なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 金属同士が激突する、甲高い音が連続する。

 降り注ぐ剣戟音につられて空を見上げても、音の源は見当たらない。

 

 それらは雲の中に潜り、時に上に、時に下に、時に内側に潜み、遮蔽にしながら空中戦を繰り広げている。

 飛翔速度は基本時速120キロ。ごく短距離ならば音速を超え、霧化も組み合わせて神出鬼没の高速戦闘だ。

 

 吸血鬼(ミナ)吸血鬼(ディアボリカ)

 

 基本、吸血鬼同士の戦闘は心臓の狙い合いになる。

 脳ミソを首ごと吹き飛ばそうが、胴体を両断しようが、第二世代吸血鬼なら数秒、始祖級ともなれば一瞬で再生するからだ。

 

 しかし命のストックの保管場所(プール)である心臓を破壊された場合、大量のストックを一度に失い、ストックの総量次第では即死の可能性さえある。

 心臓は吸血鬼にとって、唯一の急所だ。

 

 故に彼らは、心臓のみを防御(まも)ることに特化した戦形となる。

 

 ミナは剣術主体。

 ディアボリカは徒手に魔術を組み合わせた変則格闘主体。

 

 総じて──ミナが絶対的に有利で、ディアボリカが優勢だった。

 

 何故なら武器が違う。

 

 一方は双の長剣。

 それも魔剣だ。それもそれも、片方は邪悪なるものを一撃で滅ぼし、首を狙った攻撃は防御不能という代物だ。

 

 多数の命を持ち複数回殺さなければならない吸血鬼を、一度の致命傷で殺し切れる。

 

 一方は徒手。

 手足は青白い炎で覆われ、物理的な斥力を持ったそれを防具のように、触れれば切れる魔剣二振りを捌いている。

 

 ミナがリーチで勝り、更には即死攻撃を持つ。

 

 ()()、ディアボリカは攻めるしかない。

 間断なく攻撃を繰り出し、白銀の断頭剣を防御に使わせる。逆の手でカウンターを喰らったとしても、相手を邪悪に堕とす魔剣「悪徳」は、元より邪悪である吸血鬼にとって鋭利な剣でしかない。

 

 ミナは距離を取れば勝ちがほぼ確定する。

 熾天使から奪い取った魔剣「美徳」の神髄、全力解放による光の剣。攻撃範囲こそ斬撃線上と聖痕者の神罰術式に劣るものの、効果自体はほぼ同じだ。触れたら終わり。

 

 しかし魔剣の性質上、そこそこ長い詠唱が必要になる。

 霧化していては魔剣も持てないし、無敵のまま詠唱して魔剣解放、なんてズルは出来ない。

 

 それに、ディアボリカの使う青白い炎──上級攻撃魔術『ソウルフレア』は、肉体ではなく魔力を焼く。霧化した吸血鬼にもダメージが通るのだ。

 

 「面倒臭い──!!」

 

 吐き捨て、後退したミナにディアボリカが追撃する。

 複数回の攻防が音を重ねるほどの連撃は、やはりディアボリカが攻勢だ。

 

 距離を取ればいい、とは言っても、ディアボリカの機動力も相当なもの。

 ミナが離れた分だけ、ディアボリカも詰めてくる。魔術を使って牽制しても、魔術で突破してくる。

 

 心臓と顔だけ守って、被弾しながら強引に詠唱するか──なんて、強引な作戦も脳裏を過るくらい面倒だ。

 

 実際のところ、それをやれば勝てる。

 勿論ただでは済まないが、ミナのストックは十万を超える量だ。百回や二百回の致命傷、何ら痛手ではない。

 

 だが、ミナの思考と肉体には剣師龍ヘラクレスの教えが染みついている。

 

 戯れならばいい。

 遊びなら、楽しみになるのなら、ペットの甘噛みでもなんでも受け止めよう。聖痕者の魔術、従妹のパンチ、元同僚のキック、なんでもいい。どうせ一秒もせず治るのだから、見せつけてやればいい。

 

 だが本気の殺し合いをするのなら──立ち合いであるのなら、話は別だ。

 

 いつも気怠そうで面倒事を嫌うミナだが、その辺りのマインドセットはしっかりしている。

 というか、そうでなければ剣師龍の教えなど受けていられないし、受けた後も存在していられない。

 

 彼女は最上位の吸血鬼であり、数多の吸血鬼の頂点に君臨する女帝であり、極めて厳しい訓練を積んだ剣士なのだ。

 

