なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「はい、今日はいよいよ実戦です。と言っても、厳密には四日後ぐらいだけど」
王城から馬車に揺られて二等地へ赴き、昨日と同じく投石教会を訪れるフィリップとイライザ。
今日もまたそこで「訓練」をするものと思っていたイライザに、フィリップは「そう言えば」とばかりの唐突さで言った。
「……なるほど」
どうりで、とイライザは頷く。
今日のフィリップはいつもより安物のジャケットを着ているし、剣を持っている。
しかし旅装というわけでもないし、模擬戦でもするのかと思っていた。
実際には、投石教会に荷物を置いていたわけだが。
貫頭衣のような簡素な布を纏ったヒトガタの魔物が、手際よく馬車に荷物を積み込んでいく。
昨日とは違うワンピース姿の綺麗な女性が作業を見ており、同じ人間とは思えないほど整った容貌に、イライザはつい見惚れてしまった。
「……あれ?」
荷物を積み終えると、魔物と女性はさも当然のように馬車に乗り込んだ。イライザと向かい合って座ったフィリップの両隣に、挟み込むように。
フィリップは魔物の羽を邪魔そうに押し遣るだけで、馬車に乗ってきたこと自体には驚いていない。
「ええと……こちらの方々は?」
「こっちはカノン。見ての通り魔物だけど、会話も意思疎通も出来る。僕の……給仕。口元は魔物っぽいからマスクで隠してる。先に言っておくと、結構グロテスクだよ」
以前の経験から、フィリップは少し声を硬くして警告する。
あの時はそもそも過度のストレス状況下にあったとはいえ、予備知識無しで直視したリリウムとエレナがとても面倒なことになった。
「こっちはアンテノーラ。足を得る魔術で変化してるけど、人魚だよ。かなり独特な蹴り主体の格闘技術と、水棲前提の──水の抵抗を受けることを前提としたフィジカルを持ってるけど、メインは“歌”による身体強化。要は補助要員だね」
紹介された二人が挨拶を──しない。
カノンは何やら器材を広げてお湯を沸かしているし、アンテノーラは王都を出るまで発話制限の首輪を外せない。
結局、イライザだけが「よろしくお願いします」と緊張気味に頭を下げた。
「今回は二人ともバックアップに付いて貰う。僕もあくまで補助で、メインで戦うのは君だ」
「……はい」
イライザが硬い声と共に頷いたのを確認して、フィリップは御者席に通じる窓を叩いて合図する。
御者はどこか怯えて見える馬たちに首を傾げつつも、仕事に忠実に鞭を入れた。
滑るように動き出した馬車の中、フィリップはポケットから折り畳まれた依頼票を取り出す。
依頼者欄の署名は、すっかりお得意様になった第一王子のものだ。
「敵はこの前の悪魔学者の弟子。とある廃村に潜伏してるそうだ。数は8。カルト狩りと言うにはショボいね」
イライザの緊張を解すためばかりではなく、フィリップは本心からくだらなさそうに言う。
実際、いつもなら受けない依頼だ。
相手の素性が分からないとかだったら話は変わってくるのだが、それだとイライザは連れて行けない。
「武装の程度は不明。戦闘魔術師の存在も不明。まあ、ありがちな「発見段階」だね。邪教徒という表現が適切かはさておき、魔王戦役も迫るこの時期に、国内に居て欲しくない存在だ」
武装不明と言っても、そう大仰なことはない。
専門の調査要員が深く調べなければ分からないレベルの武装しかない、という意味だ。鎧や騎馬、火薬や大砲といったような、あるなら一発で目撃証言が上がる代物はない。
戦闘魔術師に関しても同じで、正規のライセンスを持ったプロは居ないが、まあコップで水を掛けるくらいの魔術は使えるかもね、程度。フィリップやリリウムのような、魔術戦には耐えられずとも魔術行使自体は出来る、無才の落ちこぼれが居るかもしれないということだ。
普通に考えれば、勇者の出る幕なんかない。
