なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「す、すぐにアンテノーラさんのところに運びますから! 」

 

 イライザは訓練通りファイヤーマンズキャリーの姿勢を作ろうとして、腹に刺さった短剣が邪魔になることに気付いた。

 

 「……我慢してください!」

 「え? おぉ……!」

 

 フィリップの背後に回ったイライザは、先ほどそうしたように脇の下から手を回して抱え、引き摺って動き出す。

 「我慢しろ」なんて言うから、まさか短剣を抜くつもりかと思ったが──流石に応急処置の訓練は受けているようで、むしろ弾みで抜けたり深く刺さったりしないように気を配っていて安心した。

 

 それに、身体操作の精度は前々から凄いと思っていたが、体幹もかなり強い。

 力の入らない足が引き摺られているものの、ゆっくりと確実に進んでいる。

 

 「凄いじゃん」なんて言おうとしたフィリップだったが、耳元で嗚咽が聞こえて口を噤んだ。

 

 「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私のせいで……!」

 

 涙声で繰り返すイライザ。

 力が抜けるほど本格的に泣くのは堪えているようだが、落涙も嗚咽も止まらない。気が付いた時には、ジャケットの肩がじんわりと熱く濡れていた。

 

 「いいんだ。──お兄さんの代わりだよ」

 

 短剣が動かないように手を添えて固定しながら、フィリップはぼんやりと呟くように言った。

 意識が遠退くほどの重篤な失血ではないが、痛いことは痛い。アドレナリンが切れてきて、それこそ気を失いそうなほどに。

 

 だが失神するわけにはいかない。

 脚に力が入りにくいとはいえ、動かないわけではないのだ。少しでも自重を支えて動こうとしなければ、イライザの負担が大きくなりすぎる。

 

 意識を繋ぐために、フィリップは頭に浮かんだことをそのまま口から垂れ流す。

 

 「ウォードは僕に、君の後見人を頼んでいた。僕はまだYESともNOとも言っていないけど……君を死なせたんじゃ話にならない」

 

 イライザは僅かに身を強張らせたが、何も言わずに運搬を続ける。

 耳元で聞こえる息は荒く、返事をする余裕もないようだ。

 

 余裕がないのは、フィリップの方も同じだが。

 

 「ウォードは馬鹿だった。誰かを守るために、自分を殺そうとしてる魔物に背を向けるくらいに。善良で、愛すべき、尊敬のできる馬鹿だった」

 

 自分が何を口にして、誰に向けて語り掛けているのか。その意識が思考の中から抜け落ちる。

 「何か話さなければいけない」という強迫観念だけが、薄れかかったフィリップの意識に、辛うじて引っかかっていた。

 

 「君も、きっと──」

 

 がくん、とイライザの手にかかる重みが不意に増す。

 フィリップの意識が完全に途絶したせいで、身体がそのまま50キロの水袋同然になった。自重を支えることも、脚を動かして地面との摩擦を減らすこともしない、嵩張るだけの荷物になった。

 

 イライザは歯を食いしばり、懸命に運び続ける。

 幸いにして、その時間は長くはなかった。

 

 「──貴方様!」

 「フィリップ様、刺されちゃったんですか。お労しぷーすすす」

 

 背後から二つの声を聞き、イライザは驚いたように振り返る。

 聞き覚えのある声だし、一つは間違えようもないほど美しい声だったが、声を掛けられるまで接近に気付けなかった。

 

 二人の気配の消し方が上手い、という話ではない。

 確かにカノンは外見に反して気配が希薄だし、アンテノーラも動かなければネコ科動物のように静謐な気配を纏う。しかしアンテノーラは二足歩行ゼロ歳だ。足を得て陸地に上がってから、まだ一年経っていない。

 

 静止状態ならばいざ知らず、足音も気配も消しながら駆け寄るなんて芸当は不可能だった。

 

 普通に駆け寄ってきた二人に気付かないほどに憔悴していたのだ。

 カノンとアンテノーラだからよかったものの、想定外の残党とかだったら普通に死んでいた。

 

 そんな自省は、イライザの心中には一ミリもなかった。

 あるのは安堵の一色だけだ。

 

 「っ、お二人とも、来てくださったんですね!」

 

 緊張の糸が途切れたか、イライザの膝からも力が抜ける。

 彼女が尻もちを搗く前に、フィリップはカノンの手で奪い取るように抱き上げられた。

 

 カノンは鞄に片手を突っ込み、漁りもせず一瞬で野営用のマットとブランケットを取り出して地面に敷く。

 

 フィリップがその上に横たえられると、アンテノーラは即座に楽器を取り出し、治癒効果のある“歌”を捧げ始めた。

 

 「そりゃあ、あんな竜巻が出たら、何かあったって分かりますよ」

 

