なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 一瞬前まで居た灰色の森林とは打って変わり、落ち着いた白色の壁を黒色の木材とオレンジ色の明かりが飾る、広々とした室内。

 

 磨かれた石のタイルが張られた床は、更に薄いカーペットで彩られている。

 

 「……っ!?」

 「……ふむ」

 

 驚愕の声を美意識で押さえ込んだルキアの隣で、ステラは敢えて声を出す。余裕を示し、また自己暗示するかのように。

 貴種二人にとって、動揺や感情の制御は慣れたものだ。

 

 「えっ? えぇっ? わ、私たちさっきまで……っ!」

 

 パニックに陥りかけたイライザだったが、ステラが目の前で指を弾いて思考を中断させる。

 乾いた音の刺激と、強い人(ステラ)がとても落ち着いていることで、イライザはどうにか恐慌状態に陥らずに済んだ。

 

 だが、心中に占める恐怖と危機感の総量で言えば、一見して冷静に見える二人の方が大きい。

 

 「……ステラ。フィリップが居ないわ」

 「アンテノーラもな。……やられた、という言葉が正しいのかは分からんが、そんな気分だ」

 

 珍しく内心の透ける声で言ったルキアに、ステラは不敵な笑みを作って返す。

 

 状況は最悪に近しい。

 何が為され何が起こったのか全く分からない状況。だというのに、対未知に於いてこの上なく頼りになる有識者が居ない。

 

 よしんばフィリップにも何も分からなかったとしても、居てくれるだけで安心できるのだが。無事を確認できるという意味でも。

 

 アンテノーラの不在も地味に痛い。

 所有者であるフィリップ以外に歌を捧げる気はないと明言し、ともすればミナよりも「その他」に無関心な彼女だが、それ故にフィリップも一定の信頼を置いている。

 

 いや、信頼とは少し違う。

 ルキアやステラにそうするように、命や精神を守ろうとする気配を見せない。まるで何があっても死ぬことはなく、狂うこともないと知っているかのように。シルヴァの性能に対する信用が近いか。

 

 二人としては羨ましくもあり、恐ろしくもあるのだが──とにかく「あちら側」が一人もいない状況になってしまった。

 

 「……取り敢えず二人とも落ち着け。誰の仕業かは分からんが、私たちを即座に殺すつもりはない」

 

 周囲を警戒しつつ、ステラは確信に満ちた口ぶりで言った。

 

 ルキアは「そうね」と端的な同意、イライザは「ど、どうして分かるんですか?」と困惑と疑問、と正反対の反応を見せる。

 

 「空間転移だぞ? 私たちの耐性を貫通し、三人同時に、それも魔法陣の設置もなしにやってのけた。殺すつもりなら、その人間離れした魔術能力を攻撃に使えば良いだけだ」

 「あるいは、壁や扉と同じ座標に転移させる、とかね」

 

 ルキアの言でイライザも慄いて納得したが、ルキアとステラの警戒心には及ばない。

 

 即座の殺意が無くて良かったね、ではない。

 

 ()()()()()()()のだ、この状況は。

 ルキアにもステラにも魔術の気配を察知されず、直接干渉の空間転移を行った。

 

 誰か知らないが下手人が本気なら、三人ともとうに、何の反撃も出来ずに死んでいた。それだけの力が、能力がある相手。

 

 ()()()()()()

 それが敵の最低ライン──つまり、確実に人外が絡んでいる。

 

 「安心しろ。似たような状況には覚えがある。……まあ、あの時はカーターが一緒だったが」

 

 何の前触れもなく、魔力の予兆すらなく、全く違う空間へ移動した経験が、ステラにはある。

 

 その経験と、即座の殺意はないという予測に基づいて考えると──。

 

 「ルキフェリア、魔力視は使うな。それとウィレット、必ず私かルキアの傍に居ろ。命令には即座に、躊躇せず従え」

 「は、はっ!」

 「分かったわ」

 

 イライザは背筋を正して小気味よく返答する。

 元よりそのつもりだったルキアも、余計なことは言わずに頷いた。

 

 単に落ち着いているとか、観察洞察に基づく思考や判断なら話は別だが、フィリップと一緒に経験したことから出た言葉なら全幅の信頼に値する。

 

 「誰か居ないか!」

 

 いきなり声を張り上げたステラに、イライザは目を剥いて驚いた。

 大声に、ではなく、こんな何も分からない状況で、わざわざ自分たちの存在や位置を知らせるような真似に、だ。まさか無策ではないだろうが、それでもリスクが大きい。

 

 イライザの心配に反して、敵がぞろぞろやって来るなんてことはなかった。

 声が僅かに反響して、空間の広さと、他に何の音もないことを感じさせるばかりだ。

 

