なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 それを狙ったのか──イライザ本人は「考えが足りませんでした」と反省していたけれど──準備していた模造人体が消し飛んでしまったことで、第二段階は強制終了となった。

 

 まあ模造人体を作るのに特別希少な素材を使うわけでもないそうなので、フレデリカや宮廷錬金術師に言えば増産してくれるのだが、手間を取らせるのは申し訳ないということで諦めた。

 

 そして翌日。

 

 「次は魔物──というのが普通らしいんだけど、君はもう魔物を殺してる。だから飛ばそう」

 

 明確に人間ではない物体(藁人形)人間のようで人間でないモノ(模造人体)。つぎはいよいよ人間だ。ただし実戦ではないし、ただの人間でもない。

 

 “殺してもよい”人間を斬る。

 

 「第三段階。罪人斬りだ。……と言っても、生前試斬刑に処されるほどの重罪人なんか、都合よく何人も手に入らない」

 

 制度上は存在するが、そのレベルの罪人は即時略式処刑に処されるのが大半だ。王宮に侵入したとか、貴族を公然と侮辱したとか、そういう罪。それでも罪人に残された最後の権利として、聖女の抱擁(ギロチン刑)を望むことが出来る。

 

 一応、ステラに当てがないか聞いてみたが、無いそうだ。

 「件の汚職してた近衛とかで、殺していい人とかいませんか?」なんて尋ねたフィリップと、「雑に殺せる奴はとっくに殺してる。後々殺した方が良い奴は残しているが、そっちは殺し方と時期に意味がある奴だ」と答えたステラの、どちらがよりヤバいのか。

 

 「賊狩りの依頼でも受けようかと思ったけど、それじゃ実戦だ。まだ早い」

 

 イライザのメンタル的にもそうだが、フィリップもフォロー役にはやや不足だ。

 カノンとアンテノーラを使うにしても、対多数戦に向いているのがイライザ一人では心許ない。というか、たぶんルキアとステラに止められる。

 

 「と言うわけで、今日は場所を移します」

 「え……?」

 

 何が「と言うわけで」なのか。

 イライザはその疑問を口に出せないまま、自主鍛錬をしていた衛士団の詰め所から連れ出され、二等地の奥まった小道にある、小さな教会に連れて来られた。

 

 投石教会の玄関を潜ると、目の前に人影があった。

 フィリップとイライザは全く気配を感じなかったことで身を強張らせるが、フィリップの緊張はすぐに解けた。

 

 「いらっしゃい、フィリップくん。今日も会えて嬉しいわ」

 「こんにちは、マザー」

 

 フィリップはトコトコと歩み寄り、いつものように抱擁を交わす。

 

 対して、イライザは息を呑んだまま硬直が戻っていなかった。

 

 ゴシック調の喪服を纏い、レースで飾られたヴェールで顔を隠した妙齢の女性。

 白銀とも黄金ともつかない月光色の髪と、同じ色の双眸、薄布の向こうに透ける人外の美貌、喪服越しにもはっきりと分かる起伏に富んだ艶やかな肢体。

 

 暴力的なまでに美しく、彼女に触れた光が熱を持ち、目から脳を焼くようだった。

 

 「き、綺麗……。フィ、カーターさん、こちらの方は……神官様なのですか? お召し物は喪服みたいですが」

 

 どれほど動揺しているのか、イライザはフィリップのジャケットの裾を引っ張ってまで尋ねる。

 

 今日のフィリップは完全非武装、ジャケットに穴を開ける想定をしていないから、メグが選んだ──つまりルキアの御眼鏡に適う代物だ。

 普段のイライザならまず触らないし、そもそも目上の人の服を引っ張るなんて無作法はしない。

 

 フィリップは特に不快には思わず、年相応の可愛げを見て安堵すら覚えた。

 

 「ここ、投石教会のマザーだよ。もう一人──」

 「お待ちしておりました、フィリップ君。準備は既に恙なく。外套をお預かりしましょう」

 

 フィリップが予想した通りのタイミングで、礼拝所奥の扉からもう一人の神官が姿を見せる。

 

