なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「と言うわけで、知恵を貸してください」

 「誰がメンタルケアの専門家だ。というか、こと精神病理学に関してはお前の方が詳しいだろう」

 

 私室に来るや滔々と事情を語り、支援要請までしたフィリップに、ステラは苦笑気味に突っ込んだ。

 

 実際、彼女も心理学方面を全く触っていないわけではないが、ストレスケアや精神分析について深く調べているのは──専門に学んだのはフィリップの方だ。

 

 何か用事があったのかステラと一緒に居たルキアも、「力になれるなら手伝うけれど」と前置きしつつも、

 

 「必要なのは精神教育でしょう? なら、それこそ本職の軍人の出番ではないの?」

 

 と、こちらも苦笑交じりに指摘する。

 

 頼る相手を間違っていると言いたげだが、それは先代も同じというか、発端は彼だ。

 

 「ですよね? ねぇ?」

 「えっ? えっ? えぇ……?」

 

 水を向けられ、イライザは慌てふためく。

 四人でティーセットを囲んでいる今の状況が、まるで理解できないとでも言うように。

 

 彼女はあまり饒舌な方ではないようだが、王城に着いてからはずっとこんな感じで挙動不審だった。

 勇者とはいえ元は一般人だし、絢爛豪華な王城や、立ち振る舞いどころか存在感から高貴な二人に気圧されるのも仕方がない。

 

 「王城? こんな岩の塊、私の聖剣で一刀両断ですよ」くらいハチャメチャに強くて、かつ日常的に先代にボコボコにされて自分の力量を思い知らされていなければ、平然としていられたかもしれないが。

 

 フィリップがそうだった。

 「王城? よく分かんないけど星ごと焼くね」とばかり破壊を押し付けてくるハチャメチャな奴を知っていて、精神をズタズタにされて自分も貴族も王族も等しく価値がないと思い知っていたから、基本的には平常心で居られた。

 

 ステラに初めて会ったとき、誰だか分からないふりをしてその場を立ち去ろうとしたくらいには。

 

 あの時は確か、とフィリップは記憶を手繰り、ルキアの紹介もあって仲良く──普通に喋る程度には仲良くなったことを思い出した。

 

 「あぁ、すみません。こちらはルキア・フォン・サークリス聖下とステラ王女殿下。将来的に一緒に魔王討伐に行くことになる聖痕者です。で、こちらが先代から預かった勇者の──」

 「知っている。目通りはした。ルキアもな」

 「そうですか。……それにしては、すごく動揺してるみたいですけど。初対面のときに脅かしたりしました?」

 

 ルキアが初対面の他人を無意味に威嚇するとは思えないが、ステラは必要性があると判断すればやる。まあ必要性が思いつかないので、フィリップの言葉は単なる冗談だった。

 

 ……ほんの冗談だったのだが、二人は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 

 「……ねぇステラ。やっぱりフィリップにメンタルケアを任せきりにするのは良くないと思うわ」

 「同感だ」

 

 二人が何を共感して合意に至ったのかは分からなかったが、フィリップは深く突っ込まないことにした。

 実際、他人のメンタルケアには全く自信が無いのだから。出来る気がしないと言うか、やってはいけない気さえする。

 

 「()()()()()、よく聞け」

 「は、はっ!」 

 

 イライザが素早く立ち上がり、直立不動の姿勢になる。

 一瞬だが躓いたように見えたのは、跪くべきかどうか分からず躊躇ったからか。

 

 ステラは別に立てとは言っていないし、「聞け」という言葉にそれ以外の意味や重みを持たせたつもりもないので、「座ったままでいい」と苦笑しつつ促す。

 「申し訳ありません」と照れと恐縮が半々の笑みを浮かべるイライザに、ルキアも小動物を見るような笑みを向け。

 

 「──、え?」

 

 フィリップだけが、ステラを呆然と見つめていた。

 

 ──繋がる。

 名前が、先代衛士団長の弟子という情報が、フィリップにしか頼めないという言葉の真意が、脳細胞を弾けさせる。

 

 「……フィリップ? 大丈夫?」

 「──っ、まさか、知らなかったのか?」

 

 先んじてルキアが、すぐにステラもフィリップの異変に気付く。

 

 声を掛けられてはっとしたフィリップはイライザの方に目を向けるが、ガチガチに緊張している彼女は卓上のカップをじっと見つめていて目が合わなかった。

 

 いや──もしかすると彼女は、フィリップのことなど知らないのかもしれない。

 後見人云々もウォードが遺書に記しただけで、当人にすら言っていなかった可能性もある。

 

