なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 用水路跡を出て、獣避けフェンスの残骸をフィリップが派手に蹴り倒す。

 しかし腐って朽ちた木は粉々に砕け、期待に反して大きな音は立てなかった。

 

 村に入ると、一番近い廃屋の窓に、こちらを見ている顔があるのに気付いた。

 目が合うと顔は一度暗がりに消え、扉が開いて人が出てきた。こちらを見ていたのと同じ、痩せた中年男だ。

 

 薄汚れたシャツとズボン姿で、目に見える武装はしていない。

 

 「君たち、どうしてこんなところに? 旅人……いや冒険者か?」

 

 男は街道から離れた廃村を訪れた謎の子供二人に不審そうな目をしつつ、友好的な笑顔を浮かべている。

 

 彼は会話には支障のない、しかし普通より二歩ほど遠い位置で止まった。

 不審者相手、しかも(フィリップ)の方は腰に剣を佩いているとなれば、むしろかなり近い方だ。

 

 一歩踏み込めば、首を落とせる距離。

 戦闘の心得があれば踏み込まないデッドラインを、全く無頓着に跨いだ。

 

 素人だ。

 いや、フィリップの力量を完全に見切って「問題なし」と判じた強者とか、いつかの蛇人間のような道具に頼った強力な防御を持っている可能性もないではないが。

 

 「え? ええっと……」

 「イライザ」

 

 律儀に返事をしようとしたイライザに、フィリップは咎めるような硬い声を出す。

 

 小さく肩を震わせた彼女が何か言う前に、男が口を開いた。

 

 「見ての通り、「あるだけ」の村でね。あまり助けてはやれないんだが、街道までの道くらいは分かる。案内してあげるよ」

 

 宿も食料もない寒村の、それでも他人を助けようという思い遣り──ではない。

 男は不健康そうに痩せてはいるが、血色は悪くなく、立ち姿にも気力が感じられる。

 

 それに、感じられるのは善意や親切心ではない。

 恐怖混じりの隔意だ。明確に、村から遠ざけようとしているのが分かった。

 

 「いや、必要ない」

 

 フィリップははっきりと断り、イライザの背を軽く押して付いてくるように促し、ずんずんと村の中に入った。

 

 「そこの家と、もう一つ奥の家にも居るよね。あとは……教会かな?」

 

 人の気配を感じ取り、フィリップは二つの家を順番に示す。

 いや、気配、というと凄いことのように聞こえるか。単純に、料理をしている音と竈の煙、咳き込む音なんかで明らかだった。

 

 「……えっと?」

 

 困惑した様子の男は、背後を──後ろにいるイライザを気にするような素振りを見せた。

 攻撃を警戒したのか、或いは、ベルトに挟んだナイフでも抜きたかったのか。

 

 フィリップは男の動きに気付いていたが、それ以上に、イライザがまだ動かないことが気がかりだった。

 

 「イライザ」

 「……でも、カーターさん。この人、いい人そうですし、この村に住んでる無関係の人なんじゃ……?」

 

 僅かに声を震わせるイライザ。

 その恐れは、これまで克服に努めてきたものとは別種のものだ。殺すべきではない人を殺すかもしれないと。

 

 フィリップはそう考えて、呆れかえったような重い溜息を吐いた。

 

 ──馬鹿馬鹿しい。

 緊張のあまり思考能力が低下しているようだ。

 

 仮にイライザの言葉が正しかったとしたら、その人物はカルトの存在を知らせた情報提供者として報告されている。

 でなければ、カルトの存在を知っていて報告しなかった隠匿者。暫定カルトだ。

 

 ……まあ一応、カルトに脅されたりして報告も逃亡も出来ずにいた一般人、という線もある。

 

 そして今回、情報提供者や民間人が同じエリアに居るという情報はない。

 第一王子からフィリップへのオーダーはいつも通り。召喚術を用いた広域殲滅の許可も出ている。

 

 ここに、殺してはいけない人間など居ない。

 その旨は勿論伝えてある。緊張のあまり頭の中から吹っ飛んだらしいが。

 

 「……そうだね。じゃあ、ここから先は僕は口を出さない。自分で判断して、カルトを八人殺してみよう」

 

 言って、フィリップは自然な足取りで教会の方に向かう。

 勝手知ったると言わんばかりの堂々とした、そして無防備な歩き姿だ。

 

 「……あ、ちょっと?」

 

 男の制止には耳を貸さず、教会の扉に手を掛ける。

 信徒のため常に門扉を開いている神の家。その性質上、建築段階から鍵を取り付けないことも多い。盗るような物も盗人もいないような田舎なら尚更に。

 