 幸運にも、ではなく、ステラの推測通りに。

 

 「……まあ、そうだろうな。むしろありがたい」

 

 小さく肩を竦め、ステラは無造作に歩き出した。

 

 エントランスホールの中央まで歩くと、館の大まかな構造が分かる。

 広いホールから左右に廊下が伸び、突き当りに二階へ続く階段がある。廊下には壁の左右に一つずつ、左右の廊下で対称に、合計四つの部屋があった。

 

 ホールの最奥には中庭に続く窓付き扉があり、彫刻入りの飾りガラスの向こうには、華やかな庭園が見える。植栽はよく手入れされ緑も花々も色鮮やかで、白い石造のガゼボは輝かんばかりだ。

 庭の両側には建物があり、屋敷はコの字型なのだと分かった。

 

 屋敷の内外を観察しながら、ステラはつかつかと平坦な歩調で進む。

 ホールの奥、中庭へ続く扉の方へと。

 

 「お、お待ちください、王女殿下。私が安全を確認して参ります!」

 「問題ない。部屋に入らない限りは安全だ。廊下に危険を配置するほど殺意があるなら、私たちは壁の中に転移していたさ」

 

 イライザが慌てて背中を追うが、その足はすぐに止まる。

 迂闊に動くのが怖かったからではなく、ルキアが動かなかったからだ。

 

 「あぁ、当然のように開かないものと思っていたが、一応ドアを試してみろ。撃つ前には一声かけるんだぞ」

 

 ええ、とルキアは端的に応じ、重厚で威厳のある木製の玄関扉に手を掛ける。

 力を込めても、扉はぴくりとも動かなかった。鍵や閂の類ではない。動く機能のない壁にドアノブだけ付けたような、遊びのない手応えだ。

 

 「撃つわよ」

 

 言って、ルキアは周囲の光を掌中に集めた。

 小指の爪ほどに小さな光球を見て、ステラはホールの探索に戻る。

 

 人類が使える魔術の中で、火力と貫通力に最も長けるのは『明けの明星』。アレでブチ抜けない防御なら、他の何でも貫けない。

 

 そして──光故の無音で撃ち出された純エネルギーの槍は、光速でドアに着弾し、しかし何の影響も齎さずに消え失せた。

 有り得ない。本来なら着弾した瞬間、エネルギーの塊である『明けの明星』は膨大な熱を生み、大爆発を起こす。それすら無く、光が拡散しきって消えるように、全てのエネルギーが完璧に吸収された。

 

 宇宙空間で魔術の持続限界を迎え、ただの光として散逸するように。

 

 「……無理ね。やっぱり、というのは癪だけれど」

 「こちらも、扉も窓も開かないし破壊も出来ない。そんなことだろうとは思ったが」

 

 自分は何をすべきかとあわあわしているイライザを余所に、二人は冷静に仮説と検証のサイクルを回せていた。

 

 尤も、「やっぱり出られなさそうだ」「やっぱり相手は化け物だ」という、諦めに繋がる情報しか手に入らないのだが。

 

 「わ、私も試してみてもいいですか? 聖剣なら、もしかしたら」

 「あぁ、あまり期待は出来ないが。二人とも、なにか不審な兆候があれば、すぐに私に報せろ。いいな?」

 

 イライザは真剣な顔で詠唱し、聖痕と聖剣を起動する。

 監督役にルキアを残し、ステラは左側の廊下に足を進めた。

 

 左廊下の二部屋は、玄関()側が『応接間』、中庭()側が『客間』。扉にそう書かれたプレートが貼ってある。

 

 突き当りに差し掛かり、ステラは歩調を緩めて考える。二階か、角を曲がった先の廊下か。

 流石に二階に行くとルキアたちから遠ざかり過ぎるし、今は一階の探索に留めておくべきだろう。

 

 その判断に沿って歩を進め──ステラは首を傾げた。

 気が付くと、ステラはエントランスの方を振り返っていた。そんなつもりも記憶もないのに、廊下を逆戻りしてエントランスの方に歩いていて、愕然とした表情のルキアが見える。

 

 何か妙だという具体性のない疑問と危機感は、すぐ隣にある扉のプレートを見て、はっきりと形を持った。

 玄関()側は『執務室』、中庭()側は『書庫』。

 

 振り返った形なら、左手に中庭があるはず。なのに実際には、右。

 エントランスホールとの位置関係を見れば、間違いない。左廊下を歩いていたはずのステラは、一瞬で右廊下に移動している。

 

 「……嘘でしょう?」

 

 驚愕のあまり声も出ないステラの代わりのように、ルキアが慄きに唇を震わせた。

 