フィリップの投入さえ過剰だ。まあ正確にはカノンとアンテノーラの投入が過剰なのだが。
だが、今回ばかりはちょうどいい。
「王子殿下からの命令はシンプル。要約すれば「行って殺せ」だ。僕とアンテノーラなら10分以内、アンテノーラ一人なら5分で終わる。移動を除けばね。何も気負う必要はない」
二人より一人の方が早いという言葉に、イライザは「ん?」と視線を彷徨わせる。
しかしフィリップが「質問は?」と訊くと、別の大きな疑問が些細なものを押し退けた。
「……邪教徒ではない、というのは?」
ふむ、とフィリップは軽く思案する。
今回は実戦とはいえ、あくまでも慣らしの一環だ。彼女の様子を見る意味で、ここは
今更ながら「ちょっと厳しすぎるかな?」なんて考えも浮かんだが、フィリップは方針を変えなかった。
「悪魔について調べ、学び、使役か教授かは知らないけど、とにかく力を得ようと試みている。……魔術学院で召喚術を深く学ぶ人はね、カリキュラムでやることなんだよ」
二年次に『召喚術基礎』を取って、それ以降の『発展召喚術』『高度召喚術』は適性不足で受講資格なしと判定されたため、フィリップはやっていないが。
ただシラバスにはそう書いてあったので、間違ってはいないはずだ。
「国が認めた専門家の指導の下、一定の能力を持つ特別な人間だけが手にすべき能力と、王国は考えてる。だから独学や、特別な許可を得た指導者以外からの教導は違法──悪魔崇拝者として扱われる」
つまり、発見次第教会へ報告され、異端狩りの“使徒”によって浄化される。
今回もフィリップが依頼を受けなければ、通常の手順に則って殲滅されただろう。
王国としては、過去に無辜の民をカルトと誤認して殺しかけた無能な連中が、さも当然のように国内を闊歩するのは好ましくない。
だからフィリップの趣味のおかげで利害が一致し、こうして依頼が回ってくるわけだが。
「ただ“
「な、なるほど……?」
フィリップの目論見が上手く行ったのか、それから王都を出るまでも、出てからも、イライザとの会話は弾まなかった。
フィリップが積極的に会話するつもりがなかったのも原因ではあるが、それ以上に、イライザがずっと考え込んでいたからだ。
殺せと言われた。だから殺す。──それで自分は納得できるのか、と。
ずっと考えていたのはフィリップも同じだ。
イライザは結局、先日の廃人を殺した後にも戦闘不能になった。
ギリギリ吐き戻しはしなかったが、手足に力が入らず、集中力も大幅に低下していて、フィリップとの模擬戦で惨敗した。
あれでは駄目だ。
拍奪を縛り、蛇腹剣もペッパーボックス・ピストルも使わないフィリップなんか雑魚も雑魚。幼い頃から先代衛士団長の薫陶を受けた直弟子が、まさか負けるはずがないのだ。普通なら。
それでもこうして実戦に連れ出したのは、大した相手ではないこともあるが、荒療治が目的だ。
明確な“敵”なら、躊躇も後腐れもなく殺せると信じて。
カルト擬きだろうがなんだろうが、「殺す」と言われれば「お前が死ね」と襲い掛かってくるだろう。まさか唯々諾々と殺されはしないはずだ。
殺意を持った相手と対峙して、恐怖も逡巡も強引に取り払う。
出来なければ死──とは言い切れない。
イライザが普段の半分の力しか発揮できなくても、何の戦闘訓練も受けていない武器を持った学者数人くらい、余裕で制圧できるだろう。
だが殺せなくて制圧したとしても、フィリップは「殺せ」と言う。戦いの中で殺すか、改めて殺すかだ。
そして殺せなかった場合──戦えなかった、殺し合いが出来なかった場合。
より過激な相手をぶつける必要が出てくる。
本気で殺し合わなければ殺せない相手を。
必要とあらば、フィリップがその役をやる。
聖剣をぶっ放されたら勝ち目はないが、それほどに本気で殺せるのなら、それならそれでいい。