 「ちょっと、困るよ。その……今は大事な祈祷の最中だから、誰も入っちゃいけないんだ。入ったら神父様に怒られ──って、あぁ!」

 

 ノックも遠慮もなく、そして警戒もなく、フィリップは扉を開け放つ。

 

 極めて小ぶりなバシリカ型教会といった風情の外観だったが、内装は少し変わっていた。

 特徴的な、等間隔に並んだ柱と身廊と側廊をもつ構造は残っている。しかし祭壇があるべき場所には、学院の講義室にあったような黒板があり、信徒用の椅子が並んでいるはずの場所には、一人用の机と椅子のセットがあった。

 

 バシリカ様式の柱や採光窓を除き、魔術学院の小教室がこんな感じだった。

 

 人影は四つ。

 一つは黒板の前に立って何事か話しており、三つは机に着いてそれを聞いている。

 

 全員が変わり映えのしないシャツとズボン姿で、同じように不健康そうに痩せている。一人は女、壇上含め残りの三人は男だ。

 

 「つまり、この式とこの式は並列して──っ、どうした? 誰だ?」

 「すみません。止めたんですが」 

 

 黒板の前に立っていた、扉の方を見ていた人影がまず気付く。

 仲間内の誰かが入ってきたのだと思っていたらしい三人は、「誰だ?」という問いを聞いて怪訝そうに振り返った。

 

 その顔のままの者もいれば、「不味い」と顔に浮かんだ者もいる。

 

 フィリップの視線は彼らが一様に目に見える武装をしていないことを確認し、次いで黒板に書かれた内容に移った。

 

 「……まあ、見て分かるとは思えんが」

 

 黒板の前に立った男は隠そうともせず、無作法な子供に不愉快そうな目を向ける。

 

 大きく描かれた魔法陣と、その細部を抽出して拡大した幾何学的な模様。特殊な文字。

 どれもこれも、フィリップが過去に見たことのあるものだ。

 

 ──邪悪言語ではない。

 召喚術基礎の教科書で読んだ。

 

 「召喚使役の魔法陣から逆説的に悪魔の魔術体系を読み解くのは不可能だ。人間が作った人間の魔術だからね。象徴学的に悪魔を意味する文字が幾つか使われている程度で関連付けるのは、それは「こじつけ」って言うんだ。あと、魔法陣左上の記述の効果が違う。だから解釈が成り立ってるように見えるけど、色々と覆る部分があるよ」

 「はぁ……」

 

 アホな事やってるなあ、と、フィリップは半笑いで指摘する。

 しかし子供の妄言と溜息交じりに流され、講師役らしい最奥の男が「さっさと追い出せ」とフィリップたちの後ろにいる男に手を振って示した。

 

 同時に、フィリップも小さく溜息を吐く。

 宛先は言うまでもなく、隣で状況を見守っていたイライザだ。

 

 「ところで今は隙だらけだったと思うんだけど、なんで攻撃しなかったの?」

 「え? いえ、だって──」

 

 イライザは戸惑いを露に、フィリップと男たちを交互に見遣る。

 

 ……気持ちは分からなくもない。

 フィリップだって、「カルト狩りだ!」と意気込んでここに来ていたら、或いは同じ反応だったかもしれない。

 

 なんだこいつら? という疑問が先に出て、即座に殺す選択はしなかったかもしれない。

 

 だが今回は、その旨も事前に伝えたはずだ。

 あまり振り切れていない、()()()いない、カルトとも呼べないような悪魔学者と。

 

 「カルトは皆怪しげなローブを着て、常にいかがわしい儀式をしているとでも思ってたの? それとも、扉を開けた瞬間に発狂して襲い掛かってくるとか? まあどっちも有り得るんだけど、こいつらは所詮“モドキ”だからね」

 

 まあ──期待外れではある。

 イライザが、ではなく、彼らが。これではイライザが“敵”と認識できないかもしれない。

 

 まずもって、状況の理解が遅すぎる。

 

 「……くそっ、冒険者か」

 「あぁ、クソ。どうする、逃げるか?」

 

 学徒たちは椅子を蹴立てるようにして立ち上がり、なんとなく一纏まりになる。

 男の一人が背中に手を隠し、もう一人は椅子を掴んで盾のように構える。女は戦意を見せず、三人の後ろに隠れた。

 

 短剣程度の武装はあり、逃走を前提とした威嚇が出来る。

 そこに関しては悪くない。素人なら上々の判断だ。

 

 「……なあお前ら、どういう依頼でここに来たんだ? もし俺たちが目的じゃないんなら、これで見逃してくれないか?」

 

