なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ24 『殺人教育』 開始です

 必須技能は各種戦闘系技能、【信用】です。



殺人教育
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 フィリップたちがランナゲートの町から二週間ほどかけて王都に戻ったとき、魔王との戦争が始まるという噂が、既に広まっていた。

 何なら民衆の間で囁かれているどころか、王宮と教会がそれぞれ声明を出していた。

 

 ──噂は正しい。

 各地で魔物の動きが活発化しており、南部では防衛線の稼働が始まっている、と。

 

 まあ、だからといって王都の生活様式が一変するなんてことはない。

 王都衛士団は精強、物資は潤沢、補給線は全く無傷で滞りもない。食料や武器を買い占めようとするアホが数名、幾つかの店を出禁になった程度のニュースが、少しだけ王都を騒がせた。

 

 実際、王都に住む大抵の人間は、人類と魔王の戦争に関係がない。

 

 大陸を南北に区切る防衛線を敷き、聖国・帝国・王国の連合軍による遅滞戦闘を展開。暗黒領から際限なく押し寄せる魔物や悪魔の軍勢を退ける。

 その間に、勇者と聖痕者のみで構成された少数精鋭部隊を暗黒領内へ浸透させ、魔王本体を攻撃して封印。魔王軍を指揮官不在により瓦解させる──というのが、人類側の基本戦略だ。

 

 王都も含め、戦線から遠い土地で戦争を実感することは殆ど無い。

 各地で魔物の動きが活発化しているが、城壁と魔術と衛士により、王都の守りは盤石だ。

 

 大仕事を終えて、安全な場所に帰って一晩眠り。さあ依頼人(ステラ)報告(自慢)しに行こうと思い立ったのが、一時間ほど前のこと。

 

 ルキアも交え、ステラの私室でティーセットを囲んでの談笑もそこそこに、フィリップはしょんぼりと項垂れていた。

 同じテーブルに着いたルキアは物言いたげに眉根を寄せ、ステラは優雅にカップを傾けている。

 

 街の吸血鬼への対応やオークションの件なども含め、舐めすぎ遊びすぎだという旨のお説教が、ちょうど終わったところだ。

 

 「……で、次だが」

 「え?」

 

 音を立てずにカップを置いたステラの言葉に、フィリップは思わず声を漏らす。いま終わったと思ったのに、まだ続くのかと。

 

 普段ならステラは長々と説教を垂れるタイプではないが、今回は怒られる要素が複数あった。

 

 「……再三言ったはずだ。出来る範囲で良い、ゼロでもいい、百人よりも千人よりも、お前一人が重要だと。……言葉や命令を無視されることに慣れていなくてな。気になるんだ。何故、私の言に背いた?」

 

 淡々とした口ぶりから、フィリップは苛烈な怒気を感じ取る。

 彼女は無駄に声を荒らげたりしないし、感情の制御も巧い。フィリップ程度が内心を読めるはずもないので、「怒られる」という先入観から来る勘違いかもしれないが。

 

 「えっと……」

 

 口ごもったのは、上手い言い訳を思いつかなかったからばかりではない。

 

 そもそもフィリップは「ステラの言いつけに背いた」という意識が無かった。

 当時の記憶は曖昧だが、当初の予定を捨てて全ての管理場を解放すると決めたときは、むしろ彼女の言葉の真意を悟ったような心持ちだったのだが。

 

 なるべく多くを助ける。なるべく多くが助かる可能性を作るのは、とても善良で人間的な素晴らしい行為だと思ったような記憶が、ぼんやりとある。

 その後のハインリヒのあれこれが印象的過ぎて、あまり判然としないが。

 

 「……はぁ。気に留めなかったな? 私の言葉ではなく、お前自身の身命を」

 

 視線を彷徨わせて記憶を漁るフィリップに、ステラは呆れたように溜息を吐く。

 

 フィリップの顔に一瞬過った「しまった」という表情を、ルキアもステラも見逃さなかった。

 