……まあ、そうなったらいよいよヨグ=ソトースの出番かもしれないけれど。流石に邪神をぶっ放すのでは本末転倒だし、「ものすごく幸運なことに聖剣の一撃から生き残った」みたいな感じで、どうにか収めて貰おう。
そんなこんなで、道中は嫌に静かな時間が多かった。
フィリップはカノンとアンテノーラと話していたし、イライザに話を振ることもあったが、雑談は常に当たり障りのない話題で、いつもお互いの機嫌を窺っているような様だった。
カノンは面白がって、アンテノーラは完全に興味が無く、御者は何かから逃げようとするかのように歩調を速めたがる馬を宥めるのに忙しく、誰も間に入らなかったせい──というと、他責が過ぎるか。
翌朝には目的地に着くという夜。
駅宿の部屋でペッパーボックス・ピストルの整備をしていたフィリップは、ノックの音で顔を上げた。
手早く銃を組み上げてホルスターに仕舞い、ジャケットを着てから扉を開ける。
来客はイライザだった。
「……あの、カーターさん。少し、いいですか?」
「……うん。いいよ」
後ろに手を組み──両手を隠し、彼女は緊張した面持ちと声色で言う。
フィリップは、ついに来たか、と思った。
王都を離れ、ルキアとステラの目の届かないところで──フィリップは戦死したという言い訳の立つ状況で話すことなど、一つしかない。
身体で隠した手の内にあるのは短剣か。
聖剣は隠すのに不向きだが──人間を殺すのに大仰な武器は要らないと、フィリップが教えたのだ。フォークやペンでも、然程の驚きはない。
「私の兄──ウォードのこと、ご存知ですよね」
問うような言葉だったが、声音は完全に断定だった。
「……うん」
「兄は師匠や私に宛てた手紙の中で、カーターさんのことをよく書いていました。すごい召喚魔術を使えて、王都を襲った悪魔を倒したとか。王女様と仲が良くて、凄く特殊な方法で、習得には高いセンスの要る“拍奪”を体得したとか。“眠り病”が流行ったとき、衛士さんたちの先頭に立って解決に導いたとか。すごく──すごいって思いました」
急に言葉が稚拙になったと笑うことも出来ず、フィリップは静かに先を待つ。
フィリップにしては珍しいことに、肉体ではなく精神の方が脅威を訴えかけてくる。
『撃て』と。
人間なんかを敵として認知することのない外神の視座ではなく、僅かに残った人間の部分がか細い声で囁いている。
ナイフの距離だが、テーブルに案内する体で背を向けてドロウレスで撃てば、同時に刺してきたとしても、後ろ手に隠した短剣より弾丸の方が速く到達する。
殺される前に殺すべきだと、そんな邪念が脳裏を過る。
イライザの殺意を理解はできる。刺されても納得できるだけの理由がある。
だがフィリップの最優先はルキアとステラだ。
ウォードでもイライザでもない。
ほんの数日前に怒られたばかりだし、きちんと線を引く。
刺されるのはいいが、殺されるのは駄目だ。この無価値な泡沫の世界に、二人だけを遺しては逝けない、と。
「それで、あの──」
来る、とフィリップはイライザの僅かな身動ぎから察した。
「そんなにすごいのに、どうして」と、後ろ手に隠した短剣が突き出され──。
──なんてことは起こらなかった。フィリップの予感に反して。
「──ファンです! あの、サインとか頂けないでしょうかっ!」
イライザが持っていたのは、一冊の本だった。
フィリップも見覚えがある、吟遊詩人の弾き語りを元にして綴られた半実話という謳い文句の英雄譚。
世にも珍しい鉄鞭を携え、国王の命を受け龍を退治した英雄の御話。
「──、は?」
急所だけは庇えるよう全身に張り巡らせていた集中の糸が途切れ、緊張が霧散する。
端的に、なんだこいつ、とフィリップは思った。
自分自身も初対面のミナに言ったことを思い出し、こんな気分にさせてしまったのかと恥ずかしくなる。
そしてもう一つ、思い出した。
ウォードに初めて会ったときのことを。