なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「あぁそうだ、さっきの動きだが、ありゃ駄目だ。オレの剣を防いだ時の」

 

 城を目指して歩きながら、ハインリヒは思い出したように言った。

 フィリップが胡乱な視線を向けると、先導するように前を歩いていた豪奢な装いの背中が止まり、振り返る。

 

 手には血で編まれた赤い剣を持っていたが、敵意はない。 

 

 「いいか、白刃戦は「力」「速」「間」の三要素で勝敗が決まる。中でも一番重要なのは「間」。つまりタイミング……ってのは拍奪使いなら分かってるだろうが、まあ聞け。オレはお前に力と速度で圧倒的に勝る。間の取り方でさえ、或いは。で、さっきのこういう斬り方に対して、お前は?」

 

 緩慢ながらブレのない動きで再現された動きに、フィリップも無言のまま応じる。

 剣を抜き、つい先刻そうしたように受け流し、身を躱した。

 

 「そう。まあ人間同士なら理に適った動きだが、出力差が大きいときはなるべく遠くで立ち回れ。相手が速度に物を言わせて詰めてきたとき、僅かだが間──時間を得られる」

 

 ここだ、とハインリヒは一歩弱下がり、龍貶しの刃を摘まんでフィリップの姿勢を矯正した。

 

 示された位置はかなりの遠間だ。手首も肘も肩甲骨も、理想形からかなり伸びる。

 

 「それだと理合が崩れる。この位置で受けるのが骨格的に一番強いし、威力を流しやすい」

 「……理合とは物理・構造的な法則。人間同士なら、余程極端な出力差がない限りは理合を制した側が勝つ。戦闘に於いて腕力や速度以上に重んじるべきものだ」

 

 フィリップが反駁すると、ハインリヒはそんなことは分かっていると言いたげに苛立ち混じりに語った。

 いや──何も分かっていないのに分かった風な口を利かれて、それで苛立ったのだった。

 

 踵を返し、再び城を目指して歩き出す。

 フィリップはその後ろを、置いていかれないよう足早に追いかけた。

 

 確かに、剣の道に於いて理合は最重要だ。

 

 理合──合理。

 当たり前にそうなるという、道理。

 

 そこには確かに、構造学・力学的なものもある。

 人体の構造上、強い力を受け止めるのに最も適した構え方というものは算出でき、フィリップの動きはそれに適ったものだった。

 子供の力でも大人の一撃を受け止め、受け流すことが出来るような。

 

 「だがオレとお前の間には「極端な出力差」がある。お前が構造上最も強い姿勢で受けたとて、オレの攻撃を防ぐことは出来ん」

 

 腕力差が子供と大人なら、構造学的な強さで子供の側が押し勝つことも出来る。

 だが赤子と大人では。子供と戦車では。人間と吸血鬼では、構造的に強いとか力を受け流しやすいとか、そんな道理が通らない。

 

 いや、もっと単純に──構造の限界、物理強度の限界という“道理”に押し潰される。

 防御を捲られ、或いは押し切られてしまう。

 

 「その状態で──そういう対峙で、人体構造的な理合に意味はない。最も重要なのは、やはり距離だ。どれほどの腕力と速度を持つ使い手でも、剣は所詮、刃部で触れて斬る武器だからな」

 

 ハインリヒは血の剣をくるくると弄ぶ。

 柄ばかりでなく、時に剣身に触れていたが、刃には触れておらず手指が切れることはない。

 

 実戦でも同じだ。

 どれほどの腕力や速度を持って振り下ろされた剣でも、当たらなければ斬られはしない。まあ吸血鬼の膂力なら剣の腹に当たるだけでも骨が粉々になるが──それでもやはり、当たらなければダメージもない。

 

 それは道理だ。道理だが──やはり何事にも例外はある。

 

 「……ミナは斬撃を飛ばしてくるけど」

 「そのレベルで本気になった強者相手なら、もう出来ることはねえよ。大人しく死ね」

 

 突き放すような口調で、ハインリヒは当然のことを当然のこととして言った。

 怒ってもいないし、呆れてもいない。手を離した剣が地面に落ちることを語るなら、そういう口調になるというだけだ。

 

 フィリップも自分で言っておいて「まあ確かに」と思った。

 確かに、ミナにしろハインリヒにしろ、一定以上の出力差がある相手が戯れ以上の本気度になれば、その瞬間に死ぬ。剣の構え方がどうのとか言っている暇もなく、一瞬で。

 

 防ぐとか受け流すとかではない。速度が違いすぎる。

 こちらが一歩動くうちに、相手は十歩以上を刻める。こちらが剣を構えるうちに、相手は首を、胸を、腕を、腹を、脚を、何度も如何様にでも切り刻める。

 