 しかし、彼女は自分の目で確かめたいのをぐっと堪える。

 一番弱いイライザの側を離れるべきではない。だが想像している通りの現象なら、是非とも観察と解析がしたい。

 

 山のような質問を喉元で押し留めているルキアのところで戻る途中、ステラはふと、窓の外を見て足を止めた。

 数秒ほど立ち尽くし、再び平時の足取りで歩き出す。

 

 彼女がエントランスホールまで戻ってくると、イライザも実験を終えて聖痕から現れる六枚羽を仕舞ったところだった。

 服の背中が焦げ落ちて穴が開いていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 「申し訳ありません。王女殿下の仰った通り、聖剣でも破れませんでした」

 「だろうな。というか、物理的な干渉でどうにかなる気はしない」

 

 言って、ステラは首を傾げて窓の外を示した。

 

 中庭の花々や塀の外に見える森の木々が靡き、霧が漂い、鳥が飛び──その全てが停止している。

 羽ばたきを半ばで止めた鳥も、風に吹かれて枝を離れた木の葉も、微細な水滴さえも、何もかもが落ちることなく空中に固定され止まっている。

 

 「時間や空間への干渉は重力系統、闇属性魔術の領域だ。つまりお前の専門だが」

 「魔力を全く感じない時点で、私も貴女も専門外でしょう」

 

 ステラの言葉に、ルキアは苦笑交じりに答えた。

 

 魔力を感じない。ということは、これらすべての現象は魔術ではないのだ。

 いきなり謎の屋敷に連れて来られたのも、建物の端から端まで瞬間移動したのも、人類の最高火力が完膚なきまでに受け止められたのも、何もかも。

 

 少なくとも魔力を用いて超常を為す、人類の技術体系に属する魔術ではない。

 現代魔術、呪詛、奇跡、そしてフィリップが使う領域外魔術。それらのどれでもない。

 

 「時間干渉。それも完全停止に見えるわね」

 「つまり、外からの……師匠や衛士さんたちの救助は望めない、ということですか? ど、どうすれば……」

 

 驚きを通り越して感嘆すら滲ませたルキアの言葉に、イライザは悲壮感を漂わせる。

 ルキアも同じく、この手の異常事態に於いて最も頼りになる相手が、どうあっても助けには来られないことに恐怖と絶望を感じる。どうすればいいのかと、同じく思う。

 

 しかし二人には明確な違いがある。

 

 イライザの「どうしよう」は単なる恐怖と困惑であるのに対し、ルキアの「どうしよう」は明確な意図を持っての思索だ。

 どうやってこの状況を打開しよう、という思索だ。

 

 「……最優先は、この壁を破るか、或いは扉か窓を開ける方法を、ここから出る方法を探ることだな。どう思う?」

 「この世に無敵の防御は存在しない。魔術師なら誰でも知っている基本法則よ」

 

 ステラの言葉に、ルキアは淀みなく答える。

 二人の思考はほぼ一致しており、ほぼ同じ速度だった。

 

 一見して物理法則を超越している魔術だが、全くの無法ではない。物理現象や化学作用と同じく、一定の法則が存在する。

 

 「魔術によって生じたエネルギーは、その魔術自体が崩壊して魔力に還る場合を除き、同等の熱と仕事に変換される。つまり魔力障壁で攻撃魔術を防ぐ場合、攻撃者の消費魔力を魔術式に通した最終エネルギー量分の耐久力を持たなければならない」

 「明けの明星……光に疑似質量を与えエネルギー化する極大火力。これを防ぐとなると、斥力や吸収ではないな。概念的な遮断か」

 

 ルキアとステラの会話に付いていけず、イライザは話を振られないように静かに気配を薄めていく。

 

 二人はそれに気付いていたし、イライザが魔術に明るくないことを分かっているから、話を振るつもりもない。

 ここにフィリップが居ても──まあ、魔術学院の授業で習ったことを覚えているかの確認くらいはしたかもしれないが、魔術方面での知識や解決策を求めることは無かっただろう。

 

 「こちらも空間隔離魔術を使ってみるか?」

 「一案ね」

 

 言うが早いか、ルキアとステラはそれぞれの持つ神域級魔術を行使する。

 

 天体級の重力子を以て一切の干渉を撥ね退ける物理遮断と、物理実体を持たない音や風さえも焼き尽くす概念の炎。

 そのどちらともが、シックな装飾の施された壁を、扉を、精緻な彫刻に飾られた窓ガラスをも傷つけることなく終わった。

 

 ルキアとステラは落ち込みも驚きもしない。

 ただ「やっぱり」と、予期した通りの結果を受け入れるだけだ。

 

 「だろうな。となると、やはり領域のルールに則って脱出するしかない」

 

 長丁場になりそうだと、ステラは軽く伸びをした。

 

 

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