なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
シナリオ25 『黒山羊の館』 開始です
必須技能は【目星】【図書館】等探索技能、各種戦闘技能です。
推奨技能は【クトゥルフ神話】です。
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イライザの抱えていた些細な問題を解決して、王都に戻ってきたのが二日前のこと。
またしても王城に呼ばれたフィリップは、ルキアと一緒にステラの居室を訪れるや「次の仕事だ」と言われて、「また!? 今度は何ですか?」なんて苦笑していた。
「いた」とは過去形だ。
ほんの十数秒前、ステラが「次の仕事」の具体的な内容を語るまでは。
いつものようにティーテーブルを囲んだ三人の間には、いつもの和やかな空気は無い。
「龍狩り、ねぇ……?」
いつになく刺々しい声だった。
直接それを向けられたわけではないルキアが、震えそうになった自分の肩を抱くほどに。
単身で龍を狩ってこいと言われたわけではない。
というか、ステラがそれを必要とするのなら、フィリップはぶつくさ言いつつも従う。「殿下が言うのなら必要なのだろう」と、無条件の信頼を行動で示す。
だが今回はそういう話ではなかった。
ステラはこう言った。
──魔王真体の予行演習兼、勇者と聖痕者の連携訓練だ。
ステラ自身の発案ではなく臣下からの具申だったそうだが、こうして口にしているということは、彼女自身も必要性を──合理性を見出したということなのだろう。
「幸運、もしくは寿命を失うこと以上に、魔王討伐の予行演習に重きを置くと」
魔王討伐
フィリップが口にしなかった本心を、ルキアもステラもきちんと汲み取っている。
「そうだ。もしも魔王真体の討伐が叶えば、人類という種が獲得する利得は計り知れない。今後の何百何千という歳月には、それだけの可能性がある」
人類は今や地に満ち、この星の覇者気取りの大きな顔が出来るくらいに繁栄している。
しかし──約五万年前。
人類最古の壁画にも、魔王との戦いは描かれている。人類が文字を使うより、農耕を始めるよりも前から、魔王は人類の天敵だった。
その脅威があってなおも、人類はここまで進歩し、文明を築き上げたのだ。
魔王が居なくなれば、どれほどの発展が見込めるだろうか。
計算できない。想像も出来ない世界が、そこにはある。
ステラが今後何千年と続く王国のため、何億人と連なる臣民のために、大いなる可能性を求めるのも分かる。
「はははは……」
しかし、だ。
「知ったことじゃあない」
嗤い、フィリップは端的に吐き捨てた。
王国の繁栄。人類の発展。計数不可能なほどの可能性。……どうでもいい。
この星の表層の支配種が、今すぐヒトから別の何かに変わるとかなら、そりゃあ阻止する。全ての善良な人々が平穏無事に無知の闇の中で死ぬ権利を、フィリップは守りたいと思うから。
だが百年後の人類がどうなろうと、そんなのは知ったことではない。
まあ地球が爆発するとかだったら、ミナやエレナといった長命種、シルヴァのような寿命の概念を持たない上位存在辺りは百年後にも普通に生きているだろうし、三人に対する感情分は真面目に対処するけれど。
それでも、優先順位は決まっている。
「……殿下。貴女が死を望むことを、僕は止められない。寿命を削って、早く、綺麗に死にたいと思うのを諫める言葉を、僕は持っていない」
フィリップは卓上のカップを弄びながら、静かに語る。
口ぶりには唯一の理解者に対する共感や愛情だけでなく、悲哀と憐憫も混じっていた。
「僕と貴女は同じだ。僕が思うことを、殿下も思っている。殿下が思うことを、僕も思っている。死が終わりであるのなら、死んで終わりたい。それでも僕らが首を括っていないのは、ルキアが居て僕が居て、貴女が居るからだ。この価値のない世界で意味のない生を続ける程度の価値を見出せる、大切な人が居るからだ」
まあフィリップの場合は、死が終わりではない可能性が多分にあるという理由も大きいが……それはともかく。