 巻藁相手の試斬よろしく、動く間もなく切り裂かれる。

 結果的には「大人しく死ぬ」ような形になるだろう。

 

 「少し待て。いま門を開けさせる」

 

 城門に辿り着くと、ハインリヒは門番を一瞥して重厚な門扉を開けさせた。

 門番の挙動は支配魔術でも掛けられたように奇妙だったが、フィリップにはどうでもいいことだ。

 

 広く華やかな庭園を抜け城内に入ると、荘厳なエントランスホールには着飾った女性がいた。

 貴族の女主人といった風情で、いきなり城に入って来た二人に驚いていたが、すぐに厳格そうな表情になった。

 

 「何だ、お前たち! ここを何処だと心得ている! たとえ吸血鬼になろうと、ルールはルール。速やかに立ち去りなさい!」

 

 落ち着いた、しかし断固たる意志を感じさせる声音。

 怒られの気配に敏感なフィリップが、普段なら怯んでいるような。

 

 流石に今の精神状態では、無感動な一瞥を呉れるだけだったが。

 

 「……やるか?」

 「僕が? やだよ」

 「そうか」

 

 言うが早いか、ハインリヒの姿が掻き消える。

 一歩目から人間の動体視力を振り切った彼は、いつの間にか女性の背後にいた。

 

 彼女の胸からは赤い柄が、背中からは濡れた刃が突き出ている。剣身を伝って滴り落ちる雫は、刃と同じ鮮やかな赤色だ。

 

 「ぁ、え……?」

 

 心臓に食い込んだ血の長剣は体内で棘を生やし、再生した側から再び穿つ。

 それなりのストックを持っていたらしい女は、その場で呆然と立ち尽くしたまま繰り返し死んで、やがて黒い灰になった。

 

 フィリップはその隣を平然と通り、ハインリヒに胡乱な目を向ける。

 

 「……なんでお前の顔を知らないの?」

 「支配するわけでもないのに、一々自己紹介なんかしねえよ。まあ声をよく聞かせりゃオレが“ご主人様”だってことは分かっただろうが、アレはもう要らねえしな」

 

 ふーん、とフィリップは興味薄な相槌を打った。

 確かにハインリヒの目的からすると、“王”の顔は知られている必要がない。汚染した街はただの餌で、主目的はそれに釣られてやってくる強者だったのだから。

 

 「書斎はこっちだ」

 

 自らの血を分け与えた眷属を殺したハインリヒは、何ら惜しむ様子を見せず歩を進める。

 大きな階段を上り、長く広い廊下を渡り、居住区らしい階に出ると、様子が一変した。

 

 居室が並ぶ廊下は、扉という扉が全て外され、魔術で作ったらしい土壁で埋められている。

 入ることも出ることも出来ない部屋の中には、何か大型の獣が徘徊しているような気配があった。或いは、大型の蛇が這いずっているような。

 

 彫刻や金細工の施された華やかな内装は、もはや見る影もない。

 花瓶の類は、萎れているものもあれば、まだ辛うじて色づいているものもある。世話されている様子はないが、長く置かれているわけでもなさそうだった。

 

 しかし、廊下の壁一面には邪悪言語と共通語が混ざった書き殴りが所狭しと刻まれている。華やかな壁の装飾も台無しだ。

 思いついた側から手近なものに書き留めたものなのだろう。インクなどで壁の上に書かれたのではなく、薬品か魔力で焼き付けたようだ。

 

 邪悪言語の文字も多く一見して禍々しい文様だが、内容は大したことがない。

 中心となっているのは旧神の伝承だ。どこぞの旧神が旧支配者の何某かを封印したとか、なんとか。どうやら壁一面の文字は、邪悪言語で書かれた原文を解読する過程で書かれた作業メモのようなものらしい。

 

 「……くだらないな」

 

 目に付いた範囲の邪悪言語を読み解く限り、登場する神格は最大でもクトゥルフだ。

 この世の真理の一端にさえ触れていない、賛美歌めいた論説。入門編というか、()()()()()としては悪くないチョイスなのかもしれない。

 

 ──いや、まあ、事ここに至っていればこそ「くだらない」と切り捨てられるのであって、何の前情報も準備もなくこの廊下を見たら、警戒レベルを跳ね上げて邪神すら呼んでいるかもしれないけれど。

 

 「ここが書斎だ。散らかっているのは大目に見てくれ」

 

 ハインリヒは扉も土壁もない、解読作業に使った殴り書きの残る壁を示して言った。

 

