なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 アンテノーラを小脇に抱えてのダイナミックエントリー。

 ステンドグラスをブチ破り、色彩を纏いながら華麗な着地を決めた。

 

 ちょっと少年心を擽られる、派手でかっこいい登場の仕方ではあったが──仮にも星間航行生還能力を持ち、外神の手が入った存在の移動方法ではないだろうに。

 

 「……想像の五倍ぐらい物理的に持ってきたね。ナイアーラトテップに空間跳躍機能とか仕込まれてないの?」

 「無駄な機能を全部無くせば、そのくらいの演算能力はあったかもですね……。いえ、フィリップ様お好みの紅茶の淹れ方や肉の焼き方が無駄という意味ではなく」

 

 謎の言い訳をするカノン。

 その腕の中、荷物のように抱えられていたアンテノーラがにっこりと笑った。それはもう、完璧なほど整った美しい笑顔で──フィリップが怯むほどの怒気を湛えて。

 

 「何でもいいので、下ろして頂けますか?」

 「ひえっ……」

 

 カノンが身を竦め、落とされたアンテノーラは強靭な体幹と卓越した体重移動で華麗に着地した。

 

 「わ、私は命令に従っただけです! ワタシワルクナイ! フィリップサマガワルイ!」

 「道具に罪はないと言いたいなら、善悪の判断もすべきじゃないよポンコツ」

 

 ──なんて、緩慢とした空気を漂わせている余裕はなかった。

 

 ハインリヒが動く。

 人間の動体視力を振り切る速度の急接近に、フィリップだけが反応できなかった。

 

 「──えっ」

 

 カノンが呆然とした声を漏らす。

 三人のうち最も身体能力が高いのはアンテノーラだが、その彼女が片手で、とん、とカノンを押し遣ったからだ。

 

 もう一方の手には、魔術で編んだのだろう竪琴が握られていた。……戦うつもりは全く無さそうであり、彼女がカノンを押し遣ったのは、吸血鬼の突撃線上だった。

 

 しかも突然のことに、カノンは身構えるどころか体勢を崩している。防御も回避も出来そうにない。

 

 「ちょ──っ!?」

 「邪魔だ」

 

 馬鹿にしては長生きしたが、もはやこれまで──なんてことはなく、ハインリヒは鬱陶しそうに呟くと、稲妻のような足捌きでカノンを避けた。

 

 フィリップ以外に興味がない、という訳ではない。

 ハインリヒの視線は、フィリップだけでなくアンテノーラも同時に視界に捉えるように広く向けられている。

 

 脅威度の認識が正確なだけだ。

 一番ヤバいのは“宣教師”のことを知っていて、その上で上位吸血鬼に戦闘(ケンカ)を吹っ掛けてきたフィリップ。次点で、水の抵抗ありきで吸血鬼レベルの運動性能を誇るという人魚。

 

 この二人に比べれば、外見が歪な魔物モドキなんか誤差の範囲だった。

 

 「ッ──!!」

 

 甲高い金属音が肌を打つ。

 剣同士が触れ合うのに一瞬だけ先んじて、澄んだ竪琴の音と天上の美声が耳朶を打った。

 

 咄嗟に正中(バイタルゾーン)を庇った剣が、腕が肩から外れそうなほど大きく弾かれる。

 

 膂力は同等。だが技術で負けている。

 フィリップは元より鍔迫り合いなどのフィジカル勝負を想定しておらず、そう言った場面で使う技術は学んでいない。

 

 アンテノーラの“歌”を受け、身体能力を上位吸血鬼相当に引き上げられて、攻撃に追いつくことは出来た。だが、追い付くので精一杯だった。

 追い付いただけでは──相手の土俵に乗っただけでは、依然として勝ち目はない。

 

 ハインリヒは今のフィリップと同等の出力を持つだけでなく、数百年の──歴に於いてはミナ以上の修業を積んだ武芸者だ。

 

