なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 コカトリス。

 平均体高3~5メートル、体長15メートル。蛇と鶏の合いの子のような姿をしており、血液だけでなく吐息、果ては視線までもが猛毒。

 

 兵士が槍を刺せば伝った血液が兵を殺し、吐息は空を飛ぶ鳥を溶かし、視線は動物や木々までをも即死させるという。

 それどころか、山中でコカトリスが水源に口をつけると、流れ出る全ての川が毒に侵され、何千人もの死者が出たとか。

 

 聖典にも登場し、英雄譚や冒険譚では選ばれた人間のみが打ち倒せる強敵として描かれる。

 聖人が命と引き換えに槍で突き殺したなんて逸話もあるし、英雄の魔剣で倒されたとか、神が遣わした天使と死闘を繰り広げたとさえ謳われている。

 

 王国はアルカス侯爵領、グラウバルトという森の中で封印されているという個体は、封印術式を内側から食い破らんと魔力を垂れ流し、封印の周囲の木々を石に変えているそうだ。

 森は毒に蝕まれたように生気を失い、植物はどれも色の鮮やかさを失っている。

 

 侯爵家に伝わる伝承では、数代前の当主が領民を守るため、森の精霊ドライアドと協力して封印したとか、なんとか。

 

 かなり危険な相手ということで、王国側も「ちょっと連携の練習してきます」「はい分かりました」とはいかない。

 当然ながら、支援には大量の人員が充てられた。

 

 新造された近衛騎士団、衛士団、アルカス領主軍など混成。戦闘部隊だけでなく補給や医療専門の部隊も含め、10000人以上。

 戦闘部隊の長は本気装備に身を包み、次元断の魔剣ヴォイドキャリアを携えた衛士団長だ。

 

 だが一瞥で人を殺す化け物相手に、一人も一万も大差ない。

 視界に入った時点で死だ。

 

 彼らは木々の一部が灰色の石に変わった森、グラウバルトの外で待機する。

 森の中に入りコカトリスと対峙するのは、いずれ魔王と対峙することになる四人。

 

 イライザ、ルキア、ステラ、そしてフィリップだけだ。

 正確にはアンテノーラも含めて五人なのだが、彼女は「戦闘に参加する気はない」と明言しているので、いつも通りフィリップの支援要員として付いてくる。

 

 作戦はある。

 まずルキアが魔術で一行を包む闇の繭──正確には光を一方通行にし、内から外は見えるが逆は通らない幕を作り、「見る」ことで効果を発揮する魔眼を無効化する。

 

 毒の吐息はステラが焼却し、こちらも無効化。

 

 問題になるのはその後だ。

 

 ただ息をしているだけで人を殺せるコカトリスは、その上、高い魔術能力を持っているという。

 侯爵家に残っていた文献では、強酸性の液体を光線のように飛ばしてきたり、毒の沼地を作り出したりと、かなりの攻撃力を誇るらしい。

 

 ……結論から言うと、連携訓練は失敗した。

 

 戦闘は約一秒で終わった。

 

 「──えっ?」

 

 と、思わず漏らしたのは誰だったか。

 ルキアもステラもイライザもアンテノーラも、勿論フィリップも、全員が「自分だ」と言うだろう。

 

 「……確か事前情報じゃ、聖剣か神罰術式か、魔眼の反射か、さもなければ天使の降臨ぐらいしか対抗策がないって話でしたよね」

 

 フィリップは呆然と、伝説の魔物の骸が黒い粒子になって消えていくのを見送る。

 死骸のシルエットが泡立ったように欠け、水玉模様に穴が開いているのは、消滅現象のせいばかりではない。

 

 「まあ……伝承が誇大気味になるのはままあることだ」

 「……そうね」

 

 ひときわ大きな樹木の洞穴に安置された、どす黒い水晶玉。

 それがコカトリスの封印だった。収められた大樹は完全に石化し、木の姿を模した彫刻のようだ。

 

