なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 再び書庫に戻ってきた三人は、膨大な量の本を前に動きを止めた。

 

 分厚いハードカバーから紙を綴じただけのノートまで多種多様、四方の壁を埋め尽くす量の蔵書。5~6000冊くらいはあるだろうか。

 速読や流し読みをするとしても、流石に現実的ではない量だ。

 

 「この量の本を一人で全て検めるのは時間がかかりすぎる。とりあえず三人で手分けして、それらしい本を探そう。内容を精読するのはお前に任せる」

 

 取り敢えず魔術的なトラップが仕掛けられていないことだけ確認して、あとは個々人が物理的なトラップに警戒しつつ、流し読みで情報収集。

 それらしい、或いは不審な記述や単語を確認次第、ルキアに回す。

 

 そういう形なら、二人の精神の安全と時間効率を、どちらもそれなりに確保できる。……たぶん。

 

 「そうね。流石に、絵や文字を一瞥しただけで、即座に精神に悪影響が出るなんてことは……ない、と思いたいけれど」

 「即死、または即発狂モノのトラップはないはずだ。そのレベルの殺意や害意があれば、私たちは既に死んでいる」

 

 彼女らしくもなく、ステラはこの空間に来てから何度目かになる言葉を繰り返す。

 無駄を嫌う彼女が苦笑もせず繰り返す程度には、不安を感じているようだ。

 

 ただ殺すことが目的なら、三人はここに転移した時点で、壁や床の中に転移していた。或いは聖痕者の魔術耐性を貫通する転移や、人類の最高火力を受け止める防壁を作る能力を、攻撃に活かせばいいだけのこと。

 

 そうなっていない時点で、直接的な殺意はない。

 

 しかし──この期に及んで、なおも“設計者”の主目的が見えてこないのが不気味だ。

 

 人類の常識を外れた智慧に拘りがあるようだが、その付与や拡散が目的なら、この空間を館という形にデザインする必要はない。

 図書館や博物館という形態の方が、知識の付与にはずっと適しているだろう。

 

 智慧を与えるだけなら、大量の本を用意して「全部読むまで出られない」というギミックにするとか、もっと効率的なやり方がある。

 

 まあ、単に機能に特化した無粋なデザインを嫌っただけかもしれないが。

 

 「殺意も害意も悪意もなしに、ただ在るだけで、同じ空間に居合わせた人間が死ぬ──そういう類のモノも居るけれどね」

 

 とはいえ、恐怖に震えて、恐ろしい予想に縛られていては、無為に時間が過ぎるだけだ。

 時間経過で救助が来る可能性が著しく低い以上、体力や集中力が落ち始める前に片を付けなければならない。

 

 ステラはおっかなびっくり、ルキアはそれより少しだけ心の平穏を保ちつつも、やはり恐れを滲ませて、大量の本の検分に取り掛かる。

 イライザは罠に対する警戒こそ強く持っていたものの、二人よりは恐怖の質も量も低く、中身を読むことに躊躇が無い。

 

 有用な記述を探して本から本を渡り歩くペースは、ルキア、イライザ、ステラの順で速かった。

 

 「そういう手合いは、こんな迂遠で冗長な悪意を人間なんかに……」

 「向けそうなのを、私も貴女も知っているのよね……」

 「アレが絡んでいるなら、もっと悪辣なものになっていそうだが……」

 

 視線を本に固定したまま、ひそひそと囁きを交わしていたルキアとステラ。

 二人は背後から近づいてくる気配に気付き、ほぼ同時に口を閉じた。

 

 「あの、お話し中のところ失礼します。この本なのですが……」

 

 イライザは紙束を紐で閉じただけの、簡易なノートを持っていた。

 表紙にあたる部分には、速記体ではなく流麗な筆致の飾り文字が躍っている。

 

 表題は──『黒山羊の館』。

 

 「中は速記体で書かれていて、流し読みが出来なかったんです。あ、いえ……たぶん、速記体だと思うのですが」

 

 多分って何、とルキアもステラも思ったが、慄きつつ開いてみれば、書かれているのは確かに速記文字だ。単純に見慣れていないイライザは確証が持てなかっただけだった。

 ルキアが自らペンを持って速記する場面なんかまず無いが、知識として知ってはいるし、読むことも出来る。

 

 「……読んでみるわ。少し待って」

 「お願いします。ええと……他に何かないか、探してみますね」

 

