なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 翌日。

 朝からステラに言われた通り衛士団の訓練場に行くと、門前で警備をしていた衛士に「待ってたよ」と通された。

 

 訓練場と一口に言っても幾つか種類があるが、彼が居たのは戦闘訓練でよく使われる半屋外の稽古場だった。

 四方五十メートルほどの範囲を塀で囲っただけのフィールドは、天井が無く、地面が剥き出しの土と開放感溢れる装いだ。

 

 建物内には更衣室とシャワーと医務室しかないという、広いだけで極めて簡素なもの。訓練器具(トレーニングマシン)とか、戦術を学ぶ講義室とか、そんなものはない。ただ戦うためだけの場所だった。

 

 門をくぐり、建物内を通ってフィールドに出ると、ちょうど真ん中の辺りに先代衛士団長が居た。

 非番の衛士たちがまばらに自主訓練をしている中でも、拘束具(ウェイト)代わりの重厚な全身鎧を着た彼は、一回り大きく目立っている。

 

 目当ての人物を見つけたフィリップは、他の衛士に挨拶したりされたりしつつ訓練場を横切るようにして向かう。

 

 少し近付くと、先代は徒手で誰かと戦っているのが分かった。相手は剣を持っていて──しかも金属の質からして真剣、それも業物だ。陽光を受けて輝いている。

 

 もう少し近付くと、相手もはっきりと見えた。なんと、子供だ。

 いやフィリップもまだ子供だが、もっと幼い。十二歳くらいだろうか。

 

 王国人にありふれた金色の髪は肩口ほどで切り揃えられ、汗で濡れている。体格は良くもなく、悪くもない。まだ成長途中で碌に筋肉も付いていないが、運動神経はかなり、いや相当に良い。

 

 戦闘スタイルは先代や衛士たちの多くが使う、王国制式剣術のようだ。

 拍奪のような奇抜な動きはなく、歴史と実戦に証明された理論に基づく、自他を守る防御寄りの“騎士の剣”。

 

 オーソドックスなロングソードは、時に盾に、或いはメイスにもなるが──今はガントレットを付けていない。ハーフソードやモルトシュラークは無しだ。

 

 模擬戦の趨勢をぼーっと見ながら近づいたフィリップは、ふと驚きに足を止めた。

 

 戦っている子供は、よく見ると全身が痣と傷だらけだ。

 生傷もあれば治りかけのものもあり、打撲痕もあれば刀傷もある。どう見てもこの訓練中に負ったものではない。

 

 着衣はなんてことのないシャツとズボンだが、こちらも所々に傷が見られ、全体的に土で汚れている。

 息が荒れ激しく上下する肩や胸板は華奢で、先代に蹴られたり投げられたりしているのを見ると、「頑張ってるな」ではなく「大丈夫なのか」という感想が先に浮かぶ。

 

 「せ、先代?」

 「おっ、来たな、カーター少年」

 

 ヘルムに覆われた顔がフィリップの方を向き、重い金属の音を立てながら手を振る。

 完全に視線が逸れ隙と見たか、対峙していた子供が一気に距離を詰めた。

 

 脇構えの長剣は一瞥して分かる業物の輝きを纏い、体格で勝る先代の大腿部を狙って振り抜かれる。防御も回避も難しい位置だ。

 彼の鎧は分厚いが、あれはハンデだ。重く、動きづらく、視界も制限される。錬金術由来の素材と刻印魔術によって魔術耐性だけは高いが、斬鉄級の魔剣には意味がない。

 

 足が無くなる。

 相手がそう確信したかは定かではないが、フィリップはむしろ、相手の動きが甘いと感じた。躊躇か、基礎的な運動性能の不足か、はたまた疲労のせいか──とにかく、遅い。

 

 一般人相手ならまず避けられはしない良い動きだが、先代相手では全く足りない。

 

 案の定、先代は距離を詰めて腕を掴み、剣を止めながら顔面に当て身を入れ、更に胸倉を掴んで大きく投げ飛ばした。

 

 先代の剛力は現役の鎧を着た衛士を持ち上げる。

 シャツ一枚の子供一人程度、小石を投げるみたいなものだ。

 