 カノンの言葉はイライザには届かない。

 彼女は呆然と、アンテノーラの歌に聞き惚れていた。

 

 屋外で、伴奏も竪琴一つだけ。

 いつぞやのように雑音を排除したいという衝動こそ抱かせないものの、それでも、聞く者からそれ以外への関心を奪い去るほどに美しい歌声だった。

 

 フィリップの傷が治っていく光景にも、彼の安否さえも、頭の中から吹っ飛ぶくらいに。

 

 その恍惚は、幸いにしてすぐに終わる。

 音が精神に深刻な影響を与える前に、天上の美声に雑音が混じった。

 

 「あっ痛い、イタタタタ!」

 

 激痛で飛び起きたフィリップはすぐに現状を把握するが、久方ぶりの大怪我が想像以上に痛み、呻きながら再び横たわる。

 

 「あの、もうちょっと痛まないようにとか、素早くとか出来ない?」

 

 出来るならやっているだろうとは思いつつも、つい口を出してしまうフィリップ。

 

 腹腔内まで穿通し内臓まで傷付く深い刺傷、致命傷になりかねない重傷だ。それほどの痛みを忘れさせるとなると……アンテノーラ一人でも竪琴があれば可能ではある。

 あるが──そのレベルの“歌”では、痛みより先に呼吸を忘れる。

 

 歌は意識()に作用する。局所麻酔のような便利さはないのだった。

 

 とはいえ、“生きた楽器”としては、オーダーに応えられないのは存在意義に係わる。

 アンテノーラは今後の練習課題を心に刻んだ……が、今出来ないことには変わりない。

 

 「あくまで治癒力の極大強化でしかありませんから、吸血鬼の血ほどすぐには治りませんし、治療中はそれなりに痛みますわ。ではもう一度──」

 「いっ、痛い痛い痛い!」

 

 じわじわと肉が盛り上がり、血管が繋がり、皮膚が張る。

 ほんの一分程度の演奏だったが、傷は痕を残すこともなく綺麗に治った。余韻のような痛みは僅かにあるが、錯覚に過ぎない。

 

 「あー……」

 

 まだ傷があるかのように熱を持っている脇腹を押さえ、譫言のように呻くフィリップ。

 刺された瞬間より治療中の方が、痛みの瞬間風速は高かったような気さえする。

 

 「あ、あの、申し訳ありませんでした! 私っ……!」

 

 フィリップが上体を起こすと、傍らに膝をついたイライザが声を震わせて言った。

 

 頭を深々と下げた彼女の表情は見えない。

 だが怯えと焦りが強く感じられて、フィリップは安心させるようにへらりと笑った。

 

 「あぁ、うん。もう躊躇っちゃ駄目だよ? 敵を殺すことを躊躇えば、敵が君の仲間を殺す。今回は僕だったから笑って済ませられるし、「次は気を付けて」とか言えるけど、怪我したのがルキアや殿下だったらそうはいかない」

 

 その場合、フィリップは()()()()()彼女を殺すかもしれない。

 感情任せに価値のない命に意味のない死を齎し、ルキアやステラを治療して「ああよかった」と安堵して、それで終わり。

 

 それ以降、イライザのことを思い出すかどうかも怪しい。

 思い出したとして、感情が動くかどうか。

 

 「あのバカのせいでルキアや殿下が傷ついたんだ」なんて他人基準の怒りを、フィリップは持ち続けられない。なんせ自分の痛みを元にした怒りさえ、ご飯を食べて寝たら忘れるくらいだ。

 

 ──尤も、ルキアやステラの死に、衝動的殺意を伴うほどの激情を抱けるかどうかも不明だが。

 

 「敵を殺す理由を考えない……その極致には、まだ遠いです」

 

 イライザは申し訳なさそうに──ではなく、強い、一本芯の通った声で語る。

 これまでの彼女とは何かが違う。何かを掴んだのだと悟り、フィリップは静かに先を待った。

 

 「でも、敵を殺さなければ仲間が──師匠が傷つく。そう思えば、もう刃は曇りません」

 

 イライザは一つ、分かったことがある。

 フィリップが以前に言った、『殺すことに拘らない』は、『死に拘らない』でも『命に拘らない』でもないのだと。

 

 以前、彼は言った。

 「勇者が魔王と戦うことは、全ての国家、全ての人類が望むことだ」と。そう言いながらも、「君が望むならやらなくてもいい」と。

 

 幸せな死。

 イライザは家族も師匠も兄弟子たちも、誰も口にしたことのないその概念を、フィリップに教わった。死の幸や不幸を、今まで考えたこともなかった。

 

 だって、“死”は“死”だ。

 もう二度と、死ぬまで会えない今生の別れだ。

 