 思考を戦闘用に切り替えた時点で、被弾してもいい攻撃は一つだけ。

 回避も防御も出来ない攻撃だけは、心臓以外の場所で受けるしかない。

 

 それ以外は全て防ぐか躱す。

 舐めた動きをすれば、師ならば即座にその隙を広げ、心臓に刃を突き立ててくる。その記憶と経験、受けた教えの全てが、ミナの戦形に宿っている。

 

 故に──彼女は最適解を選べない。

 

 ディアボリカが()()()()()というのも理由の一つだ。

 断頭剣による一撃こそ叩き込めないものの、右手の長剣までは完全に捌き切れていない。典雅なスーツには幾つもの裂け目ができ血で汚れているし、既にストックも幾つか削った。首さえも幾度か刎ねた。

 

 対して、ミナは無傷だ。

 炎を纏った拳、蹴り、時に間接攻撃系の魔術も繰り出されるが、その全てがミナの肌に届いていない。ドレスの裾や動きに遅れた髪が、少しばかり傷付いた程度。

 

 相手が剣師龍ヘラクレスや魔王龍サタンのような、ミナも認める強者であれば、肉を切らせて骨を切るような戦い方も已む無しと言える。

 

 だが、そこまでではない。

 

 ずっとディアボリカが攻勢を仕掛けてはいるが、ミナが有利なのだ。

 面倒ではあるが、普通に戦っても殺せる相手に、血を流す必要は感じない。

 

 故に──決着しない。

 

 「いい腕じゃない──!!」

 「は、──ッ!!」

 

 ディアボリカの哄笑に、ミナの気迫が重なる。

 一つの長い金属音にも聞こえる剣戟音が響き渡り、雲に吸われる。一秒の内に刻まれる斬撃、繰り出される拳打と蹴撃は、共に三十を超えていた。

 

 その全てが闇雲な乱打ではなく、急所狙いの研ぎ澄まされた一撃だ。

 

 超高速の応酬。

 フェイント目的で別の場所を狙ったり、心臓を意識させて別の場所を取ったりといった駆け引きはない。

 

 手足も、首も、心臓以外の全ては、始祖吸血鬼にとって何ら痛手ではないのだ。庇い防ぐなんて無駄な真似はしないし、逆に狙うだけ無駄になる。

 

 狙うは心臓一点のみ。

 そこを防ぎに来た腕や脚を切り落とし、或いは剣を弾かれたついでに首を断つ。

 

 ──妙だ。

 

 「……目的が見えないわね。貴様に勝算が無いことを、まさか理解できていないの?」

 

 このまま続ければ、順当にミナが勝つ。

 仮にディアボリカの心臓を壊せず、魔剣「美徳」を当てることも出来なかったとしても、だ。

 

 拮抗はディアボリカが無理を重ね、ミナが本気ではあっても全力ではないから成り立っている。

 

 首に当たる軌道なら全ての防御を素通りする邪悪特攻の魔剣を、攻撃に使われる前に攻撃し防御に使わせる。

 

 それでも、卓越した使い手の二刀を完全に封じることはできない。

 

 漆黒の長剣が手足を刻み、首を断ち、顔を削ぐことまでは防げない。

 心臓だけはどうにか死守しているが、それでもストックは削れていく。

 

 流石に今すぐどうこうなるほどではないが、あと十分も戦闘が続けば、ディアボリカの血液は払底する。

 

 ──ミナが勝つ。

 

 「フフ……どう思う?」

 

 思わせぶりな笑みを浮かべるディアボリカ。

 フィリップなら「何かあるのか」と警戒してしまうところだろう、なんて、ミナは戦闘経験の浅いひ弱なペットを思って口元を緩める。

 

 ()()

 

 ディアボリカの戦形、魔力、血の気配──何にも、何処にも、ミナに勝てる要素はない。

 

 不確定なのは魔王の加護──魔剣「美徳」の邪悪特攻無効化くらいなものだ。

 そして、魔剣に頼らずとも純粋な戦闘能力で削り殺せる。

 

 「前々から頭がおかしいとは思っていたけれど、いよいよ自殺願望にでも憑りつかれたのかしら? なら、私に面倒をかけずに死になさい」

 「口が悪いわね。血筋だけは良いみたいだけど、“親”に教育されてないのかしら」

 

 ディアボリカはミナの暴言に応じるように、フリッカージャブを放つ。

 というか、ディアボリカには会話に興じる余裕はない。せめてミナの気が紛れたらと──本気になるのを先延ばしできればという意図があってのことだ。

 