 鎬の角度を利用した剣の“巻き”。力が入らなくなった隙を突いての“重し”と“流し”、そして単純な筋力ばかりではなく、足腰の連動を用いた“払い”。

 抵抗が馬鹿馬鹿しくなるほどの力を感じたフィリップだが、同時に、彼が殆ど力を込めていないことも分かった。

 

 剣を打ち合わせた一瞬の、僅かな動き。

 手を数度返す程度の、文字通り小手先の技。

 

 それだけで、姿勢を完璧に誘導された。

 フィリップは力を込めにくく、ハインリヒは重さを乗せやすい体勢に。“歌”の効果が無くなったのかと思うくらいアッサリと──花でも手折るかのように。

 

 防御を崩した剣は流水の動きで首筋に至り、空を切った。

 

 「っ、は──!!」

 

 拍奪の歩法でどうにか下がり、間違いなく“歌”の耐久強化を上回る一撃をやり過ごす。

 急加速で体内の酸素が食い潰され、フィリップは一手目にして肩で息をしていた。

 

 厳かながら脳髄を蕩かすような美声が響き渡り、捻挫していた肩関節の痛みが消える。

 

 「──先の、くだらないという言葉は撤回しよう。無駄に走り回るでなく、同等の速度域に於いて要所で用いる分には、なるほど良い技だ。使い方が巧い」

 

 言いつつ、ハインリヒは距離を詰める。

 一瞬で目の前に現れた彼は剣ではなく腕を伸ばし、龍貶しを握るフィリップの両手を片手で抑え込んだ。

 

 「ッ!」

 

 組み討ち。

 剣という強力な武器を手にしておきながら、徒手空拳を選ぶのは心理的に難しい。それをこうも自然に、かつ高い精度で繰り出せるのは、やはり重ねた経験故か。

 

 だがフィリップとて、そういう手合いが初めてというわけではない。

 というか──ハインリヒの戦い方に、それほど目新しさはない。

 

 ()()()()()()ミナといったところだ。身体操作の精度も、やはりミナには劣る。

 

 普段の訓練より与しやすい相手。しかも、今は訓練中より倍率の高い強化が掛かっている。

 

 「吸血鬼って──」

 

 掴まれた腕の力を抜き、腰を落とす。

 本来は体重を乗せるところだが、吸血鬼相手に4,50キロをぶつけたところで意味はない。その代わり、今は超人的な脚力がある。そちらを使えばいい。

 

 「──心臓が止まったらどうなるんだ?」

 

 当てるのは肘の一点。腕は振らず、ただの突端(切っ先)に。

 そこに、地面を踏み伸び上がる脚の力と、地面が身体を押す反発力の全てを乗せる。

 

 足は伸ばす。だが力は籠めない。

 鞭の扱いと同じだ。全身を柔軟に、延展した鞭の一部のように運動量を伝える。

 

 変則頂心肘・穿槍。

 エレナが訓練中に使ったとき、()()()死にかけた技だ。ほんの2パーセント程度の出力で、食らったフィリップの肋骨が折れ心臓震盪を起こし、ミナとルキアがそれはもうお冠で──とまあ、それはさておき。

 

 本来は剣も振れずパンチやキックも打てない超至近距離で、膂力に長ける魔物や大型動物を仕留めるための技。肘打ちではなく、肘のみを当てる体当たりと寸勁の合わせ技という表現が近い。

 エレナが本気で打てば、鎧騎士の胸に当たって背中に穴が開くとか、なんとか。

 

 フィリップのそれは、“歌”によってエレナ以上の出力こそあれど、身体操作の精度が劣る。そして相手は鎧騎士以上の身体強度を持つ吸血鬼。

 流石に、穴を開けるほどの結果は望めない。

 

 それでも心臓を圧し歪め、胸腔内で破裂させるくらいの威力はある。

 最低でも心臓震盪は起こすだろう。

 

 「おっと、いい動きだ」

 「クソ──!」

 

 有効打を叩き込んだ確信はあった。だが手応えが無い。

 肘が胸に触れた瞬間に、ハインリヒは全身を霧化させて大きく距離を取っていた。

 

