なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
それから色々と調べたり準備をしたりして、翌日。
一般的な殺人教育。
「なんだそれ」と思ったフィリップだが、よく考えれば分かることだ。一般的に、人を殺す者といえば処刑人か兵士の二択だろう。暗殺者とか犯罪者は「一般的」と言うには裏側すぎる。
まあそれを言うなら処刑人も限定的過ぎるが、ともかく、ステラの提案は「取り敢えず、兵士の養成課程における戦闘と殺人に対する忌避感の克服プログラムを課してみよう」というものだった。
本来は軍学校で三年かけてやるものらしく、それでは流石に魔王討伐に遅れが出過ぎるので、細部は変えるが。
プログラムの基本理念は「慣らす」こと。
初めは等身大の藁人形。次いで非人型の魔物。人型の魔物。家畜。最後に罪人。都合よく罪人がいなければ、そのまま実戦投入もあるそうだ。
人間のようなモノ。人間のような敵。最終的には「敵」を殺せるように、段階的に慣らしていく。
フィリップたちも、取り敢えず城内にある近衛騎士団の訓練場を借りて、藁人形を用意してみた。
ルキアとステラは別に用事があるらしく、フィリップに激励を残して居なくなった。
「準備には手伝いが要るだろう」と近衛騎士団から数人貸してくれたが、壁際に控えていて積極的に口や手を出すことはしない。
フィリップはほぼ二人きりという状況に、珍しく、得も言われぬ居心地の悪さを感じていた。
年下の女の子だからとか、勇者だからではなく──ウォードの妹という理由で。
「……あの、フィ──カーターさん。私、一応、実戦経験自体はあるのですが」
ずらりと並んだ物言わぬ藁人を前に、イライザはフィリップを見上げる。
「不満ですか?」
「いえ……!」
イライザは慌てて頭を振ったが、不満そうな表情を浮かべていたのはフィリップにさえはっきり分かった。聞くまでもないことを聞いたのは「不満があれば言ってね」という意味だったのだが、彼女は「つべこべ言うな」という意味に受け取ったらしい。
まあ実際、文句は聞くが受け入れはしない。
ウォードの教え方が先代の影響を受けたものだとしたら、彼女も実戦至上主義で教えられている。
静止目標相手──避けも防ぎもせず、反撃もしてこない木偶相手の鍛錬が、殺すつもりで向かってくる敵相手に役立つものか。
そんな意見には、むしろフィリップも同意するところだ。
「まあ、第一段階ですから」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
イライザはぴしりと踵を合わせて一礼し、藁人形に向き直って剣を出した。
取り出した、というか、本当に何もないところからパッと出てきた。
刃渡り一メートル程度の、鞘のない剥き身の直剣が。
ミナの魔剣も自由自在に呼び出せる特性があったが、霧が集まって形作られるあれらとは違い、何の前触れもなく突然現れた。
「え? どこから出し……ました?」
「あ、えっと、これは聖剣で……ご覧になりますか?」
「聖剣!? いいの!?」
フィリップの声が大きく跳ねた。
元々「勇者」より「子供」という印象が強いせいで怪しかった敬語が、完全に飛ぶくらいに。
「魔剣」も大概心擽られる言葉の響きだが、「聖剣」はまた違った心の惹かれ方がある。
特殊な効果を持った武器を総称して“魔剣”と呼ぶことは多いが、“聖剣”と呼ばれるものは
言ってしまえば聖剣も特殊効果を持つ武器であり、魔剣の一種ではあるのだが、常に一線を画して語られる。
勇者のみが扱える、勇者に与えられる特別な長剣。
その一撃は、神罰術式すら跳ね返す魔王の守りをも打ち砕くという。
極大の邪悪特攻か、或いは次元断か。
強大な力を持った武器であることは間違いなく──
勇者の聖剣といえば、英雄譚や冒険譚で引っ張りだこのテーマだ。
