なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「気配からすると、あの家に二人、奥の家に一人です」

 「魔術師ならもう撃ってきてる。とはいえ油断しないようにね」

 

 息を殺している人間の気配を探るという高度な技術を誇るでもなく、イライザはさらりと言った。

 村に入ったときの記憶を思い返して答え合わせをしたフィリップは、思わず感心したような目を向ける。

 

 同時に、移動していないらしい残党には軽蔑と嘲笑の念を抱いた。

 

 教会の様子を見に来るほどの馬鹿は居なかったものの、それでも平和ボケが過ぎる。

 フィリップたちの素性は分からないまでも、教会で悲鳴を上げさせるような行為があったのは確実なのだ。

 

 街道から遠い廃村を態々訪れた二人組が、よりによって教会に踏み入り内部の人間を襲撃した。

 

 どう考えてもヤバいだろう。

 まともな人間なら逃げるべきだし、“狩られる”理由に心当たりがあるのなら尚更に行動を起こすべき場面だ。

 

 「狩る側にしてみれば、むしろありがたい話だけど……まあ、一応は武装不明の相手だ。こっちの隙を窺ってる可能性を考えて動いてね」

 「はい」

 

 イライザは緊張で強張った返事をして、二人居る方の家に向かった。

 フィリップはその斜め後ろを、少し離れてついていく。ジャケットの前を開け、いつでも援護射撃できるように身構えて。

 

 扉には鍵が無かったが、内側に閂があるようで、ノブを回したイライザは手を離して二歩ほど下がる。

 

 てっきり蹴り破るものとばかり思っていたフィリップだが、彼女はもっと静かに、聖剣を蝶番と閂の位置に突き立てた。

 支えを失った木の板が倒れてくるのを横に躱し、一呼吸ぶん間を置く。

 

 警戒した奇襲は無かった。

 

 「……」

 

 イライザが再び入口に立つと、明かりがなく薄暗い家の中から悲鳴が聞こえた。

 

 「ま、待ってくれ、降参だ、降参する! 俺たちは二人とも武器を持ってない!」

 「頼む、命だけは助けてくれ! 魔術書は全部燃やす! 二度とこんなことはしない! お願いだ!」

 

 フィリップの位置からはイライザが壁になり、明暗差もあって中の様子が分からない。

 だが声を聞けば、中にいる人間の怯えようは見るまでもなかった。

 

 薄い愉悦の笑みがフィリップの口元に過るが、すぐに消える。

 ここの悪魔学者たちは弄んで殺さなければならない対象ではないし──笑っている場合ではない。

 

 イライザの立ち位置がよくない。

 

 家に踏み入ったと言い切れない、敷居を踏むような位置。

 家屋への突入の方法は、まだ先代に教わっていないらしい。キルゾーン、デッドゾーン、言い方は何でもいいが、とにかく敵の攻撃が集中し、味方の援護を遮る最悪の位置だ。

 

 もっと最悪なことに──イライザにはこのタイプの相手を殺した経験がなかった。

 

 諸手を上げ、落涙し、跪いて死にたくないと叫ぶ相手を、無慈悲に──しかし警戒しながら殺した経験が、彼女には無かった。

 

 「っ……!」

 

 イライザが振り返る。

 本当に殺すのか、なんて、フィリップに尋ねようとしたのか。或いは単に動揺して「どうしよう」と思っただけなのか。

 

 「ッ! 馬鹿──!!」

 

 思わず駆け寄ろうとしたフィリップは、どうしようもない位置まで走ってから、自分もまた馬鹿だったことに気が付いた。

 

 つい咄嗟に、イライザを引っ張り戻そうと近寄ったが、これは明らかなミスだ。

 

 フィリップは前ではなく、横に移動するだけでよかった。

 イライザが入り口を遮っているとはいえ、たかが十歳そこらの少女の矮躯。中の大人を撃つのには支障を来さないサイズだ。

 

 まあ射線上にいる以上フレンドリーファイアのリスクが致命的に高くなるが、それでも、斜め後ろから真っ直ぐに近づくよりは、中の様子をいち早く確認できるし、援護可能な位置までの移動距離も圧倒的に短い。

 

 フィリップがイライザの腕を掴んだとき、中に居た悪魔学者は、隠し持っていた短剣を抜いて突撃していた。

 