 闇の繭の内側からステラが干渉し、封印を解除した直後。解き放たれた伝説の魔物は高い攻撃性と殺傷力を発揮し、強酸液をレーザーのように飛ばしてきた。

 

 ルキアは即座に反応し、上級攻撃魔術の光線を連射して全ての攻撃を蒸発させ──光線は勢い儘に、コカトリスの全身に風穴を開けた。

 

 万が一ルキアが防ぎ損ねた場合のために魔術を用意していたステラも、フィリップの外皮強度を上げる歌を準備していたアンテノーラも、隙を見て距離を詰めるために身構えていたイライザも、「これが『明けの明星』なら終わってるのかなあ」なんて思っていたフィリップも、全員が困惑の声を漏らす。

 

 そしてコカトリスは地面に倒れ伏し、その骸は完全なる死を示すように崩壊を始めた。

 

 牽制程度の攻撃だった。

 一発や二発ではなく二十発くらいは撃ち込んだが、それでも上級攻撃魔術()()。本職の戦闘魔術師なら普通に使えるレベルの魔術だ。

 

 同時に二十発を、初っ端の牽制程度に使えるかはさておき……聖剣とか魔剣とか、天使の降臨なんかには程遠い。

 

 「大袈裟な謳い文句を信じ込んで無惨な死を遂げた馬鹿を、僕は何人か見ましたけどね。というか、僕が殺したんですけど」

 「敵を強く見積もる分には害が少ないとはいえ……いや、今回は味方を過小に評価してしまったのか?」

 

 つい最近も似たような肩透かしを食らった気がする、とフィリップは嫌厭の溜息を吐く。

 

 ステラはそれなりの数の資料を読み、コカトリスについて調べた上で「最適」と──的役に最適と判断したのだろう。

 

 フィリップとルキアもステラの言葉には重きを置くし、同じく森の精霊に封印されていた存在、最上位吸血鬼ディアボリカを覚えているから、同じくらいの強敵なのだろうと思っていた。

 

 アンテノーラは陸の魔物に詳しくないし、イライザもフィリップ同様、冒険譚や英雄譚の情報から、コカトリスを相当に強い魔物だと思っていた。

 

 結果は既に語った通り。

 

 「……私──」

 「謝らなくていいですよ。魔王はもっと火力の高い魔術を四人同時に撃って牽制になるかどうか、って話ですから、あれでも加減し過ぎなくらいです。ルキアのミスじゃないですよ」

 

 きまり悪そうに口を開いたルキアの言葉を、フィリップは半ばで遮った。

 

 「とはいえ伝承が──四十以上の文献全てが間違っていたとも考えにくい。封印のせいで衰弱していたのかもしれないな」

 

 ステラの言葉に、フィリップは「そうですね」と記憶を掘り返して頷く。

 

 ディアボリカも封印から出てきた時には、ストックを全損した状態だった。当時の、まだ近接戦闘の訓練を始めたばかりのフィリップを練習相手に、戦闘勘を取り戻そうとしていたくらいだ。

 もしやコカトリスも過去のシルヴァが、と思ったが、口に出して訊く前に「ちがう」という意思が脳内に響いた。

 

 「その……聖典に登場するほどの大魔獣を倒したわけですから、「めでたしめでたし」では駄目なのでしょうか」

 「……ははは」

 

 可愛らしいことを言うイライザに、ステラは乾いた笑いを溢し、ルキアは何とも言えない顔で目を逸らした。

 聖典の内容を無邪気に信じられるような、生温い人生は送っていない二人だ。

 

 逆に冒険譚の類でコカトリスを知っていたフィリップは、「そう言われると否定しづらくはあるけど」と苦笑交じりの同意をみせる。

 しかし、だ。

 

 「僕らは魔物討伐に来たわけじゃないからねえ……」

 

 というか討伐が目的なら、勇者一行抜きの遠征師団でもまだ過剰だ。たぶん衛士の中隊一つで事足りる。

 

 即死の魔眼は恐ろしいが、魔眼とはつまり邪視──“見る”という呪詛。

 そして呪詛は現代魔術に比べ秘匿性に優れるが、代償と呼ぶのも憚られるほどに耐性貫通力が弱い。ミナでさえ、ルキアたちに魔眼は通じないと言っていた。

 