斬撃が飛ぶとかビームが出るとか不死身になるとか、物語によって様々に脚色されるが、常に最強の武器として描かれる。
要は──めちゃくちゃカッコイイ。
「……あ待って? 心根の綺麗な人しか触れないとか、悪人が触ったら灰になるとかない……ですか?」
「ふふっ……大丈夫ですよ。どうぞ」
過去に読んだ児童書にはそんな設定があったことを思い出し、おっかなびっくり尋ねるフィリップ。
その真剣さが可笑しかったのか、イライザは小さく笑い、剣身に手を添えて丁寧に差し出した。
磨き上げた金属の持つ冷たい光沢を纏う、白銀の長剣。
子供の体格には合わないスタンダードサイズ、刃渡りは約1メートルで両刃。見るからに鋭利で頑健そうだが、持った感じはかなり軽めだ。
「重心が手元寄りで扱いやすそうだね。グリップは少し小さいけど──」
「私は手が小さいので。ぴったりです」
なるほど、とフィリップは頷く。
流石は勇者の専用武器だ。彼女に合わせた、彼女が思い描いた通りの形状をしているのだろう。
児童書に描かれた聖剣は、黄金だったり、多種多様な宝石が埋まっていたりしたのだが、これには無い。
儀礼的な意匠や煌びやかな装飾の類は一切無い、純然たる凶器の姿をしている。きっと先代衛士団長の教えに影響を受けているのか。
唯一の装飾として、剣の鍔付近に小さく文字が刻まれている。
銘ではなさそうだ。
“deum colit qui novit.”
……神を知らば神を敬う。
フィリップはちょっと笑った。
さておき、煌びやかさが無くイメージと違うのはちょっと残念だが、むしろ実用的な武器のようでフィリップ好みだ。
「……自由自在に出したり消したり出来るなら、疑似的な防御不可攻撃も出来そうだね。こう、防がれる寸前に消したりして。まあ、防がれるってことは相手の剣を防御に使わせてるってことだから、それなりに腕の立つ相手には使わない方が無難だろうけど」
「……はい、そうですよね」
イライザは微妙に目を逸らし、歯切れの悪い返事をする。
既に先代相手にやって──しかも天才的発想という自信と、遂に一本取れる確信を持って──手痛い反撃を喰らった経験があった。
フィリップは一頻り聖剣を眺めたあと、「ありがとう」と渡された時を真似て丁寧に返す。
そして数歩ほど下がると、一列に並べられた人間大の藁人形を示した。
「じゃあ、あの巻藁を切ってみて」
「はい」
長剣を下段に構えるイライザ。
隙があるように見えて、対峙するとこちらが一歩踏み出す先を留めにくるような、嫌な威圧感のある構えだ。
正眼や上段より維持が楽で、筋力やスタミナを温存できるのもいい。身体が出来上がっていない彼女には向いている。
先代にそう教わったのだろうが──実際、イライザが低身長なこともあって実戦ならかなり強い部類の構えだが、木偶斬りには不向きだ。
「人間だと思って、殺せる位置を殺せるように斬るんだよ」
「……はい」
イライザは真剣な表情で頷き、下段構えのままじりじりと藁人に近づく。
そして一足の距離に入った瞬間、大きく踏み込んで一気に距離を詰め、脇構えから横薙ぎに、藁人形を横一文字に両断した。
板張りの床が割れそうなほど甲高く響く、強烈な踏み込み。
腕や肩だけでなく全身を、筋肉だけでなく骨格を使った強く素早い動作。
藁人は完全に直立したままだが、
巻いた藁だけでなく支柱まで斬っている。断面を見るに、単に切れ味に頼ったものではない。
素晴らしい。
フィリップが思わず賞賛の念を抱いたとき、藁人形の上半身が床に落ち、ばしゃりと水音を立てた。
飛び散った飛沫は鮮やかに赤く、即座に血を連想させる。
「っ!?」
「安心して、ただの色水だよ。中に人間を仕込んだりはしてない」
床に広がる液体から飛び退いたイライザに、フィリップは冷静に話しかける。