 最悪のタイミングだ。

 

 左手でイライザを掴んでしまったフィリップは、ペッパーボックス・ピストルを使えない。かといって剣を抜いていては間に合わない。

 イライザは突然の動きを気配で感じ、慌てて家の中を振り返る。剣を構えようとはしているが、間に合いそうにない。

 

 既に降伏した相手だからと、フィリップの方を見るのに半身を切るように振り向いていたからだ。足の位置も、体の置き方も、大の大人の突撃に対応できるものではない。

 

 どうすれば、なんて、考えている余地はなかった。

 

 「っ──!! 《萎縮(シューヴリング)》ッ!」

 

 イライザを背に押し遣り、剣を抜く暇もなく迫る身体に左手を押し当てる。

 だが、流石に体重を乗せた大人の突撃。片手で止められるはずもなく、右腹部に強烈な熱感が走った。

 

 短剣が刺さった時には全身の脱水炭化が始まっていたが、間に合っていない。

 速度も体重も慣性も、全て切っ先に乗っていた。

 

 「あぁクソ……毒とか塗ってないだろうな……」

 

 全身が黒く萎びた炭になった男は、フィリップが軽く突き飛ばしただけで指の部分が崩れ、短剣を手放して倒れる。

 顔の造詣が僅かに残ったヒトガタの炭は、石の床に叩き付けられて砕けた。

 

 「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 家の中にいたもう一人の男が悲鳴を上げ、フィリップたちから少しでも離れようと、這うように反対側の壁まで下がる。

 男がぶつかった衝撃で、古い木造の建物から木っ端や埃がぱらぱらと降り落ちた。

 

 「フィリップさん!! も、申し訳──」

 「いいから敵を見ろ! このぐらいの傷はアンテノーラの歌でどうにかなる!」

 「っ!」

 

 激痛をマスクするように大量分泌されたアドレナリンに任せ、怒鳴り声を上げるフィリップ。

 

 イライザは弾かれたように剣を構え直し、フィリップを庇う位置に立った。 

 

 「敵だってこっちの命なんかに拘らない! 隙を見せれば殺しに来るに決まってる! 「私はまだ攻撃してない」とか舐めた言い訳を、敵が聞いてくれるわけないだろ!」

 「ご、ごめんなさ──」

 

 半泣きで謝罪を口にするイライザ。言葉の最後は涙で湿って途切れた。

 

 覚束ない足取りで後退しながら、フィリップは自嘲の笑みを浮かべた。

 興奮物質がドバドバ出ているとはいえ、怒声を上げるなんて久しぶりだ。それだけ、イライザを教えることに本気になっていたのだと、今更ながらに自覚して。

 

 そして──無理を言った、と。

 

 非武装だろうと無抵抗だろうと敵は敵。

 そう、頭では分かっていても、実行するのは難しい。身体が殺人を拒否しているのなら、尚更に。

 

 それは優しさの証だ。

 

 他人を傷つけることを躊躇うのは、善人である証左だ。フィリップにはない情動で、正常な人間なら誰しも持ち合わせているべき道徳なのだろう。

 

 戦闘に於いて正しいことを、フィリップは口にしたつもりだ。

 けれど──そもそも、戦闘(殺人)という行為自体が正しくなくて。だから、フィリップは正しくないことを言ったのだろう。

 

 「はは……。あぁ、くそ」

 

 笑ったせいか、痛みのせいか。フィリップの足から力が抜け、尻もちを搗く。

 

 「フィリップさん!」

 「先代に教わってないの? 先に敵を殺し、自分の安全を確保するんだ。仲間の治療はその後だよ」

 

 駆け寄ってくるイライザの手を、フィリップは撥ねるように振り払った。

 

 「でも──!」

 「でも、めちゃくちゃ痛いから。なるべく早くアンテノーラのところに連れてってくれると嬉しいな」

 

 言い募ろうとしたイライザに、フィリップは静かに重ねた。

 足に力が入らない。必然的にイライザに背負われるか、アンテノーラを呼びに走ってもらうことになるが、まだ敵は残っている。

 