 講師役だった最奥にいた男が進み出て、ズボンのポケットから小さな袋を取り出す。

 掌サイズだがそれなりに中身は入っており、まさか金貨ではないにしても、フィリップのように今日の昼食代しか入っていないことはなさそうだ。

 

 依頼を受けた──金で買われた冒険者相手なら、金で交渉できるはず。

 その思考は分からなくもないが。

 

 「残念だけど──」

 

 カルト相手に交渉など成立するわけがない。

 そんな嘲笑を口にする余裕はなかった。

 

 「──ッ!」

 

 拒絶を口にし終える前に、真後ろから男の腕が伸びる。

 フィリップは首を狙った組みつきを掻い潜り、相手の膝を横向きに蹴りつけた。

 

 意識は下に、踏み締めるような感覚で。

 骨格の構造と、その破壊をイメージする。人間の脳は便利なもので、具体的にどこをどう動かせと命じるまでもなく、結果をイメージすれば最適な動きをしてくれる。

 

 勿論、何が最適かを知らなければイメージのしようもなく、筋力や柔軟性が無ければ動きを再現できず、動き自体の精度は反復練習によって身体の方に覚えさせなければならないが──どれもこれも十分だ。

 

 構造上の弱点に靴底を叩き込まれた関節は、あっけないほど簡単に外れる。

 あとは上からかかる自分自身の重みに耐えきれず、沈むだけだ。

 

 「あぁぁぁぁぁっ!?」

 「残しておくから、任意のタイミングで止めを。僕はここで見てるから」

 

 悲鳴と共に頽れた男が武器を出す素振りを見せず、有り得ない方向に曲がった膝を押さえて呻いているのを見て、フィリップは僅かに口元を緩める。

 

 しかし相手を“モドキ”と認識しているからか、それ以上の嗜虐心は見せず、ここに来た目的を忘れることもなかった。

 

 「……はい」

 

 硬い声と共に、イライザが手中に剣を現す。

 無骨な、実用性に特化した長剣。傍目にも切れ味が良さそうな金属の輝きを纏っているが、それでも、そうと言われても彼女が勇者であり、それが聖剣だとは分からないだろう。

 

 ただ──それを持つ意図だけは間違えようがない。

 

 「く、くそぉぉぉっ!!」

 

 短剣を持った男が、脇に構えて駆け出す。

 狙いはイライザ──ではなく、まだ剣を抜いていないフィリップだ。

 

 少女相手は気が引けたか、或いは武器を持った少女より、徒手で、しかも一瞬で大の男を行動不能に追いやったフィリップの方をより脅威と見做したか。

 

 悪い判断ではないが、この場における正しい判断ではない。

 

 イライザは下段構えを崩さず、静かに男の進路上に立つ。

 切っ先に爪先を──一歩踏み出す先を狙われる感覚は、悪寒のように背筋を這い上がる。前傾していた姿勢がのけぞるように起き上がり、いつでも止まれるように速度を落とす。

 

 その無理矢理な重心の移動を、イライザは見逃さなかった。

 

 即座に踏み込み、喉元へ刃を突き上げる。

 攻撃自体は“点”。だが下段から喉へ伸びる剣は“線”。短剣のリーチでは、そのライン外からイライザに刃を届かせることはできない。

 

 男はスウェイと呼ぶのも烏滸がましい動きで、反射的に顔を遠ざけようとする。身体は慣性に従って前に、頭は後ろに。

 

 ただでさえ重心が後ろに寄っていた身体は、足を下げ頭を前に出さなければ倒れてしまう。

 しかし首の下には切っ先があり、二択を迫る。

 

 後ろに逃げて転ぶか、顎下から脳幹を刺し貫かれて死ぬか。

 

 思考する間もなく、男の身体、人体が咄嗟に最適解を選択する。

 後方への転倒。即座の死ではなく、延命を選ぶ。

 

 「うわっ!?」

 「──、ッ!」

 

 尻もちをつくように倒れた男は、しかし、何ら逃れられていない。

 長剣の刃は接着されたかのように首筋に触れたまま、倒れる男に追従していた。

 

 噛みついて離さない蛇を思わせる、滑らかで──獰猛な動きだ。

 

 獲った。

 フィリップの確信を違えることなく、聖剣が透けるように男の首から脇へ抜ける。

 

 体液と組織の粘性が片腕と頭の重量に負け、ずるりとズレるようにして断片が落ちた。

 イライザは素早く後退し、噴き上がる血を避ける。しかしその足取りは拙く、散乱する赤色に力を奪われたかのようだった。

 

 

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