 漆黒の髪と瞳、浅黒い肌を持つ長身痩躯の男。

 黒いカソックに身を包んだその姿は、同じく黒一色のマザーよりもなお闇を思わせる。

 

 人間どころか彫刻や絵画ですら再現できないだろう完璧な造形の容貌は、完璧な微笑を湛えている。イライザは一瞬、呼吸だけでなく心臓まで止まったような気がした。

 

 「こっちはナイ神父」

 「こ、こんにちは……!」

 

 イライザは完全にフィリップの背に隠れ、最低限の挨拶をどうにか絞り出した。

 

 「おや、これはこれは勇者様。良い師を見つけられましたね。さあ、こちらへ」

 

 揶揄と嘲弄を僅かに覗かせる──勿論わざとだ──微笑みをフィリップに向け、ナイ神父は恭しく礼拝堂の奥を示す。

 

 せめてもの反撃にと斜め前を歩くナイ神父の靴の踵を踏んでみるも、嘲笑以外の成果は無かった。

 

 礼拝堂と居住区を抜け、地下室に続く階段を降りる。

 一段ごとに空気が冷えていき、土と埃の臭いに、生臭い鉄錆のノートが混ざっていく。

 

 「あ、あのフィリップさん。ここにはどういった訓練をしに……?」

 「そりゃ殺人の訓練だよ」

 

 斜め後ろを歩くイライザを振り向くと、彼女は何故か目を細めていた。

 日差しが眩しいときにするような表情だが、昼間の地下室は小さな採光窓だけが光源で、どちらかといえば薄暗い。

 

 「……なんで薄目なの?」

 「神官様方がお美しすぎて、これ以上見たら目が爆発して死にます」

 「ははっ……爆発するなら脳の方だと思うけどね」

 

 冗談とか言うんだ、と、フィリップは真面目な少女の意外な一面を知った気がした。

 アンテノーラの“歌”が引き起こした惨事を思い出して、すぐ真顔になったが。

 

 毒は量だ。

 致死性の毒物もごく少量ならば薬になり、水でさえ摂取量次第では毒になる。

 

 美人も美声も精神の健康にいいが、過度な美しさは悪影響を及ぼす。

 

 イライザが照れか何か分からないが勝手に直視を避けてくれるなら、それはそれで自衛になるから構わない。

 

 「ご用命のものはこちらに。予備も幾つか用意がございますよ」

 「ありがとうございます。じゃあ勇者様、中に」

 

 ナイ神父が示した地下の一室。

 特に鍵も掛けられていない鉄扉を開けると、生温い空気が錆の臭いを纏って流れ出た。

 

 「え……?」

 

 イライザが小さく声を漏らす。

 一瞬前まで細めていた目を瞠り、見つめる先には、鎖で四肢を縛られ、石壁に繋がれた男が居た。

 

 一糸纏わぬ姿ゆえに、痩せた身体と、胸から腹にかけて彫られた奇妙な刺青が目に付く。手足の他に拘束は無く、割れた唇からは譫言を涎と共に垂れ流し、時折奇声を上げていた。

 

 「こ、れは……人、ですよね?」

 

 血走った目は焦点が合わず彷徨い、半開きの口からは涎と唸り声が漏れる。

 巻き付いた鎖から逃れようと身を捩る、全裸の男。

 

 一瞥した印象は、確かに人ではなく“獣”だった。

 

 「生物学的に人類(ヒト)かという意味なら、イエス。正確には“廃人”、より正確には“悪魔憑き”と呼ばれてる」

 「所謂悪魔憑きではなく“本物”ですよ。魔王復活の報を耳にし、真偽を確かめようと悪魔学的占術に手を出したところ、適性が足りず、だそうです」

 

 淡々としたフィリップの言葉に、ナイ神父が部屋の外から嘲笑を隠すことなく言い添える。

 

 イライザはつい振り返り、人外の美貌が目に刺さったように顔を背けた。

 

 「悪魔学的センジュツ、というのは……?」

 「要はカルトの邪法だよ。アホがアホなことをしてイカれたってだけだ」

 