 十メートルは地面を転がった子供は、衝撃で肺から空気が抜けて四肢に力が入らず、眩暈もあって立つことさえ出来ない──というフィリップの予想に反して、剣を支えにしながらもどうにか立ち上がる。

 

 「よし、ここまでだ」

 「はぁ……ハァ……あ、ありがとうございました……」

 

 ギリギリだったのか、どうにか口を動かすと、その子は尻もちを搗くように座り込み、空を仰いで必死に酸素を取り入れていた。

 声は掠れて細く、限界だったのが窺える。

 

 先代もヘルムを外して汗を拭いているが、呼吸は乱れていない。単純に鎧に熱が籠って暑がっているように見えた。

 

 「……あの、あの子は?」

 「あぁ、勇者だ」

 

 衛士にしては若いどころか、軍学校生にしても幼すぎる。先代が個人的に見ている弟子とかだろうか。

 そんな予想も立てつつ尋ねたフィリップに、彼はさらりと答えた。

 

 「先代に挑みに来たんですか? それとも弟子入りに?」

 

 フィリップは苦笑交じりに問いを重ねる。

 どちらにしても、かなりの勇者だ。前者なら蛮勇だが。

 

 「元々俺の弟子だったんだが、勇者に選ばれてな。もっとじっくり鍛えるつもりが、慌てて詰め込むことになった」

 

 困ったものだと苦笑する先代に、フィリップも「そりゃ災難ですねえ」なんて相槌を打ちかけて、止まる。

 

 「……ん? え? 勇者って、()()勇者ですか?」

 

 慣用句的な──勇気のある奴という意味ではなく?

 

 「魔王に対する切り札として唯一神が思し召された、所謂“勇者”だ」

 「……確かそれって、いま各国と教会が血眼で探してるんじゃ?」

 

 魔王討伐に際して、勇者の存在は必要不可欠──というのが現時点に於けるセオリーだ。

 まず聖剣による一撃を喰らわせなければ、聖痕者の魔術すら魔王には届かないという。

 

 一応、「存在格の隔絶を取り払うのなら、聖剣じゃなくヴォイドキャリアでもいいのでは?」という仮説もあるにはあるが、未検証だ。そもそも存在格ガードのことは、一般には知られていない。

 

 だからどの国も必死で勇者を──聖剣の担い手を探していたはずなのだが。

 

 「一週間ほど前までは、な。勿論、聖痕が発現した時点で王女殿下にはお伝えした」

 「へぇ……?」

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ()()が──十歳そこらの子供が、勇者? それこそ最も気にすべき部分だ。

 

 フィリップの勝手なイメージとして、勇者は煌びやかな鎧を纏った美丈夫という印象がある。

 勿論、歴代の勇者が若者ばかりではないことも、装飾華美な鎧は大陸縦断という長距離移動では重荷でしかなく、聖痕者級の魔術攻撃を前にしては紙同然であることも分かっている。

 

 だが先入観というものは拭い難く、それを抜きにしても、流石に幼すぎた。

 

 「イライザ! こっち来い!」

 「は、はい、師匠!」

 

 まだ息の荒い子供が立ち上がり、僅かにふらつきながら駆け寄ってくる。

 三歩程の位置で止まり、踵を合わせて背筋を正した姿は、まるで小さな衛士だ。

 

 「今回、少年には()()()()()()()を頼みたい。まあ俺でもいいんだが、如何せん()()()から時間が経ちすぎてて、ケアだの何だのを上手いことやれる気がまるでしないんでね。慣らしからでも、いきなり本番でもいい。思うようにやってくれ」

 「っ、は?」

 

 ボロボロの勇者は姿勢を崩さず、しかし「つい」といった風情で困惑の声を漏らす。

 

 困惑したのはフィリップも同じで、まず何より「女の子だったんだ」という感想が頭に浮かんだ。流石に口には出さなかったが。

 

 髪も短ければ顔立ちも中性的、体格も発達途上で女性的な特徴はない。男の子ですと言われても「可愛い顔立ちだね」と普通に受け入れてしまいそうなくらい。

 まあ流石に「イライザ」は女性名だが。

 