 単身で吸血鬼の跋扈する街に戻ったとき、確かに、フィリップは自分の身の安全を一切考えていなかった。

 低位吸血鬼は“歌”無しでも問題なく殺せるとか、不味いことになったら邪神を使って全部吹き飛ばせばいいとか、そんな思考(言い訳)を端から持っていなかった。

 

 吸血鬼を殺すことに何の感情も抱かなかったように、自分の怪我、或いは死にすら思いを馳せなかった。まあ一瞬でも考えたところで、「どうせ死ぬことは無いだろう」と楽観して突っ込んでいたことだろうが、それでも、全く考えていないよりマシだ。

 

 「これまではミナが居たから、それでも何とかなった。或いはカルトが相手で端から邪神を使っていれば、人間も吸血鬼も、それこそ邪神相手でも問題なかったのだろう。だが、もうミナは居ない」

 「……はい」

 

 ミナの血は強かった。強すぎた。

 どんな怪我でも立ちどころに癒し、致命傷ですら即座に回復させる万能薬。

 

 本人も強力な戦士であり、フィリップが一節の詠唱で召喚可能という安心感もあった。

 

 どれほどの難敵が相手でも、神格でなければミナを呼べば勝てる。勝てるどころか、傷の治療まで完璧に出来る。

 無条件の信頼さえ寄せていた、素晴らしい飼い主だった。

 

 それが今や、完全に失われた。

 フィリップの影の中に刻まれていた魔法陣は消滅し、ミナを呼ぶことはできない。ミナが自身の意思で帰還することも、魔王による召集令下では難しいそうだ。

 

 戦闘能力でも治癒能力でも、アンテノーラも人外のそれだ。

 だがミナには数段劣る。彼女の本領は群れによる集団戦、互いに補助魔術を掛け合う多重強化。

 

 治癒効果のある歌にしても、吸血鬼の血ほどの即効性はない。首や心臓に重篤な怪我を負った場合、治療を終える前にショックや失血で死に至る。

 

 「人間は簡単に死ぬ生き物だ。ミナがいない今、無頓着は死に繋がるぞ。……お前の文句もここに関してだろう、ルキア?」

 「文句……、えぇ、まあ、そうね。フィリップ、今回かなり深い怪我をしたでしょう」

 

 ルキアの声は硬く、赤い双眸に宿る光は真剣そのものだ。「なんでバレたんですか」なんて軽口が、喉に詰まって出て来なくなったほどに。

 

 洗濯に出されたベストやジャケットの傷、そこに付いた血の量で分かる。

 勿論ルキアが手ずから洗うわけでも、洗濯物を漁ったわけでもない。公爵邸のランドリーメイドからチーフメイドへ、チーフメイドから側仕えのメグとアリアに話が行き、ルキアの知るところとなった。

 

 「何? いつ──いや、上位吸血鬼と斬り合ったときか」

 

 フィリップがわざわざ「斬られちゃって」なんて報告をするはずもなく、初耳のステラが眉根を寄せる。

 

 確かに「深い怪我」に関してはその通りだが、そちらは油断も慢心もなく、アンテノーラの“歌”も使った上で、技量で負けて受けた()()()()傷だ。

 ベストに穴を開けた程度の軽傷の方が、無頓着故に負った傷だった。

 

 そんな言い訳を脳裏に浮かべるフィリップだったが、ルキアは負傷に対して無頓着であることにモノ申したいわけではなかった。

 

 「そうでしょうね。それで……勿論、殺し合う以上、怪我をするリスクは当然にあるし、むしろ怪我で済んで良かったくらいだというのは分かっているわ。それでも私は、貴方が傷を負ったことを「良かった」とは思えない」

 「……」

 

 怒るでもなく、諭すでもなく。

 ルキアの声は感情を完璧に制御した、冷淡にも聞こえるものだった。

 

 愚かなことを言っている、と、彼女は自分の発言をそう捉えている。

 それを承知の上で口にするなど、美しからぬことだと思っている。

 