 吸血鬼の視力でさえ認識の難しいジャブは、一発で都合四段になる。

 まず音速を超える物体が撒き散らすソニックブーム、次いで魔力を焼く炎、そして拳、最後に遅れて暴風が巻き起こる。

 

 拳をギリギリで躱せば炎に触れ、炎を避けても衝撃波に打たれ、それも避けたければ大きく離れるしかない。

 

 だから、ミナは端から避ける気が無い。

 

 不味いのは拳本体と炎だけ。

 残りの余波は、上位吸血鬼に傷を負わせるものではないのだから。

 

 速度重視の牽制打を漆黒の長剣で防ぎ──視界の端、意識の焦点が向いていない位置から、本命のボディーブローが来る。

 剣を通じて左手に感じるジャブの威力、ソニックブームの衝撃、肌を打つ突風。そんな雑音が虚を作り、隙を作る。

 

 と言っても、ミナは攻撃を認識しているし、右手の断頭剣で問題なく防げるが──また、「美徳」の使い道を誘導された。

 

 「えぇ。私が十歳になる前に、どちらも居なくなったもの」

 

 ディアボリカの左手を切り落とすつもりで断頭剣を振るうが、刃は腕まで届かない。蒼褪めた色の炎に阻まれ、拮抗する。

 

 ()はミナが五歳の頃に遊びに行ったきり100年帰って来ず、母も父を探しに行って死んだ。

 もう当時のことはあまり覚えていないが、そのせいで、色々な者に狙われながら必死に力を蓄え、メイドたちによる帝王教育だの何だのと、面倒を背負う羽目になったのだ。

 

 まあ別に、今更なにか文句とか仕返しがあるわけではない。

 

 「あら、ごめんなさい? 多分だけど、アナタの父親を殺したのはアタシだわ」

 「100年も前のことに、今更何も思わないけれどね」

 

 ディアボリカの言葉も、ミナの言葉も、何の裏もない本心だ。

 皮肉でもなければ挑発でもない。

 

 ミナにとってディアボリカは「家族を置いて居なくなった父」ではなく、「ふと現れ父を名乗る、しかも本当に父親らしい狂人」でしかない。

 父に向けるべき恨みつらみの宛先ではないし、そもそも恨みつらみなんて無い。

 

 憎悪も怨恨も何もかも、強くなるまでの糧になった。薪と焼べて燃え尽きた。

 

 故に、彼女の剣には純粋な殺意しかなく、刃が止まることはない。──その、はずだった。

 

 ミナは身体を霧に変えて距離を離し、追いかけてくるディアボリカに再接近する。

 質量と空気の抵抗を失くしての急加速。そして攻撃直前で実体化することで、通常では有り得ない域まで威力を高められる。

 

 ディアボリカが追ってきていることもあり、体感速度はもっと上がる。 

 

 更に、ミナは攻撃パターンの多い両手上段構えを取っていた。

 

 ディアボリカには狙いが読めない。

 鎖骨から心臓を狙われるのが最も避けるべき一撃だが、首も両腕も頭頂部も、或いは肘先や腰下までもが狙える構えだ。

 

 そして、ミナにはその全てを同時に放つ技がある。

 何の変哲もない通常攻撃で斬撃を飛ばすミナが、明確に“技”として扱うもの。

 

 選択しなかった選択肢を再現し、可能性を実現する剣技──想極の太刀。

 首、鎖骨、腕、肘、腰、頭頂、全てを一刀の下に斬り伏せんと、吸血鬼の身体能力を限界まで行使する。

 

 攻撃箇所は六つ。剣は二本。

 攻撃パターン──存在する可能性は三十。

 

 ──しかし。

 

 「なっ!?」

 「くっ!?」

 

 二人の吸血鬼が揃って声を上げ、超音速域だった動きが完全に静止する。

 

 ディアボリカは白銀の断頭剣を炎を纏う拳で押さえ、逆の手でミナの脇腹から心臓を抉ろうかという姿勢。足を入れ腰を捻ったボディーブローを打つ寸前で止まっている。

 

 ミナはその腕を切り落とし、そのまま首を狙える構えで止まった。

 

 何の合図も予兆もなしに、戦闘が完全に停止している。

 ミナは忌々しそうに、ディアボリカは目を瞠り、二人は揃って南に目を向けた。遠い地平線の更に向こう、大陸南端を見通すかのように。

 

 「……意外なことになったわね。まさか、アナタも()()だなんて」

 「面倒なことになったわ……。私はもう無関係だと思っていたのに」

 

 二人の動きを止めたのは、二人の意思ではない。

 外部からの強制、それも最上位吸血鬼に影響するほど強力な魔術契約だ。

 