「僕と貴女が違うのは一点。貴女は国益を見て、合理で動く。国益のためなら自分の寿命さえ量り売りに出来る。それはきっと、為政者として理想的なほどに正しい在り方なんでしょう」
善良一辺倒でなく、かと言って悪意があるわけでも無い。
数字に基づいて動く、機械のような意思決定者。無謬存在。
ステラの目指すところはそれで、常にそう在ろうとしている。
彼女が言うのなら、この件に於ける最適解は
今後の人類の可能性は、彼女自身の寿命や幸運よりも高い利得であると、そう判断したのだ。
そうなると、ステラの説得はとても難しい。ほぼ不可能と言える。
フィリップ以上の知識と思考の速度と深度を持つ彼女が出した答え以上に、戦略的に正しい答えを提示しなければならない。
それはフィリップも分かっているし、それが不可能であることも理解している。
「でも、僕は嫌です」
だが、言わずにはいられない。
認められない。認めるわけにはいかないと。
「貴女だけじゃなく、ルキアも、イライザも、正常に死んでもらう。龍の呪いで幸運だの寿命だのを失った末の死を、僕は認めない」
フィリップの声は静かで、背凭れに身体を預けてリラックスした体勢だ。
およそ、王女に語り掛ける姿勢ではない。尊大すぎる。そもそも一個人が、国家そのものに等しい王族を翻意させようなどと考えること自体が図々しい。
その常識は、フィリップの中にもある。
だから何とかギリギリ、フィリップは「交渉」という概念を頭の片隅に置いていた。態度には神格を相手にした時の尊大さではなく、自分より賢い相手を説き伏せるという難事への苦悩が滲んでいる。
「殿下、プランを変えてください。合理的正しさを、これまでの生き方を捨ててください」
「……これは好奇心だが、「いやだ」と言ったら?」
酷いことを、酷いことだと自覚しながら、フィリップは平然と言う。
それが何とも「らしい」ことだと愉快に思ったステラは、事の行く末をハラハラと見守るルキアを安心させるかのように、そんな軽口を挟んだ。
それが婉曲な否定ではなく、本当に好奇心由来の冗談でしかないと分かったフィリップは、「あれ?」と内心首を傾げた。
もっと不快感を示されるか、怒られるかと思っていたのだが──どれだけ怒られても意地を張る覚悟まで決めたのだが。
「え? じゃあ……王国を滅ぼします」
大袈裟な脅しの気配はなく、フィリップは淡々と言った。
実際、フィリップに脅しのつもりはない。友達を脅すなんてことはしない。
ただぱっと思いついた、損益で動く彼女が絶対に無視できない極大の“損”が、それだっただけだ。
目の前に置かれたカップの中身がもう少し冷めていたら、「これを頭からぶっ掛けます」とか言っていたかもしれない。その程度。
というか、四方八方からワインが飛び交う街中を、一滴の飛沫も浴びずに歩いていたステラだ。カップどころかポットごとひっくり返したところで、彼女に触れる前に蒸発するだろう。
フィリップにしてみれば、国を亡ぼす方が、彼女の顔を紅茶で濡らすより簡単だった。
大陸を抉って宇宙空間に放り投げられるヤツとか、恒星級の熱量を以て惑星一つを蒸発させられるヤツとか、或いは嘲弄の悪意で劣等種を操り、国が自壊するよう仕向けて遊ぶようなヤツとか、手札は沢山あるし。
まあ実際には、家族も衛士も、他にも色々と殺したくない──平穏な死を迎えて欲しい人が居るので、大雑把に皆殺しとはいかない。もっと繊細な方法を取る必要があるけれど。
「殿下……
立場ではなくステラ個人を見て大切に思っていると言えば、まあ、聞こえはいい。
ただステラにとって“個人”とは、そのまま“第一王女”を意味する。彼女が居て立場があるのではない。王位継承権第一位という立場が先にあって、そこに彼女が生まれたのだ。
個人を形成する幼年期から王女として育てられ、教育されてきた。
「立場なんて関係なく貴女が大切なのだ」と言われても、彼女の中に“王女”でない部分など無いのだから、「何を言っているんだコイツは」と思って、それで終わりだ。ときめきはない。