 だが、それでも──どうでもいいとか、言っていられなくなった。

 

 「……」

 

 複雑そうな気配を感じ取り、ルキアはもう「大丈夫?」とも聞けない。

 

 当の本人であるイライザは、ステラの視線を受けて緊張のあまり頭が真っ白になっている。外から見て分かるくらいに。

 たぶん、三人の会話も殆ど聞こえていないだろう。

 

 「……まあ、そういうことなら、僕は全力で取り組むまでです。敵を殺すのを躊躇って逆に殺されました、なんて、勇者の末路には相応しくないですしね」

 

 ──それに、師でもあるかつての仲間の墓前で並べる言い訳にしては、流石にお粗末すぎる。

 ただでさえ、彼はフィリップのミスで死なせたようなものだ。後見を任された妹まで無為に死なせたとあっては、墓参りにも行けなくなる。

 

 「……そうか。では何から始める?」

 

 ステラの問いに、フィリップは謝意を込めた頷きを返す。

 直接言葉にはしていないが、わざわざ尋ねるということは、知恵も手も貸してくれるという意味だ。

 

 「ありがとうございます、殿下。取り敢えず……勇者様は、どうして人を殺すのが怖いんですか? まずはその原因を調べて、解決しましょう」

 

 経験が無くて上手に出来るか分からない、とかなら、座学で知識を入れ、模擬練習で疑似的な経験を積ませればいい。

 

 血で汚れそうで嫌とか、自分の手を汚したくないとかだと、また違ったアプローチが必要だ。

 フィリップが思いついた中で一番悩みそうなのは、「お化けになって出て来られたら嫌」とか、「呪われたら困る」みたいなオカルティックな理由だが、さて。

 

 「え? えぇと……」

 「……なあルキフェリア」

 「えぇ、まあ……そうね」

 

 イライザは戸惑いを露に、助けを求めるようにルキアとステラの方を見る。

 

 二人は口にこそしないものの、「やっぱり人選ミスかもしれない」という懸念を共有していた。

 

 「カーター。普通の人間は、当たり前に殺人を忌避する。そこにどうしても何もない、ただの本能的社会性機能だ。誰かを愛し、他人を慮るのと同じだよ」

 「……あ、そっか。そりゃそうですね」

 

 さも「忘れていた」みたいな口ぶりのフィリップだが、果たしてそんな時期があったのか。

 王都に来る前には殺人など別世界の話、それこそ教会の図書室でしか読めないような御伽噺だったのだろうし、たぶん無い。

 

 まあ、それはルキアもステラも似たようなものだが。

 二人とも物心ついて以来、人間を資財として、人命を数字として扱えるよう訓練されてきた国家のパーツ。その上、一撃で一万人を殺せる魔術師だ。

 

 「今の課題は、その当然に備わっているリミッターをどのようにして外すかだ」

 

 言って、ステラはイライザに目を向ける。

 少女は身体をぴくりと震わせて、既に整っていた姿勢を更に正した。

 

 「……余分な口を挟まないのは、緊張ばかりではないな。幼くして家族を亡くし、先代に師事しながら生きてきた、か。我儘盛りの齢だろうに、随分と従順で落ち着きがある。……お前基準で精神面を鍛えたら、冷徹な殺人機械になるんじゃないか? 或いは虐殺者か」

 「貴女、言葉選びのセンスがないのは為政者として致命的よ」

 

 ステラの言葉を流石に暴言と捉えたか、ルキアが不愉快そうに眉根を寄せる。

 

 冷徹な殺人機械でも虐殺者でもないが、さりとて自分は全く正常な善人であるとも主張できないフィリップは、どちらにも同調しかねて曖昧な笑みを浮かべた。

 

 「冗談はさておき、こと兵員育成に関しては私より奴の方が長けている。先代衛士団長の推薦とあれば、私から別案はない」

 

 ステラは空の両掌を見せるジェスチャー付きで言う。

 どうせ代案は幾つか浮かんでいるくせに、専門家の意見を覆すものではないからと棄却したのだろうと、ルキアは合理に生きる友人の思考を読み取って嘆息した。

 

 フィリップも同じく、「じゃあ一応は最適解なのか……?」と首を傾げている。

 

 「えぇ……でもさっき結構なコト言ってましたよね……? ちなみにルキアはどう思いますか?」

 「……」

 

 フィリップの視線を受けて、ルキアはにっこりと笑った。

 人形じみて整った容貌が穏やかに緩み、ごく親しい人間にしか見ることのできない柔らかな笑顔になる。

 