 彼がおかしいのか、それとも幻影を見せるような魔術で偽装されていて、フィリップの魔術適性が貧弱過ぎるあまり見抜けていないだけなのか。

 フィリップにはどちらでもよかった。

 

 「玉座の間に召喚陣を作ったんだが、そっちも見て貰えるか?」

 「……うん、いいよ」

 

 どうせ、やることは変わらないのだから。

 

 

 ◇

 

 

 当初の予定通りに人間たちを街の外に送り出し、近隣集落に配置された衛士団に受け渡した後、化け物たちはランナゲートに最も近い村に再集結していた。

 

 ちょうどカノン班の避難先で、攻撃作戦の要である風属性聖痕者、魔術学院長ヘレナ・フォン・マルケルの待機場所でもある。

 ミナとアンテノーラが合流すると、既にカノンが状況の説明を終えていた。

 

 「──と、そういうわけですので、あと一時間は撃たないように」

 

 フィリップが街に戻り、全ての管理場を解放しようと目論んでいることと、託された言い訳を語り、カノンはそう締めくくる。

 

 ヘレナの反応を、彼女はじっと観察していた。

 素直に従うならば善し。無視してぶっ放そうとするなら止めなければならないが、正直なところ勝算はない。宇宙空間でもなければ。

 

 とはいえ、勝算が無いからとか、喧嘩を売ったら十秒で百回ぐらい死ねそうとか、そんな言い訳はしない。

 そういう風に、カノンはチューニングされている。フィリップが「殺せ」と言えば、ナイアーラトテップにだって挑みかかるように。

 

 幸運にも、彼女が無謀な戦いを挑む必要はなかった。

 ヘレナは深々と、諦め半分、納得半分の溜息を吐く。そこに怒りや殺意は無く、魔術を使う気は無さそうだ。

 

 「……はぁ。なんというか、予想通りの展開になったわね」

 

 その独白からすると、怒っていないどころか、意外でさえないらしい。

 

 「「出来るだけ多く」なんて言ったら、そりゃあ、そういう解釈をするでしょうよ。それが間違いだと、求められていることではないと分かった上で」

 

 王女殿下もご苦労なさるでしょうね、とヘレナは独り言ちる。

 実際、フィリップの行動はステラの意図したことでもなければ、望みに沿うものでもない。

 

 彼女のオーダーは単に「なるべくリスクを負うような行動は避け、安全択を取れ」という意味での「出来るだけ」だ。フィリップも当初はそう考えていたし、自分が言葉の曖昧さを利用していることも自覚している。

 

 ただ、ヘレナはそれを善性ゆえの行動だと思っていた。

 フィリップが善良さ故に最大多数を救い出そうとして、無茶をしているのだと。

 

 残念ながら、彼はそこまで英雄的ではない。

 確かに、ヘレナも“眠り病”の影響を強く受けた魔術師の一人であり、フィリップの無謀とも言える挑戦によって救われた。だから恩義はあるのだが──特に仲がいいわけではない。

 

 たった一人の善人に惹かれて突発的に行動し、挙句、その善人が死んだらあっさりと興味を失って、今度はカルトにご執心……なんてことは、流石に想像がつかなかった。

 

 まあその辺りは、報告した時にステラにバレる。バレて怒られる。

 ついでに言えば、全体の行動予定に影響が出るレベルの現場判断についてもお咎めがあるし、フィリップが色々と叱られることは確定していた。

 

 だが──まあ、その程度だ。

 

 ヘレナにとってはこの程度、「あの子は後から怒られるだろうな」くらいのアクシデントでしかない。

 

 「あぁ、もう行っていいわよ。一時間と言わず、あの子が帰ってくるまでは撃たないから」

 

 吸血鬼が大量に逃げ出すようなことになると多少面倒だが、彼女には自信があり、能力があった。

 

 たとえ蜘蛛の子を散らすように吸血鬼共が逃げ出したとしても、一匹残らず殺し尽くすことが出来るという自負が。

 

 「よろしいのですか? いえ、我々としてもありがたい判断ですが」

 「我らが英雄殿を消し飛ばすわけにはいかないでしょう。そうでなくとも、教え子を手にかけるなんて御免だわ」

 

 話を聞いていたらしい衛士がやってくると、徐に問いかける。

 ヘレナの答えは決まっていた。というか、むしろ「僕ごと撃て」とか言われても拒否していた。

 

 国を救った英雄を、教え子でもある十五にも満たない子供を撃つくらいなら、街の周りを駆けずり回って吸血鬼狩りに勤しむ方がマシだ。

 

 「では、私たちはフィリップ様のお迎えに行ってきますので……あれ?」

 