ただ──
異常な価値観に、フィリップに共鳴し、共感してしまう部分が。
六千万の国民。大陸半分という国土。膨大な資源と財産。
何もかもが無価値だ。故に、その全てを支配する王族という地位にも価値がない。
フィリップのその思想に、言葉に、違う意味で「何を言っているんだ」と──
「僕は、貴女たちの正常な死に、五千万だか六千万だかの王国民全ての命より高い利得を設定する」
言い終えると、フィリップは席を立ち、床に跪いて深々と頭を下げた。
きちんとした作法など知らないが、それでも誠心誠意、出来得る限りの丁寧さを以て。
「伏して、お願い申し上げます、王女殿下。どうか、私の諫言をお聞き届けください」
「……、」
ステラが何か言う前に、さっと席を立ったルキアがフィリップの傍らに膝をつき、肩を抱くようにして立ち上がらせる。
そして無言のまま再び椅子に座らせ、無言のまま新しく紅茶を注いで差し出した。メイドを使わず、自分の手で。
「言い添えておくと、ステラ。貴女に選択肢なんてないわよ」
ルキアはそれだけ言った。
文句は山ほどあったが、別に言う必要はない。ただ感情をぶつけるだけの文句は美意識に反するし、ステラも取り合わないからだ。
それに、十分に伝わる。
「フィリップにここまでさせたのだから、分かっているでしょうね」と──もっと直接的に言えば、「拒絶すれば撃ち合いになるぞ」という意思表示には十分だ。
「……信用があるのか無いのか分からん反応だな」
呆れ混じりの苦笑を浮かべたステラに、フィリップはほっと安堵の息を吐いた。
交渉は成功だ。
そして緊張の糸が切れると、今まで気付けなかったことも見えてくる。
いつもなら考えるまでもなく理解できた彼女の心を、またいつものように汲み取れるようになる。
「確かに、私は自分の命も天秤に乗せられる。だが、お前たちは別だ」
自分の命を含め全てを数値化し盤上に乗せる。そして
だが、フィリップとルキアだけは別だ。
それをフィリップは知っていたし、分かっていた。頭に血が上って、思考から抜け落ちていたが。
「……龍狩りはしない。だが、私たちの間にある連携の不備は解決せねばならない」
私たち、とは、単にステラとイライザだけを意味しない。
ルキアとステラは日常的に撃ち合っており、お互いの戦形をある程度は理解しているが、共に魔王と戦う他の人員、つまり残り二人の聖痕者とイライザ、そしてフィリップを含めた六人はそうではない。
まあ全員が才能を努力で磨き上げた“最強”だ。
ぶっつけ本番で「連携してね」と言われても、それなりに上手くやれるだろう。
だが今回の相手は王龍。
最低五万年、不確定情報では数十万年生きているという怪物だ。準備しておくに越したことはない。
「それは分かりますけど……ドラゴンと同じくらいの敵なんか居るんですか? だってルキアと殿下とイライザ……全員が本気で戦うレベルの相手ってことですよね?」
「全力で」ではないにしても──想定される実際の対魔王戦、聖痕者たちが魔王と撃ち合う中を掻い潜り、イライザが聖剣の一撃を入れるという流れを再現できる程度の相手が要る。
取り敢えずルキアとステラのどちらかが敵役、どちらかを味方役にしてテストというアイデアも浮かんだが、流石に事故が怖い。
フィリップが銃の練習をするときに使う泥人形とかなら、いい感じのスペックだろうが──ステラは知らないはず。
何をするつもりなのかと言葉の先を待つフィリップとルキアに、ステラは不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ。王宮の書庫や、魔物管理局の資料、マルケル候の知見や先代衛士団長の巡視などから、最適な相手を見繕った」
フィリップもルキアも文句を出せない、合理的にも感情的にも問題なく、課題として十分な相手。
最適解を用意したという自信が、ステラの笑みに溢れていた。
「アルカス侯爵領、グラウバルトの森。そこに封印されている太古の魔物──コカトリスを討伐する。取り敢えずは、私たちとウィレットの四人でな」