 「身体強化、それも馬鹿げた高倍率。……厄介な歌だが、見え透いた撒き餌だな。直接お目にかかるのは初めてだが、話だけは聞き及んでいる。どうして人間の御守なんぞしてるんだ、“鍵守護者(ガーディアン)”、四天王、魔王に至る関門にして城壁たる者──封鎖海峡の主、アンテノーラ」

 

 フィリップを視界に収めたまま、ハインリヒはフィリップの更に後ろに話しかける。

 

 前衛の戦士、後衛の補助魔術師。

 セオリー通りなら先に後者を殺したいところではあるが、撒き餌(トラップ)だ。

 

 相手は人魚。それも恐らく、素の状態で上位吸血鬼に匹敵する運動性能を持つ上位種。

 そして、その“歌”は人間の子供が──それも肉体的全盛期というわけでもなく、鍛え込まれているわけでもないというのに──上位吸血鬼と渡り合えるようになるほどの高倍率。

 

 あれが自分自身に“歌”を使えば、上位吸血鬼どころか、王龍にすら匹敵しよう。

 

 無論、ハインリヒには切り札があるが──。

 

 「地上で、足を生やした状態でも強いのかは知らんが……」

 

 呟き、暫しアンテノーラを観察していたハインリヒだが、最終的に、彼は再びフィリップに剣先を向けた。

 

 セオリーを捨てる。

 戦術が頭でなく体に染みついた戦士には、これがどうにも難しい。右手と左手を同時に出して歩くような、何とも言えない気色悪さがある。戦闘中にはかなり手痛い違和感だ。

 

 だが、肌で分かる。

 今後、更に“歌”の効果が強まったり、魔術による支援砲撃が飛んで来るようなことになったとしても、彼女の歌を妨げるべきではないと。

 

 聞き心地が良くて邪魔をしたくないという思いもあるが、もっと強い忌避感がある。

 

 「……やめておこう。とても嫌な予感がする」

 

 本人がどうこうではない。

 戦術的に、ハインリヒはそれが不正解だと思っている。

 

 だが啓蒙を受けた精神の、思考ではない直感が思う。アレに手を出したら──歌の邪魔をしたら終わりだと。

 

 「お前をブチ殺すのは、そう難しいことじゃない。だが三対一となると、流石に少しばかり厄介だ。──やはりオレは、こうも弱い」

 

 忌々し気な独白に、何を馬鹿な、とフィリップは苦笑する。

 ハインリヒ=ヴァーニー。ミナのような物理法則を鼻で笑うトンデモ剣術こそ使えないものの、純粋な剣技に於いては間違いなく高みに居る。

 

 だが同時に、彼が言わんとしていることも理解できた。

 

 「生前の訓練、吸血鬼となった後の研鑽、その大半を間違えた。戦術は戦略に敵わないように、剣術は魔術に敵わない。いまこの場に聖痕者が居れば、オレたちは何ら区別なく土塊に変わる。いや宮廷魔術師クラスの戦闘型が一人でも居れば、神罰の代理執行などという大仰な技無しに、纏めて吹き飛ばせるだろう」

 

 剣士としての強さは、剣で戦う場合にしか通用しない。

 もっと広範な、投擲や奇襲、魔術などの絡む『殺し合い』の場合、たかだか射程一メートルの、急所に当たらなければ致死性の落ちる、正しい角度で当たらなければ殴打にしかならない攻撃手段は余りに貧弱だ。

 

 ミナは剣士として究極に程近いが、彼女と同等の技量を持った人間が相手なら、フィリップは然程苦労せず殺せる。クイックドロウでも、領域外魔術でも。

 彼女は音速に対応できる超常的な身体能力と、百や二百の死を誤差にする膨大な残機(ストック)、そして高い魔術耐性があればこそ、大陸屈指の強者として君臨していた。

 