 振り返ったカノンは、パーティーメンバーが忽然と消えていることに気が付いた。

 

 そこにいたはずなのに。特に決めたわけではないが、全員でフィリップを探しに行くものだと思っていたのに。

 

 「アンテノーラさんとウィルヘルミナなら、もう出発したわよ」

 「だぁぁっ! ホントに団体行動の出来ない連中ですね! フィリップ様のいないところでボケられても、観客不在の道化師なんか不毛なんですけど!」

 

 カノンはぷりぷりと肩を怒らせ、挨拶もせず二人を追って行った。

 

 一方、先行した元魔王陣営組はというと、再び街に入ったところだった。

 ミナは飛んで、アンテノーラは支援魔術込みの全力疾走で、「二人一緒に」という感じはない。だが、概ね「同時に」ではあった。

 

 アンテノーラは衛兵数人を瞬く間に蹴り殺し、一歩で異常に大きく進む、泳ぐような走り方でミナに追いつく。

 そして空を仰ぐと、二人は同時に足を止めた。ミナはそもそも足を動かしていないが、とにかく空中で停止する。

 

 「……ウィルヘルミナ?」

 「分かっているわ。──ッ!」

 

 ミナが左手にガントレットを纏い、黒白の双魔剣を握る。

 直後、上空二十メートルを飛んでいた彼女に、炎上する何かが着弾した。

 

 着弾──そう言い表す他にない。

 人間大の青白い火球が、弾丸すら凌駕する超音速で飛来し、激突したのだから。

 

 ただ、ミナは反応していた。

 砲弾の繰り出した蹴り二発を白銀の断頭剣でいなし、衝撃で地に落とされながらも、漆黒の長剣を以て頸を刎ね飛ばした。

 

 ──始祖級の吸血鬼が相手では、頭を落としても致命傷にはならなかったが。

 

 「こんにちは、お嬢さん方。気持ちのいいお散歩日和……というのは不適切かしら? 吸血鬼も人魚も、おひさま大好きってワケじゃないものね?」

 

 砲弾は空中で止まり、纏っていた不自然な色の炎が掻き消える。

 青白いヴェールの下には、漆黒の紳士がいた。

 

 胸元を大きく開けたスーツ姿で、背中まである艶やかな黒髪を風に靡かせている。口元を飾るロワイヤル・スタイルの口髭を撫でながら、彼はミナとアンテノーラを高みから見下ろして笑った。

 

 「なんですの、あれ」

 「はぁ……」

 

 面識のないアンテノーラは、ミナに不意討ちを当てた吸血鬼に驚きを隠せない。

 吸血鬼がミナに攻撃するだけでも驚きだが、撃墜するなど。ミナも防御と反撃には成功していたが、それでも最も有効な魔剣「美徳」を当てられなかった。

 

 しかも、確かに刎ね飛ばしたはずの頭部は完璧に元通りだ。

 その再生速度は間違いなく上位吸血鬼。いや始祖級(ミナ)にすら並ぶ。

 

 ミナは盛大に、重々しい溜息を吐く。

 

 面倒臭い──ペットの遊びに付き合って、同族と呼ぶのも憚られる残飯モドキを殺さなかったとき以上に、そう思う。

 ここ数日で一番、いや、ここ数年で一番だ。

 

 殺したいのに殺せない、()()()()()()()嫌いな相手が、この世で一番面倒臭いのだから。

 

 「……先に行きなさい」

 

 かったるそうにミナが言うと、アンテノーラは「はあ。じゃあ」と何の躊躇もなく再び駆け出す。

 

 襲撃者が稀に見る強者であることは分かっていたが、彼女には正直、ミナが勝とうが負けようがどうでもいい。

 重要なのはフィリップだ。もしも派手に戦うようなら──複数の吸血鬼や、第二・第三世代レベルの「本物」と戦うようなら、絶好のチャンスなのだから。

 

 本気の歌声を奏上する、稀な機会。逃すわけにはいかない。

 

 「「私を置いて先に行け!」の実例じゃない! いいものを見せて──っと」

 

 ディアボリカの軽口を遮り、甲高い剣戟音が響く。

 最高速の飛翔を助走代わりに繰り出した断頭剣の一撃は、青白い炎を纏った拳に受け止められた。

 

 刃は肌に触れていない。

 炎が物理的な斥力を持ち、尋常ならざる腕力と合わさって、魔剣の一撃と拮抗している。

 

 「お喋りは嫌い?」

 「面倒は嫌いね」

 

 陽気なディアボリカと、凍てつくようなミナの空気はまるきり対照的だった。

 

 

 

 

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