そういうアイデアもあるにはあったが、不意のショックは与えたくないということで棄却した。まあこれでも十分にショックだろうが、ビックリする程度なら精神への悪影響もないだろう。
「次」
「……はい」
淡々と指示するフィリップに、イライザは素直に従って藁人形を裁断していく。
首、袈裟、脇、股間、大腿と、それぞれ狙う場所を変えながら、用意した五体の藁人形をバラバラにする。
太刀筋は悪くない。というか、すごく良い。流石は先代衛士団長の弟子だ。
人体を切り裂くための身体の使い方が、殺すための狙いが出来ている。
二体目までは水浸しの床に戸惑っていたが、すぐに適応して滑らないよう立ち方を工夫していたのも分かった。
「うん、いいですね。第一段階はクリアでしょう。気分が悪かったりしませんか?」
「……いえ」
流石に藁と色水では、と言いたげな苦笑交じりに頭を振るイライザ。
フィリップとしても、ここで躓いたら打つ手がないところだったので一安心だ。
「それじゃ、次に行きます。準備してくるので、ちょっと待っててくださいね」
次の小道具を取りに行くのに稽古場を出ると、ちょうど用事を終えたらしいルキアとステラがやってきた。
「あ、二人とも見に来てくれたんですか。ちょうど一段階目が終わったところです」
「次の準備か?」
「手伝えることがあったら言って」
「ありがとうございます。でも、的を運ぶだけなので」
軽く手を振って、フィリップはぱたぱたと駆けていく。
曲がり角を曲がって二人から見えなくなった直後、宮中のメイドが「英雄様。廊下を走るのは危険ですし無作法です」と諫める声と、フィリップが慌てて謝るのが聞こえてきた。
顔を見合わせて苦笑を交わしていたルキアとステラの下に、手持ち無沙汰になったイライザがやってくる。
初めは水浸しにした床を掃除しようとしていたところ、助手役の近衛が一瞬でピカピカにしてくれて、やることが無くなったのだった。
「あの……」
「どうした?」
「……いえ、なんでもありません」
まだ緊張があるようで、自分から話しかけたイライザは、ステラの一瞥に怯んだように言葉を取り下げた。
「……そうか。まあ不満はあるだろうが、お前の師は、今はあいつに師事しろと言ったのだろう? ならばお前は、あいつから何かを学べるはずだ」
「……はい、王女殿下」
王女直々の言葉、それも
心の底からは納得していなくても、ステラとしてはむしろ喜ばしい。
「もう魔物を何匹も倒しているのに、今更巻藁なんて」という不満は、この状況なら抱いても何も可笑しくはない。特に、彼女はまだ十二歳。論理性より感情が強く出る齢だ。
なにか自分の中で理由を付けて納得したとか、偉い人に言われたから渋々従っておくくらいでいい。
無感動に唯々諾々と従ってしまうようなら、それこそフィリップの教育は虐殺者の養成か殺人機械の設計になるだろう。
「フィリップに舐められていると感じるかもしれないけれど、あの子は自分が守るべきだと思ったものや、守りたいものに真摯で、融通が利かないだけよ。貴女個人を殊更に侮っているわけではないから、あまり敵意を持たないであげて」
「いえ、そんな……!」
慰めるようなルキアの言葉に、イライザは慌てて頭を振る。
「舐められている」とは確かに思ったが、敵意なんか抱くはずはないと。
「それならいいのよ」と微笑むルキアの隣で、ステラは物言いたげな顔だった。
確かにルキアの言う通りではあるのだが、フィリップはそもそも天地万物への絶望と諦観、そして嘲笑と侮蔑に満ちている。イライザ個人を侮ってはいないが、イライザを侮っていないとは言えない。
酷い詭弁だな、なんて思うステラだった。
ややあって、フィリップは数人の近衛騎士を先導して帰ってきた。
「じゃ、次はこれね。準備してください」
近衛騎士たちの手によって、幾つかの布で覆われた「的」が運び込まれる。