 イライザの表情や視線はノートの内容に興味を示していたが、そう言って探索に戻る。

 読み上げなんかお願いするわけにはいかないし、無礼を承知で後ろから覗き込んだところで、速記文字を読めないから意味がないからだ。

 

 ステラも「何かあれば自分から言うだろう」と判断して、一応は常にルキアを視界の端に留めながら本探しに戻る。

 ルキアの様子がおかしくなれば、いつでも気絶させる心構えだ。

 

 そして肝心の、手記を読んでいる当人は──静かなものだ。

 色素の薄い儚げな美貌は仮面のように表情を整えられ、赤い双眸が怜悧な光を湛えている。疲れを感じさせない芯の通った立ち姿、文字列を追う真剣な眼差しは、同性である二人さえ目を惹かれるような空気を醸し出していた。

 

 ルキアの視線は素早く文字列を追い、ページを捲る手つきにも澱みはない。

 

 しかし、彼女の脳は凄まじい速度で回転し、大量の、人類の常識を外れた知識の理解と記憶に努めていた。

 

 ノートは設計図──より正確には、設計図を書くための構想メモのようなものだった。

 どのような空間を作るか。そのためにどのような魔術が必要で、どのような怪物を配置し、どうやって「客人」を誘導するか。エトセトラ。

 

 速記体なんかを使っているだけあって、走り書き、殴り書きが多い。

 邪魔なものも沢山ある。曖昧で判読不能なところ、恐らく独自の略語、聞いたことのない単語、乱雑に塗り潰すような取り消し。

 

 逆に、乱雑な円で囲った適当な強調もあった。

 『空間の攪拌(シャッフル)』『ナーク=ティトの障壁』『ディメンジョン・シェルター』──どれもこれも魔術のような記述だが、ルキアが聞いたことのない名前だ。

 

 ご丁寧に効果まで書いてくれているが、解除方法や魔術式についての言及はない。このノートを最後まで読んだからと言って、その魔術を使えるようになったりはしないだろう。

 

 更にページを捲ると、配置されている神話生物についての記述があった。

 

 『シュブ=ニグラスの落とし仔──啄むもの』。

 その名前に、ルキアは大して反応しなかった。さっき読んだ黒い本で、既に見ていたからだ。

 

 ただ、付記に関しては初見の内容だった。 

 曰く──素体の調達が容易かつ与える乳の量も少なく済むが、知能が低く、状況に応じた動きなどは期待できない。特定の動きを覚えさせ使い捨てる運用に向いている。

 最後に『毒見役』という単語が丸で囲われていた。

 

 「……」

 

 ルキアは無言のまま先を読み進める。

 

 次は『シュブ=ニグラスの落とし仔──木立の子』とある。

 『インテリア』という単語が丸で囲われているだけで、詳細については何も書かれていない。

 

 だがルキアには分かる。先に読んだ黒い本に、それについての記述があった。

 

 これは執務室にあった、血に植えられた植物のことだ。

 一定量の水分と栄養を得るまで、莢の状態で何千年もの時間を過ごすことができ、隕石に乗って星々を渡ることすら可能。

 

 莢は直径十五センチほどで、人間を含む大型動物の血に浸すと発芽し、成長を始める。

 若木の段階まで育つと、より多くの水分と栄養を求めて「宿主」を探す。生き物を見つけると葉を纏わりつかせて血を吸い、体内へ浸透、内臓に蔓を巻き付かせ、血肉を啜りながら急速に成長する。

 

 そして最後には脱皮──いや、()()し、()()する。植物という原始的な形態と、最早用済みとなった“繭”を捨て、自由に歩き回れる肉体を得るのだという。

 

 何とも恐ろしい生態だが、ここにいる個体の脅威度はそれほどでもない。

 血の培地の栄養が良いのか、人間を感知しても寄生しようとしなかったし、動き出す様子もなかった。

 

 まあ、あの“机”に噛みつかれながらも紙片を取り出し、植物のツタを切って応急手当に使ったりした場合は、もはや脅威云々ではなくなるが。

 根本から切り取られたツタは栄養を求め、巻き付いた人間に寄生する。即座に大量の毒を飲んで寄生体を殺すか、外科手術でもしなければ、24時間で致命的な内部欠損を負い、48時間後には羽化が始まる。

 

 「触るな近づくな」と言ったルキアの直感は、少し過剰ではあるものの、間違ってはいなかった。

 

 ページを捲ると、また別な存在についての記述がある。

 