 思わず見惚れ、溜息を吐いてしまいそうなほどに美しかったが──質問に対する答えは返って来なかった。

 

 「うーん、ルキアは今日も美人ですねえ」

 「ありがとう、フィリップ」

 

 もう誤魔化されておくことにして、フィリップは笑顔を返す。

 ルキアが明確な回答を避けたということは、つまりそういうことだ。

 

 なんてアホな会話だと苦笑していたステラは、溜息一つで弛緩しかけた空気を切り替えた。

 

 「それで、プランはあるのか?」

 「あったら二人に手数をかけてませんよ。適当なカルトとか賊でも見繕って殺すっていう案もあるにはありますけど、即本番で対多数戦っていうのは微妙かな、と」

 

 今この時点で「人を殺すのが怖い」と自覚しているくらいなのだから、いざ敵を前にして「全員ぶっ殺して来ます!」と吹っ切れることはないだろう。

 もし戦闘時の興奮などで恐怖をマスキング出来ても、一人二人殺した時点でゲロを吐いたり、手足に力が入らなくなれば致命的だ。

 

 というか、フォロー役のフィリップも対多数戦に向いていない。

 昨日ステラに言われた通り、万能バックアップのミナはもう居ないのだ。無茶すべきではない。

 

 「お前のカルト狩りなんか私でも同行したくないが、そもそも他人に譲れるのか?」

 「そりゃ多分……無理ですね」

 「……まあ、大勢を一息に殺して、人間の命の軽さを教えるのはいい案だと思うわ。少なくとも私たちの人格形成に、高い魔術能力が影響したのは確かでしょう?」

 

 ルキアの言に、ステラは「確かに」と頷く。

 勇者の広域攻撃能力はさておいて、人間をそれぞれ独立した性格や能力を持ち、異なる人生を生き、家族や友人、色々な経験や感情を有する「個人」と捉えないのは一つの解決策だ。

 

 蟻を踏むとき、靴の裏に何匹居るかとか、働きアリか兵隊アリなのかとか、どの巣でどんな貢献をしたのかとか、そんなことを一々気にしないように。

 

 ……とはいえ。

 

 「……いや、それはそれでどうなんだ? 必要なのは敵を殺せる心構えであって、私たちの精神性ではないだろう?」

 「……確かにそうね」

 

 そもそもの要求は、「敵が人間だった場合にも問題なく戦えるようにしてほしい」という意味のはずだ。

 敵を前に躊躇せず、無駄のない動きで急所を狙い、しっかりと殺せるようになればいい。

 

 そこまで考えて、三人は一つの結論に至った。

 

 「……待って、これ駄目な人選ですね?」

 「そうだな。お前たち、これまで何人殺したか言ってみろ」

 

 人を殺すのが怖いという意見に、理解は示せても共感できる人間が一人もいない。

 人間一匹殺すことに、今更どんな感情を抱けばいいのか分からないくらいだ。

 

 「なんか他人事みたいな言い方ですけど、一撃あたりで換算したら殿下がトップなんじゃ?」

 「そうね。殺した数に言及して普通アピールをしているけれど、そんな気質でもないでしょうに」

 「ですよね」

 

 ひそひそと聞こえよがしに囁き合うフィリップとルキア。

 

 ルキアは敵を殺すことに、それ以上の意味を見出さない。

 フィリップも同じだが、カルト相手には殺し方に拘る。

 

 逆に言えば、敵でないなら殺さないし、カルトでないなら拘らない。

 

 しかしステラは利害で殺す。

 善人でも、悪人でも、仇敵でも、恩人でも。国益のためなら、自らの手を血で汚す。

 

 つまり、フィリップとルキアは殺すことを目的としておきながら、殺した数に無頓着。対してステラは、殺した結果の利得にしか興味が無く、殺すこと自体には大した意味を感じていない。

 

 殺人を目的とした殺人。

 殺人を手段とした殺人。

 

 殺したいから殺す。当然殺すものだから殺す。

 

 これはまだいい。

 他者の命を奪うことを、毛先程度の重みとはいえ受け止めて意識している。一瞥程度、嘲笑や軽視に満ちているが、それでも“命”を見ている。

 

 “その先”しか見ていないステラとは違って。

 

 ──まあ、どちらにしろ殺人。人間社会において最も忌避される行為には変わりない。

 

 「ふむ。反論できないから話を戻すが、私たちに一般人の思考トレースは無理だ。ここは一旦、一般的なアプローチを試そう」

 

 合理的な提案に、フィリップとルキアは揃って頷いた。

 

 

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