また静止標的相手かと落胆しかけたイライザだったが、布が取り払われ青白い「的」が露になった瞬間、零れ落ちそうなほど大きく目を見開いた。
逆に、ルキアとステラは眉根を寄せ、不愉快そうに目を細めている。
金属製のスタンドに縛られて並べられた「的」は──フィリップだった。
「はい、ストップ。……それは?」
ルキアが手を叩き、底冷えのする声で制止する。
都合五体。
目を瞑り、だらりと脱力し、肌の蒼褪めた──フィリップの死体。
他に言い表しようがない。
それらは紛れもなくフィリップの外観をしており、それらは完全に生きていない。
「レオンハルト先輩に作って貰った模造人体です。さっきまで魔術で氷漬けになってたので、ちょっと色味が悪いですけど……まあ内容物は一緒ですし」
まあ、斬った感触は違うかもしれないけれど。何ならまだ微妙に凍っている部分もあるが、「凍った人間」くらいだし問題ないだろう。
「氷漬けの人間」とか「人間っぽい氷」レベルだと、藁人形とあまり変わらない。……フィリップはそう思っている。
「……動いたりしないよな?」
「そりゃあ、要は人の形を模して作った肉の塊ですからね。電流とか降霊術を組み合わせれば、一時的に「動かす」ことは出来ますけど、「生かす」ことは出来ないですね」
やや戦慄の見えるステラの問いに、フィリップは一か月ほど前のことを思い出しながら答えた。
そこに関しては、既に実証されている。
王国最高の錬金術師の手によって──奇しくも、イライザの兄を模した作品によって。
「……これを、斬るんですか?」
イライザの声は震えている。
そこには同じ人間が複数並んでいる光景への驚愕と、死体にしか見えないモノへの忌避感、そして、それを斬ることへの恐怖があった。
「そうです。そんなに血は出ませんけど、肉を通し、骨を断ち、内臓を裂き零す感触には慣れられるかと」
なんせ心臓が動いていないし、たぶん血液も正常な状態ではない。ついさっき魔術で解凍されるまでは、腐敗しないようマイナス50度くらいで保管されていたのだし。
「……お前とそっくりである必要はあるのか?」
「いえ別に。作るのに
ちなみに遺伝子情報無しで作ると、今度は降霊術が必須になる。
でないと、顔も毛も性器も何もない肉のヒトガタが出来上がり、人より魔物寄りの印象になるからだ。それでは“慣らし”にならない。
「……そうか。終わったら近衛に言って残骸を完全に焼却し、その後で私たちを呼んでくれ」
「え? あ、はい。お疲れ様です、二人とも」
疲れたような表情のステラが顔を蒼白にしたルキアの背を叩き、二人して廊下を去っていく。
その背中を尊敬と心配の眼差しで見送り、フィリップはイライザの方に向き直った。
「やっぱり忙しいんでしょうね、王女様や貴族様って」
「えぇ……? ……そう、だと思います」
内容自体は否定はできないし、それほど親密ではない年上相手に突っ込むことも出来ず、イライザは曖昧に笑う。
それでも彼女は少しだけ、フィリップのことが分かった気がした。なんとなく。
この人はあれだ──ちょっとアホだ。
凄い人だということは知っている。国を救った英雄様だということも。兄の手紙にも沢山書かれていたし、王城に顔パスで入って、王女様と公爵令嬢と親し気に話すばかりか、似姿が傷つく様すら見たくないほど大切にされている。
戦士としても、人間としても、きっとすごい人なのだろう。
けれどそれはそれとして、人心に疎すぎる。
多分、師匠と同じで戦いに全てを捧げた結果、大事なものを幾つか戦場に置き忘れてきたタイプだ。きっと女の子をボコボコにして痣だらけにしても、何も感じないタイプだ。
「まあ、偉い人たちの目が無くなったことですし、気楽にやりましょう。はい、一体目」
にっこりと笑ったフィリップの指示に、イライザは「絶対そうだ」と思った。