 『シュブ=ニグラスの末裔──ティンダロスの猟犬』と。

 

 「……」

 

 さっきの本では見なかった名前に若干の興味を惹かれつつ、ルキアは無言で読み進める。

 

 曰く──ティンダロスの猟犬は最も個体数の多い、シュブ=ニグラスの系譜である。

 彼の母神の直接の子であるとも、孫にあたるとも言われるが、その在り方は非常に原始的。

 

 憎悪に任せた高い攻撃性と執念を持ち、名の通り猟犬として飼育下にある個体が種の大部分を占める。遠吠えによって仲間を呼び、断末魔は別次元から新たな追跡者を呼び寄せることがある。

 

 個体によって戦闘能力に差はあるが、一般個体でも剣と鎧で武装した人間を殺すことに苦労はない。上位個体ともなれば、歴戦の魔術師でも容易に仕留められる。

 王種という分類の個体もいるそうだが、言及は僅かだ。『有意性のある記録証言無し』とだけ。

 

 この空間には一匹の上位個体と、通常個体が十匹いる旨も書いてある。

 

 僅かな空行のあと、『ディメンジョン・シェルター内では遠吠えも断末魔も無意味』とあるが、適当な二本線で消して『無関係。殺すことが目的ではない』と付記されていた。

 

 それから──特殊な潜伏・移動の方法についても。

 

 「……」

 

 手記はそこで終わっていた。

 ルキアはページを戻り、読み落としが無いかを確認しながら思考を回す。

 

 まずは整理しよう。

 

 この館は『ディメンジョン・シェルター』という魔術で作られた異空間であり、更に『ナーク=ティトの障壁』という魔術で物理的損壊を防いでいる。

 設計図によれば、これらの起動と維持に使われる魔法陣は更に別の異空間にあり、事実上の無敵。術者でなければ、或いは異空間を探して侵入する方法でもなければ、干渉も改変も出来ない。

 

 『ディメンジョン・シェルター』には基本的には招かれた者しか入れないが、特殊な耐性を持っている場合、招かれたとしても入れない場合があるという。

 恐らく、フィリップにはあったのだろう。

 

 二階と合わせて十二個ある居室は、『空間の攪拌(シャッフル)』という魔術で混ぜ合わされている。

 閉鎖された複数の空間をランダムに入れ替えるだけの、単純な効果の魔術だ。たとえばワインとビールとウイスキーの瓶の中身を開けずに入れ替えたり、閉じた部屋から閉じた部屋へ、家具だけを丸ごと移動させることが出来る。

 

 ……もしかしたら、人間の内臓を入れ替えることも出来るかもしれない。

 

 まあ効果が分かりやすいというだけで、現代魔術で再現するのは不可能だ。

 

 シャッフルは扉や窓を開けて閉鎖が解かれた瞬間に終わり、以降は再閉鎖しても配列が変わることはない。

 

 設計図によれば、この空間から脱出するためのアーティファクトが、客間の()()()にある。部屋がシャッフルされ絶対位置が定まっていないから、「どこか」という表現を敢えて避けたのだろう。

 

 アーティファクトのない居室には各一匹の『ティンダロスの猟犬』が配置されており、ハズレを引けば確実に襲われる。

 

 とはいえ戦って勝てない相手ではないようだし、逃げながらアーティファクトを探すという対処も出来そうだと、ルキアは他にも幾つかの対策を考えた。

 

 「……そろそろ読み終えたか?」

 「あぁ、えぇ、ごめんなさい。多分、これで当たりよ。他に有用そうなものはあった?」

 

 ステラとイライザのことを忘れるほど読み耽っていたことに気付き、ルキアは軽く頭を振った。

 眠気を払うような仕草だが、頭も目も、むしろ痛むほどに冴えている。

 

 「いや。見る限り動植物についてと、医学薬学、あとは精神医学の本が多いな。あいつは喜びそうだが、脱出の手掛かりになりそうなものはない」

 「あと、なんだか難しそうな魔術の本とか、数学……? だと思うのですが、数字が沢山出てくる本くらいでしょうか。全部を確かめられたわけではありませんが」

 「……それなら、これに書かれたものを全てとして、情報を共有するわ。理解できないものについては理解しようとしないで、聞いたままの情報を覚えるだけに留めること」

 

 言って、ルキアは行動の正否を問うようにステラを見遣る。

 

 この行動は最適か──無言で投げかけられた問いに、同じく無言の頷きが返った。

 

 

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