なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「ははは……懐かしいな。なんていうか……うん、ウォードの妹だ」

 

 フィリップが言えたことではないが、ちょっと変だ。兄妹揃って。

 ウォードも家を吹き飛ばしたことを怒るどころか、「衛士と一緒に悪魔と戦ったなんてすごい」と大興奮していた。

 

 「彼も初対面のとき、同じような反応だったよ」

 

 あの時も、フィリップは殴られる覚悟をしたのだったか。

 もうあまり覚えてはいないが、パンチぐらいでヨグ=ソトースが反応することは無いだろうとか考えていた気がする。

 

 そして、剣を振りかぶったら殺そうと。

 

 その程度の価値認識だったのに、友人になり、剣術や戦い方を教えてもらい、一緒に冒険をして──妹を任されることになるとは。

 

 「……僕は正直、君に恨まれているか、憎まれていると思ってた」

 「兄のことで、ですね」

 「うん。僕の判断で、彼は死んだ」

 

 いつぞやと同じように、フィリップは淡々と言った。

 いつかと違うのは、今度は刺される覚悟をするくらいには真摯だったことだ。

 

 あの時よりも、ずっと外神の視座に慣れているのに──馴染んでいるのに。

 

 「……当時の状況は師匠に聞きました。天候変化魔術を使うほど強力な魔物に襲われ、パーティーは分断。吸血鬼のウィルヘルミナさんだけが、唯一対抗可能だった。カーターさんとリリウムお姉ちゃんが魔物に遭遇し、ウィルヘルミナさんを召喚して魔物を倒した。……けれど魔物は二体いた。ですよね」

 「……うん」

 

 ただの熊でも、人間をバラバラにして殺せる。

 体長6メートルの六つ肢の大熊(ノフ=ケー)は、剣を持った程度の人間が対抗できる相手ではなかった。絶対の勝機を持っていたのはミナだけだった。

 

 だから、フィリップの判断は間違っていない。

 あの瞬間に於ける最適解を、正しく選んでいた。

 

 又聞きしただけのイライザにも、それは分かる。

 先代衛士団長の弟子とはいえ、まだ実戦経験も浅く、戦術眼も磨き切っていないイライザですら、分かることなのに──フィリップの言葉や態度には、後悔が強く滲んでいる。

 

 「……それで「自分のせいだ」って思えるところが、やっぱり英雄たる資質なんでしょうね」

 「?」

 

 小さく呟かれたイライザの言葉を聞き逃し、フィリップは耳を傾けて示す。

 彼女は曖昧に笑い、繰り返すことは無かった。

 

 「仲間がいないところで魔物に襲われたので負けました、なんて、師匠に教わった人間なら口が裂けても言いませんよ。もし知られたら、辺獄まで追いかけてきて、地獄が生温く感じるような訓練で性根を叩き直されますから」

 「あ、やっぱり先代ってそんな感じなんだ……」

 

 フィリップはいわば客員待遇だからそこまでではないが、一緒に訓練している衛士はボコボコにされた挙句ボロカスに罵倒されていたりする。

 というか、初対面の時に傷と痣だらけだったイライザを見れば、訓練の厳しさは容易に想像がついた。

 

 まあ、それも全ては死なないためだ。

 先代の訓練は痛いし苦しいし厳しいが、死なない。傷も痣も出来るし、脱臼や骨折も普通にする。でも死なない。

 

 だが実戦では死ぬ。

 痛みに動きを止めた一瞬の隙に、命を落とす。

 

 先代の苛烈な訓練は、単純な身体能力や技術だけでなく、一瞬の隙を生む痛みにすら慣れさせるため──全ては、死なないためのもの。

 

 「英雄様にこんなことを言うのは恥ずかしいですが、兄は強かったですよ。たとえ背に誰かを庇っていても、並の魔物にはやられません」

 「……うん。これは状況から見た想像でしかないけど、ウォードは魔物から逃げて背中を討たれたわけじゃない。モニカを──パーティーメンバーを庇って戦って、剣が折れて負けたんだ」

 

 剣技だけでなく、心も強かった。

 誰かのために躊躇なく死線を踏み越えられる、結果として死ぬ可能性を頭の中から放り出し、他人を守ることが出来る人間だった。

 

 愛すべき馬鹿とフィリップは評したが──誰かのために馬鹿になれる、善良で勇敢な人だった。

 

 「兄の剣は、名工スルト・ベッカーの無銘直剣。師匠が兄の15歳の誕生日に贈った、飾り気は無くとも鋭利で頑健な逸品です。あれを折るのですから、さぞ強かったのでしょう」

 

 イライザは穏やかな口ぶりで語る。

 誰も悪くなかった──ただ、敵が強かったのだと。

 

 「……正直、まだ悲しいですし、納得なんて一生できません。でも──簡単なことなんです。相手の方が強かった……それは、理屈も感情も挟まる余地のない、絶対的な理由ですから」

 

 それを、イライザはよく知っている。

 幾千回の訓練の中で、頭ではなく身体に叩き込まれている。

 

 武器が、仲間が、体格が、技が──そんな言い訳は枝葉末節。

 

 ()()()()()()()

 

 武装差で負けたら、武装差を覆せなかった方が弱い。

 数や力で押し負けたら、数や力を押し返せなかった方が弱い。

 罠にかかって負けたら、罠を見抜けなかった方が弱い。

 

 逆説的に、勝った方が強かった。そう言える。

 

 「それに、カーターさんがその場に居れば。ウィルヘルミナさんが離れなければ。そんな“もしも”に縋って突っかかるなんて情けない真似、誰よりも兄に叱られます」

 

 ──なんて、と、イライザは内心で一人笑う。

 

 彼女とて、初めからここまで納得して受け入れていたわけではない。

 王都に突撃しようとして、兄弟子たちに止められて、怒りに任せてルール違反の私闘をして、師匠にバレて全員ボコボコにされた挙句「まあ元気があるのは良いことだ。どれ、ちょっとあの山越えてこい」と、王国有数の険峻を()()()()()

 

 怒りとも悲嘆ともつかない形容しがたい感情は、ボコボコに叩きのめされても残っていた。

 痛みや反骨心を喰らい、より大きく肥大した。一言文句を言うだけのつもりだったのに、気付けば一発ぶん殴るつもりでいた。

 

 ……途中までは。疲労に酸欠に脱水症、高山病に多臓器不全まで起こしては、流石に色々と吹っ飛んだが。兄弟子に背負われて帰った時には、憑き物が落ちたようだった。

 

 激情を山に落としてしまうと、残ったのは、兄が死ぬ前にあった感情だけ。

 

 友人の少ない兄が手紙に書くほどの親しい人で、王国を救った凄い人。英雄譚に語られるほどの勇士。

 有名な舞台俳優や歌手、或いは物語(フィクション)の登場人物に向けるような、好意と呼ぶには稚拙な憧れが。

 

 「ですから、その……どうぞお気になさらずに、これからもご指導、頂きたく……」

 

 改めて口にするのは気恥ずかしいのか、イライザは本で顔を隠したものの、律儀に目だけは合わせてくる。

 可愛らしい仕草に、フィリップはシルヴァに向けるものに近い庇護欲をそそられた。

 

 妹はいないが、きっと後輩が出来たらこんな感じなのだろうと思う。

 いや学年的な意味での後輩は居たのだが、みんな年上だった。

 

 「……うん、よろしくね」

 

 フィリップは笑って頷く。

 

 そんなはずはないのだが、フィリップは初めて、彼女と真っ直ぐに視線が合ったような気がした。

 

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