 大切な人に傷付いて欲しくないという思いは、何らおかしなものでも、不細工なものでもないだろうに。

 

 だがルキアは厭った。

 その根底にあるのが「シュブ=ニグラス神の寵児を自らの言葉で縛るなど」という信仰なのか、或いは「口煩く言って面倒だと思われたくない、嫌われたくない」という可愛らしい想いなのかは、本人にも分からないことだが。

 

 「そこで「怪我をするな」と言い切れるくらい我儘なら、もう少し安心できるんだがな」

 「……気を付けます。ちゃんと」

 

 同意を求めるようなステラの言葉は、裏に「もうルキアに心労をかけるな」という圧があった。

 フィリップとしても、言われるまでもないことだ。ルキアが我慢しがちなことは知っているし、精神への負担は少ない方が良いに決まっている。

 

 やっと説教が終わり、それを示すようにステラが紅茶を啜る。

 フィリップも安堵に肩を下ろしつつ、良い感じに冷めたカップに手を伸ばした。

 

 「……で、カーター。次の依頼(オーダー)がある」

 「!? 昨日帰ってきたばっかりなんですけど……!?」

 

 フィリップの手元でカップとソーサーが無作法に鳴る。

 

 そりゃあ衛士団と一緒に帰ってきたから道中は楽しかったし、魔物や賊に遭うなんてこともなく──魔物が索敵圏に入った瞬間に魔術砲撃が飛んでいったから──楽なものだったが、それでも二週間の馬車移動だ。

 

 流石にちょっと、王都でゆっくりしたい。

 

 いや分かっている。

 ステラもそんなことは分かっているし、フィリップもステラが分かっていることは分かっている。

 

 強硬に「ヤダ疲れた休みたい」と言えばルキアも援護してくれるだろうし、ステラだって譲歩してくれる。それも分かる。

 

 そして──「依頼」なんて言っているが、彼女のそれは「命令」と同義だ。

 多少の疲れが残っていてもフィリップに任せるのが最適だから、わざわざ言っている。それも、分かる。

 

 「安心しろ。今回は遠出じゃないし、そうハードな仕事でもない。……先代衛士団長からお前にだ」

 「……先代から?」

 

 フィリップは訝しげに眉をひそめる。

 確かにフィリップは先代衛士団長に訓練を付けて貰うこともあるし、そもそも衛士団のファンだ。

 

 だが「じゃあ受けます」とはならない。むしろステラが「お前が最適な人選だ」と言った方が、二つ返事で受ける可能性が高い。

 

 「お前にしか頼めない仕事だそうだ。詳しくは本人に聞け。ここ最近は一等地の衛士団訓練場に居ると言っていた」

 

 ルキアとステラも内容を知らないのか、「何かしらね」「アレが強硬に主張するんだ。重要なことなんだろう」と話している。

 

 自分にしか頼めない仕事、と聞いて、フィリップの脳裏に浮かぶのは──やはり。

 

 「へぇ? カルト狩りですか?」

 「まさか。王都内で完結すると言っていた。というか単に殺人技能が欲しいだけなら、あれは自分で動くだろう」

 

 それに、先代衛士団長は国への忠誠も篤い。

 余程のことが無い限り、英雄の手を煩わせることはしないだろうし、ステラに「フィリップの手が借りたい」などと言うはずがない。

 

 つまり()()()()()が起こっているのだ。

 人間を殺すなんて、至極簡単でつまらないことではなく。

 

 「確かに。じゃあ、また龍狩りとか?」

 「もしそうなら、魔王討伐のいい予行演習にはなるけれど……王都内に龍が入り込んでいるのね。大事件だわ」

 

 まだ疲れが残っているのか、単に茶菓子を食べ過ぎて脳が回っていないのか、惚けたことを言うフィリップ。

 カップ片手にさらりと乗っかったルキアの言葉(ボケ)に、フィリップとステラは揃って咽るほど笑った。

 

 

 

 

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