 対して、聖痕者(にんげん)は一度死ねば終わり。音速に追いつく身体能力は無く、戦闘どころか、事故や病気で死ぬ可能性もある。剰え、寿命という自壊機能さえある。

 

 だが今この場に居て殺し合いになったなら、勝つのは聖痕者だ。

 ルキアでもステラでもヘレナでもノアでも、誰であっても。相性なんか関係ない。神罰無しでも高火力範囲攻撃一発で決着、あとはハインリヒが再生しなくなるまで殺し続ける作業だけ。

 

 卓越した剣術。人間を吸血鬼の域にまで押し上げる支援魔術。拍奪や拳銃といった特殊な技。

 

 ──そんな細々とした努力は、才能(火力)の前に膝を折る。

 

 「……ああ、すまん。嫌味のつもりはない。敵を前に長々と語る馬鹿を殺せないお前は、オレよりなお弱いが──それを揶揄ったわけではないとも」

 

 ハインリヒは剣を持っていない手で「掛かって来い」と示す。

 フィリップが幾らか退いたことで、いま自分から距離を詰めれば、アンテノーラの一足の間合いに入るからだろう。

 

 「詰めて来いと言われて素直に突撃するのは、訓練中くらいなんだけど……まぁいい。カノン、援護」

 「はぁい」

 

 並の吸血鬼を凌駕する運動性能を有する“兵器”が、先んじて突撃する。

 強化された動体視力でも追うのがやっとだ。

 

 甲殻に覆われた拳は人間の頭蓋を容易く粉砕する威力を持ち、更に触れた瞬間に腐敗毒を纏った棘が飛び出す。吸血鬼相手でも心臓に当たれば、或いは一撃で死に至らしめるかもしれないほどのダメージが見込める。

 

 しかし残像を作るほどの拳打は剣の僅かな傾斜によっていなされ、逆に回し蹴りを叩き込まれて吹っ飛んでいった。

 

 「いったぁ!?」

 「……」

 

 壁に激突した音と悲鳴を聞きながら、フィリップは無言だった。

 「大丈夫か!」なんて無駄口は、この相手(ハインリヒ)の前では致命的な隙だ。……まあ、そもそも然程心配していないというのが大きいけれど。

 

 「──薄情者め、仲間が吹き飛んだというのに」

 

 カノンが居なくなったことで空いた空間には、既にフィリップが滑り込んでいた。

 無言で、視界から消えた()()を目で追うことすらせず、蹴り直後の隙を狙って心臓を突いている。

 

 青白い魔力を纏った切っ先は背中に()けている。

 だが刺さっていない。ちょうど心臓のある辺りが、ぽっかりと霧に変わって無くなっている。

 

 心臓のみの霧化(そんなこと)も出来るのかと、フィリップは忌々しく思いつつも、吸血鬼という種族の便利さに驚愕と感心を抱いた。

 

 だが吸血鬼とて無敵ではないし、霧化は万能ではない。

 心臓は吸血鬼にとって命の在り処。生命ストックのプールであり、魔力を供給するジェネレーターであり、身体を動かすエンジンでもある最重要機関。

 

 そこを霧化した時点で、物理的・魔術的な攻撃能力の大半を喪失し、全身を霧化するのと同じ状態になる。

 

 「ッ──!」

 

 ()()失敗を悟り、フィリップは剣を振り抜いて大きく後退する。

 ハインリヒは胸の左側がぱっくりと裂けたが、心臓が戻るとすぐに再生した。

 

 「ふむ。今のは悪くなかったが──」

 「──はぁッ!!」

 

 壁を蹴り砕くほどの踏み込みと飛翔を合わせ、暴風を纏って戻ってきたカノンが、勢いのままに頭を蹴り砕く。

 しかし一見して適当な剣の振りと僅かな首の動きで、滞空状態でのサッカーボールキックは完璧に受け流された。

 

 カノンは何度か蹴りを繰り出すも、最小限の動きで躱され、受け流され、ハインリヒのカウンターを利用する形でフィリップの傍に戻った。

 

 

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