 フィリップは「馬鹿馬鹿しいよね」とばかり半笑いだったが、目の前の男が口汚い罵声を上げた瞬間、その顔のまま革靴の爪先を金的に突き刺した。

 

 まだ痛覚はあるらしく、男は絶叫しながら激しく暴れる。

 しかし四肢を戒める鎖は硬く、飛んだ涎さえフィリップに届くことは無かった。

 

 「君にはこいつを殺してもらう」

 「えっ……!? えぇぇっ!?」

 

 イライザは二度、驚愕の声を上げる。

 

 一度目はフィリップの突然の暴行と言葉の内容に。

 二度目は、ナイ神父がフィリップの傍に恭しく跪き、自分の膝にフィリップの足を乗せて、今しがた男を蹴った靴を磨き始めたからだ。

 

 しかも、フィリップはそれが当然とでも言うように平然と話を続ける。

 

 「近衛騎士団のおじさん曰く、覚悟を決めて厳粛に死を受け入れる罪人より、憎悪のままに暴れ狂う魔物より、麻薬でラリった狂人を斬る時の方が怖かったそうだ。同じ人間であるのに思考も行動も読めない分、異質感が強いからだろうね」

 

 靴を拭き終えたナイ神父が恭しく一礼し、また部屋の外に控える。フィリップは礼も労いもしない。

 

 どう考えても異常な光景なのに、イライザは口を出せなかった。

 当然のことではない。だが──自然には見えたのだ。

 

 ナイ神父が当然そうするものであり、そうすることが喜びであるとでもいうような雰囲気を。そしてフィリップは、傅かれ奉仕されることが当然であるような雰囲気を纏っていたからだろうか。

 

 木を離れたリンゴが地面に落ちたのを見た。そんな感覚さえあった。

 

 「ちなみに“敵”には概ね三種類いる。一つは敵意と殺意を露に斬りかかってくる奴。一つはにこやかに笑いながら袖の下に短剣を隠して近づいてくる奴。もう一つがコレだ。理屈も理性もない奴」

 

 淡々と話を続けるフィリップに、イライザは慌てて意識を集中する。

 

 フィリップの教え方は先代と違い、肉体的な痛みはないし、ワンミスで瀕死に──文字通り死ぬ一歩手前の大怪我をすることもない。

 しかしだからと言って、師事する者の言葉を聞き逃すなど許されない、あり得ないことだ。

 

 「一つ目の対処は簡単だ。二つ目は僕には難しいけど、ルキアと殿下は慣れてる。でも三つ目には早々お目にかかれない。過去に出会ったことがあっても、同じ行動パターンではないから意味がない。予想だにしない行動に面食らい、反応が遅れる」

 

 まあルキアもステラも「なんだこいつ!?」と思った時には殺しているというか、反射で殺せるタイプなので、実のところ危険性は同じくらいだったりするのだが。

 

 あの二人は一つのゴールだ。

 取り敢えず殺してから「今のはなんだ?」と困惑する。

 

 イライザにもそうなれとは言わないが、知識は力だ。知っていると知らないでは大きな差があり、何より大事なのは「知らないことがあると知っている」こと。

 

 「君はここで、「意味の分からない敵も居る」ということを知れた。1パターンだけとはいえ学習できた」

 

 金的攻撃の痛みで気絶していた男に、フィリップは部屋の隅にあったバケツの水をぶっかけた。

 

 わざわざ、目を覚まさせた。

 イライザはその意図に気付き、「入った時にあんなバケツがあっただろうか」という小さな疑問が頭から吹っ飛ぶ。

 

 「こいつを斬れ。ただし、首を刎ねるのはナシだ」

 

 死を直視しろと。

 これまでの、人間でないモノと、人間のように見えるモノとも違う、異常ではあるが確かに人間であるモノを斬り殺せと。フィリップは退屈そうに言った。

 

 イライザは視線を彷徨わせて逡巡するが、すぐに手中に聖剣を顕す。

 指導者に言われたことはすぐにやる。その習慣が身体を動かす。

 

 いつも通りに下段に構えた彼女の手は、恐怖と忌避感で震えていた。

 

 

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