 魔術耐性の薄い一般人相手なら十メートルの縛りもないが、それでも領域外魔術は的を視認しなければ撃てない。

 本職の戦闘魔術師並とは言わずとも、魔力照準できる程度の魔術適性があれば良かったのだが──もはやイライザに頼る他にない。

 

 ……召喚術は論外として。

 

 「っ……、はい、すぐに!」

 

 イライザはフィリップの後ろに回り、「少し我慢してください」と言うと、脇下に腕を通して引き摺り、家から五メートルほど遠ざける。

 

 そしてフィリップの前に立つと、再び手中に聖剣を顕した。

 

 「疑似熾翼(イミテーション・セラフィム)、展開。我が光背は神の威光、全ての邪悪を討ち滅ぼす断罪の翼!」

 

 背中の聖痕が輝き、三対六枚の純白の翼と光輪が現れる。

 翼がフィリップを庇うように大きく広げられ、突風が髪を靡かせた。

 

 その風は収まることなく、一気に勢いを増して聖剣へと集まっていく。

 

 「万物を還す時の風よ、塵より出でしを塵へ返せ──聖剣プロヴィデンス、《攻撃変化・風(シェイプシフト・ブラスト)》!!」

 

 長剣が消え、暴風が渦巻く。

 空気が捻じれ、周囲の全てを拒絶する。表面積の大きなものと脆いもの、即ちボロ屋の扉や腐りかけの柵などが吹き飛び、空高く舞い上がって見えなくなった。

 

 急激な気圧と温度の変化によって暗雲が立ち込め、イライザに向けて漏斗雲が降りてくる。

 肌を打つ風に砂塵が混じり、元は家だった木片や石が巻き上げられ、弾丸となって飛び回り始めた。

 

 一気に視界が不明瞭になり、鋭敏化した聴覚も風音でマスクされる。

 フィリップとイライザの周りには魔力障壁が形成されたが、小さな粒から大きな破片まで色々なものがぶつかって火花を散らしている。

 

 そして──天から降りてきた漏斗雲を、イライザは柄のように手中へ収めた。

 

 瞬間、一気に視界が晴れる。

 全ての風、空気の揺らぎがそこにある。圧縮された空気、その流れと運動、雷、熱。掲げられた手中に、竜巻一つが作り出す全ての威力(エネルギー)が掌中にある。

 

 吹き上げられた砂塵と作り出された雲の全てが吹き飛び、雲一つない空が見えた。

 

 「はあぁぁ──っ!!」

 

 気迫と共に腕が振られ、凝縮された竜巻が再び解き放たれる。

 横薙ぎの旋風は眼前の全てを削り、抉り、巻き込んで飛ばす。──家も、木々も、根こそぎに。地面さえ、柔い土の部分が削られて岩盤や粘土が露出する。

 

 一撃。それで、廃村には何もなくなった。

 死体どころか、建物があった痕跡さえない。あるのは竜巻が過ぎ去った痕跡、災害の爪痕だけだ。

 

 「ははは……。いてて」

 

 フィリップは思わず笑みを零し、傷に走った痛みに呻く。

 

 ──強い。

 

 人間が蒸発するほどの火力で標的を炎上させる『攻撃変化・火(シェイプシフト・フレイム)』も大概だったが、これはいよいよ剣攻撃の域を出ている。

 というか普通に上級攻撃魔術レベル、プロの戦闘魔術師が切り札に据えるレベルの火力と攻撃範囲だった。

 

 「はっ、はぁ……はぁ……」

 

 聖剣と翼を振り払うように消し去り、イライザは膝に手を当てて荒い息を繰り返す。

 

 感情のままに人を殺した──その自覚で吐きそうになる。

 

 尊敬する英雄を刺し、兄の親友を傷つけた“敵”なのに──そう分かっているのに。そんな自分が嫌になる。師匠と呼ぶべき人を傷つける甘さに、自分の無能さに反吐が出る。

 

 だが自己嫌悪に浸っては居られない。ゲロを吐きながらでも、今は一刻も早く、フィリップをアンテノーラのところに運ばなければ。

 

 以前に教わった言葉が脳裏をぐるぐると回る。

 

 ──人間を殺すのに、聖剣も聖痕も要らない。

 

 ただの短剣一本で、毒のほんの一グラムで、小さな傷が原因の病気で、人間は簡単に死ぬ。

 

 

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