 ミナがペットの危険に際して駆けつけるため──もとい、王都に入る際に義務付けられる行動制限の代わりとして使っている、強制拘束術式『エンフォースシャドウジェイル』とはワケが違う。

 あれはルキアとミナの合作で、ミナ自身が受け入れているから機能する。

 

 いま二人の動きを止めたものは、そんな生易しいものではない。

 抵抗も拒絶も出来ない。抗おうという意思さえ抱けないほどの強制力。

 

 そんな魔術、聖痕者にさえ使えない。

 

 「はぁ……。暫くお別れね、フィル」

 

 ミナは心底面倒臭そうに、そして寂寥を滲ませて呟く。

 そして二人の吸血鬼は、ランナゲート上空を飛び去った。

 

 

 ◇

 

 

 ──1時間。

 そう決めておいて良かったというのが、フィリップとカノン、そしてアンテノーラの意見が一致するところだった。

 

 何の取り決めもなしに切り上げるには、フィリップは楽しみ過ぎていた。

 そしてフィリップ自身の言葉を理由にしなければ、道具の二人は口を挟めなかった。カノンは声を上げることすら叶わず、アンテノーラもまた戦慄のあまりに。

 

 ……まあアンテノーラに関しては、恐怖とかではなく賑やかし担当で出てきた踊り子たちの方に気を取られていたのが大きいが。

 全く新しい原初の音楽、神に捧げられる音と曲と舞踊は、彼女の心を大きく揺さぶったようだ。

 

 「はぁ、ふぅ、はぁ……。今度から一時間ジャストじゃなくて、10分前ぐらいに教えてくれる? っていうかミナは?」

 「既に街を離れてるみたいですね」

 

 強化無しの全力で街を駆け抜け、どうにか最寄りの集落まで脱出してきたフィリップは、肩で息をしながらも飼い主の姿を探す。

 

 一人だけ空を飛んで颯爽と脱出したカノンは、汗だくのフィリップとは違い平然としていた。

 

 「そうなの?」

 「というか、もう撃ってますねあの人。残っていたら普通に巻き込まれて死んでましたよ」

 「危な……」

 

 ヘレナの姿は見えないが、それはつまり、彼女はもう出撃したということなのだろう。フィリップがトコトコ走ってくるのは遠目にも見えただろうし、不思議はない。

 ということは今頃、ランナゲートの町は完璧に掃除されている。

 

 これにて一件落着だ。

 後の調査やら細々した作業は衛士団が担当するし、それを見越して城の一部は消し飛ばしてきた。

 

 まあ城に謎の大穴がぽっかり空いているのは何故か、みたいな追及は受けるだろうが、以前に王都の一角を吹き飛ばしている身だ。「ソレです」で話は付く。

 

 「いやあ、疲れた。でもアレだね、200人も助けたって思うと達成感がある。さっさと帰って、殿下に自慢……もとい報告しよう」

 

 何もかもが綺麗に終わり、帰ったら褒められたりするのでは──なんて、フィリップは甘いことを考えていた。

 

 「そういや僕の荷物ってどうなった?」

 「ちゃんと回収してありますよ。えーっとどこに置いたかな……あれ?」

 「僕の求めるモノを持ってくるって話、無かったことにしたほうがいい?」

 

 ──なんて、カノンとじゃれ合うほど弛緩している。

 

 そこにアンテノーラが身を寄せ、身体を傾けて口と耳の高さを合わせた。

 

 「貴方様。ウィルヘルミナの件でお耳に入れたいことが」

 「ん? なに?」

 

 ミナが巻き込まれて死んでいないことは分かっているから、フィリップの声は軽い。疲れてはいるが、それでも達成感と解放感が勝る。

 

 目尻を下げたフィリップの柔らかな笑みを崩すことに胸を痛めながらも、アンテノーラは腹を括った。

 

 「魔王が全軍に召集命令を発しました。私は“音”に守られていますが、ウィルヘルミナは──」

 「……え?」

 

 

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ23 『堕落都市ランナゲート』 グッドエンド

 技能成長:使用した技能全てに妥当な量のボーナスを与える

 特記事項:同行者『ミナ』が離脱

 ◇

 ちなみに:普通に脱出して恙なく学院長が神罰を降らせた場合、「結局“大元”は何がしたかったんだ?」という謎こそ残るものの、ハインリヒ・ヴァーニーは普通に死亡。ただ後々城を調査する衛士団に、多少の精神被害が出る。これがノーマルエンド。
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