 「処女……? あぁ、そういう……」

 「え? えっ? あの、師匠──げほげほっ。すみません……」

 

 流石に一拍ほど間があったものの、フィリップは先代の言わんとすることを理解する。

 しかし少女──イライザの方は困惑から抜け出せず、しかも喉が渇いているせいで咽ていた。

 

 「……」

 

 フィリップは暫し黙考する。

 先代の頼み、それもステラ経由とあって、大抵の仕事は受けるつもりだったが、これは話が変わってくる。 

 

 「僕だって()()()は何年も前だし、そもそも僕のメンタルは普通じゃないんです。恐怖も高揚も快感も、何も無かった。ケアなんて上等なことが出来るとは思えません」

 「そうか? それでも、少年も王女殿下やサークリス聖下と一緒に行くんだろ? なら、やっぱり君の役目だろう。お二人には頼みにくいしな」

 

 そりゃあそうだと、そこにはフィリップも同意する。

 こんなのはやんごとなき身分の方々に任せる仕事ではないし、そもそも、二人は物心ついたときから貴種としての教育を受け、幼くして大量殺戮可能な力を手にしていた。

 

 一般的な“普通”の価値観を持っていた時期が、そもそもない。

 その点で言えば、たかが逸脱四年目のフィリップより余程の異常だし、今回の仕事には向いていないと言える。

 

 だが──そもそも必要なことなのかと、フィリップとしては首を傾げるところだ。

 

 「ルキアに殿下、学院長とノア聖下。土属性の人は不参加らしいですけど、大量殺人可能な移動砲台が四人も居るんですよ? 処女が一人混ざったくらいで、パーティーの戦闘力は変わりませんよ」

 

 というか、勇者に期待されているのは聖剣の一撃だけだ。

 神域級魔術の弾幕の中を突破して剣で一撃入れようというのだから、「だけ」と言っても生半なことではないが、それでも、戦争の趨勢を決めるのはいつだって魔術師だ。

 

 火力、防御力、対応力、封印術式、全て剣士ではなく魔術師に軍配が上がる、魔術師の領分なのだから。

 

 そして今回の魔王戦役に関しては、聖痕者すら上回る火力も一応用意されている。

 

 勇者に()()()()が無いことくらい、何も問題ではない。そのはずだが、先代はまた別の意見を持っていた。

 

 「だが別行動、例えば二人一組で行動するような場合はどうだ? 君は王女殿下やサークリス聖下を、こいつに預けられるか?」

 「…………」

 

 問われたフィリップは言葉に詰まる。

 そりゃあNOだが、別に人を殺したことがあったとて「じゃあいいよ」とはならない。そしてこの文脈だと、次に言われることはなんとなく分かる。

 

 「その逡巡が答えだよ、少年。君の仲間になり、王女殿下──我が国の未来そのものたる御方の盾となり剣となる者だ。君の満足いくように鍛えてやってくれ」

 

 半ば予想通りのオーダーに、フィリップは苦々しい表情を隠せなかった。

 

 ()()()

 フィリップが求めるルキアとステラの守護は、最低でも空間隔離魔術レベル。そこそこの邪神までは防げて欲しい。

 

 当然、人間には高望みでしかない水準だ。

 それは分かっているし──そもそも、フィリップは勇者に対して思い入れがまるでない。正確にはイライザ個人に。

 

 だから別に、彼女が処女だろうが不能だろうがどうでもいいのだが。

 

 「し、師匠……!? 無視しないでください!」

 「俺は南部にも行きたいし、各地で魔物の動きを視察し対処するよう国王陛下に仰せつかってる。それに、元部下たちにも色々と教えてくれと言われていてな。後のことは頼むぞ、少年! 二、三週間で仕上げてくれると助かる!」

 

 言うだけ言って、先代はガショガショと鎧を鳴らしながら着替えに行ってしまった。

 

 そりゃあ国王陛下の命令となれば、無視できるのは聖痕者だけだが──ちょっと投げやりというか、投げっぱなし感があった。

 