 死後に再会出来るのだから、別れは辛くとも、死そのものは悲しむことではない……なんて大人たちは言うが、悲しいものは悲しい。辛いものは辛い。寂しいものは寂しい。兄の手紙を読み返して笑っても、不意に訪れる寂寥感が涙を溢れさせる。

 

 幸せな死でも、不幸な死でも、悲しいものは悲しい。

 事故や病気での死はありふれているし、戦争や魔物の襲撃で死ぬより平和かもしれないが、だから悲しくないなんてことはない。

 

 幸せな死ならば善し、というのは、きっと自分への慰めだ。

 彼はそんな言葉が出るくらい、過去に悲しい別れを経験しているのだろう。

 

 死の禍福に拘るほどに。

 

 フィリップが他者の命に拘っていることは、今更繰り返すまでもない。

 彼は二人の友人を救うため、尊敬する衛士団を徒に死なせないため、自ら()の前に立った英雄だ。

 

 ──殺すことに拘らないとは、つまり、殺すことを目的にしないということ。

 誰かを守るために剣を取る。大切な人を守るために“敵”を殺す。

 

 勇者として、そう在れということだ。

 

 それは、友人や尊敬する人たちを助けるために龍狩りに赴いた英雄の教えとして、とても納得のいくものだった。──真実はともかく。

 

 「……うん。一先ずはそれでいい。これからじっくりと慣れていこう。……まあ、先代が怪我するところは想像できないけど」

 「え? あっ!」

 

 何なら腹筋で刃を弾き返しそうな気さえするけれど。

 その場面を想像して、一人でちょっと可笑しくなっていたフィリップは、はっとしたように口元を覆ったイライザに困惑気味に笑いかける。

 

 ぎこちない微笑がきっかけになったわけではないだろうが、イライザは深呼吸を一つ挟み、おずおずと口を開いた。

 

 「あの、……師匠、とお呼びしてもいいですか……?」

 

 改まって許可を求めるものでもなかろうに、イライザは頬どころか耳までを赤らめて言った。

 

 ぽかんと口を開けて見つめ返すフィリップは、何が切っ掛けなのか今一つ分かっていない。

 確かに偉そうにああしろこうしろと語りはしたが、何か教えたからだと言うのなら、今更だと。

 

 それに、フィリップにとっての師匠はたくさんいる。

 剣術の基礎を教えてくれたウォード、武器術と身体操作を教えてくれたマリー、拍奪を用いた戦術を教えてくれたソフィー、格闘術を教えてくれたエレナと、偶に訓練を付けてくれる衛士団の人たち。

 

 それから勿論、“戦闘”を教えてくれたルキアとステラ。高度な剣術を教えてくれたミナ。……拳銃の扱いはナイ神父に教わった。

 

 彼ら彼女らに比べて、フィリップがイライザに教えたことの、なんと小さく少ないことか。

 心構えを説いて師匠面など、恥ずかしいやら情けないやらで、フィリップこそ顔から火が出そうだった。

 

 「ええと……さっきは「フィリップさん」って呼んでなかった?」

 「あ。その、兄の手紙には名前しか書かれていなかったので、ずっとそうお呼びしていて……というか、実はずっと頭の中では……つい咄嗟に。すみません……」

 

 恥ずかしそうに視線を泳がせたイライザに、フィリップは小さく笑った。

 先生のことを「お母さん」と呼んでしまうとか、会話の裏で考えていた全然関係のないワードがつい口から出るとか、あるあるだ。

 

 「……まあ、好きに呼んでくれていいよ」

 

 師匠と呼ばれるのはこそばゆいが──そう呼ばれるのなら、せめてその呼称に相応しくあろうとフィリップは思った。

 

 イライザの訓練はこれで終わりではない。当然ながら。

 

 実際に人を殺す経験をして、敵は殺さなければならないという意識を持って、人が殺せるようになった。

 

 ──で? 

 

 敵は魔王。

 推定30~50万年の存在歴を持つ王龍。聖痕者7()()分の火力を有する、とびきりの化け物だ。

 

 「帰ろうか。王都に戻ったら殿下から言われると思うけど、これから訓練漬けだよ」

 

 脅かし気味に言ったフィリップだったが、イライザは予想に反して嬉しそうに笑った。

 

 「はい! ご指導のほど、よろしくお願いします! 師匠!」

 

 訓練漬けなんて、これまでだってそうだった。

 特に勇者の証である聖痕が発現してからは、死ぬほど苛烈だった。心臓が止まった事だって何度もある。

 

 何も変わらないし、憧れの人に見て貰えるなら、むしろ嬉しいくらいだ。

 

 そう、イライザは無邪気に、期待と喜びに溢れていた。

 

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ24 『殺人教育』 グッドエンド

 技能成長:使用した技能に妥当な量のボーナスを与える

 特記事項:同行者『イライザ』が加入
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