るルキアの戦闘スタイルに、ステラが不合理と感じるのは今に始まったことではない。文句を付けられるのにも慣れた。
イライザは何か言おうとしたが、何も言わなくていいことに自分で思い至った。
この場の最強はステラで、次点はルキア。その二人が「勝てる」というのなら、最弱である自分が口を出すのは邪魔でしかない。
「それで、攻略法は? 防御だけなら、空間隔離魔術でどうにかなるはずだが」
それは間違いない。
本で読んだ以上の知識を持っているフィリップが、その有用性を認めていたくらいだ。
しかし今回は、防御の内側に引きこもっているばかりではいけない。
目標は十一体の掃討。想定される敵の性能からすると、出来れば一体目、遅くとも二体目までにパターンを作っておきたいところだが。
「実例を見てみないことには何とも言えないけれど、やりようはあるわ。沢山ね」
「捻じ曲がった空間で炎が効くかは微妙だな。熱さえ伝わるかどうか」
二人は何度か情報と対策を交わしていたが、ややあって、思い出したようにイライザへと目を向けた。
「……」
イライザの扱いについては、正直なところ困っている。
『ティンダロスの猟犬』を見たことが無いのは三人とも同じだが、邪神を知る二人は心構えが出来ているし、どんなものを目の当たりにしても、「前のアレよりはまあマシか」なんて受け入れられるかもしれない。
あくまで「かもしれない」程度だが、イライザにはその気休めさえない。
フィリップならどうするか、なんて、この空間に来てから何度目かの思考は、この件に関しては殆ど意味が無かった。
「ちょっと待っててくださいね」とか言って三人を残して出撃し、邪神を召喚して全部片づけて帰ってくるだろうから。
イライザの身命は、何が何でも守らなければならないものではない。
ルキアにとってはステラの無事より下、ステラにとってはルキアと自分の心身の安全より下だ。
魔王に対抗する
フィリップの召喚術でどうとでもなるとはいえ、迂闊な邪神召喚の濫用が帝都を半壊させたこと、二人は勿論覚えているし、重く受け止めている。
そしてそれ以上に、ルキアはイライザが「フィリップの弟子」であることを重く受け止めている。或いはフィリップが、彼女に一定の──剣の師でありパーティーメンバーでもあった年上の友人に、後見を頼まれた妹として、それなりの尊重を見せていることに。
だから可能なら、イライザも心身共に無事な状態で生還させたいが……。
「……ここに残る? アーティファクトを確保したら戻ってくるから」
「え!? そ、そんなの嫌です!」
とんでもないと言うように、イライザの声が大きく跳ねる。
彼女が意外と主張の強いタイプであることは知っていた二人は驚きこそしなかったものの、ルキアは無作法に対して僅かに眉根を寄せた。
イライザは微細な表情の変化には気付かなかったが、もし気付いて怯んでいたとしても、ここは譲れない。
「確かに私は、この空間に囚われてから、あまりお役に立ててはいません。ですが師匠……フィリップさんは私に、「何を見ても何を感じても何を理解しても決して恐れず、慌てず、狂わず、常にルキアと殿下のことを最優先しろ」と仰いました。それがお二人を任せるに値する、最低水準であると」
そんな期待はしていないとまで言われたこと、忘れてはいない。
勇者として魔王と戦うため、必死に努力している。師匠の訓練は常に厳しく、骨が折れたことも、心臓が止まったことだってある。
憧れの英雄にその努力を否定されたことは、かなり堪えた。
とはいえ自分が精神的にも肉体的にも未熟で、誰かの大切な人を預けるには不安なことは、イライザ自身も理解している。
だから決めたのだ。
まずは期待されるようになる。
「いつか、そうなってくれたらいい」と思ってもらえるようになる。
ここで「はい分かりました」と二人の後ろに隠れているようでは、期待されるどころではない。イライザ自身が、自分自身に失望する。
「私は未だ、その境地には至っていません。ですがそれでも、私は勇者で、お二人と共に魔王討伐に向かう仲間です! だからこそ、きちんと肩を並べて戦いたいのです!」
いつになく強硬で、断固とした意志を感じさせるイライザ。
思わず黙ったステラだったが、驚いたのは彼女の態度や剣幕に対してではなかった。
「……怒るところか?」
「突っ込みどころではあるのかしらね……」
ルキアとステラは顔を見合わせ、照れ交じりの苦笑を交わす。
二人ともフィリップに愛されている──大切にされている自覚はあったし、単なる好意より重い感情を向け合っていることも分かっていた。
しかし自覚していても、他人から言われると、なんというか衝動的に言い訳したくなるような気恥ずかしさがある。
それに、イライザは「そんな期待はしてない」と言われたことを言い忘れている。というか、言う必要があると思っていない。
「そうはならなくていい」ではなく、「そうあれ」と、フィリップが教えたように語ってしまっていることには気が付いていない。
ルキアとステラが苦笑したのはそこだ。
怒ることではないが、まあ、「自分が大切にするものを、他人にもそうしろと強いるべきではない」と、注意くらいはすべきかもしれないと。
注意するとき、二人とも口元が緩んでしまいそうだが。
「……まあいい。それなら、お前はルキアの後ろ、私の前だ。絶対にルキアの射線に入るなよ」
「はい! 必ずや、戦果を挙げて御覧に入れます!」
嬉しそうに声を弾ませるイライザに、ルキアは曖昧な笑みを浮かべた。
何の知識もない、ちょっと戦える程度の、聖剣を手にした十二歳の少女。
そんなイライザがどうこうできる相手ではないと、さっき、かなり丁寧に説明したはずなのだが。
「……」
急に後から参戦されるよりは、初めから制御下に置いておくべき。
そんな判断は正解だったらしいと、ステラは内心で溜息を吐く。色々と文句があるが、さて、師匠のどちらに言うべきなのか。