 「……取り敢えず。フィリップ・カーター……です。よろしくお願いします、勇者様」

 「え、っと……」

 

 イライザは人見知りする気質なのか、フィリップが挨拶しても困惑するばかりだった。

 

 それも含めて、割とどうでもいい。

 勇者という存在や聖剣については、フィリップの一般男児の部分が大変に興奮しているが──彼女個人には興味が湧かない。まあ精々、幼いのに先代に師事するなんて災難だな、程度。

 

 とはいえ、先代とステラのオーダーとあらば、「どうでもいいのでパス」とはいかない。

 

 「ええと……実戦の経験は?」

 「え? あ、はい。あります」

 

 手探り感のある質問に不安でも覚えたのか、イライザは戸惑いつつもはっきりと答えた。

 端々が角ばったようなきっちりとした所作は、貴族や使用人ではなく兵士によく見られる。先代の教育なのだろうが、十歳そこらの少女には似つかわしくない無骨なものだ。

 

 「相手は?」

 「その時によります。一番苦戦したのは群体蜂(ビースウォーム)でしょうか」

 「あぁ、一匹の大きな蜂に見えて、斬ったら小さい蜂の群れになって襲ってくるやつね……ですね」

 

 フィリップも過去に遭遇したことがある魔物で、剣で戦うならかなりの難敵だ。

 まあ群れを構成する一匹ごとにはリリウムの魔術でも効くので、魔術師はそこまで苦戦しないし、下級魔物の扱いだが。

 

 「流石は勇者様。なのに処女なんですか?」

 「……っ、は、はい」

 

 恥じ入るように赤面して頷くイライザに、フィリップは「なのに」は可笑しかったと自省する。

 

 彼女が勇者に選ばれたのがいつかは知らないが、先代の言葉からすると一週間前くらいなのだろう。それまでは先代の弟子とはいえ、ただの少女だったことを思えば、対人戦の経験が無くても不思議はない。

 

 「……正直に言うと、僕も処女の手ほどきなんかしたことないんです。でも先代が自分でやらないってことは、何かしら問題があるんですよね?」

 「い、いえ、あの──」

 

 イライザは言い淀んだが、先代は答えを言っていた。

 先代が幾つなのか、初陣が何年前なのかは知らないが、彼も人間と戦って殺すことには慣れた歴戦の戦士だ。

 

 人を殺すことに躊躇するという普通の感覚を知ってはいても、忌避感を麻痺させたり、事後のショックを和らげたりする方法を知らない。かつて通った道でも覚えてはいない。

 或いは方法こそ知ってはいても、精神的に寄り添うことが出来ないのか。

 

 共感し寄り添う形の精神的ケアなら、確かに年の近いフィリップの方が向いているのかもしれないけれど──そもそもフィリップは“普通”への共感性が薄い。

 

 「……怖いですか? 人を殺すこと……人を傷つけることが」

 「……え?」

 「あれ? 違いましたか? それは失礼しました」

 

 普通はそうだよね? という確認を込めた問いだったが、イライザは怪訝そうに眉をひそめた。

 そうなるとフィリップとしては──想像上の“正常”を否定された異常者としては、もう何も言えない。

 

 「あ、いえ、あの、えっと……はい。師匠にも、怖がっているのだろうと言われていました」

 

 また恥じ入るように赤面して、イライザは俯きがちに答えた。

 

 別に恥ずかしがることではないだろうと思ったフィリップだが、まあ、それもどうでもいいことだ。

 いま重要なのは──求められているのは、恐怖の麻痺や忌避感の緩和。

 

 最終的に、彼女が人を殺せるようになることだ。

 

 ……とはいえ。

 フィリップだって、殺人に際して葛藤した記憶はない。田舎にいた頃は人死にに触れることがなかったし、王都に来てからは、もはや言うまでもない。

 

 というか、フィリップ以上にメンタルケアに向いていない人間なんかそうはいないだろう。

 

 「うーん……。ここはひとつ、メンタルケアの専門家の協力を仰ぎましょう」

 

 一先ずついて来てください、と言って、フィリップは王城に向かうことにした。

 

 

 

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