 魔術師の支援魔術と援護砲撃を受けた精強な戦士たちなら、問題なくレジストして戦えただろう。

 

 全く以て──備え甲斐のない相手だった。

 

 「さっさと帰って、別の“的”を探そう」

 

 ステラは内心の苛立ちを完璧に隠し、平然と笑ってみせた。

 

 先んじて森の外に足を向けた彼女に、フィリップたちも続く。イライザが「あ、私が先頭を歩きます」と、少し慌てて歩調を速めた。

 

 今回の遠征は失敗だ。それも結構な。

 一万人の兵士を動員するにあたり、膨大な額の支出があった。勿論、魔王討伐への備えと、封印されているとはいえ潜在的危険であった伝説の魔獣の駆除とで、利益の方が大きくなるよう調整はしたが。

 

 結果としては、まあ、見込み利益の3割か4割といったところ。

 

 過去の意思決定点に於いて、最適な選択はした。

 だが情報が間違っていては、その最適性も覆る。

 

 「……敵役をアンテノーラさんの歌で強化するのはどうですか? 魔術耐性が上がれば、事故は避けられるかと」

 

 わざわざ敵を強くしてはどうか、なんて、彼女らしからぬことを言うイライザ。

 先の瞬殺が、それほどに衝撃的だったのだろう。

 

 不完全燃焼、というか、チューニング程度にしか歌えなかったアンテノーラは、水を向けられても不機嫌そうな顔のままだった。

 

 「所有者様以外に捧げる歌などありませんわ」

 「──だそうだ」 

 「そ、そうですか……」

 

 ステラは面倒そうに嘆息する。

 フィリップが人外に好かれるのも、よく分からないモノを従えるのも今更の話だが、従えるのならちゃんと手綱を握って欲しいものだ。

 

 まあ、人魚も人間に優越する化け物ではある。

 人間とはどういうモノかを考えて行動するフィリップでは、強く命令出来ないのかもしれない。或いは、命令に従わないという確信を持っているか。

 

 「あとアイデアとしては、サークリス公爵領の“ペンローズの虚”なんかを利用して……ん?」

 

 不意に視界が白み、ステラは言葉を切る。

 個人的な眩暈や立ち眩みではないようで、先頭を歩いていたイライザも足を止めていた。

 

 「……霧? 随分と急ね」

 

 ルキアが怪訝そうに呟く。

 何の前触れもなく、周囲は霧に包まれ始めていた。

 

 固まって歩いていた一行が互いを見失うほど濃いわけではない。しかし、視界は平時の三分の一まで下がっている。

 一応、森の中は予め随伴部隊が掃討して安全化されているが、魔物は神出鬼没、発生のメカニズムさえ定かではない。完全な無からポンと現れた事例こそないものの、森には色々と澱みがある。

 

 特にこの森は、強大な魔物を長く閉じ込めていた。悪性の魔力が滞留し、そこから新しく魔物が生まれるなんて可能性も無いではない。

 

 「この辺りは基本的に温暖なはずだが、今日は涼しいからな。森の中なら霧が出たとて不思議はない」

 「ですね。一応魔物と、あとは足元に注意して……って言った側から靴紐が解けたので、ちょっと待ってください」

 

 フィリップは膝を折って靴紐を結び始めた。

 全員が止まり、なんとなく周囲を見回す。警戒する、というには気の入っていない、ただ手持ち無沙汰に景色を見るような動きだ。

 

 そして、瞬きの後──。

 

 「──え?」

 

 困惑の声が三つ重なる。

 ルキア、ステラ、そしてイライザのもの。

 

 霧によって明度が落ち、コカトリスの毒がコントラストを奪っていた灰色の森の景色は一転し、温かな色の明かりに照らされる。

 

 そこは、見覚えのない屋敷の玄関ホールだった。

 




 今回のテーマ:フィリップくん不在クローズド
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